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「いやー、横から走竜に乗った騎兵が出てきた時はもうあたし、ダメだーって思ったね」

「捕まったらいくらバフで強化してても多勢に無勢でフルボッコされるからな。正真正銘生きるか死ぬかの状況で、人間死にたくないと思ったら肉体の限界なんて根性で捻じ伏せられるって初めて知ったよ」

「うんうん。お兄ちゃん、よくあたし抱えて逃げ切れたよねー。しかも魔法(ローブ)職なのに走竜より速いって。ほんっとすごいよ。お礼にほっぺにキスしてあげる。ほら屈んで屈んで。んー」

「いや、いいから。気持ちだけ受け取っとく」

「もー。それだけ感激してるっていうのに。お兄ちゃんってばノリ悪いよー?」

「ノリでキスしないでくれ……」

「えっへっへー」

 あー、町に帰り着いて持ち帰った物をあちこちの店や組合に売って回っていたらすっかり夜になっていた。

 酒場らしき店からは明かりと香ばしい匂いと景気のいい笑い声などの喧騒が聞こえてくる。

 いやもうほんと今日は疲れた。早く休みたい。

 心なしかローブやサーコートがずっしり肩にきてる感じがする。

「でも、うふふふふ。この袋見てよ。こーんな! こーんなずっしりたくさんの銅貨! 今日一日だけの稼ぎで一週間分は稼いだんだよ! この調子なら脱・路地裏生活も夢じゃないね! 集合住宅(アパート)だっていつか借りれそうだよ! ああ、これが幸せの重さ! ああんもうステキー!」

 それでもまあ、こんなにはしゃいで喜ぶミラが見れたからよしとしよう。

 骨だけじゃなくて、リザードマンから奪った弓や防具も換金したんだけれど、こっちの方がたくさんの銅貨になってくれた。

 今日はミラから物品の貨幣への換金の仕方や、どの店に何を持ち込んでどう交渉するかをレクチャーしてもらったけれど、やっぱりまだまだ俺の知らない事は多い。

 このままじゃ世間知らずの大人のままだし、早い所生活に慣れなきゃなぁ。

 今の所、これで何とかミラと別れてもお金を稼いで食べ物をもらうっていうルーチンワークを覚えただけで、社会の事はまだまだ知らない事ばっかりだ。

 特に医療系や治安系のシステムがどうなっているのかは押さえておきたい。

 まぁ……今日は疲れたし、そこはおいおいかなぁ。よしっ。

「さてと。じゃあミラ、今日の晩御飯はどうしよっか?」

「ふふふ。今日は晴れの門出を祝って、景気よく行こっか!」

「お? まぁそうだな。この調子なら初日の今日くらい景気づけに一丁行くか!」

 無事に初日で成功というめでたい時だ。少しくらハメ外すのもいいだろう。ずっと我慢我慢我慢じゃ精神的によくないからな。

「よーし! 折角だしあたしはこいつを選ぶよっ。ちょっとそこのおじさーん! 店仕舞う前に果物ちょーだい。二個!」

 そう言ってミラは何故か得意げそうな顔をして戻ってきた。その褐色の手に二種類の果実を持って。

「ふふん。どう、お兄ちゃん。あたし、こんな贅沢したんだよ! 二個、二個も買っちゃった!」

「……」

「えっ、ちょっ、な、なんで急に頭撫でるの? も、もうなんなの?」

「うん。そうだな。ミラは贅沢だな」

 この子は俺が絶対に幸せにしよう。そう、絶対にだ。

 俺は改めてそう誓った。

「じゃあお兄ちゃんも贅沢して好きなものをどーんと買ってくるといいよ! はい、お金!」

 果物に頬ずりせんばかりに上機嫌なミラに銅貨を三枚もらって、二人一緒に暗くなった街のストリートを歩き、まだ片付けられていない屋台を探す。

 どうやら大体の露店は陽が沈む頃には撤収しているらしい。まあそうか。日本みたいに街灯もあまり普及してないし、陽が沈んだら真っ暗だしな。その前に片付けないと苦労するんだろう。街灯役のかがり火も設置数は少ないしな。

「最近はねぇ……」

「……十人目が……」

「…………まだ……怖くて」

 人通りもめっきり少なくなった中、ヒソヒソと何か話している年配の婦人らと足早にすれ違ったりして、ようやく見つけた屋台で俺は銅貨一枚でパンを二個、次の一枚で肉切れとチーズを、最後の一枚でピクルスやレタスっぽい野菜を買った。ついでに店の人にスライスしてもらう。

 そうして落ち着ける手頃な場所を見つけて二人隣り合って腰を下ろした。

 一本の木を中心に草が絨毯のように生えていて、座るにはちょうどいい具合だ。この辺りはそこそこ綺麗だし変な臭いもないしな。

 早速買ってきたパンの上に肉、チーズ、野菜をそれぞれ組み合わせてパンに挟んで完成!

「できた」

「あ、サンドイッチだね」

「うん。そういうわけではい、ミラ。一緒に食べよう」

「いいね! じゃ、お兄ちゃん、こっちの果実をいいよー。はいどうぞ」

「……」

 ミラがリンゴみたいな果実をそのまま俺の顔の前まで持ち上げてきた。既に三分の一はミラが齧っている。

 これを俺もそのまま齧れと。

 うーん、まいっか。気にするほどの事でもないな。

「あむっ…………ふむ……これは……甘い汁がたっぷりあっていいな」

「でしょでしょー! じゃ、そっちもちょーだい」

「はーい。んじゃどれがいい?」

「もちろんそっちの野菜のやつ!」

 あ、そっか。ミラは肉類はあんまり好きじゃないんだっけ。

「んふふー。幸せだねぇ……」

 その赤い目の(まなじり)を下げてミラがそう言った。

 俺も手に持つ肉とチーズを挟んだサンドイッチをパクつく。途端、熱々の肉汁が出てきて牛や豚、鶏とも違う独特のやや淡白な肉の味を噛み締める。

 時々お互いの食べ物を交換したりしながら今日の出来事を思い返してあんな事があったね、ああしてれば良かったなどと笑い合う。

「あれだけたくさんのバフが使えるなら、お兄ちゃんいつか大手ギルドからスカウト来るかもね。そしたら一気に勝ち組だよー。このっこのっ」

 そう言ってミラが肘で俺の脇腹を小突いてきた。その顔はニヤニヤした笑顔だった。

「そーかなー。でもまあ、俺はミラと一緒がいいかな。楽しいし」

「えっ……」

 まあ当面その気はないしな。ミラと一緒だからこそ、意義があるんだし。

「そ、そっかー。うん、そっかー。えーっと……うん、ありがと」

「何よりも、俺達……その………………相棒、だろ」

「あ……」

 相棒、という言葉を口にするのにちょっと、いやかなりドキドキした。

 いいんだよな、相棒で。大丈夫だよな。これで「え?」とか言われて昨日相棒って呼んだ事忘れられていたらかなりショックだぞ。

「う、うん! そうだよね! あたし達、相棒だもんね!」

 あ、よかった。相棒で良かったんだ。

 ほっと内心胸を撫で下ろす。

「それに、お兄ちゃんがこのままギルドにスカウトされても、世間知らずなままだといいようにカモられちゃったり騙されちゃうだろうしね! そうならないようしっかりあたしがお坊ちゃんなお兄ちゃんに世間のジョーシキってやつを教え込んであげるんだから!」

「ああ、今後も色々と教えてくれると助かる」

 そして、今のこの状況がある程度落ち着いたら……俺自身の事も少し調べてみたい。

 日本のアパートにいた俺がどうして今、こんなゲームの中としか思えないファンタジー世界にいるのか。どうやってこの世界に来たのか。

 日本に帰る方法はあるのか。似たような境遇の人はいるのか。

 調べるにしろ、どこでどうやればいいのか。誰に聞けばいいのか。

 俺は何も分からないんだ。

「……ま、くよくよ考えてもしゃーない。今はミラだけが頼りだ」

 サンドイッチの最後の一口を食べ終える。

 ミラも口から種をプッと飛ばして、一度大きく伸びをした。ちょっとあくびもしている。

 かくいう俺もかなり走ったからちょっと眠たい。

「ふわぁ……さてと、じゃあちょっと井戸で水飲んだらあたしたちのねぐらに帰ろ」

「そうだな。先導は任せた、ミラ」

「……今度、時間ができたらこの街をもっと詳しく案内しよっか……あっ、これってデートだよ、お兄ちゃん! 嬉しいでしょっ」

「そうだなー。嬉しいなー」

「あー! 全然心が篭ってなーい!」

「あはは――」

 ……あれ?

 反射的に振り返る。するとちょうど今、その人の背中は角を曲がって消えようとしているところだった。

 今すれ違ったのは……いや、まさか。でも……うーん。

「……」

「ん? どしたの?」

「いや、今知った顔とすれ違ったような……」

「すれ違ったって……今の真っ黒な人?」

「うん……」

 さっきの人、黒いフードとコートで全身を包んでいたけれど……あの顔、あの二刀の武器……

「マヤ、か……?」

 マヤ・ツァオ。俺の4thキャラ。人間の大人の女性で、高レベル上級職の魔法戦士だ。

 うーん……見間違いかなぁ。まあただのそっくりさんだという可能性もあるし……

「まぁ……いいか。この街にいるようなら、またどこかでひょっこり会えるかもしれないし」

 それに会ったとしても、ソレイユの時のように追い払われるかもしれない。あくまでこちらの一方的な面識にすぎないんだから。

「明日はどこで稼ごうか」

「そうだなー。昨日の話だと合同でのネズミ男(ラットマン)の巣撲滅募集に申し込むのも良さそうじゃないかな? ミラはどう思う?」

「うん。そだね。じゃあ明日、まだ募集されてたら行ってみよっか。それだと退治は明後日からの参加になっちゃうから明日は……うーん、隣国の英雄と姫の結婚式があるから服を仕立てる依頼がたくさんきてて、機織(はたお)り職人がキングスパイダーの糸を大量に買い取るって話もあるし、そいつを採りに行ってみる? それか日雇いのバイトだね」

 そんな風に二人あれやこれやと話しながら路地裏に入る。

 浮浪者っぽい連中がジロジロと見てくるけど、気にしない。今はミラが隣にいるから心強いしな。

 どんどん奥へと入り込んでいく。もう真っ暗だ。

 足取りは軽く、気分も少しだけ高揚してる感じがする。うん、最後はちょっとグダグダだったけど、無事生きて乗り越えられたしなんとかこの世界を生きていけそうな気がする。そんな風にほっとした気持ちに包まれていた。肩の力も抜けて少し楽観的になってるかも。

 ネズミっぽい小さな影が隅でチョロチョロ走っている。あんまり触れないようにしなくちゃな……そういやこの世界にペストってあるんだろうか。

 そんなとり止めもない事を考えながらミラと一緒に物音一つしない、朽ちた建物が並ぶ通りを進んで行く。

 ……ほんと、静かだな。虫と俺達の足音しかしてない。

「ん?」

 ふと、生ぬるい風が頬を撫でていった。

 同時に体がブルっと震える。

「……なんか寒気がしたな」

「……」

「ミラ、早いとこ帰ろう………………ミラ?」

 気がつけばミラが立ち止まっていた。

「………………お兄ちゃん、戻ろう」

「へ?」

 戻るって……? 俺達の住処に戻るんだよな?

「そうだな。もうすぐそこだし、早いところ小屋で休みたいよな」

「ううん、違う。そうじゃないよ。今すぐ引き返そう。ほら、早く……」

 ミラが俺の手を取って、グイグイと後ろに引っ張ってくる。

「ど、どうしたんだ、急に」

 そこで気付いた。

「ミラ……?」

 ミラが震えていた。

 うっすらと照らされる月明かりの中、長い耳をピンと立てて、小刻みに全身を震わせながら前の暗闇を凝視している。

 その顔は今まで見た事のないくらいの真顔で、恐ろしい何かを見たかのように強張っていた。

「あたし、ダークエルフだから『よくないもの』を感じ取りやすいの」

「え?」

「血の臭いだとか、腐臭だとか、怨霊の気配とか、そういうものなら他の種族より敏感なんだ。だから、この先に行っちゃダメ……! この先に何か『マズイ』のがいる……! 早く、今すぐここから――」

 その時だった。

 奥の夜闇からまるで染み出すように何かが浮かび上がる。


 ――影が立っていた。


 影がヌルリと動く。

 廃墟の影から出てきて音も無くゆっくりと歩いてくるそいつは、顔の上半分に仮面を着けていた。目の部分は笑みを浮かべているような弧でくり貫かれていて、けれどその奥の眼光はまったく笑っていない。

 影はやや小柄だった。俺よりも低い、中学生か高校生くらいの背丈で、体全体をフード付きマントで覆い隠している。

 右手には短剣らしき刃物。おそらく血であろう何かが今まさに滴り落ちている。

 その短剣は魅入られるくらい禍々しかった。悪魔の骨をいくつも組み合わせたようなフォルム。刀身には悲鳴を上げる怨霊のような表情がありありと浮かび、刃の根元部分には生きていると見間違うような生々しい目の意匠。見た者の肝を凍りつかせる蛇眼が俺達を見つめていた。

 そしてその左手に掴んでいるのは……人間。ボロ布を着たまだ小さな男の子。

 服を、皮を、肉を。

 切り刻まれて力なく引きずられていた。

 もう生きていないのは明白だった。

 首が半ば以上バッサリ切り裂かれていて、今にも取れそうな人間が生きているはずもなく。

 仮面の人物は小さく首を傾げ、恍惚とした声で言った。

「ああ……ついてないねぇ……キミ達」

 ゾワリと、怖気が電流のように背中を駆け上がっていった。

 俺は動けなかった。

 まるで金縛りにあったかのように足が凍り付いて動かない。

 喉が引きつったように声が出せない。

「――――」

 怖い。

 怖い、怖い。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――

「んーふふふふふ。今夜は三人か。まあ少し多めだけどいっか……ん? なんだ、そのローブ、剣、いや魔法剣……ふぅん。思ったより上物に当たったみたいだねぇ」

 そいつは俺を舐めるように下から上まで眺めて、最後にハロウィンのジャック・オー・ランタンのように口を歪めて嘲った。







強制イベント発動。

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