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狂騒曲が終わる日に  作者: 藤木
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ネーテル城で伯爵の次女、スザンナ姫に呼びつけられたセイムとユリアナだったが、セイムの怒りポイントをどうやらスザンナは押してしまったようだった。

先程まで見るのも嫌だとばかりにスザンナからもその侍女達からも顔を背けていたセイムがまっすぐにスザンナを見据えている。


「恋占いをしてもらおうとまじない師の元にいらしておきながら、恋占いをさせようとはなさらない。しかも恋占いと口で言いつつ、望むのは不要な男を殺す方法。・・・そう、あなた様が望んでいるのは、邪魔者を始末する方法しかありますまい。ですが、あまりにも幼くていらっしゃる。そんなあなた様に必要なのは、その足りぬ頭をおぎなってくれる策士でございましょう」


 揶揄するような、あざけるような言葉に、スザンナはぴくっと頬を震わせた。


「言ってくれるではないの。たかがまじない師ふぜいが」

「その外部から来たまじない師を頼らねばならぬ程、万策尽きたのでございましょうに。私達を怒りのままに追い出したなら、あとは好きでもない男に嫁いでいく日を指折り待つばかりでございましょうな」

「うわ。ちょっと兄さんっ、何言っちゃってんのっ!?」


 何がキレる理由になったのか分からないが、セイムは腹を立てているようだった。


(やっぱり自分の抹殺計画が気に(さわ)ったのかもっ。だけど相手はセイランド様なんだよっ? いくら依頼があっても私だって毒薬なんて作るつもりはなかったのにっ)


 そんなことを考えてしまうユリアナもまた現状把握をしかねて、少しずれた思考に陥っている。


「黙れ、ユリー。このお姫様はな、自分の恋とやらの邪魔だから人を殺せばいいという愚かな理由でまじない師を使おうとしているんだぞ? どこまで阿呆(あほう)なんだ。そんなことを思いつく時点で、どうせ今まで他のまじない師にもいいように金だけ巻き上げられてきたのだろうよ」

「うっ」

「おや」


 そこで狼狽(うろた)えたスザンナとは裏腹に、リアンは面白そうな表情でセイムを見やった。

 その少女らしからぬ表情に、ユリアナはピンとくる。


(そうなんだ。リアンってば、・・・・・・うわぁ、可哀そうかも)


 痛いところを突かれたスザンナは泣きそうな顔になっていた。そんなスザンナに、セイムはふんっと鼻を鳴らす。


「何よっ、その言い方はっ」

「阿呆なのも、若い娘であれば可愛いこともある。今まではその愚かさすら可愛いことよと、周囲は笑って見ていれば良かっただろう。だが、この婚姻話が本格化したとなったら、その愚かさもマトモな道に正しておかねばならない。だからユリー、お前が選ばれた。それだけだ」

「は?」

「何ですって」


 ユリアナとスザンナがセイムに対して怪訝そうな顔になる。

 壁際に立っていたフォンナとリアンもまたセイムをじっと見つめた。


「よくお聞きなさい。スザンナ姫様。今まであなたは泳がされていた。その可愛らしいままごとみたいな恋とやらも含めて。けれども遊びの時間はもう終わりです。そう思ったから、ユリーの腕を確かめた上で、あなたに接触させたのですよ」

「どういうことよ」

「まじない師とは、時に占いだけではなく、情報や様々な手管(てくだ)を操る者。しかし、まともな占いすらできない(ちまた)によくいるまじない師と違い、本来のまじない師が、あなたのような愚かな娘に使われることはあり得ない。そろそろ、それを理解しても良い頃合いだと思われたのでしょう。・・・今まであなたが雇ったつもりで色々とさせていた自称まじない師は金だけとってトンズラしたであろうことなんて、どんなまじない師でもすぐ分かる」

「なんですって」


 なるほどと、ユリアナは納得した。そうか、自分はスザンナに身の程をわきまえさせる為にここへ来させられたのか。


(まじない師もピンキリだもの。ただの詐欺師もいれば、春を売る者もいるし、本当の予言者だっている。私みたいに薬師とのかけもちもいれば、情報を集め、情報を散らし、間諜といった工作をする人だっている。表に出せない繋がりを代行する人だって。・・・ま、ほとんどはインチキだけどね)


 たとえばこれがその責任と意味を知悉した者が必要だとみなして何かを要求してきたのであれば、ユリアナはその望みのままに従ったことだろう。

 しかしスザンナはあまりにも世間知らずだった。こんな愚かな理由で命じられて、言いなりになるようなまじない師は世間にまずいない。

 大抵のまじない師は遠慮なく金を世間知らずのお姫様から巻き上げるだけだ。そうやって痛い目にあえば、愚かな真似を控えるようになるだろう。それは授業料であると(うそぶ)いて。

 ただ、ユリアナであればそこまでのえげつない真似をこんな世間知らずな相手にはしない。それはあまり良いことではないのだろうが。

 セイムはもうそこまで見抜いていたのか。

 女に囲まれて恐怖に陥っているようでありながら、彼はユリアナよりも早くその状況を見抜いていたのだ。


「どうせ言われたのでしょう? その恋を叶える為には邪魔者を消さなくてはなりません。その為には高価な・・・とかね」

「あなたも仲間だったのねっ!?」

「そんなケチな輩と一緒にしないでいただきたい。そういう金の引き出し方なんぞ見てなくても分かる」


 セイムはハッと鼻で笑うと、すっと立ち上がった。


「自分の愚かさすら自覚しないのは見苦しい。その頭の中には菓子しか詰まっていないのだろうよ。民を守る貴族の姫としての誇りも義務も感じることなく、甘い夢を見続けるあなたは、ただのバカなお嬢さんでしかない。それで姫とよくぞ名乗れたものだ」

「兄さんっ、言いすぎだ」

「誰かがいつかは言わなくてはならないことだ。普通は一度で懲りるというのに、どこまで馬鹿なんだろうな。どうせそこのメイド達に言われても聞く耳を持たなかったのだろうよ。・・・行くぞ、ユリー」


 そんな無礼な兄弟を、スザンナは唇を震わせて見送っていた。やがて、ガッシャーンと、何かを壊すような音が、その部屋から響いた。



― ◇ – ★ – ◇ ―



 別に何もしていないから謝礼がもらえないのは仕方がない。だが、ネーテル城に滞在しながら、その城のお姫様を怒らせてどうするのだろう。


「言うか、あそこまで? ひどすぎるよ、兄さん」

「優しすぎて感動したか?」

「ありえないね」


 与えられた部屋に戻り、ユリアナはセイムに向き直った。セイムはベッドにどさっとうつ伏せになって目を閉じている。

 ちょっとそこに座ってよく聞けと、説教をかましたい。かましていいだろうか。・・・いや、いかんのかもしれない。

 それでもある程度は言っておかねばと、更に口を開こうとしたユリアナだが、セイムはのほほんと気持ちよさそうにほんわかした表情を浮かべていた。

 彼の中では、結婚候補者一人を葬り去った気分なのかもしれない。


「それより茶がほしいな。酒でもいいけど」

「本当にもう、信じらんないよ」


 たとえ兄弟を装っていても、セイムは貴族のお坊ちゃまだ。ユリアナは茶の用意をし始める。

 実は荷物の中に酒もないわけじゃないが、出すわけにはいかない。しかし、セイムはあの酒を狙っている気がしてならない。勝手に飲まれたりしないよう、気をつけておかねば。


(ああ、もうっ。どうすりゃいいの。あっちもこっちもそっちもどっちも、思惑が絡み合っててどうしようもないじゃないっ。私は何があろうとセイランド様の結婚を取り持たなきゃいけないのにっ)


落ち着こう、自分。そうだ、どっちにしてもセイムとスザンナの気が合わないことだけははっきりしたんだ。何も分からない状況よりはいい。

情報は取れた。

それならいいじゃないか、うん、いいことにしよう。


「ユリー。お前の方がよく分かっていたはずだ」

「そりゃそうだけど、・・・何もあんな言い方しなくたって」

「どうせ報奨金の一つも出るだろうよ。美しさにおごり、自分の願いはその微笑み一つで叶うと信じてるお姫様の鼻っ柱を折ってやったんだ。あとはお姫様がおとなしく周囲の大人に従えばいいだけ。今までの自分の努力が周囲の大人達によって仕組まれていただけだと知ったら、もう刃向う気にもならんだろうしな。・・・・・・なあ、そうだろう?」


 最後の言葉は少し大きくて、まるでユリアナではない誰かに語りかけているかのようだ。

 すると、部屋の扉が外から誰かによって開かれた。


「すまないが、お邪魔するよ」

「ファスットさんっ。あのっ、すみません、お姫様のご機嫌をそこなってしまって・・・」

「いやいやいや。お兄さんの言うとおり、こちらとしては助かったよ。やはりあなた方はどちらも腕の良いまじない師だ」

「イヤミですかね、そいつは」


 セイムはいつの間にか立ち上がっていた。


「流れのまじない師とて、流れだからこそ分かることもありますのでね。同時にそれだからこそ、どことも深くは関わりたくはないのです。明日には出て行かせてもらおうと考えております」

「分かっている。残念だが・・・しかし城下での営業許可証は出そう。城にだけは近づかないようにしてもらいたいが」

「あのお姫様を刺激しないように、ですか」

「その通り」


 男同士で分かりあえる何かがあるのか、話は決まったらしい。

 ファスットは謝礼が入っているであろう革袋をセイムに渡した。


「姫様は分かってくださらなかった。恋しい男がいるのであれば、邪魔者を消す方法を考えるのであってはならんのだと」

「そう。その恋を叶えるか、もしくは諦めるべきだ。誰もがそうやって折り合いをつけている。苦しいのは自分だけではない」

「叶えてはならん恋も、あるのだよ」


 ファスットは、少し寂しそうに口角を引き上げた。

 本当は叶えてやりたかったのだろうか。年齢からして、きっとスザンナが生まれる前からこの城に仕えているのだろう。


「彼女がただの町娘だったなら、あなたみたいな方が憎まれ役をなさることもなかったでしょうに」

「ただの近所に住むお嬢さんなら、その恋が叶うようにうちの妻や娘が背中を押して差し上げることもあっただろう。もしも失恋したとしても、私とて背中を叩いて『ほかにもいい男は沢山いる』とか言って、その男を殴っただろうな」


 仕事を離れて大切に思っているのだと、その言葉から情愛が滲んだ。


「苦労したことのない人間は短絡的にしか考えられないですからね、男も女も」

「全くだ」


 なんか違う話に移行しているらしい。

 ユリアナは何も言えなかった。ちょうど淹れたお茶のカップをファスットにも差し出してみる。

 セイムのベッドにどさっと座ったファスットはセイランドと同じタイミングでその茶を啜った。


「ありがとう。これはなかなか面白い味だね」

「はい。少し南の方で採れる樹木の皮が入っていまして、その皮に含まれる甘みが心を穏やかにさせます」


 何やらイライラしていたセイムの心を落ち着かせようと思った茶だったが、表情を見る限り、セイムはとても穏やかだ。気が合わないと分かるスザンナから決別できる見込みとなったのが嬉しいのかもしれない。

 大切な城主のお姫様に対する対応に苦慮していたファスットの心を慰めてくれればいいのだが。


「うむ。やはりユリーだけはこの城に居てくれてもいいな。なんだったらうちの小姓になるかね?」

「いえ。僕はまだ兄の見習いですので」


 そんな兄がまじない師らしきことをやっている姿を全く見てはいないことにファスットも気づいているのだろう。

 誘われているのはあくまでユリアナだけだった。


「残念だ。じゃあ、夕食は一緒にとろう。これからどうだ。ここの食堂で出される食事はうまい。ちゃんと一杯だけは小麦酒もつくしな」

「ぜひご一緒させてください」


 小麦酒と聞いて、セイムが即座に反応する。


(これが私達、それこそ普通のまじない師みたいにお金だけ巻き上げてたらどうなってたのかな。そりゃセイランド様、別に正体が露見したとしても自分は安全だと思ってるから余裕なんだろうけど。・・・今まであんなきついこと、言われたことなかっただろうに。なんかスザンナ様、可哀想すぎる)


 ユリアナは自分の分の小麦酒がセイムに取られる未来を見たような気がした。代わりにセイムのお茶をもらうことにするとして、どうして人は好きな人を好きなままでいられないのだろう。

 スザンナだって、ただ誰かを好きになっただけだったのに。




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