9 裏 セイムと神父
教会とは全ての者に対して開かれている。
小さな教会だが、神父は自分が預かるこの教会を愛していた。善良な人々は教会に訪れては神に祈る。寄進を行い、神父の説教を聞いていく。
変わり映えのしない日々だが、それこそが愛おしい。
その日、見慣れぬ男が教会を訪れた。
「神父様。私に道をお示しください」
「どうぞこちらへ」
横にある小部屋への扉を指し示す。
たとえ教区外から来た者であっても教会は拒まない。そして信者の相談を漏らすこともない。
たとえば懺悔を聞く時は互いの顔が見えぬ小部屋を使う。それは信者の心を軽くする為だ。人には言えぬ重い気持ちを吐き出して、信徒は帰宅する。神父の顔など見る必要はない。罪は神によって許されるのだから。
そして相談にのる時は互いの顔が見えるように、穏やかな光が差し込む部屋を使う。神父の優しさに彼らは神の指し示す道を見出すのだ。
男は質素な服装だったが、目立たぬように腰に剣を下げていた。堂々と帯剣できるのは騎士だけである。しかし、世の中には騎士であることをひけらかす者もいれば、あまり目立たぬように心がける者もいる。彼は後者のようだ。
神父は彼に好感を抱いた。
「神父様。私は弟が理解できないのです」
「弟さん、ですか」
「ええ。今年、弟ができたのです」
「なるほど」
今年生まれたのであれば、この若者とは二十以上離れているのではないか。
両親は頑張ったんだなと、神父は感心した。
しかし表情には出さない。常に温和な表情を崩さない、それも神父の仕事である。
「私の仕事の都合で各地を連れまわしておりますが、それでも文句を言わず、手もかからず、良い子なんです。しかしいささかおかしいのです」
「おかしい、ですか」
「たとえば寝ている時、どうも変な夢を見ているようなのです」
「ほお」
生まれて間もない赤子に、この兄は何の理解を求めているのか。
神父は呆れ返った、
「また、私のことをくさいと嫌がったかと思えば、次にはそんなことないとばかりになついてきます」
「はぁ」
赤ん坊の発した「アー」とか「ウー」とかいう意思表示を勝手に解釈しているのか。
何を妄想しているのか。
神父は相槌すら投げやりになった。
「弟は魔に魅入られているのではないかと心配でなりません」
「失礼ですがあなたの親御さんは? 弟さんには両親の愛情こそが一番なのですよ。いくら兄でも弟を連れ回すとは・・・」
「既に二人は天に召されました。幼い弟を置いて・・・」
なるほど。やはり両親は頑張りすぎてしまったらしい。
しかし若い独身男が生まれたばかりの子供を育てるのは大変だ。育児ノイローゼになっている。
どこの出身かは知らないが、預けられる人がいなかった為に、この騎士は弟をここまで連れてきたのであろう。
育てられない子供を捨てる人間は多い。そう思えば、なんと感心な若者か。
「あなたの弟さんは全然おかしくありません」
神父は優しく微笑んだ。
この騎士に必要なのは育児を手助けしてくれる女性だ。赤ん坊を連れてくるのを許されているとは、かなり将来有望そうである。その気になれば、良い縁にも恵まれるだろう。
城には、良縁を探す娘さんも多いのだから。
「神父様」
「神は常にあなた方を見守っていらっしゃいます。そしてあなたの周りにも、あなたを助けたいと思っている方がきっといるはずです」
「私の周りに?」
「ええ。必ず存在しています。周囲を見渡してごらんなさい。あなたに、光がありますように」
男は喜捨を置かれていた鉢に入れ、帰って行った。その姿が消えた後で、神父は神に祈った。
「神よ。本日は迷える子羊を導きました。彼に光をお示しください」
教会を出た男は考え込んだ。
「俺の周りに助けてくれる人、か」
男は、こっそりと自分の部下の所に行き、同じ悩みを打ち明けた。
「なるほど。それはそれは。そういうことが気になって仕方ないんですね。ならば簡単ですよ」
「なんだ。お前には分かるのか」
「そりゃ分かりますよ。男ですからな」
部下は彼をとある場所に連れて行った。
(欲求不満がたまって、どうでもいいことが気になるのはよくあることだ。それなら話は簡単だ。大体、女嫌いと言っても、本能には逆らえないってもんだろう)
そこは娼館であった。
「うわぁぁぁぁっ」
部下に放り込まれた部屋で、男は肌にブツブツを発症させた。
「二度と神なんて信じないからなっ」




