6 路地裏二人のこれから
すいません。本当お待たせしました。
とりあえずざっとした前回までのあらすじ。
・ゲームやってたら、何かMMOの世界にトリップしたっぽい。
・体の周りにふわふわ浮いてる黒い球体突いたら、自分のステータス画面がでてきた。しかも色んな数値いじれる。パラメータも職業も装備も自由自在だった。
・意を決していざ、未知の街へ!
・街を歩いていたら自分が作成したMMOのサブキャラのエルフ女性ソレイユがいた。思わず声をかけてみるも、不審者を見るような目で追い払われた。
・内心驚いたまま街を再び歩いていると、今度はまたサブキャラのダークエルフ幼女ミラが、何やら綺麗な身なりの男達とモメていた。
・なんとかミラを奪って逃走成功。そのままミラの住処の路地裏へ案内される。
・アバラ家でミラと話し、途方に暮れている現状を打ち明ける。するとミラが協力を申し出てくれた。二人だけのパーティ結成。相棒となる。
さて。生きるためにはまず何よりも水と食べ物が必要だ。それも叶うなら毎日。
それを手に入れるためには、農耕業や牧畜業や狩猟業に従事して自ら生産するか、或いは他に社会にとって必要な物を作り出して貨幣を得るか、もしくは教師や警備などといった形のないサービスを提供して貨幣を得るかだ。
「さて、これからどうしよっか。ミラちゃんはいつもどうやってお金手に入れてたの?」
「あたしはねー、煙突掃除とか針仕事の手伝いとかだね。後は時期を見て森に入っての採取も。最初の頃は『ディグルー宮殿』にも行ってたんだけどね」
「ディグルー宮殿って……」
「あ、とは言っても青銅門前だよ! 庭園にも行けなかったし」
MMOゲームとしての情報を思い出す。
ディグルー宮殿はこの街から少し離れた丘にある低レベル向けのダンジョンだ。
この宮殿はストーリー上では侵略軍に滅ぼされた宮殿で、廃墟となった後にモンスターが棲みついたという経緯がある。かつての住人が戻って来た時には完全に復興の見立てがつかず、別の場所に宮殿を建て直して、それが現在のこの地方の城主の拠点となっている。
ディグルー宮殿は基本的に三つのエリアで構成されている。まず最初の青銅門エリア、次に噴水庭園エリア、そして宮殿エリアだ。
エリア毎に出没するモンスターの種類が異なり、宮殿奥にはレイドボスという強力なモンスターがいる。
このレイドボス、普通のモンスターと比べて攻撃力や防御力といった基本ステータスが高いのは当然として、最大の特徴はとにかくHPが桁違いに高い事にある。そこらをうろついているモンスターのHPの数百倍はある。そのため、一人での討伐はほとんど不可能なのだ。
実を言うとソロでも倒せない事は無い。だがそれは廃神といった重度にやりこんでいるプレイヤーや、お金をかけて最高レベルの装備と回復アイテムなどの消耗品、そして各種上位強化補助魔法を揃えられるプレイヤーに限る。
そしてレイドボスは経験値が高いのだが、PT単位での討伐となるため総人数と時間で考えると大した経験値にならない。このため、レベル上げでレイドボスに挑むのは非効率的だ。
じゃあレイドボスの何が魅力的かって言うと、それは何よりも倒した後に出てくるドロップ品だ。さすがにいつも高額分配金が得られるというわけではないが、数回に一度は高額なアイテムを出してくれる。しかも近場にいる他のレイドボスを一緒に倒して回れば高額アイテムをドロップする確率も高くなる。
余談ではあるけれど、レイドボスにも大まかにわけて二種類ある。一般レイドボスと大型レイドボスだ。
一般レイドボスは大体7人から成るPTを1つから3つもあれば討伐でき、倒したら半日から一日の間に復活する。ドロップ品は高価ではあるが、基本的に他のそこいらのモンスターもドロップする物がほとんどだ。とはいえ、さすがに数が違うが。モンスター一匹を十回以上倒して一個出てくる武器防具を作成する核となる素材アイテムが、レイドボスだと一度に数十個、多いときには百を超える数で出てくる。しかも十種類以上。無論、現物と呼ばれる武器や防具そのものを出す事だってある。現物は普通のモンスターを千回以上倒して一つ出るかでないかの確率だが、レイドボスでは2回に一回くらいは出してくれる。この現物、非常に高額で取引される物なので、運よくドロップしたら高額分配金が約束される。
これに比べて大型レイドボスは基本的に5PTから50PTが必要になる。高レベルの大型レイドボスでは討伐参加人数は300人を超える事だってザラだ。しかもドロップ品は全て現物オンリー。数個から十個前後をドロップしてくれる。その上、ボスアイテムと呼ばれる、そのボスを倒す事でしか手に入れられないそのボス固有の装飾品や武器を時々ドロップしてくれる。これが非常に高性能で高レベルでも使えるアイテムのためレアとして桁違いの価格でやり取りされている。その価値は、数百人を超える人数でも一人当たりの分配金が、一ヶ月まともにプレイしていても稼げないくらいになるほどだ。そのため、この大型レイドボスが現れたら参加者が殺到するのがいつもの光景だった。かくいう俺もそうだった。
……思考が横道に逸れた。
ミラが行った事があるっていうディグルー宮殿の青銅門前は、モンスターがぽつりぽつりと徘徊しているだけの、ソロプレイヤー向けの狩場だ。密集していないから一体一体ずつ相手にする事ができるから一人だとちょうど良く、複数人のPTだと火力過多ですぐ敵を倒してしまって次の敵を探して移動する時間が多くなってしまって経験値効率が悪くなってしまう。
逆に、青銅門から先、噴水庭園エリアは青銅門付近より強くて経験値の多いモンスターがいて、更にその数も多く密集している。こっちは2~4人向けの狩場だ。一体倒せばすぐ傍に次の敵がいて、獲物の回転率も良い。逆にソロプレイヤーだと、一体を相手取っている間に他の敵が寄ってきて不利だ。
宮殿内は完全に7人PT向けだ。7人がPTが組める最大人員数なのだ。中にいる敵は、攻撃力や防御力などステータスは外の敵とほとんど同じなのだが、HPが2倍から4倍までの敵がいる。HPが増えればその分倒すのに時間がかかり、けれど経験値もHPの倍数に比例して大きい。人数による経験値分割もこれなら問題ない。しかも敵の数も多い。
こういう風に、狩場のエリアによってその性質が異なるんだけれど、今俺がいる世界も似たような状況なんだろうか。もうちょっと聞いておこう。
「ディグルー宮殿ってあまり知らないんだけれど、確かモンスターに占拠されている所なんだよね? どんな所なの?」
「えぇ……それも知らないとか……よっぽど遠くから来たんだね。うーんとね、あたしも詳しいわけじゃないけど、とんでもなく強いリザード族のシャーマンが居座ってるんだって。今この街は南のオーク族との小競り合いが多くて、宮殿までは手が届かないんだって。領主様お抱えギルドも半分が南に行ってるって話だし」
「ふぅん……」
「昔、隣国の英雄様が退治して宮殿をリザード族から取り戻してくれたんだけど、最近また新しい頭になったやつが取り返しにきちゃって……駐屯してたギルドを追い払っちゃったの。今その追い払われたギルドは領主様のお怒りに触れて、片身が狭いみたい」
「そっか。でもディグルー宮殿でどうやってお金を稼げるの?」
「えっとね、宮殿の外にはスケルトンの兵が見張りとしているんだけど、そいつを倒せばいいの。上手いことスケルトンを倒せると、魔法が切れて一つの骨に戻るんだよ。それがネクロマンサーの使う骸骨戦士を呼び出す触媒になるの。綺麗な骨が取れるのは大体十数個に一個で、これがちょっとしたお金になるんだよ。それ以外はろくに魔力がないから十把一絡げ。たくさん集めてようやくってお金になるってとこ。宮殿内に行けば物品の略奪もできるね。あいつらリザードマンから盗んでも罪にはならないし」
「ふーん。稼ぐ方法は分かった。でも僕たちが勝手にちょっかいかけても大丈夫なの?」
「え? 全然問題ないよ。むしろ領主様が役に立たないから冒険者達でディグルー宮殿から追い出そうっていう動きもあるし。追い払って、頭とかサブリーダーとかの討伐証拠を持っていけば領主様が報奨金くれる事になってるよ。もし倒せたらしばらく生活に困らないくらいもらえるんだよー。まああたしなんかじゃ絶対無理だけど。討伐パーティにすら入れないね。そういったパーティは装備からして違うもん」
なるほど、山賊的な扱いなのか。
しかしスケルトン退治か。確かにそんなクエストあったな。ギルドから受けられるやつだっけ。それを受けてからディグルー宮殿付近のスケルトンを狩っていると時々クエストアイテムが手に入って、それをクエスト主に渡すと数に応じたお金が入ってくるっていう、何回でも受けられる繰り返しクエストだったな。
経験値を稼ぐ傍ら、敵がドロップするお金とは別に稼げるから、低レベルの頃は必ずクエストを受けてスケルトン狩りに行ってたよなぁ。
うん。今のミラでもそこそこ稼げるっていうなら、俺のバフがあれば更に能力の向上が見込めるわけで、いけるかもしれない。
「うん、いいな。それやろうか」
「それじゃあまずソーヤさんができる事を発表してみよっか。あ、あたしは魔法使えないから近接戦闘しかできないよ」
「うーん、俺ができる事ねぇ……」
近くに浮いている黒い球体を横目で見やる。
これいじれば一応なんでもできるんだよなぁ。まあ一度にヒーラーとアタッカーはできないから、どれか職業を一つに絞る必要はあるけれど……さて、何が一番俺に合ってるかっていうと……
「もちろんバッファーだよ」
やっぱりこれしかないよなぁ。
とりあえずミラのフォローに徹して、実際のモンスターとの戦闘を経験してみない事には何も始まらないな。
できる事なら、近接攻撃職、魔法攻撃職、召喚職、回復職での戦闘のやり方も一通り覚えておきたい所だ。弓職は弓の扱いが難しそうだしちょっと微妙……
「どのくらいバフが使えるの? あたしを助けてくれた時には、アタッカーでもないのに随分と速かったけれど」
「ああ……俺は聖戦士だ」
「クルセイダー? そんな職あったっけ? クルセイダークルセイダー………………うん? え? クルセイダー?」
「うん。クルセイダー」
「それっ! 最上級職じゃない!! え、上級職の祓魔師じゃなくて!?」
「うわっ、ちょ、ちょ、近い近い! こんな狭い所でそんな身を乗り出さないで」
「いいから!」
「ほ、本当だって……人間種族が使えるバフならなんでもできるよ。ほら……降臨・火精王」
ミラに最上級職、それも最高レベルクラスにしか扱えないバフをかける。
「う、うわっ、何これ……」
ミラの体中に火の粉が舞い始めた。それは蛍のように現れては消えていく。
「それが俺の最高のバフ。全ての基礎能力を底上げして、力とかを更に伸ばすんだよ」
「な、なんかあたしの体じゃないみたい……うわぁ、すっごーい……」
「まあ2分間だけなんだけど」
やがて火の粉は完全に消え去った。
ミラは感心しきりのようで、ずっと「ほー」とか「はぁ」とかちょっとうわの空で呟いている。
「う、うん。とりあえずソーヤさんがすごいバフを使えるのは分かった」
「後は……そうだな」
とりあえず持っていたカバンを逆さにして振ってみる。
「何か使えそうな物があるといいけど」
自分でもよく分からない色んな物が床に転がっていく。その中に数枚の金色に光る硬貨があった。
あ、そうそう。お金っぽいから後で誰かに教えてもらおうと思ってたやつだ。ちょうどいいからミラに聞いてみようか。
「ミラ、これなんだけど……」
ふと見ると、ミラがじっと真剣な目で硬貨を凝視していた。
「これ……もしかして、金貨じゃない?」
ふるふると震える手でミラは金色に神々しく光る硬貨1枚を目の高さまで上げる。
「……」
「ミラ?」
「お兄ちゃん、大好きっ!」
がばっ。
「分かりやすいな、オイ!」
抱きついてきたミラをなんとか抱きとめる。
ミラは満面の笑顔で、目が完全に『$』とか『¥』になっていた。
「えへへ」
「離れろって。誰がお兄ちゃんだ、誰が」
「ええー。いいじゃん、それくらい。ねっ、お兄ちゃん」
「ああもう擦り寄るな。分かった分かった。好きに呼べ、もう……」
「やたっ! ありがと! 愛してるよ、お兄ちゃんっ」
「いいからお前はちょっと顔を拭いて綺麗にしろ。何か手ごろな布ないかな……」
ちょうどいい綺麗そうな布がカバンの中から転がっていたから、それで煤の汚れをふき取るためにミラの顔に当てる。
「ちょ、うわっぷ。ちょっとー、もう、強引だよー。お兄ちゃんのエッチー」
「誰がエッチだ、誰が」
ぶーたれるミラに構わず、問答無用とばかりにちょっとばかり強めに顔を拭った。
けど、こうしてダークエルフの褐色の肌を間近に見るっていうのは不思議な気分だな。
あ、ほっぺ柔らかい。長い耳がちょっとビクビク動いてる。
「はい、綺麗になった」
「はーい。ありがとうございまーす」
セリフが棒読みだった。
「でも、いやぁあたし金貨なんて久しぶりに見たよ……ん、でも刻まれてた肖像ってこんなだったっけかなぁ……? 覚えてないや」
うーむ、どうやらミラも金貨を見るのは初めてらしい。大丈夫だよな……ちゃんと使えるよな? でもどのくらい価値があるんだろう。
「これ、金貨だとして、どれくらいの物が買えるんだ?」
「ちょ、ちょっと待ってね。えっとえと……金貨……うん、食べ物を買うだけだったら数年はこれで十分いけるよ」
「へえ、そうなんだ。すごいな」
「ちょっと、なんでそう他人事のように言うかなぁ。これ、お兄ちゃんのでしょ」
「そんな事言われても……実感ないし」
「これだからお坊ちゃんは……世の中金なんだよ、金。これジョーシキ」
そう言ってミラは人差し指を俺の胸に向かって強く指差した。
……そういうなら何故金持ちっぽい連中に絡まれていた時にへりくだらなかったのかと。
ミラが言うとおり、お金が全てならあそこで反発する理由なんてないはずだろうに。
「まあそれはいいとして、お兄ちゃんこの金貨本当に使っていいの? あたし達で」
「え? あ、ああ当然だろ?」
いや、今使わないとダメだろう。お金節約する状況じゃないと思うんだけど……?
「…………ん。分かった。これはつくづく責任重大だね」
「?」
何か一人完結して頷いているけど、ミラが何を言ってるのかさっぱり分からん。
「このままじゃ使えないから、後で両替商の所に行こっ。それから、今後のお金を稼ぐ方針だけど……さっきのディグルー宮殿の他にもいくつか候補があって……」
それからミラが説明してくれたのはネズミ男の巣撲滅の人手募集だったり、ダークエルフギルドに行って仕事の斡旋をお願いする事だったりと、いかにも冒険者っていう感じのものだった。うん、ちょっとわくわくしてる自分がいる。
俺とミラがパーティになったおかげで、他にも稼ぐ当てができそうだとミラが拳を握って気合を入れていたのが微笑ましかった。
「うーん、俺としてはディグルー宮殿がいいかなぁ」
「そう?」
「うん。まず自分が実際に戦うとなって、この魔法をどれだけ使えられるか色々と試したいんだ」
「ふーん。まあ、それならそれでいいよ。じゃあ、これから両替商の所に行って、明日ディグルー宮殿に行こっ」
「うん。それでいい」
「よーし、じゃあ早速行こうか! あ、お兄ちゃんお腹空いてる? 行く途中で何か食べよっか。あたしが払ったげる、相棒!」
「お。いいね。買い物や食事に興味あったんだ。ぜひ頼むよ」
「はーい、じゃあレッツゴー!」
「おー!」