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7 金貨の使い道






「いや、いい加減腹が減ってたから本当に助かったよ。串焼き奢ってくれてありがとうな」

「今日ずっと食べてなかったの? うーん、今度念のため神殿の炊き出しについても教えてよっか。無料でパンとスープを配ってくれるからあたしみたいな貧民街の住人は絶対に覚えておいて損はない情報だよ」

「炊き出しかぁ……ずっと昔の年末の派遣村のニュースを思い出すなぁ。内定もらっていよいよ社会人って時だったのに、まさかこんな事になるなんて……」

「どうしたの、なんか急に暗いよー?」

「いや、気にしないで」

「そう? んー、もうほら、元気出して! あたしが一緒なんだから、そんな顔しないの! ね、お兄ちゃんっ」

「……ん、そうだな。ありがとう、ミラ」

 今、俺達は露店が連なり、そこそこの人の往来がある通りの端っこを歩いている。

 俺の隣を元気に歩くのは銀髪と褐色の肌の小さなダークエルフの女の子。あまり洗う機会もないのか髪は薄汚れていて、しかも自分でナイフか何かを使って散髪しているのだろう、短い銀髪の毛先はバラバラで雑だった。Tシャツとショートパンツ、ジャケットも随分と黒っぽく汚れている。

 そんなミラは黄色い果物を手の中で転がして齧り付く。肉よりも果物が好きだそうだ。

 俺は串焼きの肉に噛み付く。小さな子羊(ラム)肉のハーブ焼きだ。なんというか、牛肉や豚肉と違って独特の味がする。

 たった一本の串に連なるラム肉を噛みしめながら思う。

「今はこれ一つ買うのも思い切りが必要、か……」

 ミラの生活環境はやはり劣悪の一言に尽きるようだ。ここはやはり、ディグルー宮殿でしっかり戦利品を持ち帰って少しでも状況を改善しないと。

 改めてそう決意する。

 まずはカバンに入っていたこの金貨を使ってもっとマシな装備を整え、アパートとか長屋みたいな所を見つけて拠点を構え、路地裏から脱出する事が優先だ。まずは生活を安定させないと。


 だけど俺達は一歩目から躓いた。


「なんだこりゃ。こんな金貨初めて見たわい。うーん……だめだな。おいらのとこじゃあ扱ってないよ。他所に行きな」

「ふむ。近隣諸国はおろか、海向こうの国でもこんな金貨見た事ないぞ」

「過去の色んな通貨を知ってると自負している私ですが、これは知らないですね……」

「私も初めて見ますねぇ……これ、どこで手に入れたんです? 国の許可なく勝手に鋳潰すのは重罪だしなぁ。或いは好事家のツテでもあれば、珍品として買い取ってくれるかもしれませんよ」

 というわけで、俺の持っていた金貨は当たった全ての両替商からダメ出しされていた。

 どうやらこれ、一般に流通している金貨じゃないらしい。

「次っ! 次の両替商の所に行くよ、お兄ちゃん! ぜーーーーったいに使える商人見つけてやるんだからっ!」

「お、おう」

 なおミラは燃えていた。最初はガッカリしていたようだが、めげずに次々と交換相手を探していく内に意地になってきたらしい。つくづくバイタリティ溢れる子だ。

「だめだだめだ。うちじゃ扱っていないよ」

 だけど、やっぱりこの金貨を交換できる商人はどこにもいなくて。

「……あそこの商人が最後かな」

 次で最後とあって、ミラは憔悴も露にトボトボと歩いていた。

 これまで十人近くの商人達に袖にされたんだ。おそらく次も……と思ってたら。

「…………お前さん、これどこで手に入れなすった?」

「これ、知ってるの!?」

 おおお! つ、ついに当たりを引いたのか!?

 最後の両替商は片眼鏡(モノクル)をかけた白髪のおじいさんだった。

 まるで睨め付けるようなその視線に少し気圧されながらも、俺はようやく得た手応えに興奮が湧き上がるのを抑えられなかった。

「い、家から持ってきたんです……金貨、なんですよね?」

「家から……? ふぅむ……」

 それっきり黙りこみ、難しい顔で渡した金貨とにらめっこを始めた。

 俺とミラも、この両替商のおじいさんの次のアクションを固唾を飲んで待つ。

「……残念だが、うちでは取引できん」

「ええっ!?」

「そんな! どうして!」

 折角、折角ようやくこの金貨が何かに使えると思ったのに!

「そのそもこの金貨は正規のものじゃあない。その様子じゃこれを使うのは諦めた方がええ、これは真っ当な貨幣じゃないんじゃ」

 くそ……やっぱりこれは使えないのか? 折角多少なりとも資金になると思ってたのに……真っ当な貨幣じゃないって、結局ただの珍品ってことかよ。

 いっそ、重罪とか言われたけれど、どこかでこっそり鋳潰して金を取り出してもらうか?

 いやだめだだめだ。ミラを犯罪に巻き込むわけにはいかないし、そもそもどこに頼むっていうんだ。

「……ん?」

 あれ。

 けど待てよ……正規のものじゃない。店で使えない金貨? 何か引っかかって……

「あ――」

 瞬間、閃いた。

 そうだ。俺は知っている。ゲーム上で使える通貨は二種類あるという事に……!

 そうだよ、そうか! この金貨は……! もしかしたら……!

「分かりました。これで失礼します。ミラ、行こう」

「えっ、えっ、ちょっとぉ! 折角知ってる人見つけたのに――!」

 小さな手を強引に取って、両替商を後にする。

 頬を膨らませて不満を訴えようとするミラに、だけど俺が機先を制して口を開く。

「この金貨の使い方が分かったかもしれない」

「ええっ! それ本当!?」

「ああ」

 俺はミラを連れて街を歩く。

 脳裏にMMOゲーム上での街のマップを描き、その場所を目指す。

 もちろんゲーム上の街は簡略化されていて、今いる世界とは規模が違う。通りの数も家の数も違う。細かい道は分からない。

 だけど、大体の位置は分かる。だから目的のマーク、或いは人を探して歩き回る。

 何度も通りを行ったり来たりして、唇を尖らせるミラを連れて俺は町をさ迷う。

 そして。

「…………あった!」

 ついに見つけた。この鴉のマーク、これが探してた店に違いない!

「……お店? にしてはすごくボロっちいけど……本当に人いるの? 何の店なの?」

「闇商人の店だよ」

「闇商人?」

「そう。色々と珍しい物を売ってるお店……のはず」

 闇商人。それはMMOゲームでは街の片隅に配置されている商人で、正しくはクラインの闇商人という。彼らからは特別なクエストをこなす事でしか入手できない通貨を用いて一般の店には売っていないアイテムを入手できる。

 その通貨こそが、今俺の手元にある金貨……『クラインの金貨』、通称『闇金』だと俺は睨んでいる。

 ドアに手をかけると、錆付いたような重い手応えがした。それでもちょっと力を込めると軋んだ音を立ててドアが開いた。

「……いらっしゃい。何の用だい」

 木で作られた店の内装は雑貨屋のようだった。

 雑多な品物が所狭しと四方の棚に並べられている。ビン詰めにされた白い液体、古ぼけた本、透き通った水晶、巻物、ウサギの尻尾のような丸いフワフワしたアクセサリーなどなど。

 全体的に薄暗く、採光の窓すらないため奥のカウンターにあるランプが唯一の光源だった。

 ……あれは火の明かりじゃないな。赤じゃなく、白だ。なんだろう、魔法の明かりとかそんなものなんだろうか。

 カウンターにはこの店の主人らしき強面(コワモテ)のオッサンがいた。なんというか、ヤのつく自由業から足を洗ってカタギになったというプロフィールが一番しっくりくるような、そんな鋭い眼光と空気を感じさせるオッサンだった。今まで本を読んでいたのか、ちょうど閉じてカウンターに置いたところだ。

 店に入っていくと、後ろからミラがついて来る気配がした。けど、なんかやけに身を寄せてくるな。やっぱりオッサンが怖いんだろうか。

 さて。店を見つけて中に入ったのはいいけれど……これからどうしよう。

 商品を見にきたんだけど、値札が置いてあったり付けてあったりするやつが商品でいいんだよな。でもどれがどんな商品なのかさっぱり分からない……巻物は何に使うんだ? 試験管みたいなガラスに入っている液体は薬なのか毒なのか。

 うん、やっぱりまずは商品の説明と値札について聞かないとな。この金貨一枚ならどれくらい買えるのかも分からないし。

 よし。

「すいません」

「なんだ?」

「……ぃぇ……その……」

 声にドスが効きすぎ……! 目ぇ怖すぎ……!

 本当に商売人か、このオッサン! MMOゲーム上だと全員同じふとっちょのト○ネコみたいなグラフィックだったけど、なんでリアル闇商人はこんなんなんだよ!

「えーっと……」

 つい視線をさ迷わせていると、突然後ろからミラに腰を軽く叩かれた。

「しょうがないなぁ」

 俺の横からミラが前に進み出て来た。その歩みは堂々としていて、その小さな背丈はこの場にいっさい臆していなかった。

「ここはあたしにまかせて。お兄ちゃんって小奇麗なお店しか行った事ないんでしょ。ねぇ、おじさん。売ってる物を見せてくれる? お金は……ほら、お兄ちゃん、さっきの金貨一枚出して」

「あ、ああ」

 俺はカバンから三枚ある内の一枚だけを取り出してカウンターの上に置いた。

 そっか。ミラも冒険者なんだよな。こういういかにも裏社会的なものには慣れているのか。

「とりあえずこれで買えるもので、どんな物があるかな?」

「なんだ、『そっち』の客かよ……ふぅん、確かに金貨は本物だな。いいだろう。ちょっと待ってろ。裏にあるから持ってきてやる」

 そう言ってオッサンは一度『close』の札を手に入り口まで行き、ドアを完全に閉め切った。その後戻ってきてそのまま店の奥に消え、再び現れた時には篭一杯の様々な道具らしき物を抱えていた。

「ほらよ。金貨一枚以下ならこのあたりだな。一枚より上の品ならまだ裏にあるが」

 カウンターの上に広げられた数々の品物。

 オッサンはそれを一つ一つ簡単に説明してくれた。

「こっちは即効性生命力回復薬、体力と引き換えに傷を癒す。こっちは造血興奮剤、理性をトばして血を補い痛覚を消し去る。こっちは万能薬、一時的に高熱を出して毒などの体のほとんどの異常を回復させる」

「うわぁ、なんかすごそう!」

 ミラが目を輝かせている。

 いや、ミラ。確かにプラス効果はすごそうだが、それ以上に副作用というか体への負荷が恐ろしい事になりそうな薬だからな、これ。麻薬と紙一重っぽいぞ。ヤバイ。

「属性ごとに耐性を付与する守護指輪(アミュレット)、各種宝石に刻印を刻み力を付与する刻印腕輪(ブレスレット)、聖陣の表す潜在能力を引き出す神聖護符(タリスマン)

 これはバフに比べると効果はすごく低いけど、それでも常時プラス補正が働く装飾品だな。うん、できれば欲しい。ただこの中でタリスマンは基本パラメータをいじるものだけど、俺は黒い球体から直接数値改ざんできるからいらない。買えるならミラのためだな。

 それからもオッサンの商品の説明は続く。

 その中でふと、数々の商品に埋もれるようにして転がっていた一冊の本に目が止まった。

 つい本に手が伸びる。

「これまさか……」







ちょっと長くなったので切ります。

なおこの本は別に大層な代物じゃないです。

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