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17 対決






 あいつが!

 あいつが!

 あいつのせいでミラが!

「あああああああああああああああああ――ッ!!」

「ソーヤ君!?」

 逃がすものか!

 絶対にここでミラを助ける方法を吐かせる!

「んふ。どうやらバレちゃったみたいだねぇ」

 この声! このイントネーション! やっぱりあの夜の!

「くらえッッ!」

「おっと」

 魔法剣で刺突を繰り出す。

 くそ、弾かれた!

 瞬間、ヤツの手の中の短剣が翻り、稲妻のように襲い掛かってきた。

 邪魔だ!

「お? 防がれちゃったかぁ。うーん、以前とは動きも力も違うね。フルバフだからかな?」

「よくも! ミラを!」

 そのふざけた態度、ニヤついた笑み、全てが俺を苛立たせる。

 間を置かずに魔法剣を何度も叩き込むが、全て短剣で受け流される。

 クソが!

「あら――よ、っと」

「ぐぅ……!?」

 思わず大振りしてしまった一撃をこれまでにない力で弾かれ、空いた腹を蹴飛ばされた。

 やばっ……!

「はい、一丁上がり~――お?」

 今まさにこちらに迫ろうとしていたヤツが、急に足を止めた。

「ソーヤ君、下がりなさい!」

 倒れこむ最中、何かに押される。

 見上げると、颯爽と割り込むように飛び込んできたのはマヤさん。

 体を開き、片方の剣を突き出してヤツを牽制し、もう片方を逆側で盾のように構えた。

 その不思議な構えを訝しんだ直後、俺の後ろから何かの塊が高速で飛来し、すぐ上を通り過ぎていった。

「っつぅ!」

 それはマヤさんの上体をわずかに揺らし、マヤさんの顔が微かに(しか)められた。

「――しまった!」

 飛来してきた方向を確認すると、そこには離れた場所から杖を構えているソレイユが。

 今の風弾(ウィンド・ブレット)か!

 我を忘れて彼女をフリーにしてしまったか!

「……ここまでか。あーあ、せっかくギルドにかこつけて始末できると思ったのになぁ。移動速度瞬間強化(ダッシュ・アタック)

 途端、後方へ跳び下がり、背を向けて脱兎の勢いでヤツは、通り魔は逃げ出した。

「待て!」

「ゼータ!? 待ちなさい! 何を勝手な真似を!」

 俺とソレイユの制止の声が上がるが、当然ヤツは聞かずにそのままあっという間に暗闇の中へ消えようとしていた。

「さっきからどうしたの、ソーヤ君。落ち着きなさい!」

「あいつだ!」

「え?」

「あいつ! あいつが犯人だ!」

「犯人……? って、なっ――! それは確か!?」

「間違いない! 今すぐ追って下さい! 逃がさないで!」

「分かったわ。けど」

 マヤさんがチラリと見た先には困惑した様子でぽつんと立つソレイユがいる。

「ソレイユなら……俺に任せて下さい」

「でも連中の狙いはあなたよ、危険だわ」

「勝算はあります。だからマヤさんは早くヤツを!」

 このまま一緒に追いかけても、ソレイユは必ず妨害してくるだろう。

 なら、ヤツに対抗できるマヤさんに追うのは任せて、俺はせめてここでエサになりつつソレイユを抑えた方がいいだろう。

 仮に俺が一緒に追いかけるとしても、マヤさんとヤツの足にはついていけないだろう。本気を出した戦士職の足とローブ職の足ではどうしても差ができてしまう。特に、ヤツは短剣職。全職の中でも足の速さはトップクラスだ。

 今は一刻を争う。

 身元がバレた以上、ここで見失ったらアウトだ。きっとヤツはなりふり構わずこの街を出ようとするだろう。

「……分かったわ。この場はお願い」

「ええ。任せてください。降臨・風精王(ソウル・オブ・ジン)! 行って!」

「ありがとう!」

 マヤさんが駆け出す。

 一度、爆発したような音と振動が地面を伝い、凄まじい勢いで彼女は通り魔を追って行った。

 俺が最後に更新したジン、あのバフが切れる2分間が勝負だな。他のバフはまだ時間に余裕があるが、あれだけは近くにバッファーがいないとすぐバフが切れてしまう。なんとかバフが切れる前までに追いついて、確保できればいいんだが。

「ま、待ちなさい!」

「行かせないぞ、ソレイユ」

「……誰に向かって口を聞いていると思っているの、ヒューマン」

 どこか近くで何か崩れ落ちるような轟音が上がった。ヤツが逃げた方角だ。

 夜の街が騒がしくなっていく。

「……」

「……お前と一緒にいたあの短剣職、あいつはここ最近殺人を繰り返している通り魔だ」

「何……?」

 すぐに攻撃してくる様子はない。

 いけるか? なんとか説得して、見逃してもらえるならそれにこした事はない。

「俺は通り魔に襲われた事がある。つい一昨日の事だ。だから分かる、あいつが通り魔本人だ。あいつは犯罪者で、俺達はあいつを捕まえたい。お前は、お前たちオーガバスターの面々はあいつが犯罪を繰り返していた事を知らなかったんだろ。なら手伝ってくれないか。そうすればきっとそう悪いようには――」

「煩いわ」

 ピシャリと遮られた。

 そこに一切の容赦はなく、敵意だけがあった。

「何故この私が、貴様の言葉を信じなければならないと?」

「ならなんであいつはお前を放って一人逃げ出したんだよ!」

「それはこの後、捕まえて理由を問いただせば良いだけの事。貴様の話など信じる価値はない」

 くそっ、だめだこれは。完全に聞く耳持たずか。

 やっぱり実力行使しかないか。

 ならとにかく近づかないとな。

 しかし、まさか自分で作って育てたキャラと直接対決するハメになるなんて……

「ヒーラーだから直接対決は不利だとでも考えたの? 舐めるなヒューマン。それが大きな過ちだと身をもって教えてあげる」

「ソウル・オブ・ジン!」

 一旦俺のバフをジンで更新する。

 それから――吶喊(とっかん)

 バイクもびっくりのスピードの三歩で一気に間合いを詰め、まずは魔法剣の峰を一文字に薙ぐ。

 ソレイユは軽やかに、優雅なステップを踏んで俺の間合いから離れる。

 そして。

「ウィンド・ブレット」

「っと!」

「ウィンド・ブレット、ウィンド・ブレット」

 魔法を連発してきた。

 俺の頭上から光が照らされているのが分かった。おそらくカウンター・アーツが発動したんだろう。今、魔法剣で殴れば数倍から数十倍のダメージとなってソレイユを打ちのめすだろう。

 けど。

「くそっ、素早いな!」

 魔法剣が当たらない。

 すぐさま距離を取られるか、うまく間合いをズラされて逃げられてしまう。

 カウンター・アーツが発動しても、発動時間中に殴れなければ意味はない。

 そして隙を見てのウィンド・ブレットによる遠・中距離攻撃。

 重いパンチをくらったような衝撃を何度もお見舞いされる。

 確かにこのままくらい続けるならいずれ動けなくなるだろう。

下級回復(ヒール)

 だが、こっちは聖戦士(クルセイダー)。ヒーラーの司祭(プリースト)から派生したバッファーだ。少しくらいのダメージならヒールで回復できる。

 それに。

「MPだって無尽蔵じゃない。ウィンド・ブレットは一番MP消費が低い攻撃魔法だけど、それでも連続で使い続けていればMPは枯渇する」

 まあ、そこまで長期戦になればこっちも困るんだけどな。早くマヤさんと合流しなければいけないし。

「というわけで、早めに決着を付けさせてもらおうか!」

「フッ、ノロマなヒューマンに捕まるほど鈍くないわ! お前はせいぜいそこで這いずり回っていればいいわ!」

 確かに現状、ソレイユを捕まえるのは少し難しい。

 ……仕方ない。やっぱり切り札を切るか。

 これを使えば、一瞬だけでもソレイユに隙ができるはずだ。その瞬間を狙って一気に畳み掛ける!

「……」

 まずはダッシュ。ギリギリまで近づく。

「また同じ事の繰り返し? 本当ヒューマンは考えなしの猪突猛進なおバカね!」

 無視。

 ソレイユがまた逃げ始めようとする一瞬、足に力を入れて動き出すその初動を狙って俺は叫ぶ――!

「貧乳のくせして! 胸を! 盛ってるんじゃねーぞこのペチャパイエルフ!!」

「んな――っ!?」

 驚愕に大きく目を見開き、彼女は足をもつれさせた。

 そんな隙だらけの彼女に俺は突進し、鋭く魔法剣をフルスイングした。

「キャッ――!?」

 肋骨を強打されて転がるソレイユ。転がる彼女に、俺は容赦なく鳩尾にケリを入れた。

「ぐふっ…………」

 地面に倒れ伏したまま動かなくなるソレイユ、俺が自ら外見を作り出したエルフ女性を見下ろし、ほっと一息吐いた。

「……勝った」

 エルフは貧乳。是、俺のポリシー。

 キャラメイク時でもそう作ったはずなのに、ローブの上からでも盛り上がってるとかありえない大きさだったからなぁ。

 最初会った時、一発で盛ってるって分かったぞ。まったく。

「さて、急いで俺もマヤさんを追うか」

 ソレイユはここで放置してても問題ないだろう。

 きっと後でギルドマスターが回収してくれるはずだ。正直残して行くのは気が引けるけど、今は状況が逼迫している。優先するのはあの通り魔であり、マヤさんだ。

「さあ、行くか!」

 俺は空しい勝利を胸に、未だ遠くで時折巻き起こっている破壊音に向けて走った。


 ★★★★★★


 道中の暗い夜道、倒れてる幾人かの衛兵や天災から身を守るように縮こまっているスラム住人らを脇目に走る。

 時折思い出したように響く破壊音。それを目指して俺は走る。

 まだマヤさんは争っている。まだ間に合う!

 自分の耳と新しく刻まれた破壊の爪痕と勘を頼りに寂れた区画を走り抜ける。

「…………いた!」

 街の外壁に随分と近い場所だった。

 周囲には誰もおらず、マヤさんと通り魔がわずかな距離を置いて睨み合っている真っ最中。

 驚いた事に、通り魔のヤツは全身から白く発光する蛍火のようなものを纏わせていた。それはソウル・オブシリーズのバフを受けた時のような燐光で、けれど火水風土の四種どれにも該当しない色。

 まさか、あれは。

「『水神の愛』か? 課金で入手できるバフアイテム……」

 ソロプレイヤー御用達アイテム。そのアイテムの効果は一通りの主要なバフを使用者にもたらすといったものだ。効果は一時間。そして、主要なバフの中にはソウル・オブシリーズとほぼ同等の効果のバフがある……その色が、確かあんな色だった。

 無論、『水神の愛』でのバフは使用者が戦士職か魔法職か、どちらでも良いよう効能が調整されているけれど……

 つまり、今の通り魔に対してマヤさんに掛けたソウル・オブ・ジンはアドバンテージにはなっていないという事。いや、むしろマヤさんの方はもう既にジンの効果は切れて劣勢のはずだ。

「い、急いでマヤさんにイフリートのバフを!」

 走る。

 整備されていない悪路で転ばないよう注意しながら急ぐ。

 けれどその前に。

「――ィィィヤァッ!」

「ッ!」

 両者が同時に飛び出した!

 二つの影が一瞬で交差し、マヤさんは交差地点で双剣を振りぬいたまま固まり、また通り魔のヤツはその勢いのままマヤさんの後方へ。

 そして通り魔は、足をもつれさせるようにして倒れ、地面を転がって行った。

「……まったく。手こずらせてくれたわね」

 後ろを振り返り、通り魔が倒れているのを見て安心したのか、マヤさんは疲れ切ったようにそうこぼした。

 両手に持った剣を杖代わりにして、足を震わせながらもマヤさんは勝者として立ち……彼女もそのままプツリと糸が切れた人形のように倒れた。

「マヤさん!」

 慌てて駆け寄る。

 ガッチリとした重装備の鎧の隙間のあちこちから血を流しているのが分かった。戦闘の余波で残ったと思われる小さな残り火が照らす中、よくよくマヤさんを見てみると至るところが傷だらけだった。中には準最強級の鎧すら切り裂かれている箇所があった。

「息は……ある。よかった。とりあえずありったけのヒールをして、チート能力でヒーラーにクラスチェンジを…………ん?」

 あっちの通り魔の……バフが切れていない?

 『水神の愛』のバフ、白い燐光がヤツの倒れた体から消えていない。

 MMOゲーム上では、死んだら一度バフが全て消えていた。この世界じゃ、意識を失うだけじゃあバフは消えたりしないのかな?

 そう思っていた時。

「ふっ、ふふふふふ。あははははははっ」

「な……」

 ヤツが、ゆらりと立ち上がった。

 魔神の短剣を片手に、ヤツは顔を歪ませて嘲笑していた。

「あー、やっとくたばったか。ほんとしつこかったなー。気絶したフリして、ノコノコ近づいてきたらこの魔神の短剣でスッパリ息の根を止めてやろうと思ってたのになー。可愛い可愛い短剣ちゃんのキルマーク一つ増やしそこねちゃったや。んーふふふ」

「な……」

「でも、まあいっか。ちょうどいい具合に、一番心残りのやり残した獲物がこうして来てくれたし。この街を出る前にキチンと清算しなくちゃ……ね」

 ヤツと真正面から視線が合った。

 ヤバイ!

「マヤさん! マヤさん!」

「……」

 だめだ。完全に意識を失ってる!

 慌てて魔法剣を構える。

 く、俺一人でもこいつを捕まえて――

「そんなこわーい顔しないの」

「ぐっ!?」

 速……ッ!?

 一気に短剣の間合いまで近づかれ、思わず飛び退こうとしたが、その前に禍々しい短剣がスルリと懐目掛けて伸びてきた。

 咄嗟に魔法剣で打ち払う。

 二回、硬質な音が響く。

 三度短剣が伸びてくるのが見えたが、もう魔法剣が追いつかない。速すぎる!

「ぎ――――ぐうううううぅぅぅぅーーーーー!?」

 コイツの前で無様な悲鳴など上げたくない。その一心で歯を食いしばり、痛みに耐える。

 魔神の短剣は易々と俺のローブを突き破り、そのまま右腕を貫いた。

 更に、ダメ押しとばかりに側頭部に回し蹴りを食らわされる。

 踏ん張る足に力が入らず、そのまま地面に叩き付けられ、土砂を舐めながら転がった。

「ああ、これが世界最強の短剣の切れ味、感触……んんんんんーーー。じぃぃぃつぅぅぅにぃぃぃぃ素晴らしいぃぃぃぃぃ! アーハー!」

 くそっ……が!

 右腕に力が入らず、地面に転がった魔法剣を慌てて左手で掴み取る。

「ヒ……ヒール……」

 貫かれた右腕に光が灯り、わずかに痛みが和らぐ。

 が、それもすぐに消えた。再び脳を貫くような痛みが襲い掛かってきて、それを必死に耐えるハメになった。

 一回のヒールじゃとても治らない傷か。

「ヒール、ヒール……」

「ま、あんまり時間もないし、次でブスリといこっか」

 くそっ……ダメだ。

 俺じゃコイツに勝てない……

 どうする……

「さあ、この子の切れ味、たーっぷりと味わってちょーだい」

 どうする……

 もう時間がない。

 なんとしてでもここでコイツを捕えないと……ミラが……畜生、何か……何か……

「……ぁ」

 ふと、目の前を黒い球体が横切りながら泳いでいた。

 俺のチート能力のインターフェースだ。

 これを使って戦士職にクラスチェンジをするか……いや、スキルの再設定に時間がかかりすぎる。無理だ。

 他に何か手は……!

「………………っ!」

 水神装備なら、或いは……!

 水神装備はこのゲームのユニークアイテム。店で買えるアイテムでも、ボスを倒してドロップするアイテムでも、製作して作れるアイテムでもない。特定の条件を満たしたたった一人のプレイヤーに対して、期間限定で与えられる真の意味で最強の名を冠せられる装備の片割れだ。

 素の性能が最強クラスなのはおろか、装備する事で得られる固有スキルに様々なパラメータ補正が付くという。

 俺が今装備してる愛用の魔法剣、これは確かにボスドロップでしか手に入らない最強クラスのレア武器だが、あくまで一般プレイヤーが入手できる内での最強だ。

 だが水神装備は違う。

 これは他の装備とは一線を画す、別格のアイテムだ。

 俺の今の装備のデータを改竄して、水神装備を引き当てられれば……今の窮地を引っくり返せるかもしれない。

 やり方は簡単だ。武器と防具のデータを改竄すればいい。ボスがドロップする最強クラスの装備の数値までは把握済みだ。なら、水神装備はその先の値に必ずある。

 だけど問題は……やはり魔神シリーズが出てきた時。それが一番の問題だ。

 これもまた水神と唯一肩を並べるアイテムで、単純な性能値だけなら水神装備をも上回る。そして更に特殊なバフというか、呪いが強制的に付けられる。その呪いはモンスター化するといったマイナス要素を含むため、ゲームではない現状恐ろしい想像しかできない。

「それ……でも……」

 このまま座してミラを殺してしまうよりは……

 俺を庇って、それでも恨み言一つ漏らさず……あんな寂しそうな笑顔のまま、助けられないなんて……絶対に御免だ!

「……」

 覚悟は定まった。

 一定間隔の足音が近づいてくる。

 俺は急いで近くに浮かぶ黒い球体に魔法剣を握ったままの左手を伸ばし、ステータス画面を開く。

 そしてツリーを開いていって武器の項目に指を当てて……

 頼む……!

 数値を脳裏に浮かべる。

 未知の領域たる数値を。


 武器の値が変更され、俺の魔法剣の形状が変わる――


 ★★★★★★


「ソーヤ……さん……」

 マヤ・ツァオの屋敷の一室、そのベッドの上でミラは額に汗をびっしりとかき、荒い息を吐いていた。

 熱で意識が朦朧とし、もう体を動かす事もできない。その口からは両親の名前を始め、時折心配そうに彼女の相棒たる者の名が漏れる。

 今日、陽が暮れてから一気に状態が悪化していた。もう体力と気力がもたず、これまで耐えてきた衰弱が一気に襲い掛かってきていた。

 そんなミラにMPギリギリまでヒールを掛け続けているのはベッドの横のイスに座っているゲイツだ。

「……仮に今夜を乗り切っても、明日はもう……」

 顔をしかめるも、ゲイツは己の役割を全うする。

 彼もまた昼夜問わずメイドと共にミラを看護し続け、多大な疲労が積み重なっている上でだ。

 ふと、彼は外の様子がおかしい事に気がついた。

「何だぁ……?」

 強い風が木窓を何度も何度も叩き付けている。

 つい先ほどまではここら周辺一帯は穏やかで静かな夜だったというのにだ。

 雨でも降るのかと少しだけ木窓を開き、外の様子を見る。

 そしてゲイツは目を見張った。

 満天の星空の夜、夜空の中心に黒いモヤが浮かんでいた。

 変化は急激だった。

 モヤを中心に、まるで堰が切れたかのように闇が広がり、白く光る星々を覆い隠していく。

 彼はすぐにそれが黒雲である事に気がついた。

 そして黒雲はどんどん勢いを増して、すぐに月をも遮った。

 今まで街を薄く照らし上げていた夜空は完全に消え、街全体が暗くなる。

「何だってんだ一体、この肌寒さは……この悪寒は……」

 ――雷鳴。

 続けて閃光。

 強烈な稲光と共に激しい雷が一条、地上に突き刺さる。

 腹の底まで震える轟音が街全体に響き渡った。


 まるで――何者かの高笑いのように。







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