10 裏 ユリアナの夢 逃亡する男
真夜中の石畳を、俺は後ろを気にしながら走っていた。
(逃げろ、逃げなくては)
追手から逃げ切らなくてはならない。捕まってしまったら俺は・・・。
息切れも激しくなっていた俺は目の前に壁に気づき、そこが行き止まりであることを知った。
「くそっ」
戻って、違う道に行かなくては。
「そこまでだ」
だが、自分が戻ろうとした後方の道から、複数の人間を引き連れた男は現れた。
「往生際が悪すぎるのは困りものだな。さ、追いかけっこの時間は終わりだ」
こちらが息を切らしているというのに、あちらは余裕綽々だ。
その事実に俺は恐怖を覚える。どうして俺の行く手を彼は見切っているのか。それが力の差だとでも言うのか。
無駄だと思いながらも、俺は目の前まで近づいてきた男に哀願せずにはいられなかった。
「見逃してくれ。俺は嫌だ、嫌なんだ・・・」
既に距離は三十センチも離れていない。
男はフッと笑った。
ニヒルなその笑みに、俺は彼が見逃す気などさらさら無いことを知った。
「それは無理な相談だ。さ、覚悟を決めるんだ、ベイビー」
そうして、懐から彼は黒い銃を取り出し、俺の額に当てた。パンと軽い音が響く。
俺の額に赤く、「肉」という字が捺印された。
「てか、罰ゲームくらい、おとなしく受け入れろよ」
― ◇ – ★ – ◇ ―
「うわぁぁぁんっ、嫌だって、嫌だって言ったのにぃぃぃぃ」
けたたましい泣き声と共に、ユリアナが飛び起きた。
「えっ!? 何だ何だ、何があった?」
驚いて、セイムも飛び起きる。
「ひどいよっ、肉だけはっ、肉だけは嫌だって言ったのにぃぃぃっ」
「は?」
今朝の食事は燻製した薄切り肉を入れてスープを作る予定だったが、もしかしてユリアナは肉を食べたくなかったのだろうか。
「あのな・・・。泣いて飛び起きるようなことか、それ?」
温和だと自認しているセイムは呆れかえった。夜明けにはまだ早い。
(そんなら昨夜の内に言えばいいのに、言わなかったじゃないか)
大体、それ、泣くほどのことか? 別に肉嫌いってわけじゃないだろうに、朝食にどんな思い入れがあるんだ。
飯など、腹が膨れればいいだけである。
(気の向くままに予定を変更しようが何しようが、毎日が自由生活っていう一人暮らしが長くなるとこうなるわけだな)
起きてしまったものは仕方がない。
セイムは、挽いたトウモロコシの粉を練ったものを朝食にすることにした。いきなり叫んで人を起こしてくれたユリアナは、寝ぼけていただけだったのか、また寝入ってしまったが。
そして太陽の光と共に周囲が明るくなる。
「ねえ。昨日、燻製肉のスープって言ってなかった? どうしてポレンタなの?」
トウモロコシを挽いた粉を水から火にかけて練りあげたポレンタは、時間が経てばプルプルの形状になるが、作り立てはチーズを足して食べてもいい。
腹持ちが良く、加熱時間が長いことを除けば便利な食品である。そしてユリアナがよく寝ることを一日で気づいたセイムは、加熱時間があることを知っていた。
ポレンタは時間が経ったものを焼いたりしても美味しいおかずであり、主食だ。
「お前が肉のスープは嫌だって言ったんだろうが」
ユリアナは首を傾げた。
肉はとても滋養があるのに嫌だなんて言う筈がない。
「言ってないよ、そんなこと」
「は?」
最近、ユリアナはセイムが若いのにボケているのではないかと心配だ。




