8 裏 ユリアナの夢 バーボンが似合う男
賑やかな街の中にひっそりと、その店はあった。
店主であるマスターが一人だけ。そんな小さな店は、客が十人も来たら満席だ。
店内は薄暗く、常連客しか来ない店だが、うまい酒と肴があった。
今もカウンターの奥では二人の男女が、そして入口近くの席では男二人が、店主が出してきた小皿料理をつまみながら、酒と会話を楽しんでいた。
カランコローン。
来客を示す鈴の音と共に扉が開き、その男は入ってきた。
(新顔だな)
粋に帽子とスーツで身を包んでいながら、その男には女を寄せ付けない何かがあった。
ちらりと目をやった店主は、無愛想な顔で顎をしゃくり、カウンターの真ん中にある席を示す。両側二席は空いていた。
男は、コートも脱がずにその止まり木に腰かけた。
「バーボンを」
そうして懐から葉巻を取り出す。店主が流れるような動きで灰皿を目の前に置いた。
男はジッポーを取り出し、葉巻に火をつけた。ボルサリーノが隠していた男の顔が炎に照らされ、薄暗い店内で浮かび上がる。男の顔には陰があった。闇に生きる者特有の何かが。
手早く作ったバーボンを男の前に置くと、店主は奥に女と一緒にいる男のグラスが空になっている事に気づいて声を掛けた。
「次は何を?」
そう尋ねると、奥に座っていた男は言った。
「脱臭剤を一つ」
一緒にいた女が言葉を添える。
「その心は・・・」
― ◇ – ★ – ◇ ―
「おい、ユリー。朝だぞ」
チュンチュンと囀る鳥の声。さやさやと草が鳴っている。
そんな中、ユリアナはセイムの声で目を開けた。
「あれ?」
「なんだ、まだ寝ぼけてるのか」
「んー?」
「どうした?」
心配そうに、セイムがユリアナの目をのぞきこんでくる。
まだ心が暗い店内にあったユリアナは、夢で言いそびれた言葉を続けることができた。
「クサすぎるにも程がある」
「・・・・・・・・・・・・は?」
その後、いつもよりも念入りに川でごしごしと体を洗うセイムの姿があった。
そしてまだ頭が起きていなかったユリアナは二度寝して、セイムが戻ってくる頃にやっと目覚めた。
「えっと、これで大丈夫か?」
「は? 何が?」
「いや、だってお前、俺のこと、汗臭いって・・・」
「言ってないよ、そんなこと。どっちかって言うとセイム兄さん、綺麗好きだよね。感心するもん。汗かいたらすぐに体を濡れた布で拭いてるし、汗臭くなる前に服も着替えちゃうし」
「だって朝、起きた時・・・」
「何それ。僕、今起きたんだよ?」
「・・・・・・」
「朝は二回も来ないよ。兄さんったらお茶目だね」
時々、セイムはユリアナが分からない。




