バレンタインと告白と
唐突だけど……私には好きな人がいる。関係は……いわゆる幼馴染かな。
物心着いた時から一緒に育って、小中高と同じ学校へも通った。
内緒だけど高校は彼と同じ所に通いたくて、かなり頑張ったんだけどね。
何度かクラスが違ったり、恥ずかしくて距離を置いたこともあったけど。今は一緒に登校したり、お弁当を作ってあげる間柄だったりする。
残念なことに1年の時は同じクラスだったけど、2年でクラスが離れたのだけが悔やまれる。
ここまで言えば、付き合ってるの? とか思うかだろうけど、まだ私の片想いでしかない。
どうしても面と向かうと、憎まれ口を叩いてしまう。
こんなんじゃいけないっていうのは、判って居るんだけど…… 今更接し方を変えられる訳でもなく……
そんな事を悩みつつ、今日も朝早くから彼を起こしに来ている訳で……
「ごめんねぇ、カスミちゃん。
うちの子ったら、いつまでも寝坊助で」
今、私はすぐ隣に建っている彼の家のリビングで、おばさんと話しながら彼の準備が終るのを待っている。
……うちのお母さんと同い年の39歳って聞いたことはあるけど、若々しいなぁ。肩で切りそろえられた髪はシャギーも入っていて、とても似合っている。
同姓の私でも見惚れてしまいそうになる。
「いえ、私こそ椿君には色々助けてもらってますから」
お世辞などではなく事実だ。
勉強が苦手な私は彼に良く見てもらっているし、買い物の時は荷物持ちをしてもう事も多い。ナンパに絡まれた時はカッコ良く助けてもらったことだってある。……だからこそ私は、そんな彼に惹かれたんだ。
「そう言って貰うと助かるわぁ。
いっそカスミちゃんがあの子を貰ってくれるといいんだけど」
おばさんがにっこりと言う。
そんな簡単に……、そりゃ、私もそうなったら嬉しいけど。
「母さん、俺とカスミはそんなんじゃないから……」
寝癖が直ってないのか、少し前髪が跳ねた少年が制服の上着を羽織ながら降りてきた。
彼が私の幼馴染で片想いの相手、佐久間 椿だ。
身だしなみに気を使わない性格ではあるけど、ルックス良し、成績よし、性格……はぎりぎり良し? という高スペック。
「私だって!! 腐れ縁だから毎朝起こしに来てるだけなんだからね。あんたと一緒にされるとかお断りなんですけどっ!!」
あちゃぁ……またやっちゃった。
「悪かったな。これでも昔よりは起きられるようになって来たんだぞ? 誰かさんが部屋まで入り込んでくるからな」
「あら? そう言うわりに私が来たときに起きてた記憶って、全く無いんですけど?」
「ぐっ……それは……」
ふっ、勝った。……じゃないっ!!
あぁ……どうしてこう、何時も言い負かしちゃうかな私。こんなんだから距離を縮められないのに……
「まぁまぁ、夫婦喧嘩はその辺でおやめなさい。早く食べないと遅刻するわよ」
おばさんが話をそらして矛先を変えてくれる。……うっ、ウィンクされた……やっぱりおばさんにはバレてる……よね?
「っと、いけね。直ぐに食うからもう少し待っててくれ」
「大丈夫よ、まだご飯食べる時間ぐらいはあるから」
本当はゆっくり2人で歩きたいから時間に余裕は欲しいんだけど……そんな事言える訳がない。
「悪いな。カスミ愛してるぜっ♪」
うっ……はぁ、そんな軽く言わないでよ。本気で言ってるんじゃないって判ってるのに、どこかで期待しちゃうんだから。
……はぁ、いつも通り返事は流しておこう。
「はいはい……」
椿は空返事する私に見向きもせず、ダイニングの椅子に座ってトーストとサラダを食べ始めた。
あぁ、そんなに急いでたらこぼすって……ほら、床にコーンが転がった。
「もう、少し落ち着いて食べなよ」
思わずお母さんのように言ってしまう。
「だいじょぶ、だいじょぶ。……ふう。美味かった。
母さん、今日も朝飯サンキューな」
「ふふふ、はい。お粗末様」
おばさんは穏やかに床を掃除しながら返事をしてる。
……こんな風に、もう少しおしとやかに出来れば椿も私を意識してくれるのかな。
「さ、行ってらっしゃいな。
大丈夫、カスミちゃんはそのままでとっても魅力的だから」
考え事をしていたら、おばさんに背中を軽く叩かれた。って、何で考えていたことを!?
「おっ……おばさ「大丈夫、椿にはナイショだから」……う……あぅ……」
「ほら、椿の準備も整ったみたいよ。遅れないよう行ってらっしゃいな」
もうっ……ほんと、おばさんには叶わないな。
「おーい、カスミ、早く行くぞ」
玄関から椿の声がする。
いけないっ、私の方が遅くなっちゃった。
「すぐ行く!! じゃ、行ってきます」
前半は椿に、後半はおばさんに言うと、おばさんは笑顔で見送ってくれた。
「はい。2人共、行ってらっしゃい」
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いつも通りの通学路、いつも通り2人で歩きながら登校する。
学校までの距離は徒歩15分。
椿ってば"近いから"と言う理由でこの高校を選んだけど、ここって都内でも有名な進学校なんだぞ? 我ながら良く入学出来たよね。
「なぁ、母さんと何話してたんだ?」
唐突に椿が話しかけて来る。
「ナイショ」
「ったく、いつもナイショなんだからなぁ……。母さん、変な事は言ってないだろうな?」
「大丈夫よ。おばさん、あれで人の嫌がることは絶対にしない人だから」
「それは判ってるんだけど……母さん、お前には甘いからなぁ」
「自分の母親ぐらい信じなさいって」
いつものように軽口を叩いて学校に入る。このまま教室まで行くものと思っていたけど、その日はいつもと違った。
校門の影に可愛らしい少女が立っていて、椿の顔を見ると駆け出してきたからだ。
身長は150cmぐらい。ショートカットにワンポイントのヘアピンを付けて、小動物的な可愛さが伺える。
「先輩っ!!」
少女の視線は椿に固定されている。間違いなく椿を目指して駆けて来る。
「知り合い?」
私の問いに椿は首を振る。
「いや、見た覚えはあるんだが……誰だっけかな?」
椿にも見覚えはないようだ。
少女は椿の目の前まで来ると、後ろ手に持っていた何かを差し出した。
「あのっ、これ!! 1日早いですけど、受け取ってくださいっ!!」
1日早い?
えっと、今日は2月13日で……えっ? バレンタイン!?
隣を見ると、椿も気づいていたようで頬をかく。あれは嬉しい時の癖だ。
「えっと……俺? いいのか?」
むぅ……満更でもなさそうに受け取ってる。鼻の下が伸びてるぞ、この野郎……
「はいっ。受け取って……もらえますか?」
少女は耳まで顔を真っ赤に染め、言葉を振り絞ったように言う。
その姿はとても可憐で可愛くて……今にも守ってあげたくなってしまいそうに……
……って!! こんな朝に、校門の真ん前で、しかも人が一番多い時間帯に渡してる時点で可憐でもなければ勇気を振り絞った行動には絶対見えない。
「ありがとう。ありがたく頂くよ」
椿の奴は絶対に気づいていない。頬を赤くしながら受け取ってるしっ。
うう……私には見せた事もない表情で受け取ってる。
「あのっ!! 返事は明日の放課後にお願いします……」
少女は消え入りそうな声で言うと校舎の方へ駆けて行った。椿はそんな少女をずっと見つめている。
「椿、鼻の下」
「えっ!?」
指摘すると椿は鼻の下を押さえる。
「おまっ、何言ってんだよ」
椿は焦ったように言うけど、今はそれどころじゃない。
「で、椿どうするの?」
私のぶっきらぼうな問いに、椿は真剣な顔になる。
「これは俺の問題だ。カスミには関係ない」
その答えに胸が切られるような痛みが走る。
「そ……そう?」
なんとかそれだけの言葉を搾り出すのが精一杯だった。
「悪いな」
椿はそう言うと校舎へと駆け出して行った。
いつもなら、お互いのクラス前まで一緒だったのに……
私は呆然としながら自分の教室へ向かった。
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「……ねぇ、……カスミ、聞いてる?」
「あ、うん、ごめん。聞いてなかった……」
時間はお昼。
私は珍しく友人の2人と一緒にご飯を食べていた。
「っちゃー。全く聞いてないよ、この子は。」
友達の桜が腰まで届く綺麗な黒髪を揺らしながら首を振る。彼女は切れ長の目とあいまって結構女子に人気があるんだよな。こんな感じなら椿との距離も変わるのかな?
「桜、今日は仕方ないわよ。カスミ? あまり気にしすぎちゃ駄目よ?」
友達の楓が柔らかく微笑む。
柔らかそうなセミロングの癖っ毛が印象で、私と違ってとても優しい女の子だ。椿もこんな風に可愛らしい女の子が好きなのかな?
「はぁ~、旦那を奪われたからって、ここまで腑抜けになるとは思わなかったわ」
「そうね、カスミがここまで弱ったのを見るのは初めて」
いつものように椿の教室にお弁当を持って行ったら"今日は1人で食べたい"って言われ、大人しくテラスの端でご飯を食べていたらこの2人が慰めに来てくれた。
「そもそも、素直になれないカスミが悪いと思うよ? こんなことになる前に好きなら好きってきちんと言わないと?」
見た目通りのきつい一言を桜が放ってくる。
「それは言えるわね。
カスミの意地っ張りな所は私も好きだけど、椿君の前では意地っ張りじゃなく変な意地の張り方をしているもの。
確かツンデレ……だったかな? 男子がそういうの良いって言ってるけど、あれは物語の中だけなんだからね?
実際には凄くめんどくさいと思うよ?」
先ほどの説明は訂正します。楓は優しいだけの女の子じゃありません。ざっくり来る言葉も放ってきます。
2人共、慰めじゃなく追い打ちに来たのかしら。
「うぅぅ、桜も楓も酷い……」
「「そもそも、はっきりしないカスミが悪い」」
「……おっしゃる通りで」
「で……楓、相手の事は調べて来たんだよね?」
桜が楓に振ると、楓は懐から手帳を取り出す。
「ええ、彼女は1年C組で名前は吉田 紅葉。先月転校してきた子ね。
成績は上の下、運動は可も無く不可も無く。顔立ちや立ち居振る舞いは可憐に見えて実は凄く打算的。
椿君に惚れた理由までは分からなかったけど、転校当初からストーカー一歩手前で椿君に付きまとっていたみたい。
あと、同性からの評判は芳しくないわね。
今朝の今だから、情報の集まりはあまり良くないわ」
それでもかなり詳しいかと……
「……なんでそんなに知ってるの?」
「それはカスミの為ですし?」
にっこり笑ってもはぐらかされないぞ。
「いや、いくら私の為って言っても……普通、そこまで調べられないよ?」
「あら、乙女の嗜みですもの、当然ですわ」
秘密を明かすまでは、などと食い下がろうとするが、ポンと背中を叩かれる。振り向くと桜がいた。
「いいか、カスミ。今気にするのはそっちじゃない。
恋敵にどう対応するかだ」
桜が気合を乗せて迫ってきた。
「いや、恋敵って……」
「違うのか?」
「う……そうだけど」
うぅ……改めて言われると顔が熱くなる。って、2人とも私の顔見てニヤニヤ笑ってるし。
「2人共ニヤニヤしない!!」
「え~」
「カスミちゃん、可愛いですよ?」
2人共反省の色は全くないようで、更にからかってくる。
「もうっ!! 2人共っ!!」
「あはは。
でもさ、どうするつもりなんだい?」
桜が笑いをとめると真剣な顔で聞いてくる。
「私もカスミちゃんの為なら、力を貸しますよ?」
楓もいつのまにか真面目な顔になって話しかけて来た。
私の気持ちは……
「2人共、ありがとう。でもね、どうするつもりもないんだ」
無理矢理にでも笑顔を作って2人に返す。
「いいのか? ぽっと出に取られても?」
それは……正直、よくないけど。
「うん、選ぶのは椿だもん。あの子を選ぶのなら仕方ないって所かな。
でもね、同じ土俵に上がってないのに負けるのは悔しいんだ」
「ふぅん?」
私だってこのまま待ってるだけじゃダメだ。
「うん。どうせ駄目なら告白するっ!!」
私がそう言うと2人とも凄く喜んでくれた。
「そうか、頑張れっ!!」
「カスミちゃん、頑張ってくださいね」
2人共私の手を取って励ましてくれる。
うん、すごく勇気がいるけど、励ましてくれる友達がいるんだ。頑張ろう!!
「うん、ありがとう」
「じゃ、椿を呼んできてやるよ」
私の返事もそこそこに椿を呼びに行く桜を引き止める。
「待ってっ!! 桜」
だからと言って、そんなすぐは無理だからっ!!
「今すぐは無理っ!! 明日っ、明日自分で言うから」
「そうか?」
桜は訝しげな表情をするけど、すぐに何かに気づいたように頷く。
「あぁ、明日はバレンタインだもんな。うん、頑張れ」
「毎年チョコを渡していますし……今年は想いも渡せるといいわね?」
「うん、ありがとう」
本当、いい友達を持ったと思う。
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板チョコを刻んで、湯煎にかけて……っと。
少し溶けるぐらいまで待ってからかき混ぜ初める。
少し、生クリームと砕いたナッツを入れて……っと、これでいいかな?
あとは型に入れて……
「お、カスミはチョコ作りか?」
「きゃっ!?」
いきなり後ろから声がしたので驚いてこぼしてしまった……もったいない。
「あっ……と、すまない。驚かせてしまったようだね」
この声は父さんか。
「お父さん、集中してる時は声をかけないでって、いつも言ってるでしょう?」
振り向いて怒ると気まずそうに頭をかく父さんがいた。
んもう。いつもお菓子や料理を作っている時はきちんと黙っていてくれるのに、この時期のチョコ作りは決まって声をかけてくる。やっぱり気になるのかな?
「今年は……その。シンプルなデザインにするんだね?」
やっぱり、ハート形がとても気になったようだ。
「うん、今年はシンプルに行こうと思って」
「そうか。それで、そのぅ……」
「用意するのはいつもと変わらないよ?
父さんでしょ? 桜に楓に、椿。あと、自分の分と母さんの分かな」
うん、間違った事は言っていない!!
私の言葉を聞いて、父さんはあらかさまにホッとした表情になる。
「そうか。椿君にはいつも良くしてもらってるもんな。
そうか、私の分も作ってくれるのか……良かった」
最後は小声だったけどきちんと聞こえた。
どうやら彼氏云々を気にしていたんじゃなく、嫌われていないか心配だったんだ?
もう。私達の為に頑張って働いてるお父さんを嫌いになる訳無いのに。
年頃の娘がお父さんを嫌うのって、だらしなかったり、デリカシーがないっていうのが大半だけどお父さんはそんな事ないんだから、そんなに気にしなくて良いのに。
よし、椿の分だけじゃなく、お父さんにもメッセージ入れてあげるかな。
…………よし、固まった。
まず、お父さんの分に"いつもありがとう、大好きだよ"……っと。
……う~ん、流石に身内に大好きだよは恥ずかしいな。消してハートマークに直しておこう。
次に椿だ……っよし!!
あいつは凝ってると気づいてくれないからな。ここはシンプルに行こう。
"愛してる"
……っひゃー、恥ずかしい。もう見てられないっ!! これはすぐに仕舞おう。
後はラッピングで……あれ?
部屋に置きっ放しだったかな? ……取ってこないと。
…………あったあった。
父さんの分は青色でラッピング、椿は赤色でラッピングっと。
桜と楓はピンクのお揃いにして……っと完成!!
よしっ!! あとは、明日の朝が勝負だ!!
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「ごめんなさいね。椿ったら、今日は朝早くに出て行ったのよ。
カスミちゃんに一言も言ってなかったのね? これは後できちんと言っておかないと」
いざ決戦……と思って迎えに来てみたけど、すでに登校していた後だった。
こんな事初めて。
なんだろう……何故か嫌な予感が止まらない……
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その後もすれ違いが続き、いつの間にか放課後になってしまった。
「どうしよう……こんな時に限って椿が捕まらないよ。
休み時間は教室に居ないし、昼休みは外に食べに出てたし……更に放課後直ぐに教室に行ったのに捕まらないよっ!!
いつもなら放課後は私が迎え行くまで待ってるし、休み時間は教室で予習してるはずなのにぃ!!」
最後の手段。もうなりふり構っている訳には行かない。……桜と楓に手助けを頼んだ。
「手出ししないのもカスミの為って我慢してたけど、頼ってくれるのなら……な、楓?」
「うん、探すのを手伝う」
2人は喜んで協力してくれた。
「私は上から下までみてくる。楓は下から上を見てもらえるか?
カスミは校庭と校舎裏を見てくれ。見つかったらケータイを鳴らす。いいな?」
「うん」
「2人共、お願いね」
校舎内は2人に任せて、私は校舎裏を見に行く途中、女の子とぶつかった。
「きゃっ!?」
運動神経が切れてる私はそのまま地面に尻餅をついてしまう。
「ごめんなさい。大丈夫?」
「ありが……きゃっ!?」
少女が手を差し出してくれたので、その手を取って立ち上が……え? 途中で離されたので、また尻餅をついてしまった。
「……いっ……たぁ」
顔を上げてぶつかった少女を見てみる。少女は椿に告白したあの子だった。……確か紅葉さん、だったかな?
目が真っ赤で腫れぼったくなっている。これって?
「あんただったのか、助けようとして損した。死ねば良かったのに」
え? なに? この子ってあの可憐だった子だよね?
「ったく、あの男……頭良くて顔もイケてるからキープしてやろうと思ったのに。
あそこまで時間をかけて下準備して、最高のタイミングに合わせて告白してやったのに……」
そのまま私なんか見えないように、ぶつぶつと呟きながら歩いて行ってしまった。なんだったんだろう?
……え……っと?
雰囲気から察すると、椿ってば断ったの?
……うん、まぁ……正直あれは断って正解だったかな。
そんな事を考えていたら、正面から椿が歩いてきた。
「えっ? カスミ……なんでここに?」
あっちゃぁ……状況からすると、私が来る直前に断ってたんだよね。
気まずい……なんて言おう。
「あっ……えっと……」
「俺、断ったから」
……え?
「その、昨日と今朝は……悪かったな」
え……? え……?
そっぽ向きながら椿はぶっきらぼうに言ってくる。
「それと……いつまでも座ってないで早く立てよ。その……見えそうだぞ」
え……? あっ!?
急いで足を閉じてスカートで蓋をする。
「うぅ……」
顔が熱くなる。見た? とか聞けない。
見えたから顔を真っ赤にして横向いてるんだろうし。
「ほら」
椿は横を向きながら手を差し出す。
「あっ……ありがと」
私はその手を取って立ち上がる。
あっ、そうだ。チョコ!? 大丈夫だったかな?
軽く振ってみるけど割れたような音はしない。良かったぁ……
でもアレを見られた後にチョコを渡すっていうのも……ちょっと。
うぅ、逃げたい。
「それで……さ。俺、良く考えて気づいたんだ」
椿が何か言ってるけど、内容が頭に入ってこない……
それに多分、今口を開いたらまた憎まれ口を言ってしまいそうで何もいえない。
……でもそれじゃ今までと同じ。うん、それじゃ駄目だっ!!
「俺っ「あのっ!!」」
ここは勢いだっ!! 椿の言いたい事は後できちんと聞くっ!!
「これっ!! 私の気持ちだからっ!!
転んだけどっ、割れてないはず……
あ~、う~、でもこれはあんたの為じゃなく……じゃないっ!! こんな時まで憎まれ口言っちゃ駄目よ私っ!!
あんたの為に気持ちを込めて作った。だから、真剣に考えてっ!!」
椿の胸にチョコの包みを押し付ける。
ちらっと見えたけど、椿の顔が茹でダコみたいに真っ赤だ。
あうぅ……やっぱりしっかりと見えてたんだぁ……恥ずかしすぎるっ!!
「カスミっ!! 俺は「じゃっ!! 今日は先に帰るからっ!!」」
椿は何か言いたそうだったけど、私は逃げるように教室に戻る。
「カスミーーーー!!」
うわーん、椿ごめんー。今は顔合わせるの無理ー。
そのまま教室に帰り、登校バックを背負って一目散に家に逃げ帰る。
……あ、桜と楓に電話入れるの忘れてた。
今は電話できる気分じゃないや……メールだけ入れておいて勘弁して貰おう。
帰ってきたメールは2人共"気にするな"と一言だけだった。
色々聞きたいこともあるだろうに……本当、いい親友達だ。
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ふぅ。本当、今日は色々あったな……
書き終わった日記を閉じ、ペンをケースにしまう。
……でも断ったんだ。良かった~。
つい頬が緩んでにまにましてしまう。
本性はともかく、あれだけ可愛い子が告白してもダメだったんだもん。私にも希望ぐらいはある……よね?
あ~っ!! でも渡さないとって焦っちゃって周りが見えてなかったな。桜や楓にも迷惑かけたし……そうだね、今度ケーキでも作って持っていこう。
でも、明日どうやって椿に会おう?
うぅぅ……今更だけど、すっごい恥ずかしくなってきた。
うぁぁ~
どう考えても身もだえしてしまい、ベットの上でゴロゴロする。
"こんこんこん"
ん?
誰だろ? ……って3回鳴らすノックはお父さんかな?
「カスミ、いいかい?」
やっぱりお父さんの声だ。
「うん、今開けるね。って、きゃっ!?」
一体何事っ!? ドアを開けたら、いきなりお父さんに抱きしめられたっ!!
なに!? 一体どうしたの!?
「カスミ、ありがとう」
お父さんは涙を流しながら頭を撫でてくる。
「ちょっ!? お父さん、どうしたの!?」
冷静で感情を表に出さないけど、実は優しいって感じお父さんだったはずだよね? 一体何があったの!?
「父親は娘に嫌われるものと聞いて心配だったが、今日のチョコ、すごく嬉しかったよ」
あぁ、メッセージ読んで感動してくれたんだ?
でも、ここまで喜ばれるとちょっと照れ臭いな。大好きの文字も恥ずかしがらずに消さない方が良かったかな?
「カスミ、お父さんも愛してる。 母さんの次にだけどな」
……え?
「これからもお父さん、母さんとカスミの為に目一杯頑張るからな。
それだけ言いたかったんだ。それじゃ、お休み」
お父さんはもう1度私を抱き締め、頭を撫でると自分の部屋に戻って行った……
……えっと。
確か、お父さん"も"愛してるって言ったよね……
それってつまり……
え……えええええぇぇぇぇぇぇ~!?
3月12日:人物描写を入れるために、少々書き直しました。