1 起動しないゲーム
卒論が終わった後の大学生はヒマなものである。
単位も卒業に必要なものは全て取り終わり、内定も無事もらえた。
バイトも辞めて後は時期が来たら今住んでいるアパートを引き払って就職先の新天地へGO。
その間はぶっちゃけあまりやる事がない。
会社から宿題や資料みたいなものが送られてきたが、簡単だったので一読したら棚に放り込んでいる。
所属していたサークルは今は近づけない。
卒業旅行の時に後輩の男が同じサークルで3股してやがったのがバレて絶賛修羅場中。事件の尾が引いてギスギスしてて居場所がない。キツイ。
しかもほぼ同時期に別の女がサークルの会費をちょろまかしている現場を目撃された。その場の皆で問い詰めた結果、自分のお洒落に使い込んでいたのが発覚。女はすっかり開き直って「あー、はいはい。金返せばいいんだろ! うっせーよ!」と逆ギレかます始末。挙句に女と仲良かった別の女達は「そこまでひどく言わなくてもいいじゃない」と言い出して対決する姿勢を見せる始末。あぁ泥沼。
「もうどーにでもなーれ」
まさにこの心境だった。事態の収拾に動く気力もごっそり無くなっていた。
まあそんなわけで俺こと新井宗也はここずっとアパートの部屋に引きこもって、大学生活四年間でこつこつ続けていた老舗の部類に入る3DタイプのMMO(大規模多人数型オンライン)ゲームに久しぶりにどっぷり浸かりこんでいたわけだ。あー、癒される。草食系男子万歳。
もう目の前で繰り広げられる女の甲高い罵声と怒声の応酬やグループを組んでトゲたっぷりの嫌味と皮肉をチクチク言いながら同意を求め合う女とかいらないです。ほんと。
PCのモニタに移されたデスクトップ画面でマウスのカーソルを動かし、ゲームのショートカットアイコンをダブルクリック。
ゲームのアップデート確認が終わり、ゲーム起動するかどうかの画面が開かれる。
スタートと書かれた文字をクリックするとゲームのロードが開始。少し待つとゲームが全画面ででてきておどろおどろしい戦争後の戦場の絵と重厚な暗い音楽が流れ始める。
戦場では一組の男女が睨み合っていた。
男は黒い鎧姿で手に持つ赤い剣を対面の女性に突きつけており、立ち昇る黒いモヤを纏った姿は全体的に禍々しい雰囲気を出している。
もう一方の女は白と金を基調とした薄手のローブ服を着て明るい姿で描かれており、こちらもまた白い剣を男へと突きつけている。
公式サイトで載せてある世界観およびストーリーによると男が邪神であり破壊神、女が戦女神であるらしい。
ネット上のファンサイトではこうした世界設定を公式サイトやゲーム中のイベントやクエストから集めてまとめるサイトがあるが、読んでいると結構面白いと思う。
「しっかし、いつ見ても女神の格好って際どいなぁ。足のスリットとか胸の谷間とか運営、絶対狙ってるだろう。いいぞもっとやれ」
見慣れた女神のエロい姿にちょっと頬を緩ませながら画面中央にあるユーザIDとパスワードを入力する場所にカーソルを当てて、文字を入力。
すると画面が切り替わり、次は鯖選択画面へ。そこで俺は九つある内の一つ、上から二番目の鯖「ランダーフォウ」を選択。最初にゲームが公開された時は四つだけしかなかった鯖だが、今では増設されて九つまで増えている。
どの鯖を選んでも遊べるゲームの世界は同じだが、違うのは鯖に接続する人だ。言うなれば鯖の数だけ同じ日本があり、けれど決して交流する事は無い。いわゆる並行世界の住人みたいなものか?
ちなみに鯖ごとにそれぞれローカルルールや文化、プレイヤーイベントがあり、またプレイヤーの数の差もあるので注意が必要だ。別鯖に遊びにいって、自分の鯖の時のようにいつも通りに遊んでいたら「それ、マナー違反ですよ」と注意される事なんてもある。
時間になって現れたボスの周りにお金を置いてマークして予約を主張するのはダメだって言われてはカルチャーショックを受けたもんだ。
鯖選択画面の次はキャラクター選択画面が表示された。
このゲームでは一人のユーザアカウントに対して7人までキャラクターを作れるのだ。
といっても俺が作ったのは4人。あんまり多く作ってしまうとそれだけ一人のキャラクターに費やせる時間が減り、レベル上げといった育成に支障がでるとのアドバイスを友人から受けたからだ。
さて、キャラクター選択画面に表示されているのは凛々しい人間の青年が一人と、褐色の肌のダークエルフの美幼女が一人と、綺麗な金髪エルフのスレンダー美女が一人、そして知的でグラマラスな人間の美人がそれぞれの待機アクションを取っていた。
何もせずにただ見ていると青年は懐から本を取り出してパラパラめくり、ダークエルフの美幼女はその場でピョンピョンとジャンプしたり逆立ちしたりしている。
このゲーム、複数のパーツを組み合わせてかなり自由に外見をカスタマイズできるのだ。しかも身長も自由自在。
俺が主にキャラクター育成に力を注いでいるのが1stキャラの人間の男だ。
クラスは支援職で、味方に強化補助魔法という能力向上魔法をかけたり、敵に弱体化補助魔法という能力を下げる魔法をかけたり、毒や睡眠や束縛といったステータス異常魔法をかけたりするスキルを中心に覚える後衛職だ。
バフといっても様々あり、攻撃力、攻撃速度、防御力、回避率、クリティカル発生率、クリティカルがでた時のダメージ量、魔法発動速度、魔法攻撃力、魔法防御力の向上といった戦闘用から移動速度向上、持ち運べるアイテム量の向上などといった非戦闘用の魔法もある。
デバフはその逆の効果で、敵の各能力を下げる。
ステータス異常魔法は敵の行動を制限する魔法だ。毒であれば一定時間の間、決まった量のダメージを敵に与え続ける。睡眠であれば一切の行動が不可能になる、ただし一度攻撃を受けると目覚めて再び動き出す、といった具合だ。
バフはあるのとないのでは敵を倒す時間が大幅に違う。一体当り2分かかる敵も、バフがあれば30秒で済む。しかも複数の仲間を誘ってパーティで敵を倒しに行くとなると相乗効果を発揮し、バフは必須だと言っていい。むしろ高レベルになればなるほどバフなしで出かけるなどありえない。
支援職の役割はこのバフを常に味方にかけ続け、敵の動きを邪魔し、空いた時間ができたら前衛と一緒に敵に攻撃を加える事だ。
バフやデバフには時間制限がある。主に数十分の持続時間を設定されており、バフが切れる前に上書きをしていく必要があるのだ。残り時間は画面に現れるバフアイコンにマウスを合わせれば分かるし、秒読み段階に入ればアイコンに数字が現れてカウントダウンが始まる。慣れていない未熟な支援職だと操作や目の前の敵に一杯一杯で、バフが切れても気付かずに仲間に指摘されるまで気付かないという事が往々にしてある。
かくいう俺もバフを切らして1分後に慌てて皆にバフをかけなおした事がよくあった。
上級者になると時計を見ずに感覚でバフを更新するタイミングが分かる。
また支援職は味方にかけられたデバフを解除する治癒魔法も使えるため、仲間のステータス異常の管理も仕事のうちだ。
バフやデバフを受けると色んな絵のついた小さなアイコンが出てくる。毒であれば緑の泡みたいな絵のアイコン、眠りであれば「Zzz」のアイコン、攻撃力低下なら青い剣の絵の横に下向きの矢印のアイコンといった具合に。複数かかるとアイコンが連なっていく。
1時間、2時間と長時間ぶっ通しで敵を狩りにいく場合は敵と戦い続けながら一人一人に十数個のバフを更新しながら敵の妨害もしなければならない。
もちろん、MPの残量管理も重要だ。バフを途中までかけてMPがなくなりました、では支援職失格だ。時には皆が隣で戦っている間に自分はキャラを座らせて何もしない事でMPの回復速度を上げて回復を待つ必要もある。ただし中にはバフをかけて後はずっと座ったまま、仲間が敵を倒していくのを眺めっぱなしというのはダメだ。トイレや訪問客の対応といったトラブルを除いてこれは寄生と呼ばれ、害プレイヤー認定を受ける。
様々な攻撃スキルを使い分けてとにかく敵に大きなダメージを与える前衛のアタッカー、皆のHPをすぐさま回復し、時には蘇生させる命綱を握るヒーラー、高い防御力を生かして敵の攻撃を一身に集めて皆に敵の攻撃を受けなくさせるタンカー、そして俺のバッファー。
これがゲームでパーティを組む鉄板の分担だろう。どのMMOゲームでもこういうのは大して変わりない。
そして俺はこの中でもやはりバッファーが一番好きだった。皆に引っ張りだこのクラスだしな!
ああ、他のキャラが女性なのは単純に癒されるからだ。ギルドマスターでもある友人の言葉だが「何が悲しゅうて男のケツ見ながらゲームしなきゃならんのだ」は名言だと思う。
俺もそれに深く頷き、こうして観賞用でまったくレベル上げさせていないちびっこダークエルフを2ndキャラとして1日かけて納得いくまでキャラメイクしたり、3rdには正統派である貧乳美女エルフをキャラメイクしたり、4thにはグラマラスな人間のねーちゃんをキャラメイクしたりしている。
ああ、2ndは一応生産職。3rdはヒーラー。4thはアタッカーの魔法戦士だ。3rdは友人のギルドに入れていて、ギルドメンバーと一緒に色んなフィールドやダンジョンに連れていってもらってすくすくと高レベルに成長している。4thはギルドに入れていないものの、似たようなものだ。
けどやっぱり一番思い入れの深いのは最初に作ったこの1stのバッファーの青年キャラだな! 最近ようやくレベルマックスまでいったし。まあ装備やらプレイヤースキルやらのやり込みは廃人もとい廃神には及ばないけど。だってあいつら、毎日ほぼ一日中やってて最も経験地稼ぎに適してる場所を占有してたりするし。追いつけるわけがない。
そうして今日も俺はバッファーの青年を選択する。
青年が「やれやれ、ようやく出番かい」という風に手に持った本を閉じ、他のキャラを置いて奥へと進んで行く。するとまるで扉が開かれていくように光が溢れ、青年はその中に消えていく。
さあ、ゲーム『ナインヘルツ・セカンドエピソード』の始まりだ。
が。
「……あれ? なんで」
いきなりゲーム画面が消えて、出てきたのは「クリティカルエラー」というポップアップ画面。
「うわ、クリエラかよ……もう一回起動し直しかぁ」
内心げっそりしながら、もう一度ゲームのアイコンをダブルクリックして起動しなおす。時々うまくゲームプログラムが動かなかったらゲームが強制終了されるのだ。そうなるともう一度最初から。なお、ゲームプレイ中にこれが発生すると、ゲーム上のキャラはクリエラ直前にしたプレイヤーの命令をそのまま続け、1,2分後にはゲームから強制ログアウトされる。
なお、他のプレイヤーから見たら、いきなりキャラ止まったり、話かけてもまったく反応しなくなった後に突然消えたように見える。
クリックした後のゲーム起動を見守っていると、今度は何故かネットワーク接続失敗のエラーポップアップが出る。
「ん? オフラインになってるのか?」
パソコンがネットに繋がっていないと思い、インターネットブラウザを起動して適当なサイトをブックマークから選んでみる。するとすぐにサイトは表示された。
「うーん、ちゃんと繋がってるよなぁ……どうしたんだろ。公式サイトのサーバでもダウンしてるのか?」
原因を考えながらなんとなしに何度もゲームの起動アイコンをクリックしては接続エラーポップアップを消すという動作を繰り返す。
やがて10回もした頃か、起動エラー画面が出る事無くゲームが立ち上がり、モニタ一杯にゲームの画面が現れた。
まだ起動中らしく画面は真っ黒だ。
「お。やっと起動した。エラーはなんだったんだろ。ま、いいか。それより早くログインして遊ぼうっと」
けれど画面は真っ黒のまま。いつもなら10秒あればログインの画面が出てくるはずが、まったく切り替わる気配もない。ハードディスクからもガリガリ言う音も聞こえず、アクセスランプも光らない。
「なんだ、フリーズか? おいおい、勘弁しろよ。PC再起動とか面倒だなぁ」
そう思った時だった。
モニタの画面一面に突如黒と赤の謎の図形が浮かび上がり始めたのは。
「え、なに、これバグった? それともまさかウイルス!?」
口の中が一瞬で乾き、嫌な汗が背中に流れ、心臓がバクバク鳴り出す。
度肝を抜かれながらも、どうすればいいのか分からず俺はただマウスを固く握り締めて見守る事しかできない。
けど、それもすぐに疑問に変わる。なぜなら。
「……これ……魔法陣……?」
そう。モニタの画面にはよくファンタジーものでありがちな円や直線、文字などを一定の規則に沿って配置したいわゆる魔法陣というものに見えた。
「なんだよ……これ……」
あまりの気持ち悪さに、不意に吐き気を覚えた。
そしてまるで3D映画のように魔法陣が画面から飛び出すように迫る。
「う、うわあああ!?」
思わずのけぞり、途端にくらっと頭に違和感。揺れて曲がる視界。
そして俺は――おそらく気を失ったんだと思う。
なんで断定じゃないんだって?
そりゃあ……まあ。
気がついたら知らない路地裏に知らない格好でいて、そこを抜けたら『ナインヘルツ・セカンドエイジ』で見ていた町並みが広がっていたんだよ……そのことに気がついたのはしばらくパニックになった後だったけど。
なお、途中のバッファーの説明は読み飛ばし可。
単に私が書きたかっただけです。
なお、リ○ージュ2ではヒラ、リチャ、バフ、盾、歌踊、召喚、WIZ、ドワ、弓、短剣、槍とほぼ全職でプレイしました。
といっても島がぶっつぶれたアップデートで引退しましたが。