16 狙う者、狙われる者
この世界をさ迷った初日、ヤバ気な連中からミラを掻っ攫って逃走したんだが、どうやらしっかりケジメ案件として捜索されていたようでした、まる。
「まる、じゃねえよ……ああぁぁ……」
「ソーヤ君。あなた昔何やってたの……こんな直近の面倒事抱えてるなんて聞いてないわよ」
「いや、すいません。俺も完全に忘れてました」
「で、思い出したのなら簡単に説明してくれないかしら。至急ね」
「えっと、ミラと口ゲンカしていた貴族の男性に体当たりして逃げました。たぶんこの件かと」
「……なるほど。後で詳しい事情を聞かせてもらうわよ。いいわね」
「は、はい……」
厄介ごとに巻き込んでしまい、本当に申し訳ありません……
「……」
俺達を囲んでる二人と一人、あちらも何やら頷き合ったり小声で何か言葉を交わしているみたいだ。まったく聞こえないけど。
「……!」
夜の冷えた空気、それが更に一段冷たくなった感覚がした。
続いて金属のこすれ合う音。
見れば、大柄な人影が今まさに背から大きな何かを抜き出し構えた所で、その隣の小柄な影がいつの間にか杖のような物を構えている。
――やばい!
「ソーヤ君!」
マヤさんの鋭い声に反射的に手に持った明かりを捨て、即座に魔法剣を引き抜いて叫んだ。
「ソウル・オブ・イフリート!」
マヤさんの全身に火の粉が乱舞する。
そして俺のバフと同時にマヤさんも素早く二刀を抜き放ち、スキルを使う。
「魔力溜め、魔力溜め魔力溜め魔力溜め魔力溜め――!」
オーラにも似た何かがマヤさんを淡く包み、連続で重ね掛けされたそれはすぐさま白い炎のように激しく燃え上がった。
「炎斬りLv5!」
その先制攻撃は俺の後ろ側、一人で通路を塞いでいた方に放たれた。
火炎放射器なんて目じゃないくらいの爆炎がぶっ放され、路地が視界一杯の炎で埋まる。そして辺りを明るく照らし上げた。
魔法戦士のスキル、フレイム・アタックは二段攻撃だ。最初は武器による強ダメージ、そして追加で放たれる炎のダメージ及び火傷の状態異常を確率で相手に与える。
一度チャージした魔力は、チャージを必要とするスキルを使うと消費される。さっきのスキルはレベル5だったため、五回チャージしたものを全て消費してしまった。さっきのようなスキルをもう一度使うにはまた五回チャージする必要があるという事だ。
そしてチャージ可能な回数もレベルによって増えていく。マヤさんは高レベル上級職のため、上級職の限界である五回までチャージ可能だ。つまり、今のはマヤさんのチャージ可能な限界まで溜めて放たれた一撃だ。例え相手が上級職であろうとも、まともに食らえばそれなりのダメージが期待できる……んだけど、今のは最初の武器ダメージをわざと空振りしてるから、炎によるダメージだけになっててたぶん効果は薄いだろう。
マヤさんが放たれた炎の中へ飛び込み、俺も遅れないよう後に続いた。
「降臨・土精王」
力が漲る。ダイヤモンドらしき小さな鉱物が数個、衛星のように俺の周りを回転する。ソウル・オブシリーズは全バフ中で最もパラメータ値を向上させるバフだ。向上する対象パラメータ数も、上昇値も他のバフとは比べ物にならないほど優秀だ。
カンスト前の最上級職バッファーにのみ許された最高のバフ。それがソウル・オブシリーズ。
炎に巻かれる直前、後ろの道を塞いでいた黒装束とマヤさんが争っているのがかろうじて見えた。
甲高い金属音。
直後、顔に突風が当たるような感触。
気がつけば、炎が斜めに切り裂かれていた。
「……ッ、すげえ」
黒装束は……いた! 二刀を振り切った体勢のマヤさんと、建物の壁を背に片膝をついた黒装束。
マヤさんが背中を見せている事から、位置関係的にさっきの風はおそらくは黒装束の仕業だろう。何かのスキルか?
何だ、武器が見えない。ナックル系を装備する拳闘士系のクラスか?
「攻撃力強化、攻撃速度強化!」
とりあえず、今はマヤさんに残りの攻撃系バフを掛けるのが優先か。
「ソーヤ君、先に行きなさい」
「はい」
黒装束を強制的にどかして道が開けた。そこを俺は前に進もうとしながらまたバフを掛けるべく魔法剣を握りなおした時だった。
「睡眠」
氷のような冷たい女性の声がした。
「うっ!?」
突然頭が重くなる感覚。慌てて意識を集中すると、それも一瞬で消えた。
「そんな、この私の魔法を抵抗した……!?」
「あっぶね、レジストできたか」
三人の内、一人はヒーラーかウィザードだな。スリープ系を使えるのは大体その二クラスの系統しかないし。バッファーの俺も覚えられはするけど、上級職になったらスキルレベルを伸ばせなくなるからほとんど使えない。
いや、でもちょっと待て、この特徴的な声……!
「ソレイユ! ソレイユか!?」
「……」
人違いか? 確かに一度しか声聞いてないし、布で声がこもってるから判別がつき辛いけど、この冷ややかな声は一度聞いたらそうそう間違えようもないはず……
「させないわよ!」
「チッ」
火花が目の前で散った。
いつの間にか目の前に大柄なヤツの両手持ちの大剣があった。上段から振り下ろされたであろうそれは、颯爽とセミロングの髪を靡かせたマヤさんが二本の剣で食い止めていた。
マヤさんはいつの間にかコートを脱ぎ去り、その下に着込んでいた重装備の鎧を月光の下、露にしていた。
「対人攻撃力向上! 猛虎の魂! チャージチャージチャージチャージチャージッ!!」
「鉄の肉体! 大鬼の狂乱! 対人攻撃力向上!」
互いに己の能力を向上させる自己バフスキルを使い、武器を振るい始めた。
ドでかい大剣の迫力と、魔法を纏った二刀の苛烈なぶつかり合い。障害物があろうがなかろうがお構い無しに暴れ回る二人は、完全に二人だけの世界に入っていた。
慌てて数メートルほど下がったけれど、ここにまで風圧やら砕けた煉瓦の欠片やらが届いてくる。二人供次元が違いすぎるな……これが高レベル上級職の戦いかよ。いつ手足や首が飛んでもおかしくないぞ、これ。
大体大剣が一度空ぶるだけで直線上の道端にある水の入った大壷が倒れるってどういう威力だよ。
っと。こっちも仕事しないと。
「強弱化魔法一時無効化」
まず自分に補助魔法を掛ける。これを使えば40秒間だけ敵からのバフ・デバフを全て弾いてくれる。これで攻撃以外の妨害はシャットアウトできる。
「半睡眠、半睡眠半睡眠!」
直後、ソレイユらしき女黒装束から俺にハーフスリープの連発が飛んで来た。
ハーフスリープは睡眠状態にして一定時間一切の行動を不可にする魔法だ。スリープと比べて睡眠状態の時間は半分程度と短いが、詠唱時間が恐ろしく短く連発しやすいという利点がある。
だが間一髪マジック・イミュニティを掛けておいたおかげで、今だけは睡眠にかかる心配はない。それに睡眠や混乱、恐怖といった状態異常への抵抗力UPとして精神系耐性強化のバフも掛けてある。俺もマヤさんもそう易々とは掛からんよ。
しかし、スリープはヒーラーとウィザード両方使えるけどハーフスリープはヒーラーしか使えない魔法だ。あの女黒装束はやっぱりヒーラーで確定か。
もし仮にソレイユ本人だったら、おそらくは最上級職一歩手前のレベルの司教。
いやそれより今は急いでマヤさんに残りのバフを!
「クリティカル率強化、クリティカルダメージ強化」
これだけ派手な騒ぎを起こしてるんだ。時間が経てば衛兵がここに駆けつけてくるだろう。
けど、そうしたら今度は俺達が身動きが取れなくなってしまう。通り魔を探しに行けなくなる。今、衛兵に捕まるのは俺達も困るんだ。
とはいえ、この状況をどう切り抜けるか……
今、なんとか見た限りだと二人は互角か……いや、押されてる。大剣が振るわれる度にマヤさんが後退している。俺を庇った時以外、決して大剣と刃を合わせようとしていない。ほとんど闘牛とマタドールだ。いや、闘牛はまだ可愛らしい方か。
しかもそれだけでなく、後ろにいた女黒装束ではないもう一人が弓矢を取り出してマヤさんを次々と射掛けている。
一対二だ。
「ッ」
マヤさんの左のガントレットに矢が突き立つ。左腕が硬直し、わずかに後ろに流れる。
その瞬間を狙ったのか、大柄な黒装束が大剣を後ろに引き、叫んだ。
「剛王の一撃!」
赤熱した大剣が光の尾を引いてフルスィングされる。
鉄骨と鉄骨とが激しくぶつかり合ったようなけたたましい轟音が響いた。
あれは大剣職の攻撃スキル! しかも――最上級職のスキルじゃないか!
あいつ、巨人かよ! よりによって! 単純な物理攻撃力だと全職中最強を誇るギガースか!
「ぐううううぅぅぅぅッッッ!」
獣のような呻き声。
右の剣を盾代わりにして大剣を受け止めたマヤさんが、体をくの字にして地面を数m滑っていった。
地面を削りながらブレーキをかけ、止まってすぐマヤさんは左ガントレットの矢を手早く抜き捨てる。
「マヤさん!」
「こっちはまだ平気よ! それより、自分の身を――」
その彼女からの警告の直後、黒装束の構えた弓がこちらを向いてるのが視界に引っかかった。
「うおおおっ!?」
危なっ!
数本の矢が連続して俺の胴体を掠めていった。
「風弾」
「つぅっ!」
しかも女黒装束からも初級の風魔法が飛んでくる。デバフは効果無しを見て、魔法攻撃に切り替えてきたか!
マヤさんはといえばまだ体勢を立て直せず、地面を転がるように大柄な黒装束の大剣からギリギリの所を逃げ回っていた。弓持ち黒装束もまたマヤさんを狙って射掛けている。
さっきの矢はほとんど銃弾みたいに速かった。あの速度から見て、当たった瞬間はガントレットを貫通するくらい凄まじい衝撃があるんだろうと思われるけど、マヤさんはそう大きなダメージを負ったように見えない。マヤさん自身の強さと、防御バフのおかげだろう。あらかじめ矢耐性強化を掛けて置いて本当に良かった。
夜で見え辛く、小さな風切り音くらいでしか矢を判別できないから回避が困難そうだ。マヤさんも戦い難そうに見える。
くそ、攻撃魔法や弓矢の遠距離攻撃相手だと俺の使う水晶封縛は有効とは言えない。あれは足を止めるだけだから、クリスタル・バインドが効いても攻撃自体は続けられる。クリスタル・バインドを掛けて魔法や弓矢が届かないまでの距離を取るしかないか?
不幸中の幸いは、黒装束達三人は事前にバフを受けているようだが、ソウルオブシリーズのバフまでは受けていないという事か。あのバフを受けている間は俺やマヤさんのように火の粉などが舞い続けるといったエフェクトがあるはずだけど、そういったものは一切見受けられない。
もしあれも受けていたら、マヤさん一人じゃ到底ギガースクラスの攻撃に耐え切れなかっただろう。逆に、マヤさんはソウル・オブ・イフリートがあるから今なお健在と言える。
とりあえず、次でマヤさんへのバフは終わりだ。これが終わったら次は俺のバフだ。早く俺も参戦しないと。
さあ最後、俺のとっておきだ!
「被ダメージ時攻撃能力向上!」
マヤさんが矢をガントレットで打ち払う。
直後、彼女の頭上に剣の形をした燐光が一瞬浮かぶ。
そして空いた彼女の胴目掛けて最強の力を誇るギガース職の大剣が咆哮を上げて振り抜かれる。
二回、音がした。
一つはマヤさんが剣を斜め下から、相手の大剣に叩き付けた時の音。
――身の丈ほどもある大剣が軽々と空へ跳ね上がる。
もう一つは大柄な黒装束のガラ空きになった横腹部分に、マヤさんの剣が閃いた時の音。
――装束の下に着込まれていた鎧の脇腹部分が砕け散り、そのままの勢いで吹き飛んだ。
「……うお」
大柄な黒装束が隣の廃墟に剛速球のように突っ込んだ光景には、さすがに俺も目を疑った。
さっきのマヤさんの頭上で輝いた光の剣、あれはカウンター・アーツ発動時のエフェクトだったな。
つまり、あの威力はそのせい、と。パネェ。さすが壊れ性能バフ。
かろうじて見えたけど、あれ、剣が胴にしっかり食い込んでたぞ。少なくとも重傷クラスのはずだ。
「……!?」
「待って。今の、カウンター・アーツって……!」
「ぐぅ……バカなッッッ!! カウンター・アーツだとぉ……ありえん! それを使える者は炎剣ギルド、攻爪機甲隊ギルドを始めとしたトップギルドにしかいないはず。しかも、聖戦士でヒューマンの黒髪の若者など一人もいない。貴様、何者だ!」
「ソーヤ君!? どういう事!」
敵からだけでなく、マヤさんからも物凄い勢いで詰問が飛んで来た。
とはいえ、マヤさんはすぐさま踵を返して駆け出した。俺の元へと。
「とりあえず、今は走るのが先決か! ジンをお願い!」
「はい! 降臨・風精王」
そして俺自身もソウル・オブ・ノームからジンに切り替える。
一気に体が軽くなる。
よし、これで逃げ切れるなら良し。そうでなければマヤさんが二刀を存分に振るえるよう、ピックアップしておいた場所まで走りきる!
駆け出してすぐ、後ろから連中の声が聞こえてきた。
「傷が深いわね。上級回復!」
「これでヒールは十分だ。それよりヤツを逃がすな……ゼータ! シグマ! 追え! ゼータはいい加減真面目にやれ、いいな!」
「……」
軽快な足音が二つ、追って来る……!
★★★★★★
走って走ってなんとか追いつかれず、無事予定の地点までマヤさんと一緒に辿り着けた。
連中を振り切れなかったのが無念だが……やっぱりやるしかないか。
見晴らしの良い街外れ。周囲に建物の影もなく、近くに水路があり、草木が生い茂っている。
「急いでバフを掛け直します」
バフの効果時間が切れるにはまだまだ早いが、一度バフを整理した方がいい。今だと20を越すバフの内、防御系と攻撃系とでバフが切れるタイミングが異なるし、不要なバフはバフ枠から追い出して消してしまおう。
黒い球体を開いてMPの残量を確認……よし、二人分のリバフくらいならまだまだ十分だ。
「生命力向上、マナ力向上、移動速度強化――」
手早くマヤさんのバフを掛け直していると、弓を持った黒装束が姿を現した。続けて女黒装束も。
大柄な黒装束はいない。ギガースのクラスは戦士職にも関わらず、魔法職並に足が遅いから、傷の事もあって遅れているんだろう。
時間を掛ければ掛けるだけ、合流の危険性が高まる、か。
「ゼータ、アルファの言う通り本気を出しなさい。私達の信用を落とすつもり? いつも口が軽いのに今日はだんまり……今日のあなた、妙よ」
「……」
女黒装束がそう言うと、隣の弓持ち黒装束はおどけたように肩を竦め……弓を背にやった。
そして徒手空拳で向かってきた。速い! 一瞬見失ったかと思ったぞ!
でもこっちのバフも間に合った!
「ソウル・オブ・イフリート!」
マヤさんが全身に火の粉を舞わせ、相手に合わせるように前に出る。
彼女の片方の剣が大上段から勢いよく振り下ろされた。
「カウンター・アーツにソウル・オブ・イフリート。この世界最強の二つのバフのアドバンテージがある以上、例え最上級職が相手であろうが――」
「――ッ!」
二人が交差する瞬間、マヤさんの左右の剣が交互に振るわれる。
火の粉が剣の残像を描き、夜闇を切り裂く。
「敵ではないわ」
「――グ!?」
一撃目。剣を回避されるも、黒装束の勢いを完全に殺す。
間髪入れず二撃目。凄まじい瞬発力で横に跳ぶ黒装束を、それより速く剣が捉える。
「ゼータ!」
黒装束、その全身を覆っていた黒いマントのような上着が真一文字に切り裂かれていた。
更に。
「――フレイム・アタックLv5!」
マヤさんの追撃。
剣から放たれた炎が瞬く間に膨らみ、怒涛の洪水のように押し寄せ、黒装束を呑み込んだ。
「ッ!」
広がった炎の中から飛び出す人影。
全身を火に包まれた黒装束は乱暴にその上着を脱ぎ去った。
「グランド・ヒール! 上級状態異常回復」
そこに女黒装束から二つの魔法が飛ぶ。炎に巻かれた傷と、火傷による継続ダメージの状態異常を回復されられたか。
けど。
「移動速度低下、攻撃速度低下、クリスタル・バインド!」
相手の動きが止まったそのチャンスを狙って俺もデバフを叩き込む。
どれか一つでも効いてくれればいいんだが。
「チャージチャージチャージ! フレイム・アタックLv3!」
更にマヤさんから再び火炎が放たれた。さっきより規模は小さい火炎の帯が剣の軌跡に沿って放たれ、魔法直後の女黒装束へと向かう。
反応が遅れて回避し損ねたのか、女黒装束もまた上着が一瞬で裾から燃え上がった。
「チッ」
舌打ちと共に女黒装束もまた上着を脱ぎ捨てる。
ようやく謎の襲撃者二人の素顔が露になった。
「ゼータ。顔を見られたからには……分かっているわね」
「……」
黒装束が剥がれ落ちたその下、そこには人間の青年と若いエルフ女性の姿があった。
その顔と声からは苦々しい感情が透けて見えた。
「やっぱりソレイユか」
「……気安く私の名を呼ぶな、人間。汚らわしい」
月明かりの下に照らし出されたエルフ女性は、やはりというか俺の3rdキャラと同じ顔、同じ名前をした人物だった。いや、この場合はエルフ物? どうでもいいか。
白地に金のアクセントを施された荘厳華麗なミニスカローブに竜の頭部をくっつけたような杖、それは間違いなく俺がソレイユに装備させていた物だ。俺が装備しているグラン・ノワールより二つ格下の防具ではあるが、とんでもなく高価な上級者用の装備である事に変わりはない。
ただローブの胸元が少し盛り上がっていて、それがマイナスだ。俺にとってエルフとは貧乳であるべきなのだ。
もう一方の青年は赤い鱗と角みたいな棘で作られた軽鎧を身につけていた。これまたソレイユと同レベルの上級者用の防具だ。こいつも高レベル上級職なのは確定か。
その右手には小さな刃物……短剣があった。エメラルドグリーンの肉厚の両刃の短剣で、全体的に丸みを帯びている。
しかし、そうか。こいつ短剣職だったのか。
「てゆーか……こいつ、見た事あるような」
童顔で、どこか人の食った笑み。
俺のリアル友人がギルドマスターをやってたギルドにいた上級短剣職暗殺者じゃないか?
確か名前は……
「ザック」
「……」
青年がマヤさんの二刀から逃げ回りながらも、一瞬こちらを睨みつけてきたのが見えた。
そうか。ザックさんか。
ギルドで「会話ないんで落ちます」「誰か狩りに連れていってくださいよ-」と自分からは何もしようとしないのに要求ばかりして、美味しい話に乗り損なったらすぐ機嫌を悪くしてぐちぐち嫌味言う自己中だってギルドマスターの友人がボヤいてたっけ。注意しても聞かないって。
でもギルドでも数少ない高レベルで戦力になるから扱いに困るとも。
その二人がこうして揃っているって事は。
「オーガバスターギルドが動いているのか」
「……チッ」
ソレイユの目元が更に一段と険しくなった。
となると、さっきのギガース職のやつは……ギルドマスターしかいないな。
友人のキャラに俺は今まで襲われてたのかよ……
「上級回復!」
今、ソレイユはザックさんのフォローにかかりきりだ。
実質、マヤさんは二人の高レベル上級職を相手にしていてなお、一歩も引く事無くやり合っていた。
よし、今の内に俺のバフを魔法系から殴りバフ――近接戦闘用バフに切り替えよう。
そしてソレイユを抑える。ガチンコの殴り合いに持ち込めば、バッファーとヒーラーならバッファーの方が強い。何より、基本パラメータALLMAXの差は大きい。
いける。
不思議とそんな確信が湧いて来る。
少なくとも、ソレイユが持っているであろう『アレ』を呼び出される前に接近できさえすれば。
「なるほど。伯爵の威光に歯向かった暴漢の正体はオーガバスターギルド……確かそこはクロウ子爵のお抱えだったわね。さてこの落とし前、どうつけてもらいましょうか」
余裕のある声。
俺が自身のバフを更新している間、マヤさんはザックさんを相手に次々と剣を繰り出す。その手数の多さと速さは、あっという間に相手をサイコロステーキのようにバラバラにしてもおかしくないくらいだ。
対するザックさんは軽いフットワークで回避と短剣での防御で手一杯に見える。何度かマヤさんに近づこうとしているようだが、できずに後退している。
カウンター・アーツがある以上、下手な攻撃は命取りになりかねない。
なにせ攻撃を当てたら、以後数秒間の相手の一撃は全てクリティカルになるのだ。クリティカルのダメージ量アップ補正付きの。
数倍から数十倍のダメージ量の連発はさすがに最硬の盾職でもHPをガンガン削っていくほどで、その壊れ性能は次アップデートでの第一修正候補とネットで言われていた。
短剣の強みは攻撃速度とクリティカル率の高さ。だが手数の多さはカウンター・アーツの前にはデメリットでしかなく、ザックさんは短剣スキルによる即死を虎視眈々と狙っているのだろう。
マヤさんもおそらくそれを警戒して短剣の間合い、懐に飛び込ませないようにしているように見えた。
そして幾度目かの爆炎が広場の半分を舐める。気がつけばあちこちから煙の臭いがしていた。
「……ここまで派手にやっているもの。そろそろ衛兵が駆けつけてきてもおかしくはないわね。さあ、ソーヤ君をどうして狙ったのか、手早く吐いてもらうわよ。こちらも色々と忙しい身なのだから」
「……!」
火の粉を振りまき、ほぼ無傷のマヤさんが二刀を下げながら無造作に歩き、襲撃者二人との距離を詰めて行く。
俺もリバフを終え、愛用の魔法剣を片手に前に出る。狙いをソレイユに絞り、いつでも飛び出せるようにしておく。
ソレイユとザックさんの二人は形勢不利と感じているのか、マヤさんに気圧されるようにじりじりと後退る。その顔には苦渋の色が濃い。
「……移動速度瞬間強化」
瞬間、呟いたザックさんの足元を中心に砂埃が小さく広がった。
ダッシュ・アタック――わずか10秒間だけ移動速度が大幅に向上する自己バフスキル。
機動力が上がったか。彼の攻撃範囲が広がった事で、マヤさんの後ろの俺をも捕捉しかねないな。注意しないと――
「敏捷極大化」
げ! こいつ勝負をかけてきやがった!?
マキシマムアジリティ――30秒間だけ回避系の能力を一気に向上させる自己バフスキル。強力な分、再詠唱時間に必要な時間は長く、30分を超える。
ほとんど一回の戦闘で一度しか使えないその手札を切ってきたってことは、一気に攻めるつもりか!
「マヤさん!」
「分かってるわ!」
マヤさんが飛び出した。
「標的解除、毒霧」
「っこの! 行かせないわよ! 決死の一撃!!」
衝突。
今度の二人は拮抗していた。
マヤさんの二刀攻撃がスルリとかわされ続けている。敵のその俊敏さはさっきまでとは見違えるくらい、違う。
「心臓刺し」
「風裂きLv4!」
マヤさんの広範囲にわたる派手な攻撃スキルと、一撃で即死或いはクリティカルなダメージを狙うザックさんのブロースキルが飛び交う。
俺は二人がぶつかる瞬間を狙って駆け出していた。
ソレイユと接近戦をするために。
「チッ! 近寄るな、汚らわしい!」
即座に俺の狙いに気付いたのか、ソレイユが俺に向きなおして杖の竜頭を突き出す。
さすがにヒーラーとして、バッファーの俺に接近戦に持ち込まれたらヤバイと判断したんだろう。その声から苛立ちと嫌悪が感じ取れた。
「お前の相手は俺だ!」
とにかく、まずは近づかないと。そして魔法に注意だ。特にハーフスリープだけは絶対にかからないようにしないとな。意識を奪われたら完全に無力化される。
まあ俺かマヤさん、どちらかがハーフスリープをくらっても、おそらくは眠った片方を軽く殴るなりして外部から衝撃を与えれば意識は取り戻せるはずだ。たぶん。
走りながら魔法剣を握って使う魔法をイメージしながら集中。そして名前を唱える。
「クリスタル・バインド!」
「ハーフスリープ!」
ぐぅ、意識が…………レジストできたか!
一瞬重くなった頭だったけど、なんとか振り払って前を見る。
くそ、俺のクリスタル・バインドもレジストされたか。
けど、もう間合いに入る! とにかく今はソレイユを無力化しないと。
どうやらこの世界、多少の傷でもヒールで癒せるようだから、下手な手加減はこっちの首を絞める事になる。なんとか死なない程度に出血多量なり頚動脈を締めるなりして意識を奪えさえすれば……!
踏み込む足に全力を篭める。
愛用の魔法剣、ソロモン・スピリットを振りかぶる。
フェイントを掛け、刃を返して峰で力一杯に袈裟斬りで鎖骨を狙う。
目の前にはわずかに呆気にとられたような顔のソレイユ。
「な、速……!?」
だけど彼女も即座に杖を引き戻していた。
反応が早い!
最強クラスの魔法剣が準最強の杖へと叩きつけられて――
「キャッ!?」
そのまま剣の峰が肩口にめり込んだ。
軽い!
これならガードされても、その上からいける!
よし、タコ殴りだ! 力でゴリ押ししてやる!
「くっ…………なに、この力!? 明らかにヒューマンの、それもバッファーの力じゃないわよ!! スピードも! 戦士職と遜色ないくらい……ありえない!」
エルフらしい身軽な動きで距離を取られてしまった。
俺のstrのパラメータは全種族最強の狼男以上だ。戦士職のパッシブスキルこそないけど、それでも攻撃力は魔法職の比じゃない。
ソレイユが戸惑っている今がチャンスだ。このまま一気に畳み掛ける!
更に踏み出そうとした時、後方からけたたましい金属音と重い地響きがした。
「マヤさんか!?」
咄嗟に振り向くと、ザックさんが地面に転がっていた。
片手と片膝を地面に立てて、鎧の胸部分が真一文字に切り裂かれている。
対するマヤさんはセミロングの黒髪を乱し、息こそ荒げて片腕を押さえているものの目立った外傷はないようだ。
何やら咳き込んでいるザックさんが慌てた様子でキョロキョロとし出し、近くに転がっていた楕円形の何かを素早く拾い上げた。
まあいい。とにかく、あの様子ならあっちはマヤさんに任せても問題なさそうだ。
それよりソレイユの相手を――
「――――――――――――――――――――――――あ?」
向き直ろうとした直前、それが見えた。
見た。
布か何かに包まれていたその中身がこぼれ落ちた、それを。
そいつは落ちた物を前に、しまったという顔をしていた。
それは骨のような材質でできた武器。
刀身には苦しむような怨霊の顔が、そして背筋を凍らせるような蛇眼が。
あの日、俺とミラを襲った忌まわしい短剣。
魔神の短剣。
それを、目の前のそいつが持っていた。
「――――お前かあああああああああああああああ!!」




