7 裏 ケリスエ将軍とカロン
ローム王城には軍がひしめく区画がある。
その内の一つの棟における最高責任者であるケリスエ将軍は、他のフィゼッチ将軍やエイド将軍と並んで三将軍の一人ではあるが、年齢的に他の将軍に対して常に敬意を払う立場でもあった。
戦績が全てではあるが、やはり年齢的な序列や経験を無視もできない。
ゆえに三将軍の仲では一番周囲から侮られている将軍でもある。
そしてそれに対して何とも思ってもいない将軍でもあった。
ケリスエ将軍の悩みの種と言えば、まさに自分の養い子のことだろう。
― ◇ – ★ – ◇ ―
バタバタと足音が近づいてくる。ケリスエ将軍は、じろりとその方向へ鋭いまなざしを向けた。
「ケリスエの親父っ、聞いたか」
遠慮なくずかずかと入ってきたのはカロンだ。ケリスエ将軍の懐刀とも称されている。
近衛騎士段のセイランド、王都騎士団のロメスと並んでローム国騎士団の出世頭だ。暴れ狼という二つ名もある。
そんなカロンのことを、ケリスエ将軍は誰に対しても自分の息子だと言っているが、肝心のカロンは「どうせ俺は将軍の小間使いですから」と、ほざいている。
尚、ケリスエ将軍率いるローム国騎士団の中においては、金魚のフンと呼ばれていた。
「何をだ。やかましい、黙れ」
騒がしいのは好まないケリスエ将軍である。
だが、そんなケリスエ将軍の機嫌など全く考慮しないカロンは、そのままどさりと腰かける。その遠慮も何もない態度はふてぶてしいとしか言いようがなかった。
それらも全てカロンによるケリスエ将軍への挑発なのだろう。
「ははーん、まだ聞いてないんだろ。そりゃそうだ」
ニヤリと見上げてくる表情は、まるで狙いを定めたハイエナのようだ。
「言いたいなら、さっさと言うがいい」
「どうしよっかなー」
ぴしりと、ケリスエ将軍のこめかみに青筋が立った。
「言え」
そのケリスエ将軍の表情をひとしきり楽しんだ後で、カロンはようやく説明し始めた。
「どうも、反乱軍が結成されるようですぜ」と。
ケリスエ将軍の顔が、引き締まった。
― ◇ – ★ – ◇ ―
息子とされているカロンがケリスエ将軍に対して挑発的な行為を繰り返すのはいつものことだ。
というのも、カロンはこの国の人間ではない。
既に十年近く前、ケリスエ将軍がとある戦で斬り合って殺した男がいた。その男には戦場に連れてきた息子がいた。そういう出会いだ。
敵の将軍に父を殺されたカロンはまだ少年で、そのままケリスエ将軍に殺される筈だった。
そこで何の気まぐれが働いたのか。
ケリスエ将軍はカロンの命を許し、連れ帰って自分に仕えさせた。いつか仇討ちをしても構わないと言い捨てて。
仇討ちと言われても、その頃のカロンはまだ体も出来上がっていない少年にすぎない。親を殺されておきながらケリスエ将軍に仕えるカロンは、周囲から何かといじめられた。
しかし逆境は人を育てる。
最初は弱々しい少年だったが、やがてカロンはたくましく大柄な男になって、めきめきとその実力を発揮し始めた。
今では第6軍を率いる部隊長だ。
ケリスエ将軍をもしのぐ体格ともなっている。
そろそろ決闘を申し込まれる日も近いだろうと、ケリスエ将軍は覚悟をしていた。
殺す者は殺される。それがならいだ。
― ◇ – ★ – ◇ ―
夜も更け、静けさが辺りを満たしている。王城の裏に広がる山には、城からその山の中腹にある小さな古い神殿に続く道がある。
既に打ち捨てられた神殿だ。詣でる者もいない。
灯りを持ってその山道を往復するのが、ケリスエ将軍の最近の日課であった。
その日は満月だった。白い石で造られた神殿は、ほんのりと月の光を受けてその姿を浮かび上がらせていた。
ケリスエ将軍が壊れかけた無人の神殿で祈りを捧げていると、ジャリッと、後ろで石を踏む音がした。
振り向きもせず、ケリスエ将軍は祈り続けた。
しばらくしてから祈りをやめて振り返ると、そこには抜き放った剣を持ったカロンが立っていた。
「やるか」
カロンは何も言わなかった。
ケリスエ将軍も剣を抜き、構えた。
「来るがいい」
白い神殿の床に、二人の影が対峙する。やがて、カロンから斬りかかっていった。
位置を変え、打ち合い、互いの身も近くなり遠くなり、何度も切り結ぶ。
やがて、ケリスエ将軍の剣がカロンの重い剣にはじかれ、その腹を蹴り上げられた。
「げふっ」
その衝撃に倒れこんだケリスエ将軍だったが、特に命乞いはしなかった。すかさず自分の上に跨り、首の横に剣を突き立ててきたカロンをいつものように睨みつけた。
「やれ」
カロンは動かなかった。
二人の顔は今まで無かった程に近くにある。獲物に嚙みつこうとする肉食獣のように、カロンの顔はケリスエ将軍のすぐ斜め上に迫っていた。
そのままカロンが剣を斜めに引くだけで、ケリスエ将軍の命は絶たれるだろう。
二人の瞳が交差する。
緊張した時間が、二人の間を流れた。
「ハハ、やってらんねぇよ」
ふらりと、カロンはその身をゆっくり起こした。
「殺せ、カロン。お前にはそう教えたはずだ」
「知ってるよ、そんなこと」
そう言って、カロンはケリスエ将軍の右ほほ横の床に、左の拳を叩きつけた。
「殺せと言うなら、どうして俺を育てたっ」
「・・・気まぐれだ」
「はは、・・・ホント、あんたって最低だ」
床に刺さっていた剣が、カランと音を立てて倒れた。
ケリスエ将軍の腰に跨ったままのカロンは、糸の切れたマリオネットのように、ただ俯いていた。
溜め息をつき、ケリスエ将軍の指がカロンの頬に流れるものを拭き取る。
上半身を起こしたケリスエ将軍の肩に、カロンは静かに顔を埋めた。
― ◇ – ★ – ◇ ―
ケリスエ将軍の懐刀と称されるカロン・ケイス。
同時にケリスエ将軍に対して敬意を払わない態度で、周囲の顰蹙を買うことも多い。
暴れ狼という異名を持つカロンは、もしも彼と同じようにケリスエ将軍にふざけた態度をとる人間がいたら、その人間を半殺しにすることでも知られている。




