5 裏 ユリアナと師匠
普段の生活と違い、お仕事の時はふざけてもいけないし、真面目にやらなくてはならないと、ユリアナは教えられた。
お仕事の時は清潔な服を着て、髪の毛も落ちないようにしなきゃいけない。
何故ならお仕事というのは遊びではないからだ。
「おししょーさま。できました。みてください」
与えられた薬草を全てすりつぶして壺に仕舞うと、ユリアナは男にそれを見せに行った。
ユリアナの声に振り向いた男は、ぼさぼさの髪にもっさりとした髭で、黒に近い褐色のそれは、まさにクマ男と言わんばかりだ。
「ああ。よくできたね」
男に褒めてもらおうと、一生懸命にすりつぶしていた少女の手は真っ赤だ。それを認めて、男は壺を棚に置くと、その手を握って手のひらを確認する。
「ユリアナは頑張り屋さんだな。こんなに真っ赤にして、おててが痛かっただろう」
「えへへ」
子供は自分の感情に正直だ。嬉しそうに笑うその表情には、男に喜んでもらいたいという思いと信頼、そういうひたむきな気持ちだけが映し出されている。
男は自分の半分もない身長の子供を抱き上げた。
そのまま外の小川まで行き、ユリアナの体は抱えたままで、手だけ伸ばして水に浸させる。
「おししょーさま。つめたいです」
「そうだね。だけど少し冷やしときなさい。後でじんじんしてきたら辛いだろう」
不安定な格好だが、男はユリアナを落とさない。
「ユリアナのおかげで仕事がはかどったからね。今日の夜は、食事の後でお話をしてあげよう。何か聞きたい話はあるかい?」
「うわぁ」
ユリアナが目を輝かせる。
「おひめさまがたすけられて、しあわせになるおはなしがいいです」
「ユリアナはその話が本当に好きだね」
「はい」
「じゃあ今、おててを冷やしながら少しその話をしてあげよう」
可哀そうなお姫様は、それでも素敵な男性に助けられて、ちゃんと幸せになるのだ。きっと助けてくれる勇敢な若者は、お師匠様みたいな人だったに違いない。
「おししょーさま。だぁいすき」
「僕もだよ。・・・昔々、ある所にとても綺麗なお姫様がいました。だけどお姫様のお母様は亡くなってしまい、お姫様は継母にいじめられていました」
ユリアナが大好きなお話だが、頑張って作業していたので疲れていたのだろう。
やがてうとうととし始めたユリアナの手を水から引き上げると、ジルバルドはユリアナを寝台に運び、上掛けをかぶせた。
「さて、お姫様が昼寝をしている間にあれを片づけなきゃな」
手伝おうとする気持ちはとても嬉しく有り難いが、子供の作業とは、その後始末が大変なのだ。男は、散らかりまくった作業の跡を片付けねばなるまいと、苦笑する。
「いつまで、大好きなんて言ってくれるのかねぇ」
お師匠様と呼んでいても、二人は周囲に対して父と娘でもあると言っているので、まさか血の繋がりがないとは誰も思わない。
おかげで何かと、今は懐いてくれていても、いずれ年頃になったら親離れしてしまうんだぞと、そんなことを言われてしまうジルバルドだ。
(あと数年もしてお前も年頃になったら「お師匠様なんて大っ嫌い」とか言い出すんだろうな)
可愛い一人娘。血が繋がっていなくても、生まれた時から知っている。
これも親友の代わりに受けねばならぬ試練なのだろうと覚悟していた男が、まだ穏やかで紳士的だった頃。
そして年頃に成長しても気持ちを変えなかった娘が、あどけなく甘えていた頃。
「お前を任せてもいいと思えるぐらい、いい男を見つけるんだぞ?」
その擬似的恋愛感情を醒まさせる為にと、やがて粗雑でいいかげんな男へと変貌を遂げる前の男は、優しく子供の髪を撫でた。




