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喧嘩

 あれから、十年は過ぎただろうか。


 あの後、村人に見つかり、山小屋へと帰った娘は、毎日の様に紫片喰に会いに来た。

 山小屋に住む婆に舞を習った、と無邪気に話す日。

 まだまだ踊れていない舞を披露する日。

 娘の話のほとんどは、紫片喰にとって、どうでもいい事ばかりだったが、そんな日々を、幸せに感じていた。

 けれど、その日々が消えて無くなるのも、近いと、紫片喰は薄々感じていた。


 娘でさえも雨を降らせる事が出来ない日が続いていたからだ。


 だから、明日村で祭りをすると話す娘に、紫片喰は逃げろと言った。


 紫片喰とその仲間は観賞用として、異国から来たのに、今まで雑草だと嫌われ、雑な扱いしか受けなかった。

 そんな日々で、娘だけが違った。

 お互いに友人として、仲間として受け入れ、共に生きて来た。

 普通なら、人がどうなろうと気にも止めないが、娘ならば、仲間達も手助けをしてくれるはずだ。


「お前には俺にはない足がある。 今こそ、それで逃げるんだ」


 しかし、紫片喰の思いはよそに、娘の意志はすでに固まってしまっていた。

 背が伸び、髪が伸び。 見違える程、綺麗になった娘は、変わらず素直で無垢だったが、昔から呆れるほど頑固でもあった。


「そんな事をしたら、村の災いを鎮められない。 私はたくさんの人に助けられて生きて来た。 今こそ恩を返す時よ」


 それでも紫片喰は諦めず、娘を説得にかかる。


「山に閉じ込められて、両親には会えない。 友人だって出来ない。 そんな暮らしを強要されておいて。

 そんなものが恩だと?」

「恩でしょう?。 確かに両親には会えなかったけど、あなたという友達が出来た。

 私はクワを持った事がない。 包丁も、ホウキも、針だって。 私の為に、全て他の人がやってくれていたのよ。

 雨を降らせる事しか出来ない私の為に。 いいえ、今はそれさえも出来なくなって……しまった」


 自分で言っていて、娘は段々と落ち込んだいったようで、声が小さくなり、ついには肩を落として、手の平を見つめる。

 泣き出しそうな、その姿に紫片喰は思わず叫んだ。


「やった事がないだけで、出来ないと決まった訳じゃない。 お前は機会を奪われていただけだ!

 あんな村の為に、お前が死ぬ必要なんてない!」


 しかし、その言葉は地雷だった。

 娘が声を荒げる。


「あんな村って何よ! 雨が降らないと、田畑の芽だけじゃなくなって。 井戸も枯れていって――」


 怒りか、恐れか、悲しみか。 娘の瞳に少しずつ涙が溜まっていく。




「―――――いつかあなたも、枯れてしまうわ!」



 とうとう娘の顔が歪むと、大粒の涙が溢れた。


「もういい! 最後に楽しくお話ししたかっただけなのに! あなたは何も分かってない」

「分かってないのはどっちだよ!」

「あなたなんて、もう―――――嫌い!」


 娘は、袖で涙をぬぐい、走り去って行く。

 その背を見詰め、紫片喰は深い溜め息を吐いた。






 朝日が昇り始めた頃、娘は赤く腫れた目をして、また紫片喰に会いに来た。

 しばらく、二人して黙っていた。


「どうしても行くのか?」


 沈黙を破ったのは紫片喰だった。


「……うん」


 娘の返事は消えてしまいそうな程、静かだった。 紫片喰は小さい溜め息をついて、娘の説得を諦めた。 その代わり、提案する。


「なら、俺も連れて行ってくれ。 一度、山の外を見てみたかったんだ」


 「別にいいだろ?」と笑うように言う紫片喰に、娘もようやく笑顔を見せた。

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