12
街道が整備されていて山道を通る人は少ない。
(なぜ、こんなことになったんだろう)
リアンは、不本意な表情で火の番をしていた。周囲では、三人の男達が残っている。二人はどこかに消えていた。
なぜか五人の煮炊きまでさせられているのだから、つくづくとついていない。
「うん、悪くないね。小さいけれど煮炊きには十分だ。煙も綺麗に隠せている。そのやり方は誰から?」
「兄から教わりました」
「へぇ。お兄さんは騎士?」
「いえ。一応、兵士ではありますが」
「そうなんだ。剣は誰から?」
「父と上の兄から」
「そういえば、リアンの年は?」
「十二です」
テイトはリアンに興味を持ったのか、色々と話しかけてくる。
彼らは彼らで何らかの理由で動いているらしいが、この山の中にその目的があるらしい。不審者がいないかどうかを見回っていた時に、リアンを見つけてしまったのだとか。
城から抜け出したスザンナを追いかけてきたリアンだが、こうなると、せめてスザンナが彼らに見つからないようにと願うしかなかった。
(ある程度、苦労したらやっぱり帰りたいって思うだろうし、それから連れて帰ればいいと思ってたのに)
あの後、結局テイトに捕まったリアンはまず名を尋ねられた。
「君の名前は?」
「リアン」
「で、君はどうしてこんな山の中に?」
「・・・山の中でも生き延びる訓練です」
「そうなんだ。じゃあ良かった。せっかくだから僕達の世話をお願いするよ。いい訓練になるね」
まさかスザンナのことは言えないので適当な理由をあげたら、そう言われてしまった。
「あいにくですが、明日には戻らねばなりません」
「大丈夫。君の所に連絡は入れてあげるよ。で、君の所属はどこかな? 勿論、言えるよね?」
「・・・・・・」
「だんまりだと余計に解放してあげられないよ?」
「迷惑をかけるわけにはいかないのです」
「うん。だからちゃんと口をきいてあげる。なんならここのネーテル伯爵に直接連絡をとってもいい。それなら怒られないだろ?」
「・・・・・・」
「こうなると不審者は君の方だよ? それなら、僕達は君を捕らえておくしかない。分かるね?」
「・・・・・・」
「リアン。選びなさい、ここで不審人物として斬られて死ぬか、僕達に同行するかを」
「・・・同行させていただきます」
そういうわけで、リアンは彼らの従者もしくは小間使いのようなことをさせられているのである。
そこへ背中をボリボリかきながら隊長と呼ばれた男がのっそりと近づいてきた。
「リアンと言ったか。せっかくだから手合せしてやるよ」
「隊長。暇なんですか、あなたは」
「子供を構い続けているお前ほどじゃない。なんだ、気に入ったのか?」
「そうですね。帰る場所もない捨て猫のようですし、うちに持って帰ってもいいかもしれません」
「おいおい。お前ん所の見習いが荒れても知らんぞ。そいつ、闇討ちでもされるんじゃねぇの」
「そろそろ弟弟子ができてもいい頃合いでしょう。それに見た所、この子は筋肉がつきにくい。どこまで鍛えても無駄な体だ。ほかでは潰されて終わりです。うちで引き取った方がいい」
そこで、先ほどスカルと呼ばれていた男が、いきなりリアンの腕をつかんだ。
「ちょっ・・・、何するんですかっ」
「暴れるなって」
肉をさぐるかのように、二の腕や腿を触ってくる。リアンは逃げようとしたが、体格も違うスカルが背後を確保した上、さりげなくスカルの左手の指はリアンのノドを押さえている。その気になれば、スカルはすぐにリアンを絞め殺せるだろう。
「まあ、骨も細いってのはあるけどな。けどよ、んなもん、鍛え方次第じゃないか? まあ、細っこいけど。そこは食わせりゃどうにかなるだろ。な、リアン、ちゃんと食えよ。子供は食って大きくなれ」
そう言ってから、頭をポンポンと叩いて解放してはくれたが、リアンは何も言えなかった。
レベルが違うのだ。それをまざまざと実感させられた。
「泣くんじゃありませんよ、リアン。君はまだ小さいだけです。努力を重ねれば、いつかつかめるものもあるでしょう。そりゃスカルには一生勝てないでしょうが、とりあえず隊長が相手をしてくれるようですし、胸を借りなさい」
泣いてなんかいやしない。テイトは嫌な場所ばかり突いてくる。
それでもリアンは隊長に向かって剣を構えた。
「お願いいたします」
「おう、その目つきは悪くねえ」
隊長ばかりか、面白がってスカル達も次々に相手をしてくれた。
だが、お遊び半分の彼らと違い、リアンは何度も転がって土にまみれた。彼らが振るう重い剣と打ち合えば手がしびれ、何度も剣を取り落とした。
いつしか視界がぶれる程、体が悲鳴をあげていた。
「うーん。この程度で手が痺れるか。やっぱり基礎がなぁ」
「しょうがありませんよ。今から鍛えるとしてどこまでいけるかってとこですかね」
彼らは強かった。城の騎士達よりもはるかに。
いつ倒れたのかも覚えていない。
気づいたら、朝だった。
― ☆ ― ★ ― ◇ ― ★ ― ☆ ―
もしもはぐれた時には目的地で会おうと言っていた。だからユリアナはフィツエリ領主の城を目指した。
途中に寄った村で目的の塗り薬は手に入ったが、セイムは追いついてこなかった。
(多めに塗り薬を手に入れてあげたというのに)
戦う人間にとってこういうものは無くてはならない代物だ。彼もかなりの興味を持っていたようだし、きっと喜ぶだろうと思った。けれど、彼はまだ追いつかない。
(もしかしてスザンナ様誘拐犯として捕まってしまったのかしら。だけど彼が本当の身分を明かせば、すぐに解放されるはず)
山道を抜けて、二人は街道を歩いていた。
「ねえ、ユリー。ここはどこなの?」
「多分、もうフィツエリ領内に入ってるとは思うけど・・・。アンナ、僕達はフィツエリ城下に住んでいる伯父さんを訪ねていこうとする姉弟だよ。誰かに訊かれたら『フィツエリ城で下働きをしている住む伯父さんの所に行く』って話をするんだ。僕達は親を亡くした為、伯父さんを頼って、お城で働かせてもらえないかと思って出てきた」
「なるほど。私の美貌でお城の人達をメロメロにするのね」
「うん、違うから」
人間、疲れると、思考が動かなくなるものである。スザンナは肉体的疲労で、ユリアナは精神的疲労で、いささかおかしくなっていた。
既にユリアナは、誰に不審そうな目で見られようとも、無理すぎる設定であろうとも、何が何でもそれで押し通せばいいと思うようになっていた。
ネーテル領内を抜け、追手がかかる確率が減ったことも影響はしていたが、人というのは疲れが増すと大抵のことがどうでもよくなる生き物なのだ。
「分かったわ。だけど、フィツエリに行ってどうなるというの? 私はロームに行きたいのに。もしルクスのことが分かるとしたらロームでしょ」
「何度も言ってるけど、だからこそロームへの道は追手がかかっているはずなんだよ。まずは遠回りでも違う道を使ってロームを目指さなくては。それに・・・」
「それに?」
「アンナは今いくら持ってるの?」
「え?」
「今までは手持ちの食糧とか野宿とかで済ませてきたけど、これから食料を買うのも宿をとるのもお金がなくちゃどうしようもないんだよ。山の中ならともかく、町や村の中で野宿してたりなんかしたら、真っ先にアンナ姉さんが襲われることぐらいわかるだろ?」
「・・・宝石なら持ってきたわ」
「こんな所でそんなのを換金しようとしたらすぐ怪しまれるよ。村娘の持ち物じゃないからね。運が悪ければ殺されて宝石を全て奪われる。だから僕達はお金を稼がなくちゃいけない。分かる?」
「ええ」
「フィツエリ城下に行ったら、まずは市で店を出させてもらおう。アンナは僕の手伝いをしてね」
「分かったわ」
やっとおとなしく言うことを聞き始めたスザンナだが、それも街道に出たからなのだろう。
ユリアナはスザンナの扱いに手を焼いていた。結局、どれほど意志の強そうなことを言っていても世間知らずなお姫様である。
この数日、「どうしてこんな目にあわなきゃいけないのよっ」と、スザンナは落ちてきた蛭に悲鳴をあげ、大きな蜘蛛の巣をかぶっては泣きわめき、山の中でヒステリーを起こして暴れたかと思えば、さめざめと泣き続けたりと、それを聞かされるユリアナは散々だったのだ。
かといって、じゃあお城に戻って元通り暮らすかと問えば、それはイヤだと言う。ルクスに会わずに戻ることはあり得ないそうだ。
(割が合わなすぎる)
こんなことなら、追手の確認には自分が行って、セイムをスザンナに同行させれば良かったと、心の底からユリアナは後悔した。
どうして後悔はあとからするものなんだろう。
しかし不満を溜めていたのはユリアナだけではない。
スザンナもまたユリアナに対してムカついていた。
(何よ、私のことをあんなに美しいと褒めまくっていたくせに。全く私に対してなってなさすぎるのよ。もう少し私を大事にしなさいよ。どこまで自分勝手なの、ユリーってば)
しかし、ここでユリアナに見放されたら困るのはスザンナだ。
(そりゃ、あのセイムとかいう無礼すぎる男と一緒よりはいいけど。あまりにもなってないわ。ちゃんと宝石で支払いはするんだから、私が雇い主ってことくらいわきまえてほしいものねっ)
そんな二人の頭上を、ピーヒョロロとトンビが飛んで行った。




