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狂騒曲が終わる日に  作者: 藤木
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11 裏 フィゼッチ将軍とセイランド


 ローム王城にある軍部エリア。

 近衛騎士団の棟は貴族の出入りも多い。やはり花形だからだろう。


「フィゼッチ将軍―。フィゼッチ将軍はどちらにおられますかぁ」


 遠くから、そんな声が響く。


「おや、あの声は・・・。セイランド様ですね。今日はここまでに」

「ああ」


 フィゼッチ将軍は苦笑すると、相対していた男が去るのを待って、声を上げた。


「ここにいる、セイランド」



― ◇ – ★ – ◇ ―



 フィゼッチ将軍の秘蔵っ子であるセイランドは、あまりロームに居つかない。

 近衛騎士団に所属しておいて王都を離れる理由などまず無いというのに、何が何でもと離れる理由を探してくるのだから、その熱意にこそ呆れるばかりだ。


「何かあったのか、セイランド」

「ええ。実は、・・・トッテムスリで武術大会があるそうなのです。ちょっと行ってきたいと思いまして、ロームを離れる許可を頂きたく」

「またか」

「えーっと、・・・はい、また、です」


 フィゼッチ将軍に言われると、さすがのセイランドも居心地悪そうである。

 ぽりぽりと頭を掻いてみせた。


「良さそうなのがいたら、ちゃんと引っ張ってきますから」


 そんなのはどうでもいい。近衛騎士団は基本的に貴族出身者が多いからだ。武術大会にまで出るような貴族がいるなら確かに掘り出し物かもしれないが、そんなものにわざわざセイランドが出向く必要があるとでもいうのか。

 フィゼッチ将軍は、

「ちょっとそこに座れ」と、セイランドを促した。


「いいか、セイランド。エイド将軍もケリスエ将軍も既に引退を考えていらっしゃる。それは俺も同じだ。お前もそろそろ落ち着いても良い頃だろう」


 引き際の美学というべきか。

 最後にミソをつけることなく惜しまれながら去り、それでいて相談役といった立場に落ち着くのが望ましい。

 老化を留める術はないからだ。そして老いた将軍が敗れた時、引き際を誤るからだと、必要以上に叩かれるのが常だった。場合によっては財産没収もあり得る。


「そう言われましても・・・。あちらのお二方が一気に引退されたら、さすがにごたつきますよ。それこそ最後のフィゼッチ将軍には頑張っていただかないとどうしようもないんじゃないですかねぇ。だから、うちには関係ない話ですよ、それ」

「ど阿呆」

 

 どうでもいいと言わんばかりのセイランドの頭に、フィゼッチ将軍の拳骨が落ちた。

 若者にこの老骨が抱える悩みは分からぬのか。


「将軍。痛いです」

「少しはその痛みを心に刻め」

「常に刻まれてます。忘れられない痛さなんですよ?」


 少しはフィゼッチ将軍自らがその痛みを味わってもいいんじゃないかと言いだすセイランドである。

 所詮は貴族出身者で固められる近衛騎士団。

 幼い時から面識のあるフィゼッチ将軍を、セイランドは近所のお爺さんと同じレベルで見ているに違いない。


「あのなぁ、セイランド。俺とて引き際は心得ておる。お前には既に、お前が引っ張って育ててきた部下達がいるではないか。もう十分だろうが。フラフラしているのもそろそろ終わりにして、俺の跡を継げ。俺に、あいつらに(おく)れを取らせるな」

「あー、つまりエイド将軍とケリスエ将軍にだけは負けたくない、と」

「その通りだ。あいつらに勝ち逃げなんぞさせてたまるか」


 三人の中で一番年長であるフィゼッチ将軍である。だからといって引退時期なんて競うものでもないと思うのだがと、セイランドは呆れる。

 セイランドは覚悟を決めるかのように、静かに目を閉じてから言った。


「私の忠誠は常に将軍のものです」

「そうか、やっと分かったか」

「はい。ですからトッテムスリに行って参りますので、留守にさせていただきたくおねが・・・痛いですっ」

「分かってねぇじゃねえか、おら」

「いててててっ」

 

 どこまでもふざけた言い分を披露するセイランドのこめかみを、フィゼッチ将軍の拳がグリグリと挟みあげた。

 さすがのセイランドも悲鳴をあげ、

「ちょっと話を聞いてくださいっ」

と、喚いた。


「あー、もう、ひどい目に遭いました」

「嘆きたいのはこっちだ」


 さりげなく座っている椅子をフィゼッチ将軍から遠ざけるセイランドだが、どこまでも緊張感のない様子に、なんとも緊張感が削がれていく。

 フィゼッチ将軍にとっては、だからこそ気楽な部下でもあったが、たまに小憎らしくもなる。


「別にエイド将軍もケリスエ将軍もまだまだ引退できませんから大丈夫ですよ。十年後にでも、その話は改めまして」

「おいコラ、何を勝手に人の引退を十年引き伸ばしてんだ」

「いや、だって・・・」


 セイランドは、目線を窓の外へと()らした。


「どうせエイド将軍もケリスエ将軍もそろそろ引退作戦を失敗している頃ですから。私の推測によるものですが」

「勝手に決めるな」

「当然の帰結です」


 戦ならば情報を集めて様々に予測もするものだが、どうして他人の行動が分かるというのかと、さすがの将軍も呆れる。

 この部下は本当に口から生まれてきたかのようだ。

 セイランドは、そんなフィゼッチ将軍に気の毒そうな目を向けた。


「考えてみてもくださいよ。あのエイド将軍とケリスエ将軍が、あの狂犬と暴れ狼を相手に、簡単に引退なんてできるわけないじゃないですか」

「お前は将軍をバカにしているのか」


 上官の去就がどうして部下に左右されるのかと、さすがの侮辱をフィゼッチ将軍も(とが)める。


「と言われましても・・・。その狂犬と暴れ狼を作り上げたのは肝心の将軍達なんですから、責任はとってもらわないと困ります」


 そうしてセイランドは立ち上がった。


「あのお二方にしても、フィゼッチ将軍が居てくれないと寂しいじゃないですか。そう諦めてあのお二方が引退できるまでは、将軍も頑張ってくださいよ」


 セイランドだってフィゼッチ将軍がいなくなるのは困る。

自分が欠席でも将軍が出席なら舞踏会は十分に問題ないが、自分が将軍になったら舞踏会にだって出る義務が生じるのだ。

そして舞踏会とは女性の手を取って踊るものである。冗談ではない。


「とか言って、既にあの二人が引退することになったらどうしてくれる。この俺が、年下の将軍ですら引き際を誤らずにいるのにと、笑われるんだぞ」

「大丈夫です」


 セイランドは自信たっぷりに言った。


「あの狂犬と暴れ狼から、もしもあの将軍達の引退を促すようなマネを少しでもとったら命は無いと思えと言われてます。だから、俺は呼び水になりそうなフィゼッチ将軍の引退なんて、絶対に阻止するしかないんですよ」

「・・・・・・おい。お前は誰の部下だ?」

「常に私の忠誠はフィゼッチ将軍のものです。しかし、可愛い部下の命を惜しむのでしたら、フィゼッチ将軍には今しばらく将軍位にいて頂きたく、お願い申し上げます。私ではどちらの闇討ちにも勝つ自信はありません」


 あの二人を相手に生き延びられる自信はないと、堂々と言うセイランドに、フィゼッチ将軍は頭を抱えた。


「どいつもこいつも・・・」


 自分の上司に辞められたくないからと、他の騎士団の副官を脅迫するとは何事か。

 それをホイホイ受け入れるセイランドもセイランドだ。


「あんなのと一緒くたにしないでくださいよ」

「同じだ、馬鹿者」


 不本意であると言いたげなセイランドだが、フィゼッチ将軍は一蹴した。

 同時に自分達がここまで部下に慕われているとはと、違う意味で面映ゆくもなるのだから複雑だ。

 嫌いな上司ならば蹴落(けお)としてくるだろうに。


「まぁまぁ。だけど将軍はまだ良かったじゃないですか。少なくとも、エイド将軍とケリスエ将軍なんて、あの狂犬と暴れ狼ですよ? うちはまだマトモです」

「そりゃまあ、な」


 さりげなく自画自賛である。しかしフィゼッチ将軍も、あんな狂犬と暴れ狼なんて冗談じゃないと思ってしまうから頷くしかない。


「ではそういうことで」


 こうしてセイランドはトッテムスリへと出掛けていった。

 セイランドがいち早く宴会の情報を入手し、女性に囲まれると分かっているからこそ逃げたのだと、フィゼッチ将軍はまだ知らない。


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