5 ゲームとの繋がり
「……迷った」
「はぁ!?」
俺が素直にそう白状すると、腕の中の小さなダークエルフの女の子は眉を跳ね上げた。
「ごめん。実はこの街は初めてだから何も知らないんだ」
身なりのよい男達に囲まれている所から10歳くらいの女の子を掻っ攫うように助け出して一目散に逃走した結果、俺は迷子になっていた。
いや、元々気がつけば路地裏に立ってたわけで、この街の事何も知らないし、最初から迷子だったといえば迷子だったわけなんだが。
今いるところはやけに打ち捨てられたような家が密集している区画だ。ぶっちゃけまともな人をまったく見かけないし、いるのはやけに頬がこけて目をギラギラさせてこちらを見てくる老若男女。物陰や路上にいる彼ら彼女らは、どうやら俺の服とかを見ているらしい。そりゃ綺麗だし、素材だってパっと見立派だしね。
……やべえ。なんか遠巻きに眺めている連中が少しずつどこからか増えてきているみたいだ。飢えたピラニアか軍隊アリの巣の中に両足突っ込んでる気分だ。集られるまでもう少しか?
「あーもう、いい加減下ろして!」
「お、おう」
そっと足から女の子を地面に下ろしてあげる。
ふと黒の手袋をした手を見たら煤だらけだったのでちょっとはたいてみたがダメだった。
しかし間近で見れば見るほど、この子は俺の2ndキャラにそっくりだ。
「もう、ほらこっちだよ。あたしはここら一帯を縄張りにしてるから案内してあげる……助けてもらってバイバイっていうのもなんだしね」
「あ……助かるよ」
「もう、締まらない人間だなぁ」
「ね、ねえ。一つ聞きたい事があるんだ。君の名前は?」
歩き出した女の子を追いながら、勇気を振り絞って女の子の名前を尋ねる。自然と喉が鳴った。
「あたしはミラよ。ミラ・ミルファーラ。見ての通り、ダークエルフよ」
その名前を聞いて、俺は「ああ、やっぱり……」と思った。紛う事なき俺がMMOゲームで遊んでいた2ndキャラの名前だった。
確認した途端に息が詰まる。嫌な予感が膨らんで行く。
「俺は……」
と、そこで思い至ってはたと止まる。
どうしよう、本名の新井宗也と名乗るべきか、それともゲーム上のキャラクター名のソーヤ・アスリアと名乗るべきか。
「新井宗也」
そして俺はそう名乗っていた。
「ふうん。ね、じゃあソーヤさんって名前で呼ぶね。いいでしょ」
「あ、ああ、いいよ」
どうやらミラはグイグイと行く性質のようだ。勝手なイメージだけど、イタリア人とか欧米を思い浮かべる。こう、すぐ仲良くなって肩を組むような。
「ん……あれ、ミラちゃんはミルファーラが姓だよね?」
「そうよ、ミルファーラが姓よ。それがどうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。ちょっと確認したかっただけ」
「ふうん?」
てっきり宗谷の方が姓だと思われるかと思ったけど……これもこのふよふよ浮いている黒い球体の言語設定のおかげかな。便利だなぁ。
そうこうしている内に、何やら今にも崩れそうな小さなあばら屋が見えてきた。なんというか、そこいらから捨てられた傷や穴のあるベニヤ板を拾ってきて、適当な棒で無理矢理組み立てたような。
「さっ、着いたよ。ここがあたしのホームよ! 入って入って。どーせ何もないけどね」
そう言ってミラは四つんばいで小さな入り口からあばら屋の中にスイスイ入っていった。
「お、お邪魔します……」
俺もなるべく体を縮こまらせて、狭い入り口にぶつからないようゆっくりと中に入っていく。
なんか子供の頃に作った秘密基地を思い出すなぁ……おっと、服がひっかからないよう気をつけないと。
「へえ……」
中は思ったより広かった。まあそれでも立ち上がったりはできないけど、座ることができるくらいにはスペースがあった。隙間風はあちこちからしてたけど。
「それじゃ、改めて助けてくれてありがとう。おかげでこうして今も五体満足でいられたわ」
「え、そんなに危険だったのか?」
「え、そりゃそーよ。ああいうのは暴走馬車と似たようなものよ。昔、この辺りを根城にしてたスラムの子も何人かああいった連中の目に止まってひどい目に合わされてるんだから」
「……」
まさに絶句だった。
どうやら俺の思っていた以上に危険な事になっていたらしい。
「……その様子だと、何も知らなかったみたいだね」
「うん……」
「ついでに言うと、たぶんあなたこの街にいる限り当分あの連中に狙われるわよ。下手すると懸賞金かけられて、額によっては街中から狙われるかもしれないし」
「マジか……」
自然と頭が垂れた。
お先真っ暗かよ……
「…………あーあばっかねぇ。あたしなんて放っておけばよかったのに」
目の前の小さな女の子は明るいあっけらかんとした声でそう言った。
その言葉の後に「助けない方が良かったのに」と言われているような気がして、俺は顔を上げて言葉を口にした。
「それは……できないよ」
「随分と幸せないい暮らししてたみたいだね。感謝してるけど、長生きできないよそんなんじゃ。ま、お礼っていうのも何か変だけど、ほとぼりが冷めるまであたしのとこでかくまおっか? といってもほとんど食べるものもないけど。ソーヤさんってどこかいい所のお坊ちゃんなんでしょ。ここの暮らしにどれだけ耐えられるか分かんないけど」
異臭があちこちから漂う路地裏。
ゴミや汚物が転がる石畳。
響くのはけたたましい鳥の鳴き声。
ああ。確かにひどい状況になった。しみじみとそう実感する。
だけど。
「似てたんだ」
「ん?」
「君が、俺の知ってる子に似てたんだ。だから、助けた」
それでも、今こうなると分かっていても俺は目の前の子を見捨てる事はできないと思う。
「そうなの? ふーん、ねえねえどんな子?」
「君と同じダークエルフで、見習いをしていた」
ゲームでは敵を倒すと素材と呼ばれるアイテムをよく入手できる。素材は色んな種類があり、それぞれ数を揃えればそれを消費して武器や防具などを作ることができる。レアリングはたくさんの素材を元に装備や更に上級の素材を作り出すスキルを有する生産職の下級職。二つ上の最上位の親方に至るための最初の職だ。
「へええ! 実はあたしもレアリングなんだよ!」
「……そうなんだ。ねえ、ミラちゃんは……」
言葉が詰まった。けど、思い切って続ける。
絶対に確かめないといけない事があるから。
「ミラちゃんは、冒険者なんだろう?」
「そう見える!?」
嬉しそうに身を乗り出してくる。
「どんな冒険者をやってきたのかな」
「えっと、今ここをねぐらにしてることからもお察しだけど……とってもつまんない話だよ?」
「いいんだ。聞きたいんだ、ぜひ」
「ふーん、ま、いっか。どうせ大したものでもないし、隠すようなこともないしね」
そうしてミラは語りだした。
「あたしはねー15の時に冒険者になったんだ」
それからミラはどんな冒険者だったかを話してくれた。
最初はそこそこ良かったらしい。
素材を仕入れて布や小さな刃物、アクセサリーといったものを作って露店で売る。ダークエルフが作ったアクセサリーや武器には攻撃関係のプラス補正が付く。もちろん下級職のためその補正は微々たるものだが、それでも小さなセールスポイントにはなった。
元々少ない利益の上、品物を商店に納める時に子供の作った物だと足元を見られる事もあって稼ぎは少なく、とにかく数をこなそうと頑張っていたらしい。
時には武器を片手に自ら危険な場所に赴いて街では手に入らない鉱石や野草といった材料を集めにいったりもしていた。
その日暮らしではあったけれど、パンや豆を食いっぱぐれる事は少なかったそうだ。
だけど、月日を重ねても中々上達しない腕前に焦りを覚え始め、気がつけば次々現れる新人に追い越されていくようになり、ミラは段々と仕事が手につかなくなっていったらしい。
変わり映えしない毎日に少しずつテンションが下がるようになり、作業は遅々として進まず、気がつけば作った物が売れなくなっていく。
それからはもう何をしてもダメだったとミラは弱弱しく笑った。
途中、見知らぬ人から運よく令嬢が着るような綺麗な服から最下級の安い服といった色々な服をタダで入手する機会もあったが、それも全て売り払ってすぐ生産のための仕事道具や武器を買うための資金に消えてしまった。
それもやがて使い続けているとガタがきてしまい、メンテナンスするお金もなくなってにっちもさっちもいかなくなって今この現状だよ、とミラが肩を竦めた。
そんなミラのこれまでの軌跡に耳を傾けながら、俺は悔恨に胸を掻き毟り叫びだしたくなった。
ああ、やっぱり。
予想は的中していた。
俺のMMOゲーム上でのミラは色んな装備の服で着飾ったり、手を振ったり踊ったり笑ったりさせるソーシャルアクションを鑑賞して楽しむだけのキャラでしかなかった。
俺は、この子のレベルを一切上げていなかった。
キャラメイクをしてからその後、育成の一切を放棄していた。
やった事はといえば極稀にヒマな時間に素材を使って別の素材を作ったり、色んな防具を持たせて着せ替えたりしていただけ。ろくに街の外にも出していなかった。
その結果今、目の前にあるんだろう。
この子が今、こうしてひどい環境にいるのはおそらく、いや、間違いなく俺のせいなんだ。
「ごめん」
「え? なんであんたが謝るのよ?」
「ごめんな」
理由なんて話したところで信じられるわけがない。
だからただ謝るだけしかできなかった。
「ちょっとー。別にあんたのせいじゃないし、謝られても困るってば」
唇を尖らせるミラ。
俺は意を決してそんなミラへと向かい合った。
「なあ、俺が君を手伝おうか? いや、手伝わせてくれ。冒険者としてなら、色んなバフが使えるぞ。ヒールだってできるし、魔法攻撃だって……まだ試してないけどいけるはずだ」
勢いのままとにかく捲くし立ててみた。
「それ、同情?」
ハッと顔を上げる。ミラの声がこわばっていた。
その鋭い声色に熱していた頭が急激に冷えた。
う、ちょっと性急すぎたか。警戒されたか? そりゃ見知らぬ人にいきなり助け出されただけならともかく、その上手伝いまで申し出られちゃあ、何か裏にあるんじゃないかって勘ぐられるのも無理はないか。
ぐ、どうする……
「実を言うとな……俺は行くあてがない」
「……は?」
「着の身着のままでこの街に流れ着いてだな……これからどうしていいのか分からず、すっごい困ってるんだ。だからだな……その、俺、生活能力0で一人じゃなにもできなくて……いまいちこの街の事もよく分かってなくて……教えてくれる人がいないと正直行き倒れの野垂れ死にになりそうなんだよ」
とりあえず俺の窮状を説明する。これは本当の事だし、できるなら現地の人で一緒に行動して色々と教えてくれれば助かるのは間違いない。
というかマジで状況としては切羽詰ってる。
「だから、その……ミラちゃんが良ければ、一緒に行動させてもらってこの街の事を少しずつ教えてくれれば助かる。マジで頼む。本当に困ってるんだ。嘘じゃない」
もはや土下座する勢いで拝み倒す。
ミラはしばらく無言だった。
けれどやがて表情から険がとれていき、それから。
「……はぁ」
何故か盛大にため息をつかれてしまった。
「あぁ、うん。なんとなく分かった。ソーヤさん、手も服も綺麗だし深窓のお坊ちゃんというかすっごい大事に育てられたんだね。ここじゃ一週間と生きていけないタイプだ。うん」
ぐ。言外に世間知らずと言われてるな、これは。
こうやって小さな子にズバズバ言われるのって結構クるんだなぁ……
だが仕方ない。ここで反論しても何一つ事態は打開できないし、ここは我慢の一手。
そう、これは罠だ。下手に反論したら墓穴を掘ってしまう未来が見える。だから甘んじてプライドはズタズタにされたままにしておこう。
うう、布団被って引きこもりたい。
「よし、分かった。じゃああたしとソーヤさんとでパーティ結成ね! 袖振り合うも多生の縁? 困った時はお互い様で助け合うのも正しい冒険者って言うしね」
ミラがそのない胸を張り、拳で力強く叩いた。
そういえば俺はエルフはひんぬー、ダークエルフはきょぬー派だけど、この子は将来どうなるんだろう。ダークエルフって本当に種族的に大きい人多めなのかな? この子はピ○テースになるんだろうか。
おっと、いかん。今はちゃんと話を聞かないと。
「あたしはこの生活から抜け出してもっと活躍したい。そしてソーヤさんは何にも知らないから生活を助けて欲しい。うん。なんだっけ……えっと、ギ、そう、ギブアンドテイクだね! このままだとソーヤさん、すぐ身ぐるみ引っぺがされそうだし」
「良かった、助かるよ。お互い支えあっていこう!」
「おっけー! まかせてよ!」
ミラが片手を差し出してきて、俺もその手を握る。
小さな手だ。
せめてこの子だけでも守りたい、そう思うくらいに小さな手だった。
「あ、そうだ。聞いておきたいんだけど、ソーヤさんって誰かに追われてる、なんて事ないよね? あ、もちろんあたしと会う前ね」
「う、うん」
狭いスペースでいきなり四つん這いになって顔をぐいっと近づけてくるミラに、
「…………うん、良し。信じるからね、『相棒』!」
突然の相棒宣言にちょっとこそばゆく感じる。
これは、一応は共に行動するパートナーとして認めてもらえたって考えてもいいのかな。
この子の信頼を裏切らないようにしなくちゃな。
「それじゃ、これからよろしく!」
そう言ったミラは屈託のない笑顔だった。
ちなみに
ミラ(24)
宗也(22)
となります。
まあダークエルフは物心がつくのが人間より遅いので、精神年齢は別ですが。
ミラを人間に換算すると人生的には大体17,8歳くらいです。
人間の肉体年齢に換算すると10歳程度ですが。
(こう、犬の年齢を人間に換算すると犬1歳が人間17歳になるみたいに)
なお、goo辞書より。精神年齢とは。
1 精神の発達程度を年齢で表したもの。知能検査によって測定する。
2 一般的に、ものの考え方や行動からみた、精神的な成長の度合い。