12 裏 ケリスエ将軍と第5部隊
カスクレ村は、国境近くにある村だ。
そこから二つほど離れた村に砦があり、定期的に見回りも行われている。
「そのカスクレ村で、どうも隣国の人間が入れ替わっていっているらしいというわけですな」
ケリスエ将軍、第一から第六までの大隊を率いる部隊長が一部屋に集まっていた。
その中でも一番大隊を率いる第一部隊長クネライが、そうまとめる。
「その通りだ」
ケリスエ将軍は頷いた。
その室内でケリスエ将軍、そして六人の部隊代表者は椅子に座っているが、第六部隊長であるカロンは椅子があるにもかかわらず、ケリスエ将軍の斜め後ろに立っている。
以前、後ろに立たれていると鬱陶しいから座れとケリスエ将軍に言われたカロンだったが、
「自分は従者から始まりましたから、ここで結構です」
と、謙虚そうなことを言った口で、
「大体、俺に仇討ちしろと言うなら、この絶好の場所を俺から取り上げることはないでしょう」
と、ぬけぬけと主張し、結局カロンは常にそこの位置をキープしていた。
「ですが将軍。決定的な証拠はまだないということは、現地で確認後、対応するということでしょうか」
「その通りだ、第四部隊長。だから警戒されぬように油断しきった様子で近づき、一気に制圧することになるだろう」
カスクレ村の何かがはっきりとおかしかった訳ではない。ただ、定期的に見回りをする兵士がいて、その兵士にはカスクレ村に気になる娘がおり、その娘の家族も含めて気にかけていた。
と言っても、その兵士はかなり真面目な性格で、気になる娘に対しても挨拶程度がせいぜいで、兵士と娘の間には何も始まっていなかったとか。
けれども気にかけていた兵士だからこそ気づいた。いつの間にか、その娘の様子がおかしくなり、そして家族が違う人間に変わったことに。
おかしいと思ったが、それについて兵士は娘に何も問わず、何も気づかぬふりで見回りを済ませ、それを自分の上司に報告した。
その上司は他の部下にも話を聞いた上で、これは捨て置けぬと判断し、それが更に砦の責任者を通じて、王都ロームまで届いたのである。
「しかし、早めに気づいたのが良かったのだろう。せいぜい、二大隊程度で十分だろうと思うが、諸君はどう判断する?」
「さようですな。なら、ぜひ第一部隊に。第一ならば二大隊と言わず、我らだけでやり遂げましょうぞ」
「いやいや。勇猛さならば第二でしょう。ぜひ」
「私もまだ村の人間の入れ替わり程度でしたら一大隊でも十分だと思います。それならこの第三に」
「そう言って、前回も行ったではないですか。今度は第四にお願いしたいですな」
「第五とてロームにばかりいるのは飽き申した。たまには遊山に行かせていただきたい」
「第六も暇も持て余しておりますし、この話を一番に将軍の耳に入れたのは私です。ぜひ、皆様には第六に譲っていただけたらと存じます」
ケリスエ将軍が問うと、部隊長達はおおむね「一大隊程度で良いのではないか?」と述べてきた。
「そうか。しかし二大隊と言ったのは、別に諸君らの力を過小評価しているわけではない」
他の将軍と違い、ケリスエ将軍は、部下に対してもある程度の敬意を払って行動していた。
同時に、部下にもある程度の礼儀を徹底させていた為、ケリスエ将軍が率いる軍隊は、他の軍隊に比べて、一般の民衆に対する粗暴さが少ない傾向があると言われている。
それによりケリスエ将軍が侮られる原因にもなっていることもあり、もう少し傲慢にふるまってはどうかとリガンテ大将軍からも忠告されていたが、ケリスエ将軍がその忠告に従って傲慢にふるまう前に、ケリスエ将軍を侮った態度に出た人間が半殺しにされる事件が相次いだ為、それはそのままになっている。
「ケリスエの親父はお優しいですからね。どうせ、一大隊で十分なのに二大隊と言いだしたのは、大勢であれば、あちらも戦わずに降伏するだろうとでも甘いことを思ってらっしゃるんでしょうよ」
「黙れ、カロン。お前もいつまで将軍を『親父』呼ばわりし続ける気だ」
揶揄するかのようなカロンの言い草に、その中では一番年長の五番大隊長が怒気を向ける。
「と言われましても・・・。父親と思えとおっしゃったのは、そのケリスエ将軍ですし」
「いいかげん見苦しい。今まではそれも他国の子供ゆえと思えばこそ何も言わなかったが、お前も覚悟を決めたなら甘え続けるものではないわっ」
「・・・は」
どこまで見通しているのか、さすがに年の功だけあって、第五部隊長の言葉は重い。肩をすくめて言い訳したカロンは一喝され、おとなしく頭を下げた。
その内容は自分のことだが、カロンに関しては無視する癖のあるケリスエ将軍は、数拍おいてから話を続けた。
「では大隊を一つで良いとして、・・・私が行くのは当然だが、問題は誰の大隊と共に向かうか、であろうか。どなたも力を持て余していると見えて、結果はかなり期待できそうだが」
ケリスエ将軍が微かに挑発するかのような笑いを浮かべると、応じて大隊長達が自信に満ちた表情となる。
その顔を見まわし、ケリスエ将軍はしばし考えた。
「行きは急がねばならぬが、帰りはさほど急ぐまい。位置的に、フィツエリにも立ち寄ることができるだろう。フィツエリの入浴場は古傷の痛みにも効果があると聞き及んでいる。・・・第五に今回はお願いしても?」
「勿論ですとも。ではこの爺と一緒に参りましょうぞ。奴らを一気に蹴散らすさまをご覧に入れてみせましょう」
一番年長である第五部隊長に湯治をさせたいと言われては、他の大隊も引き下がるしかない。爺扱いなどされる隙もなく、いつも並み居る若者達を叩きのめしている第五部隊長は、機嫌よく引き受けた。
「カロン。お前はロームで私の代理をしておけ」
「ちょっと待ってください。俺はついて行きますよっ?」
「今回は第六ではなく、第五大隊が仕切る戦だ。寝言は寝てから言え」
あっさりと却下すると、ケリスエ将軍はその場を解散させた。
「ふっ。所詮、小僧はその程度だな。まあ、お願いされてしまった第五が将軍と仲良く出かけてくるとしよう。たまには物見遊山もいいというものだ」
「ちょっと待ってください、ソチエト部隊長っ」
尚、その後でカロンは第五部隊長に頼み込み、従軍を許可された。
しかし、その許可を得る為に第五部隊の猛者共との練習試合をさせられ、満身創痍となったとか。
そして第六部隊を、カロンの副官にして前第六部隊長サフィヨールに押し付け、更にはケリスエ将軍の代理を他の部隊長及びサフィヨールに押しつけた為、その謝礼の結果、カロンはしばらく懐がさびしいことになったという話でもある。




