6 裏 ユリアナとお姉さん
ユリアナは、女の人はみんな魔法使いだと信じている。
クルクルとスカートを翻しては動き回り、キラキラとした素敵な物を次々と作り出すからだ。
それは美味しいご飯だったり、甘いお菓子だったり、綺麗な布の模様だったりと、ユリアナにとってはわくわくするものばかり。
「いーい、ユリアナ? あのね、男は胃袋でつかまなくちゃいけないのよ?」
「いぶくろ、なの?」
「そうよ。おいしいご飯が作れる人は最強なのよ」
そう言って、街で知り合ったお姉さんは、ユリアナみたいな子供でも美味しく簡単に作れるレシピを教えてくれた。
「頑張ってね。私はもっとがっしりした体の人の方が好きだけど」
いいの。お師匠様が素敵なのは、私だけが分かっていればいいんだから。
「まず、ジャガイモの皮を剥いて茹でるの。二人だから二個程度ね。
ジャガイモが茹で上がったら潰して、牛乳でもヤギの乳でもいいから足して柔らかくしてね。熱いうちにしなくちゃ駄目よ?
それからチーズを摩り下ろしたり、刻んだりしたものを混ぜるの。やっぱり熱い内じゃないと駄目よ?
塩とか混ぜて塩味をつけても、蜂蜜とか混ぜて甘みをつけてもいいわね。どっちでもパンに合うわ。
はい、出来上がり」
これは、私のお気に入りとなったレシピだ。甘いものが大好きな私は蜂蜜を入れる。
早速、作ってみた。
「どうしたんだ、ユリアナ。卵のぐるぐる焼きじゃないじゃないか。誰かに作ってもらったのか?」
「うふふー。おししょーさま、ジャガイモのチーズとミルクまぜまぜです」
「火傷はしなかっただろうね?」
「はぁい」
心配性なお師匠様は、私の手を取ってチェックしたけれど、ちゃんと火傷しないようにと、網でジャガイモを取るのだとも教えてもらっていたのだ。鍋のお湯は、冷めるまで置いておけばいいと言われた。
「じゃあ、いただこうか。・・・・・・ん。甘いな」
「ハチミツ、いれました」
「・・・そうか。美味しいよ、ユリアナ。よく頑張ったね」
「はいっ」
たっぷり入れた蜂蜜はとても甘くて美味しかったけれど、次からお師匠様は私がジャガイモとチーズとミルクの混ぜ混ぜを作る時にはお手伝いと称してやってきて、玉葱や違う野菜を入れたりしてスープにするようになった。
そうなるとスープは塩味だ。それもそれで美味しいけれど・・・。
(今にして思えば、子供の舌に合わせたあれって、お師匠様には甘すぎたんだろうなぁ。しかも蜂蜜やお砂糖って、実は高価だったし)
大きくなって気づいたこともあるけれど、いつだってお師匠様は私の作るものを美味しいと言って平らげてくれた。
思い返せばいつだって愛されていた。
早朝や深夜でも叩き起こされて患者の為に出ていくお師匠様は、それでも私を誰よりも大事にしてくれていたのだと。
そんなジャガイモとチーズとミルクの混ぜ混ぜは、やがてチーズ抜きのスープとなっていった。
何故ならお師匠様は忙しい。助手となった私もそれに合わせて忙しい。
そうなるとさっと作れて失敗しないレシピになるのだ。チーズ入りは油断したらすぐ焦げつくけれど、スープは多少なら目を離しておいても大丈夫。
(私が小さい頃って、それなりに医師のいる街暮らしが多かったけど、きっと仕事に追われないように調整していたんだろうなぁ)
血の繋がらない娘を育てながら仕事をする為に、色々なものを犠牲にしてくれていたのだ。
お父さんとお母さんがいなくて寂しかったことは確かだし、普通にお父さんとお母さんがいる友達が羨ましくなかったわけじゃない。だけどお師匠様がいてくれたならそれでいいって思えた。
(ただ、お師匠様は手強すぎた。難攻不落の男すぎた)
私とて努力したのだ。お師匠様のお嫁さんになりたくて、誘惑というのもしてみたのだ。
だけどお姉さんに塗ってもらった口紅は、
「ユリアナ。唇の色がおかしくなってるぞ? ああ、あの花の採取時期だったか。染料になるんだが食べても安全だ」で終わった。
そしてお姉さんに縫ってもらった寝間着は、
「花模様が可愛いな。ちゃんとお腹を出さずに寝るんだぞ」で寝かしつけられた。
どれも何かが違ったらしい。
(まあね。そりゃ実の親子だと信じてたんだもん。お姉さんだって、真面目には受け取らなかったわよね。おしゃまなお子様にちょっとしたおしゃれさせてあげただけだったわよね)
お師匠様の胃袋はつかめなかったけど、それでもお姉さん達は今でも私の魔法使いだ。




