祭りと竜神
祭りはとても華やかで、静かなものだった。
湖の周りを村の子供達が、色とりどりの鮮やかな服を着て舞っている。
大人達はその様子を両膝をついて祈りながら、静かに見守っていた。
贄はというと、死人の着る白い服を着て、湖の中心まで伸びている橋をゆっくりと歩いていた。
そこで、今まで贄の袖に隠れていた紫片喰が、苦情を言う。
「暇だ。 ここからじゃあ、祭りを観る事も出来やしない」
なら、と贄は、紫片喰をこっそり手の平に乗せ、袖から出した。 が、紫片喰の機嫌はよくなる所か、更に悪くなった。
「こいつには質素な服を着せておいて、自分達の子供には綺麗な服を着せるのか」
「お祭りで決められた衣装なんだよ。 そんなに怒らなくても……
それより、ほら見て。 こんなに大きな水溜まり。 初めて見た!」
「……水溜まりじゃねぇよ」
紫片喰が呆れている間に、橋の途切れた所まで着いた。 贄は紫片喰を足元に置くと、あやまって踏まないように気を付けながら、踊り出す。
あの頃とは違い、誰よりも綺麗な舞を見せる贄を紫片喰はじっと見つめていた。
舞が終わると、娘は足元の紫片喰を両手で包み込んで、立ち上がる。
「……やっぱり、もう、雨降らないね」
「そりゃあ、そうだ。 今までの事が、当たり前だと思うな。 普通は降らん」
「普通って難しいなぁ」
そう呟いただけで、贄は紫片喰と共に、湖の中へと飛び込んだ。
―――――ドボン。
水溜まりの様だと思ってた湖は、思っていた以上に深くて、足は着かない。 視界は闇に包まれて、息が出来なかった。
しかし、どんなに苦しくても、娘が紫片喰を握り潰す事はなかった。
贄は目覚めた。
いつの間にか、気を失っていたらしい。
今だ湖の中に居たが、もう足は地に着き、息をするのも楽だ。 辺りは明るく、丸みを帯びた岩と小魚でいっぱいだった。
贄は両手に包んでいた、紫片喰に話し掛けた。
「これからどうしよう。 ここ何処かな?」
「多分、岩の隙間に落ちたんだろうな。 登れそうか?」
しかし、岩は娘の背丈程あり、かつ、油でも塗ったみたいにつるつる滑る。
何度か挑戦していると、どこからかクスクスと笑う声が響いてくる。 それと共に岩が動き出した。
「何故、私に乗ろうとする」
岩がようやく動かなくなった時、大きな白い蛇の頭が、前に来て尋ねた。
どうやら、岩と思っていた物は、この白い蛇の胴体で、白い蛇は竜神様なのだろうと、贄はすぐさま理解した。
「申し訳ありません、竜神様。 岩と勘違いしてしまい」
「そうか。 そなた達は小さいから、そう見えたか。
して、そなた達の望みはなんだ? 何か願いがあって、わざわざ、ここまで来たのだろう?」
竜神の楽しそうなその声に、贄よりも先に紫片喰が反応した。
「竜神様、村に雨を。 しかし、こいつではなく、俺が贄となりましょう」
「な、何を!」
突然の事に、口を開いたり閉じたりする贄を置いて、竜神は紫片喰に目をやる。
「そなたが?」
「はい!」
力強い返事を聞いた竜神は一瞬だけ、きょとんとして、大笑いし出す。
「ぷっ、あははは!」
その間にようやく、声を出せた贄が「自分が贄になるのだ」と主張すれば、また紫片喰が「自分が」と言う。 それを贄が否定して……と終わらない庇い合いが始まり、竜神の笑いは更に大きくなった。
笑い疲れた頃、竜神は二人に声を掛けた。
「そなた達はいくつか勘違いをしている。 私は肉を食べないし、草も食べない。 そして、私がお前達の村に雨を降らせた事などない」
「――え?」
「――え?」
その言葉に、二人の微笑ましい言い合いが止まる。
「ならば、誰が雨を」
戸惑って呟く贄に、竜神は尾の先を向けた。
「分からないか? そなただ」
「……私?」
「そう。 雨を降らせていたのは、そなただ。 私は気に入った者に力を分け与えていただけの事」
「なら、何故。 雨が降らなくなったのですか?」
「力は常に形を変える。 私はそなたに力を分け与え、そなたは力を雨に変え、雨は湖に流れ、湖から私に戻った」
竜神は尾の先で、贄の頭を優しく撫で、目を細めて微笑む。
「全ては均等に巡っている。 いずれ雨は降るものだ。
何不自由なく生きる事こそが不幸。 苦しみは幸せを呼ぶものなのだから」
そして、竜神は二人にもう一度尋ねた。
「して、本当の望みは―――――何だ?」
死装束を着た娘の手を引くのは、桃色の髪に、淡い黄緑色の瞳をした少年だった。
しばらく歩いていると、山越えの途中だというのに、大雨が降って来た。
少年は「土がぬかるむ」と文句を言い、少女は「一休みしよう」と提案する。
その様子を遠く、湖から見ていた竜神は、思う。
二人組のおかしな旅人が居ると噂が出回るのは、いつだろうか?
きっと少女は、何でも器用にこなし、何があっても動じない。 少年は、仲間と一緒に少女を守るのだろう。
紫片喰は、娘の自由を。
娘は、紫片喰に足を。
竜神に出来るのは、その願いを叶える事のみ。 その後は、自分で解決しなければならない。
「まぁ、あの二人ならば、どうとでも生きられよう」
一つ、大きな欠伸をして、竜神はまた深い眠りについた。




