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迷子と紫片喰

 野山に咲く紫片喰は、まだ幼い娘の涙に苦情を漏らした。


「草花に塩は毒になる。 俺の上で泣くな!」


 今年五つになる娘は驚きで涙を止め、足元でひっそりと咲いている紫片喰に話し掛けた。


「話せるの?」


 それに、今度は紫片喰が驚く。

 まさか相手に聞こえていたとは思っていなかったのだ。

 草花が人の言葉を話せるはずはない。 でも、草花の言葉が分かる人も、居るはずもないのだから。


「草花は人の言葉が分かる。 でも草花には口がない」

「口がなくても、あなたは今、私に話し掛けた」

「……」


 全く娘の知らない話ではあるが、紫片喰は300年以上生きて来た。 故に、相手が人間の娘といえども、その年長者の意地なのか、虚勢なのか。 知らないとは言えない。


「……口がなくても、伝えようと努力すれば、伝わるもんだ」


 結果、どう見ても苦しい言い訳をする。

 しかし、娘は「そういうものなの? すごいね!」と、無邪気で眩しい笑顔を浮かべる。


 声は伝わっても、表情までも伝わらないのが、紫片喰の救いだった。






 それから娘は、紫片喰に色々な話をした。

 娘は山の麓にある村の子である事。 村で崇めている竜神の贄に選ばれて、昨日、この山にある小屋に来た事。

 巫女に、もう両親に会えないと告げられた事。

 それで山を降りようとして、道に迷った事。


 娘は紫片喰に質問した。

 贄とは何か。 なぜ両親に会えないのか。 そして、村までの道を。


 紫片喰は黙ったまま、何も言わなかった。


 今度は、知らないから黙っていたのではない。

 どんなに離れていようと、風さえ吹いていれば、紫片喰は仲間と話せた。

 雑草と言われる紫片喰の仲間は村にも、竜神の居るといわれる湖にも、何処にだって居た。 そんな仲間との世間話で、村の話題はよくあがり、聞いて知ってはいたのだ。


 贄とは、村に災いが起きた時、人が竜神の助けを願って、湖に投げ込む娘の事。

 贄を少しでも竜神に近付ける為、例え両親であっても、極力人に会わせず、山小屋で暮らさせる事。

 村に帰っても、山小屋に連れ戻される事。


「……」


 娘は無知だが、賢かった。

 いつまでも黙っている紫片喰に、知っていて何も話さないとさとり、わざと話題を逸らした。


 出来るだけ笑顔で、明るい声音で。 でも幼さ故に、不安を隠しきれていない。


「私が踊るとね、雨が降るんだよ!」

「いや、それは流石にない」


 思わず紫片喰がスッパリ切ると、娘が不満そうにむくれた。


「……嘘じゃないもん」

「降ったら信じる」

「なら今踊るから見てて! 降るから。 絶対だからね。 絶対だよ!」


 念を押す娘は、紫片喰から十分に離れて、くるくると回りだす。

 紫片喰はそんなお世辞にも踊りとは言えない動きを眺めながら、適当に返事をした。


「はいはい」


 今日の空は白くて小さい雲が3つ。

 降る訳がない。 ……降る訳がなかったのに。


 突然、空が雨雲で覆われて暗くなり、ポツ、ポツと雨が降り出した。

 それを見て、娘は「ほらね」とクスクス笑い、回り続ける。 すると、雨は強くなる。


 娘が踊れば踊る程、ドンドン、ドンドン雨足が強くなる。




 これで紫片喰は娘が何故、贄に選ばれたのかを知った。


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