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3 遭遇






 まあそんな一幕もあったりしたが、検証は概ね平和に済んだ。

 うっかり調子に乗って自分の弱体化魔法(デバフ)欄もいじってしまい、『毒』のデータを出して体がやばい状態になったのは反省するところだ。正直毒で助かったと思っている。バッドステータスの中には石化や混乱もあるからな……混乱なんかになってたら通り魔になる未来しか見えない。怖すぎ。『死の刃』もちょっと面倒だ。あれ治すにはちょっと特殊なアイテムが必要になるし。

 あと、どうやらこのステータス画面は俺だけみたいだ。他の人の周りには似たような黒い球体は見えず、俺だけのステータスをいじれるらしい。まあこうしていても自分が血の通った人間じゃなくなって0と1のデータの世界の住人になってしまったようで、深く考えると気持ち悪くなるから正直自分だけで良かったと思う。他の人のデータなんてあってもいじりたくもない。全てが作り物に見えてきそうだ。

 そしてMMOゲーム上で使えたスキルや魔法についても、ゲームと同様にこの世界でも使える事が判明した。

 剣やローブや重鎧といった特定の種類の装備をすると、その間中ずっとステータスにプラス補正が付くといった常時発動型(パッシブ)スキルはともかく、特定のアイコンをクリックすると一度だけ魔法や攻撃技といった効果が発生する実行発動型(アクティブ)スキルの検証は発動の鍵が分からず、とにかく不審者上等覚悟で色々と試してみた。

 さすがに街中で攻撃魔法や範囲(グループ)攻撃スキルを撃つととんでもない事になりそうだから防御系スキルを中心に試してみたんだけど。ここの治安維持とか法律がどうなってるか分からないしなぁ。

 結局はスキルや魔法の名称を唱えれば良かった。ただしあやふやなイメージだと失敗するらしく、詳細且つ正確なイメージと強い集中が必要みたいだった。なんか反動か何かあるのかなと身構えてたけれど、別にそんな事はなかった。違和感一つなく、前言と矛盾するようだけど最初の方さえ上手く集中できれば、後は半覚醒(トランス)状態になったみたいになってオートでやってくれるようですらあった。なんて便利。

 一度スキルアイコンをクリックして効果が発動したら再び手動でアイコンをクリックするかMP(まほうりょく)が切れるかするまで自動的にスキルを継続して使用し続ける発動切替(トグル)スキルもほぼアクティブスキルと似たような感じだった。

 逆にまだ不明な部分もある。

 まず装備について。

 さっきも検証したとおり、武器や防具のデータをいじってほとんどの物に変えれるのは分かった。けれど、試していない事が一つある。

 俺がプレイしていたMMOゲーム『ナインヘルツ・セカンドエピソード』では特殊な装備が存在する。それは極々限られた条件でしか入手できず、しかも入手後一定時間が経過すれば消えてしまう物だ。その分、入手できた時の恩恵は非常に高い。装備自体が強力で、かつ装備する事で固有のスキルが使えるようになる。

 それがあれば単独でフィールドやダンジョンの奥にいるボスも倒して、貴重で高価な戦利品(ドロップアイテム)を独り占めすることもできる。

 それが『魔神装備』と呼ばれるものだ。正真正銘レア中のレア。

 それと対をなす『水神装備』もあるが、こちらも魔神装備に劣るものの強力だ。

 そして今問題になっているのは魔神装備。これは装備した瞬間に呪いのバフアイコンが現れて超強化された上で見た目がモンスターに変化し、指名手配(ウォンテッド)扱いとなり、街に入れなくなってしまう。それは死ぬか呪いのアイコンが消えるまで続く。

 そう、とりあえず一般的なレア装備も含めて確認できたのはいいけれど、問題は更にデータの数値を上げていった時に最初に出てくるのが魔神装備か水神装備かが分からない事だった。

 水神装備が出てくれば良し。むしろ完全に最強装備を整えられる事になって安全に拍車がかかる。しかも魔神装備はより後の数値だという事も判明する。

 だが、もし魔神装備が出てきたら……その時点で終わりだ。まだ魔神装備も水神装備もあるとは決まったわけではないけれど、ここまでのデータを見る限り存在する可能性は高いと見ている。そんな賭けに手を出す気には到底なれなかった。

 まあ期間限定のイベント装備が出てくる可能性もあるけれど……どっちにしろ危険だよな。

 あとバフについて。

 相手の精神を壊して一時的に魔力を下げる『マインド・ブレイク』といったデバフはともかく、バフにも少し嫌な予感がするものがある。それが『ベルセルク・クライ』だ。いくつかの攻撃に関する能力を%で向上させ、逆に防御系の能力をダウンさせる。敵の攻撃を一身に受けるタンカー役には不要だが、基本敵から攻撃を受ける事無く敵への攻撃に集中するアタッカー役にはデメリットの少ない非常に良いバフだ。魔法の詠唱速度も上がるためヒーラーにも重宝されている。

 問題はゲームの時にあったこのバフの説明にあるんだけれど……「狂戦士化して戦う」という言葉に嫌な予感が拭えず、こっちも試していない。多少興奮状態になるだけならまだしも、意識をもっていかれるレベルになるとこれまたヤバイことになりそうだ。

「今度適当な動物を見つけてバフの実験してみるか。さて、検証も切り上げてそろそろ行かないと……少し腹も減ってきたしな」

 どこかで紙を手に入れて、検証したデータをまとめておきたいな。バフの数が多すぎてデータの数値がどのバフに対応するか全部覚えきれない。

「どうか今日一日だけでも無事でいられますように……っと」

 勢いをつけて座っていた瓦礫から跳ねるように立ち上がる。

 この世界に神様がいるのか知らないけど、そう祈らずにはいられなかった。

 全身が鉛になったみたいに重い。カバンを仕舞い、剣を片手に俺はなるべく人の流れの端っこを行くようにして街をさ迷い始めた。


 空を見上げると雲が少なく、辺りを見渡せば2階建ての木造アパートみたいな建物が街路に沿ってズラリと並んでいる。

「高い所から見たらゲームと同じ街並みだって思ったけど、こうして歩くと規模が違うな。ゲームは走っても1,2分で街の端から端までいけたし、建物の数も20くらいしかなかったけど……ここはキロメートル単位はある規模だし、建物も軽く100は超えてるし」

 遠くに目をやると、この街のシンボルである巨大な女神像が中心に鎮座していた。俺がここをゲームの中の街ではないか、と思い至った切っ掛けがあの女神像だ。まんまゲームで見たのと同じだし。

 歩きながら他にも街の様子を窺う。

 街の水場でタライに衣服を漬けて踏みつけている女性たちがいた。

「最近はこの辺りで流星のエンブレムをつけた冒険者をよく見かけるようになったそうよ」

「流星って……もしかして西側のシューティングスターギルド? やだ、怖いわね。こっちの鬼斬り(オーガバスター)ギルドはどうするのかしら」

 その内容に思わず耳を傾けるも、既に次の話題に移っていっていた。

「オーガバスターギルド……? すっごくよく聞いた事のあるギルド名が……」

 更に歩くと、今度は子供達が遊んでいて、その輪の中で一人二人が顔の上部を隠すマスクをつけていた。

「あははははー! 魔神なんてへっちゃらだー!」

「英雄の剣だぞー! それー!」

 チャンバラごっこかぁ。やっぱ男の子は好きだよな。

 子供達の会話をなんとなしに聞いていたところ、なんでもマスクは隣国の英雄のシンボルらしい。聞く感じだと隣国とは友好的みたいだな。

 英雄のマネをして遊ぶのが子供達の間で今人気があるみたいだ。こういう所は地球と変わらない文化に見えるなぁ。

「しかし、40過ぎの英雄が15歳の許婚の姫と結婚ねぇ……」

 道端のおばさん達の会話を聞きながら判明したその噂を聞いて、何故かひどく吐き気がこみ上げてきた。

 歩いていると噴水のある広場に出た。

「まだ通り魔は捕まらないのかしら」

「三日前に襲われたので8人目なんでしょう? 怖いわ。日が暮れたらもう出歩けやしないわ」

「衛兵も殺されたんでしょう。領主様は何をしてるのかしらねぇ……ほんとイヤだわ」

 うっわぁ……なに、今すっごく物騒な会話が……やばいなぁ。厳戒態勢とか敷かれてて怪しい人をかたっぱしから連行してたら俺、アウトだよなぁ。

 そういえば、やけに物々しい格好の人が怖い目で辺りをよくキョロキョロしながら歩いていると思ったけど……そういう事か?

「色々とこの街の事を教えてくれる人を探さないとな……店とかで遠い所からやって来た旅行者って設定で聞きだせるかなぁ?」

 そんな風に聞き耳を立てながら店の看板を探して歩く。

 文字は読めないので建物の横に下げられている看板を見るしかない。そこに描かれている絵だけが頼りだ。あと人の流れ。

 空気だ、空気を読むんだ……!

「あ、なんか余裕無くなってきてるか、俺……おかしなテンションになってきてる」

 何も知らない街に着の身着のままで一人放り出されるというのはかなりストレスがかかるらしい。ぐ……内臓がキリキリ痛む。

 そんな時だった。

 俺は『それ』を見た瞬間、息を止めた。

 足が止まり、目が一点に吸い寄せられる。ろくに物が考えられなくなる。

「……あれって、え? 嘘だろ?」

 思わず小走りで近づく。あと少しで相手も気付くか気付かないかという所まで来て、俺はただその名前を呟いた。

「ソレイユ?」

 俺の前にいたのはストレートの金髪を長く伸ばした細身の女性。草色のシャツにハーフパンツで身軽そうな姿をしていて、スラリと伸びた手足は白磁のよう。その容貌はクールアンドビューティという言葉がこれ以上ないというくらいよく似合っていた。

 そして何よりも一番目を引いたのが今も無表情で素っ気無く見える彼女の顔の左右にある耳。長く伸び、先の尖った耳。そう、よく日本のファンタジーで見る森の妖精(エルフ)という種族にしか見えなかった。二番目に目を引いたのは胸だったけど。

 そんな彼女は俺が3rd(サード)キャラとしてキャラメイクした回復職(ヒーラー)のエルフ女性にそっくりだった。

「誰?」

 刺さるように冷たい目と声だった。思わず頭が冷えて後退るくらいに。

 急に近づいて来た俺に警戒しているのか、彼女の態度と全身から浴びせられるプレッシャーに、俺の体が勝手に反応して冷や汗がどっと出始める。

 金縛りにあったように動けない。そんな俺の前に、彼女の近くにいた一人の人間の女性が首を可愛らしくかしげて言った。

「あらぁ、ソレイユさんのお知り合いですかぁ?」

「……いいえ、知らないわ」

「えぇー? でもぉ名前を呼んでましたけどぉ?」

「まあソレイユは有名だからな。ファンじゃないのか? ははは!」

「やめてよ。迷惑よ。まったく、これだから人間は」

「ふふふ。いいじゃないですかぁ。こんな風に誰からでも好かれるなんてステキですよぅ」

 気がつけば、やはりソレイユと呼ばれた彼女は十人近い仲間らしい人たちに囲まれているのが分かった。全員が体のどこかに同じ大剣のエンブレムがあったからだ。

 更に立ち居地をよく見ると、それが二つのグループに分かれているのが分かった。ソレイユを中心とした半円のグループと、ソレイユの対面にいる可愛らしいおっとりとした雰囲気の女性を中心とした半円のグループが互いに向かい合っているように俺には見えた。

 というか……この可愛らしい女性の雰囲気を、俺は知っている。こいつはヤバイ。マジでヤバイ。とにかくヤバイ。場の雰囲気からしても、完全に役満だ。

「おい、ほら行った行った。いつまでもジロジロ見んじゃねえぞ、コラ」

「え、あ……」

 ろくに反応できずまごまごしていると、ガタイの良い角刈りの大男が傷跡だらけのごっつい腕を伸ばしてきて俺の胸倉を掴んできた。そしてそのまま大男の頭が視界の下へとスライドしていく。同時に足が地面から離れる。

 って、ちょ、マジで片腕でこんなことできるやついるのかよ! 苦しい、苦しい!

「ブン殴られてえのか! あんまり舐めてっと拠点(ギルドホーム)連れてくぞ、オラァ!!」

 腹にくる重い一喝で俺は再び解放され、そのまま尻餅をつく。

 と、っととと。あれ、結構高めな所から落とされたわりにはあんまり痛くなかったな。これもデータ改ざん(チート)のおかげかな?

「返事はどうしたァ!」

「は、はい! すいません! 失礼します!」

 俺は慌てて落ちていた剣を拾ってその場を後にした。

 最後にもう一度だけソレイユをチラ見したけれど、彼女は既に俺から興味をなくしているようで、仲間と何か話していた。

「ああ……驚いた。しかし、俺が作ったキャラとそっくりな人がいるなんてな……しかも名前も同じ。これ、やっぱりマジでゲームの中の世界なのか?」

 段々と状況がそうとしか思えなくなってくる。もうそう考えてもいいんじゃないかって、変に思い悩むよりもそっちの方が楽なんじゃないかって天秤が傾いていく。

 戸惑いながら、俺はまた宿を探しに歩く。

 その間もずっと、ソレイユの事について考えていた。

 そうして、道具屋の近くまで来た時だった。

「は、放してよ!」

「はぁん! ざけんな! 人に乱暴しといてそのセリフかよ、薄汚れた(ダーク)エルフのガキ風情が!」

「絡んできたのはそっちでしょ!」

 突然空気を震わす金切り声とダミ声の応酬。

「なんだ、トラブルか?」

 俺はちょっと気をひかれて声をした方に目をやる。歩くのは止めない。どんなやつらがもめてるのかっていう小さな興味。それだけ。すぐ立ち去って記憶の隅に追いやる出来事。

 けれどできなかった。

「――そんな」

 できるわけがなかった。

「ミラなのか……?」

 綺麗な身なりの男達に囲まれていたのは俺の2nd(セカンド)キャラのちびっ子ダークエルフと瓜二つな子だった。







ちなみに実際のMMOでは色々と際どい名前のキャラが体感2,3割ほどいたりします。


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