9 ディグルー宮殿-1
「あそこ、いたっ。お兄ちゃん、ゆっくり、静かーにこっち来て」
「あ、ああ」
心持ちだけでも抜き足、差し足、忍び足。
ミラに先導されながら手頃な木々の影に隠れ、恐る恐る顔を半分出す。
そこには剣と盾を持った骸骨がいた。時折周囲をキョロキョロとしては散歩のように歩いている。あれは丘の上の宮殿に近づこうとする者を発見、排除するべく警邏しているそうだ。
大人と同じくらいの背丈だとミラは言ってたけれど、ここからだとそこそこ離れていてちょっと小さく見えるな。
「ミラ、あれが……」
「そ。スケルトン兵だよ。あれを倒せば触媒の骨に戻るから、それをたくさん集めるのが今日のミッションね」
「OK。うーん、見た感じだとこの辺りにはあれ一体しかいないな」
遠目からでも分かるけど、よくあんな骸骨に盾と剣を持たせて動けるなぁって思う。しかも少しぎこちないとはいえ、動きは滑らかといっていい。ファンタジーすげえ。なんで筋肉ないのに骨だけで動けるんだよ。
「あれはこの辺りをうろついて不審者を探しているタイプだね。見張りポジションが固定になってるやつもいるけど、それはもうちょっと先かな」
「ふぅん」
「と、いうわけでアレを襲っちゃお。アレが傷ついたり異常が発生すると召喚主もすぐ異常に気付いて、もっと大勢がやって来るから注意してね。だからいつもは最初の一体を仕留めたら、新手が駆けつけてくる前に一、二体でうろついてるヤツをできるだけ探して仕留めて逃げてたんだ」
「じゃあ今回も同じようにやる?」
「うん。けど、今日はあたし一人だけじゃなくて二人だからね。その分もっとたくさん仕留めなきゃ。というわけで、お兄ちゃん! バフお願いね!」
「おう、任せろ!」
さあ、まずは俺の仕事から。といっても、最初は自分にバフをかける事だけど。
愛用の魔法剣を取り出し、詠唱する。
「詠唱速度強化、生命力向上、マナ力向上」
まず魔法を使う速度を上げるバフを。そして最大HP・MPの上限を引き上げる。増えた最大HP・MPの数値分はバフをかける間の時間を使って自然回復を待つ。
よし、次はミラだ。ここから一気にいくぞ。
「生命力向上、マナ力向上、移動速度強化、防御力強化、魔法防御力強化」
まずは全職共通の基本バフを五つ。
ミラの全身で色んな色の光が蛍のように舞い踊る。
「攻撃力強化、攻撃速度強化、クリティカル率強化、クリティカルダメージ強化、命中率強化、被ダメージの与ダメージ転換」
次に近接攻撃職のためのバフを六つ。命中率は武器の種類で左右されるので、トレース・サイトはかけたりかけなかったりする。命中率の高いハンマー系の武器は正直いらないけど、それ以外の武器ならまあかけておいて損はないバフだ。
「攻撃力二重強化」
ミラの持つ武器の短剣に小さな白いスパークが起こる。
防御力二重強化と上書きし合うためどちらか一つしかかけられないバフだけど、攻撃重視でいくことにした。集団と戦うなら被ダメも増えるだろうけど、タイマンを想定するのであれば被ダメも少なく、短期決戦で倒せるにこしたことはない……だろう。きっと。
事前の打ち合わせではミラも賛成してたし、ひとまずこれで問題はないはず。まあ危なそうならグランド・バリアに切り替えればいいだけの事だ。
これでバフ枠は12まで埋めた。
ミラは短剣のみだから盾バフはいらないっと。じゃあ次は。
「矢耐性強化、火水風土四耐性強化、闇耐性強化」
これは限定された条件での防御用バフ。まず弓矢でのダメージと火水風土属性持ちの敵からのダメージを軽減する。今回の敵のディグルー宮殿のリザードマンは水属性持ちで、スケルトンはアンデッドなので闇属性持ちのためこれでOK。
これで15。
「武器への聖属性付与」
ミラの短剣に白いスパークに加えて白いモヤのようなものが薄っすらとまとわり付く。
対アンデッド用としてミラの短剣に聖属性を付与しておく。これでスケルトン相手には少し有効になるはずだ。
16。
「毒耐性強化、麻痺耐性強化」
マヒや毒の状態異常への抵抗力向上のバフ。まあゲーム上ではこの辺りの敵は特に状態異常の攻撃をしてこないので不要だとは思うけど、念のためだ。とりあえず状態異常付きの攻撃をしてこないなら、このバフ止めて別のバフを使おう。
18。
「回避強化」
正直、ゲームでは回避は捨て性能だったためゴミバフに分類されるんだけど、今のこの状況だとあるにこしたことはないと判断。やっぱりゲームと今のこの世界での効果がどう違うのか、どれがベストなバフ構成なのか実際に検証していく必要があるよなぁ。
いよいよ19。
「被ダメージ時攻撃能力向上」
そして最強レベルまで上げたバッファーしか使えない種族固有バフ。人間のバッファーだけがこのバフを使える。効果は『被ダメ後の数秒内に相手に与えた一撃は全てクリティカルになる』というもの。しかもクリティカルダメージ量向上付きで。
正直、これゲームではかなり凶悪なスキルだった。これが発動するとバカみたいにダメージ量が跳ね上がったからなぁ。
ついに20。
最後の一枠は当然降臨・風精王のために空けておく。これは2分間だけのバフなので戦闘開始直前にかけなきゃな。
火力重視の降臨・火精王と防御力重視の降臨・土精王とどれがいいか少し迷ったけど、これは速度とクリティカル重視にしておこう。いざとなったら逃げやすくするためにも。
「どう、ミラ」
「う……うん、二回目だけどなんか……本当すっごいねぇ……うん。これならスケルトン相手でも絶対に負けない自信が出てきたよ! 今までは一体仕留めるのもドキドキだったからね」
「じゃあ俺もバフかけるよ」
改めて俺も最初からバフをかけ直す。
俺は基本は魔法職だけど、バフをかけ終わった後は戦闘にも参加するから魔法系のバフと近接戦闘系のバフを両方かける必要がある。
俺の職の聖戦士は元がヒーラー職からの分岐だからヒールも可能だ。スキルのレベルが低いから序盤程度しか使えない回復量だけど。
近接攻撃、デバフ、ヒールをするとなると……今回はデバフとヒールの魔法と防御系バフ中心でいくか。あくまで俺は新人だ。後衛に徹しよう。
「――よし。これで俺もバフ終わり。スケルトンは……よし、こっちに気付いてないな。さ、飛び出す直前に最後のバフをかけるから合図よろしく」
「うん、じゃあ……3カウントでいくよ!」
「了解」
さあ、いよいよだ……!
初めての戦い。手の中にあるのはまぎれもない真剣。これを使って『獲物』を狩る。犬猫一匹殺した事もないし、そんな自分を想像すらした事もない。
「3……2」
できるのか、そんな弱気になりそうな自分がいるのが分かる。
けど気後れするわけにはいかない。そう自分で自分に渇を入れる。
腹をくくれ。やろう。
ごちゃごちゃする余計な考えはキッパリ捨て、すべき事だけを頭に残した。
躊躇うな。
迷うな。
やろう。
やろう。
やる。
自分に降臨・風精王をかける。
「1――」
ミラの体がわずかに沈む。その表情が引き締まり、その整ったダークエルフの容貌から凛々しく見える。
けどそう思ったのは一瞬。自分の役目を果たすため、俺は魔法剣を片手に魔法をイメージ、集中する。
この子、ミラの手助けをするためにも。俺にできる最高のバフを。
「降臨・風精王!」
「0!」
俺の魔法剣から生み出された風がミラの小さい体へ呑みこまれていく。同時に矮躯が視界から飛び出した。
よし、タイミングバッチリ!
飛び出したミラは――爆発的に加速し猟犬のようにスケルトンへと迫っていた。
やべ。俺も急いで追わないと!
俺が走り出す頃にはもうミラは随分先を行っていた。スケルトンもミラに気付き、体の向きを変えて盾を前に、剣を振り上げている所だった。
走る。
足に力を篭めて、ミラに追いつこうと走り出す。今度は急加速にもよろめく事なくスピードに乗れた。
同じようなバフをかけている俺とミラだけど、差は歴然だった。後から飛び出した俺は一歩だけで前を走るミラとの距離を一気に縮めた。
おそらく俺とミラとでは基本能力が違うんだろう。俺は俺の近くに浮かぶ謎の黒い球体で自分のパラメータを改ざんできる。基本ステータスのパラメータは全て上限値だ。全種族の長所を俺は持っていると思われる。
だから一歩進むたびにミラの背中がグングン近づいていく。
「よし、じゃあ早速サポートを」
ミラがスケルトン兵とぶつかる前に、敵を弱体化させておく。むざむざとミラを斬り殺させるわけには、絶対にいかない。
使う魔法は既に決めてある。拘束魔法の中でも高レベルで覚えられる魔法。それは。
「水晶封縛!」
魔法剣の補助を経て発動した魔法は、地面に白い光を生み出した。光は白い尾を引きながら高速で真っ直ぐ進み、ややズレたものの骸骨の足元へと到達。瞬間、先の尖った透明な六角柱のようなものをいくつも突き上げた。
へえ、リアルだとこんな感じの魔法なのか。
スケルトン兵は下半身を水晶の中に取り込まれ、動けなくなった。
よし、拘束成功! ちょっと狙いが外れたけど、抵抗はされなかったみたいだな。まあ最高レベルの魔法だからボスクラスや高レベル狩場の敵でもない限りそうそうされないだろうとは思ってたけど。
魔法は成功したけど、初めての実戦。何がどう起こるか分からない。絶対に気は緩めない。ミラの動きとスケルトン兵の動きを注視し続ける。
「てーーーやっ!」
直後、ミラの短剣が力いっぱいスケルトン兵に叩きつけられる。スケルトン兵は自由な上半身を使って盾をミラの短剣の前に合わせて防いだ――と思ったらいきなりバラバラに爆散した。
「っきゃーーーーーー!?」
「ミ、ミラーーーー!?」
おお……勢い余っての見事な顔面スライディング。ダークエルフってもっとこう、機敏で身軽で優雅なイメージがあったけど、実はそうでもないのかなぁ……
あ、いかんいかん。
「だ、大丈夫か?」
「う、うん。へーきへーき。ちょっと派手に転んだけど、全然痛くはなかったかな……それより、一体何だったの、今の?」
「何って……ミラがあの骸骨を盾ごと一撃で粉砕したんだよ」
「……へ?」
ポカンと小さな口をあけてフリーズするミラ。
そんな彼女の顔や前髪についている土や草を払って、転んだ拍子にミラが持ってた短剣がどこか傷つけていないかチェックする。
血も見当たらないし、本当にケガはなさそうかな。念のため簡単なヒール魔法をかけておけば大丈夫だろう。
「ほら、あれを見て――って、あれ?」
俺が指で散らばった骸骨の残骸を指そうとしたけれど、影も形もなかった。骸骨が持っていた剣も盾もだ。おっかしいな。
ただミラが転がってできた跡が……あ、いや。なんかある。あれは……あれが……?
「……」
「ミラ?」
ミラが四つんばいのまま『それ』に近寄って手に取る。手の平に収まるくらいの大きさだった。
『それ』は何か動物の骨のように見えた。
「お兄ちゃん……これが触媒の骨だよ」
骨は丸く、平べったい。よく見ると端の方が少し崩れ、亀裂も小さく入っていた。
なるほど。これがあのスケルトンの元か。これを集めるのか……
「えへ……えへへ。やった……やったやったやったよ、お兄ちゃん! やったぁ!! あはっ!」
おっと。
空いている手を取られ、小さく上下にブンブン振られた。
なんかすごいハイテンションになってるな。正直、こっちは緊張から解放されて足がガクガクするんだが。
「こんなすっごく簡単にスケルトン兵を狩れるなんて……お兄ちゃんすごい! うーん、もうバフ最高! あははっ!」
けどまあ、ミラが大満足してるようでよかった。まさにこぼれんばかりの笑顔だ。
この分なら、スケルトン相手ならそうそう遅れを取る事はなさそうかな。よし、少し自信でてきたぞ。
この調子で今日は実戦での動き、役割をしっかり覚えていこう。
とりあえずMPに注意しながら、20分と2分毎のバフの更新を忘れないようにしよう。それが第一だ。
三匹の『ペット』召喚の検証はまた今度にしよう。
うん。頑張ろう!
「いける、これは行けるよ、お兄ちゃん! 脱、路地裏も夢じゃないよ! うふ、うふふふふふふふ」
あ、気がついたらなんか怪しい笑いにシフトしてた。悪い顔だ。
まあ……ポジティブなのは悪い事じゃない……よな?
「よーしっ、今日はガンガン行くよ! お兄ちゃん、付いて来てね! 次ぃ!」
「あ、ああ」
ソウル・オブ・ジンを掛けなおして、俺達は新たな獲物を探しに駆け出した。
なんか、ヤなフラグが立ったような気がする……