最後の7日間
どーも『螺旋 螺子』です☆
なんか日々が詰まらない。
なんて俺の欲望を否定さたいが為に書いた小説です。
俺の気持ち、俺の想像。そしてその結論。
どうぞ、ご堪能下さい。
『ああ、世界はなんて詰まらない』
人生なんて、くだらないものだ。
適当に勉強して、適当に遊んで、適当に大きくなり、適当に仕事して、適当に結婚して、適当に暮らして、適当に歳をとって、死ぬ。人生なんてそんなものだと思っていた。こんな人生ならば、生きる価値なんてあるのか? とも思っていた。
『宣告する』
いかにも女の子な服装。真っ白な服に綺麗なひまわりの絵が描かれたワンピースだった。しかしそんな鮮やかな服装に似合わない無表情な顔をした少女は、良く通る、ある意味、綺麗すぎる声で話し始めた。
『貴様を夏休みの最後に殺す』
腰に届きそうな程長い、赤い髪が風に揺られ、横に流れる。場所は森。いくら夜でも、もう夏だと言うのに、冷たい汗が止まらない。
『これは、決定事項だ。せいぜい最後の一週間を楽しむが良い』
俺は何も言えなかった。瞬きした頃には消えていた。
ドクンッと胸が高鳴る。俺は、今。死神と名乗る少女に出会ったのだ。
※※※※※
「ねぇ、聞いてる?」
「あ、あぁ…。悪いなんだっけ?」
「もー! 聞いてないじゃない!」
プクッと頬を膨らませて怒りを露わにする俺の幼なじみ。なんて、ベターな展開だよ。
「夏休みの宿題は全部終わったか、って聞いてるのよ!」
「そりゃ、まぁ」
「ならね、ならね。今度……」
と話し始めた幼なじみの話を聞いたフリしながら、他の事を考えていた。
そう、一時間前の事。俺は部活の帰り道の森で不思議な少女に出会った。その少女は俺を殺す、と言った。それがどこまで本当なのか分からないが、雰囲気だけで、やばいと感じた。
「ねぇ、聞いてる?」
もう18年も一緒になる幼なじみが、俺の顔をのぞき込む。他人から見ても、綺麗な顔立ち。学校でも週に一回は告白されるという、超絶の美少女。もうフられた男子の方が、学校の大半を占めてしまった。誰ともその場で断っているので、好きな奴がいるのか、と聞くと、本気で殴ってくるので深く詮索したことがない。
「聞いてる。明日、買い物につき合えって事だろ?」
主に荷物持ちとして。
「ちゃんと聞いてるじゃん」
「当然だ。お前の言う事など、聞いていなくても大体予測出来る。一体何年一緒にいると……」
と言って、しまったと思う。どうか気づいていないでくれと、幼なじみの顔を見ると、
「へぇ。やっぱり聞いていないじゃん」
凄く怒っていた。
明日は面倒な事になりそうだ。
※※※※※
昔、中学の悪友に、言われた事がある。『美人な幼なじみを持つお前が羨ましい。俺なんて(ry』。そんな、とんでもない。美人な幼なじみなんて、自分が見劣りするだけだ。あんなに勉強が出来て、運動できる幼なじみと、適当に生きてきた俺。比べるなら、空を飛ぶ白鳥と、地面で惨めに鳴くカエルだ。いや、カエルは言い過ぎか、もう少し何か……。
「遅い!」
待ち合わせ場所に着く。幼なじみは既に待っていた。
「遅いと言うがな。まだ待ち合わせ時間の30分前だぞ?」
そう言うと、頬を膨らませ、
「男なら一時間前に来るものよ! 私、一時間もまたされたんだから!」
ええと。計算すると、
「お前、一時間半前から来てたのか?」
もはや、呆れた感じがする。
「う、うるさい! とにかく、行くわよ! 今日のスケジュールはパンパンなんだから。時計の針を追い抜くスピードで回るわよ!」 一体100mを何秒で走るつもりだ。
※※※※※
成る程。さすが、スポーツ万能美少女(しかも秀才)。時計の針を追い抜けたかは、そこに掛かっている時計に聞く以外には知る由もないが、まぁ、つまるところ、かなりのスピードで見て回った。そのため、俺の両手の負担が増すばかりだ。
やっと一息付けたのは、2時頃に公園に着いたからだ。
「夏休みだからって、呑気に過ごしてちゃダメよ!」
ストローでアイスコーヒーを飲みながら、俺の幼なじみはこんな事を言い出した。
「お前は教師か」
卵焼きを口に放り込みながら、冷静に突っ込む。
「違う。いいたいのは勉強のことじゃない! 私がいいたいのは、夏をもっと楽しまないと!って事。あ、それ自信作」
箸で掴んだ魚の天ぷらを口に放り込んだ時、そう言った。無言で咀嚼してると、じれたのか、聞いてくる。
「ね、ねぇ。美味しい?」
ゴクンと一通り堪能してから、
「そりゃ、まぁ」
と答えると、
「何よそれ。女の子の手料理なんて、普通食べられないんだからね! だから彼女が出来ないんじゃないの?」
ピタッと箸が止まる。
「うるせーよ。お前に関係ある…か……」
世界が止まる。いや、厳密には動いているが、俺がまるで止まったように感じた。
昨日見た、あの女の子だ。公園の噴水の石垣に座ってコチラを見ている。
「……ーい。どうしたの?」
幼なじみの声に、我に返る。
「どうしたの。鳥肌たてちゃって。もしかして、お弁当美味しくなかった?」
楽しげな笑顔はどこへやら、心配そうな、焦ったような顔をする。
「いや、美味しかったよ。少し冷たい風が吹いたんだ」
そうなの? 良かった。と笑顔を取り戻した幼なじみに安堵しながらも、頭では少女の事で一杯だった。
※※※※※
その翌日。少女の言う事が本当だとしたら、俺の人生は残り5日となる。しかし、まだ実感が沸かなかった。
「一体なんだってんだ」
一人だけの家に響く俺の声。親は二人ともいない。10年前から東京で共働きしている。幼い頃から仲の良かった幼なじみの母親がなにかと世話焼きで、俺の母親からの信頼も厚い為、俺はこの田舎で暮らす事が出来たのだ。
目を閉じれば甦る。母親と父親、それにアイツの母親も加わって、俺がここに残るか、親と共に東京へ行くか。俺が悩んでいるとき、アイツは俺のもとへ来て、大泣きしながら、『絶対に行かないで!』と叫んだ。俺はアイツの頭を撫でながら、大丈夫。どこにも行かないよ、と呟いた事を今も覚えている。
「俺が死ぬ? そんなバカな事……」
なぜか、否定したい気持ちになってきた。あれほどどうでもいいと思っていた人生だったのに。
『実感が沸かないか?』
突然背後から、声がした。慌てて振り返る。
「テメェ。何、勝手に人の家に入ってきてんだ」
『実感が沸かないか。まぁ当然だろうな』
俺の言葉を無視して話を続ける。
『貴様は今。大きな出来事に巻き込まれているのだよ。つまり、目障りなんだ。簡単に言うと』
カチャリ、と音がする。俺の額に銃口が向けられた音だ。
『これは世界が望んだ結果だ。わかるかな? 非力な少年よ』
ゴクリ、と唾を飲み込む。喉が干上がり、代わりに全身の冷たい汗が止まらない。
『だがまぁ。私はそれを忠実に従う義務はない。残り5日か。有意義に過ごしてくれたまえ、少年』
拳銃を下ろし、そのまま消えた。
「はぁ、はぁ……」
呼吸が定まらない。俺は一歩も動けなかった。あのとき、間違いなく死んでいた。
「くっ、はぁ…。はぁ、はぁ…」
起こした体をそのまま倒す。体は汗ばみ、止まる気配がない。呼吸は荒いままで、意識はどこか遠くへ行きそうだ。
ドタドタと廊下が鳴る。死神が、殺しに戻ってきたのかもしれない。だが、逃げる気力は残ってなかった。
ガタン、と荒っぽく襖が開く。
「インターホン押しても出ないから……、え!?」
言い訳を言いながら中に入ってきた幼なじみは俺の尋常ではない汗の量と、荒い呼吸を見て、今までにないくらい驚く。
「なんだ。お前、だったのか……」
え、ちょ!?と戸惑う幼なじみの光景を最後に、俺は真っ暗な闇へと落ちていった。
※※※※※
何時まで寝ていたのだろう。目が覚める。壁にかけてあるカレンダーを見ると、一日日付がめくられていた。つまり、俺が死ぬまで残り4日になった事になる。
「あのまま寝てたのか」
わずかに疼く頭を押さえて、立ち上がろうとする。が、上手く力が入らない為、起きあがれない。
ガラッと控えめに襖が開く。暗い顔をした幼なじみの顔があった。そして、目覚めた俺を見るなり、
「あっ」
と言い、固まる。しばらくして、涙をこぼしながら、隣に駆け寄ってきた。
「良かった。本当に良かったよぉ……」
えっぐ、えっぐ、と泣きながらそんな事を言う。
「昨日から一度も目が覚めないし、40°近い熱が出ちゃうし」
そして、俺の顔をみながら、
「もう、会えなくなるかと思った…」
泣く彼女を落ち着けようと、手を頭に伸ばす。しかし、寸前の所で止まる。
なおも彼女は泣き続ける。俺は、何かを言おうとして、一度止め、しかし意を決して、言った。
「悪い。しばらく放ってくれないか」
そう言って、頭を撫でるはずだった右手で、彼女の体を押した。
「だ、ダメだよ。まだ熱もあるし……」
「いいから。自分で出来る」
彼女の顔が驚愕に変わる。
「まだ一人で歩けないだろうし……」
「大丈夫。一人で出来るから」
泣きそうな顔になる。
「私、看病してあげたいなぁーって……」
「大丈夫だって。もう来年は大学生だぜ?」
涙目に変わる。
「で、でも!」
「帰ってくれ!」
冷たく言い放つ。
「そ、そこまで言うなら。あ、あの。も、もしね。本当にね。困った事があれば、私の携帯に連絡をくれれば…」
「出て行けっっ!!!」
部屋に響くくらいの大声で叫ぶ。
「わ、わかった」
大粒の涙をこぼしながらも、俺の命令に従う。
襖を開け部屋を出ていく時に、
「ごめんね。こんな私で」
そう言い残して、部屋を後にした。
その後、俺はベッドに再び寝転がる。
「これで、いいんだ……」
俺は、どうやら後4日の命らしい。俺が死ぬと、アイツはきっと悲しんでくれる。
「嫌われれば。沢山嫌われれば。死んでしまえ、と思ってくれるくらい嫌われれば」
胸がズキリと痛んだ。痛い。痛い。痛い。
窓に立つ。そこからは、玄関の前で泣き崩れる幼なじみの姿があった。
「こんな俺で、本当にゴメン」
どうか……、どうか……、
「どうか俺のことを嫌ってくれ……」
また、ズキリと胸が痛んだ。
※※※※※
翌日。カレンダーをめくる。
「後3日。その間に、俺はアイツに嫌われなくちゃいけない」
辛い。そう思う。でも、仕方がない。
『哀れだな。人間と言う生き物は』
音もなく現れた死神。もう驚く気力も無かった。
「出たか」
『コチラも色々ソワソワしてるもんでね。いつでも監視しているんだよ』
「みてたのか」
『ああ』
「悪趣味な野郎だ」
そう吐き捨てた時には、もう隣にいなかった。
携帯を確認すると、メールは3件きていた。いずれもアイツだ。
一つ目は謝罪。私の気づかない間に変な事をしちゃってゴメン。
二つ目は気遣い。熱は下がったの?
三つ目はお誘い。明日と明後日の夏祭り、一緒にいかない?
パタンと携帯を閉じる。
「昨日だけでは効果は薄かったか」
本当は実行したくない。だが、もうするしかない。人間として最低な行為を。
※※※※※
「ふぅ」
待ち合わせの場所へ向かう。約束の時間から30分遅れて。
出来るだけ嫌われるように振る舞う。そうすれば最低な行為だけは回避出来るから。
「あっ」
彼女は待っていた。見るからに目が赤い。昨日の夜も、その前も泣き続けたんだろう。
「来てくれてありがとう」
俺の幼なじみは浴衣を着ていた。金魚の絵が書かれた、鮮やかな浴衣だ。
似合ってる、と言いそうになる。
「行くぞ」
素っ気なく言ったが、
「うん」
少し機嫌良く、ついてきた。
※※※※※
そろそろ花火が始まる。そうすれば、俺は嫌われる為に、あんなことをしなければならない。
何を試してもダメだった。彼女はいつもの調子で話題を振ってくる。そして、俺の素っ気ない返答に、謝る。これをひたすら繰り返していた。
「そろそろ花火だね」
「そうだな」
「ねぇ。あの神社。行こっ」
それは俺とアイツで小学生の時に見つけた、誰にもしられていない秘密の場所だった。周りに人混みもないため、息苦しくなく、花火が存分に堪能出来る場所。
「そうだな」
行きたくない。行きたくないんだ!
※※※※※
ひゅー、ばん、ぱちぱちぱちぱち……。
花火が打ち上がり、消える。移動途中で、花火が始まってしまった。
何度も言い聞かせる。これは、正当な理由だと。致し方ないと。
気持ちを整え、実行に移す。
ガシッと彼女の手首を掴み、引き寄せる。
「えっ」
驚いて振り返った彼女の唇に、俺の唇を重ね合わせる。
「んんっ!?」
優しく無い強引なキス。閉じようとする唇を舌で無理矢理押し退ける。そのままの勢いで、地面に押し倒す。
「わわわっ」
まだ困惑している彼女を無視して、浴衣の帯を引ったくる。案外あっさりと外れてしまう。そのまま浴衣を押さえる彼女の手を無理矢理振り払い、バッと開ける。
幼い頃見た姿と違った。胸は大きく膨らみ、女性らしいラインをくっきりさせている。身につけているのは、下着だけだった。ブラすら付けていなかった。
彼女の顔が視界に入る。その目には涙を一杯溜めていた。が、その瞳の先に、何か、俺を信じる物を感じさせた。
それで、砕け散った。
『嫌われる事』、『ここに至るまでの理由』、『自分を正当化するための根拠』。全てが崩壊した。
理性が体に命令する。やれ。嫌われるには仕方ない。
心が体を拒絶する。止めろ。嫌われたくない。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
相対する感情に押しつぶされる。
「おぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
狂ったように叫んだ。泣いた。天を仰いだ。
「何でだ! どうしてなんだ!」
何度も拳で地面を殴る。5回目でどこかが擦り切れて血が出た。
「俺は……、俺は……!」
10回目で指先からビキリと嫌な音がした。
「死にたくないんだぁぁぁ!!!」
15回目で……彼女が止めた。
涙で霞む視界に、帯をもって、浴衣の前を押さえ、もう一方の手で俺の手を止めていた。
「おいで」
絶望しか無い頭の中に、しっかりと響いたその声。
「おいで。ほら」
もう一度言う。俺は、促されるままに彼女に抱きついた。彼女はそれをしっかりと受け止め、抱きしめてくれた。
そして、俺がいつもするように、優しく頭を撫でてくれた。
※※※※※
「ありがとう」
涙声で言う。
「いえいえ。落ち着けた?」
無言で頷く。
場所は代わらず。あれから2時間ぐらいは経ったのか。それともほんの20分程度なのか。俺にはわからない。
人の気配がしないので、おおよそな時間もわからない。だが、それでいいと思った。この世界にこいつだけいれば、俺は救われる気がした。
「で、どうしたの? 『死にたくない』って言ってたけど」
俺は、ことの次第を全て話した。俺の命が後、3日程度であること。死神の少女が殺しに来ること。
「警察には連絡したの?」
「どうせ信じてもらえないさ。お前も信じられないだろ?」
ううん、と首を振って、
「私は信じる」
そう笑顔で言ってくれた。
「帰ろっか。まだ、2日もある」
そう言って、右手を地面につく。
「痛ぇ!!」
見てみると、血だらけだった。関節が曲がらない箇所もあった。
「忘れてた。凄く痛い」
「わっ。えっと、救急車呼んでくるね!」
※※※※※
翌日。つまり余命2日だ。
病院のベッドから起き上がる。救急だった為、深夜に到着した後、ギブスを巻いて、そのまま病院に泊まったのだった。ちょうど部屋が空いていたらしい。
昼から夕方まで俺の状況の詳しい説明を聞いた後、俺は病院を後にした。
俺はそのまま家に付くと、夏祭りへ行った。
勿論、一時間前に集合場所へ向かった。やっぱりアイツは一時間半前に来ていた。
「手、大丈夫だった?」
昨日と同じ、浴衣姿。
「あぁ。大したことなかったらしいよ」
本当は複雑骨折だけど。
「昨日は、ごめんな」
あえて口にした言葉。どんな言葉を言われても、文句は言えない。それだけの事をしたのだから。
「うん。いいよ」
それだけだった。
「え、あ。うん。ありがと」
そのまま彼女が歩き出した。それに習い、俺も付いていく。
「なぁ」
「うん?」
歩くアイツの背中に声をかける。昨日言えなかった言葉。伝えたかった言葉。
「浴衣、似合ってるよ」
アイツははにかみながら、
「当たり前だよ」
なんて言ってきた。なんとなく気恥ずかしくなり、話題を変えてみる。
「そういえば、お前ってリンゴ飴好きだっよな」
「うん! 買ってくれるの?」
「いいぞ。好きなだけ言ってくれ」
その後、俺たちは楽しく屋台を見て回った。
たこ焼きを俺の口に突っ込んできた時は、マジでやけどするかと思った。焼きそばは、箸を持つ手が使えないため、食べさせてもらった。綿菓子を一緒に食べた。金魚すくいもした。
「ねぇ。神社行こう」
花火が間際に迫ったとき、そう彼女が切り出した。
「あ、うん」
それに付いていく。
「手、繋ご?」
そう言ってきたので、左手を差し出す。彼女は俺の手をぎゅっと握って、そのまま引っ張っていった。
いつもの場所に座る。
ひゅるるるる、ぱん、ぱちぱちぱちぱち…
花火が鳴る。
「綺麗だね」
「うん」
「ここ、小学生の時に見つけたんだよね」
「うん」
「あの頃ははしゃいでたね」
「うん」
「来年も見れたらいいね」
「あのさ」
頭がおかしいのと思われるかもしれない。
「俺は、昨日までお前に嫌われればいいと思ってた」
彼女は小首を傾げた。
「俺はもうすぐ死ぬ。お前は俺が死ねば、悲しんでしまう。だから、嫌われてこいつなんて死ねばいいって思われるような事をして、俺が死んでむしろ喜んで欲しかった」
彼女は黙って聞いている。
「俺の事なんか、忘れて、新しい男と幸せに暮らして欲しいと思ってた。でも……」
言う。昨日したことを自覚しながらも。
「今日の朝、考えて、気づいたんだ。俺はそんな事は嫌なんだって。俺の側に居て欲しいって」
ジッと見つめる。その視線に彼女も見つめ返す。
「俺は愛雛が好きだ。付き合ってくれ!」
『お前』と呼ぶ、幼なじみではない、一人の女の子として。『愛雛』。君が好きだ。
答えは一瞬だった。
「バカ。ずっと待ってたんだからね……」
彼女も声が震えていた。それは、歓喜からくるものだろう。俺もわずかに震えた。
「ずっと。ずーっと待ってたんだから!」
ひゅるるるる、ぱん、ぱちぱちぱちぱち…。
花火が鳴る。
まるで、二人を祝福しているかのように聞こえた。
※※※※※
その夜。俺たちは逃げ出す事に決めた。アイツが言い出したのだ。二人で逃げよう、って。一緒に逃げよう、って。
俺は頷いた。だが、それは叶えられなかった。
彼女には巻き込まれて欲しくない。僕が死んだ姿なんて、見て欲しく無い。
11時38分、駅に到着。田舎なので45分発の電車を逃せば、もう都会行きの電車はなくなってしまう。
だが、アイツには12時発、と伝えた。もう俺に関われないように。
「最後に声でも聞きたいな……」
初めて想いが通じた時から2時間しか経っていない。だが、今はともて恋しく思えた。
携帯を取り出し、アイツの名前を探す。タッチして、電話をかける。
「ぷるるる…」
カチャ。
「もしもし?」
『もしもし。今、何処?』
「もう駅だよ。俺は45分発の電車で行くよ。ごめん。お前を巻き込みたくない」
『……』
電話先は黙っている。困惑しているのだろうか。
「大好きだよ。ううん、愛してると言ってもいい」
『……』
いくら急いだとしても、もう駅には間に合わない。田舎なので近くにないんだ。
「ごめんよ。もう切るね」
そこで携帯を切ろうとしたとき。
『「私も大好き」』
声が二重になって聞こえた。
え?となる前に、後ろから手が伸びて、首元に巻き付いた。
「どう、して……?」
「電車がもう一本しかない事ぐらい、知ってるわよ。アンタの性格も知ってる。一体何年一緒にいると思ってるの?」
駅のホームには誰もいない。誰も見ている人はいないのだ。
ついてきた喜びと、ついてきてしまった悲しみ。相対する感情を飲み込んで、そう言った。
「そうだったな。ごめん」
今、どんな顔をしているんだろう。
「ううん、いいよ。私が悪かった」
それは違う、って振り向いた時、唇が重なる。長いようで短いキスだった。
「アンタが私から危険をお遠ざけようとする優しい人だって事を忘れてた。でも、それはアンタ自身も私から遠ざけているんだ。だから、私はアンタを一生捕まえておく。こうやって。ずーっと……」
最後の方は声が震えていた。きっと、明日のことを気にしているだろう。
だが、俺はあえて、こう言った。
「是非。そうしてくれ」
優しく頭を撫でながら。
※※※※※
翌日。つまり、俺の人生の最後の日。
一晩掛けて、たどり着いたのは海だった。近くに旅館もあり、朝にチェックインを済ませた。
「見てみてー。海、綺麗だよー!」
朝日に曝されて、綺麗に乱反射する水。俺のこれからを一切暗示させない平凡な風景。
もう何度目だろうか。無性に怖くなる。
「行こっ?」
俺の顔を見て案じたのか、アイツが俺の右手を握る。
「そうだな」
考えても仕方ない。いずれ消える運命にあるとしても、それを嘆く必要なんてない。
俺は、愛雛に手をひかれながら、一歩大きく踏み出した。約束されない未来の、その先を思い浮かべながら。
※※※※※
豪華な夕食。程良い湯加減の露天風呂。美容に良いって、愛雛はいってたな。
風呂に浸かりながら、そんな事を考えている。
「そろそろ上がるか」
少しのぼせてきた。
バシャッ、と風呂から上がる。そういえば、この旅館で誰とも会っていないな。女将も一度っきりだし。
「もしかして、誰も泊まっていないのか?」
いや、流石にそれは無いだろう。いくら夏休み最終日と言えど、ここはそこそこメジャーな旅館らしいし。
なんてことを考えながら、脱衣を済ませて部屋に戻る。
「愛雛…?」
部屋に戻ると、愛雛がいた。湯上がりなのか、顔はほのかに赤い。
「あによ?」
髪を整えるためか、口にゴムを咥えて両手で髪を束ねている。
「いや、なんでもありません」
なぜに敬語? と自分でも思った。実際、愛雛には首を傾げられている。
なんてゆうか、とびっきりの美人がいた。
幼なじみだったからか、自然と気にもした事が無かったが、今こうして改めて見ると、凄く綺麗だ。
女性的なラインが誇張されているような、そんな浴衣。見入ってると、ドンドン顔が赤くなり、
「惚れてんじゃねー」
なんて言われてしまった。
「うるせー」
そうやって返して置く事にする。
現在の時刻は9時。まだ3時間はある。
「今から何しようか?」
そう聞くと、
「明日の予定を立てましょう」
なんて言い出した。顔は笑う。いつもと変わらない笑み。だが、声は震えている。
「分かった。何にする?」
「そうだねー。朝はお土産を選びましょう。昼間は海でもう少し遊んで、帰りは各地を回りながらゆっくり帰りましょう。きっと、蝉の鳴き声とか聞けて良いわよ」
愛雛は言いながらも心はきっと、別の事を考えている。そして、俺も同じだった。
「砂浜で、貝殻を集めましょう。そうすれば夏の思い出になるわ」
俺を見る顔が、ドンドン変わってゆく。話す度に涙を溜める。
「家に、帰ったら、映画でも…うっ…一緒に…」
耐えきれなくなったのか、俺の胸に飛び込んでくる。あまりの勢いに、体制を崩しかけるが、バランスをとり、愛雛を優しく撫でる。撫でれば撫でるほど、涙はこぼれた。
※※※※※
どれくらい時間が経っただろうか。
「そろそろだろうな」
隣には愛雛が寝ていた。起こさないように、ソッと布団から出る。
「一緒に明日を迎えよう、なんて言ったけど、ごめんな。無理だ」
机に置いてある鉛筆を取る。メモ用紙も置いてある。
「さて、と」
服を着替え終えて、置き手紙を書き始める。そこには、夏祭りの初日の出来事の謝罪。二日目の喜び。親によろしく。最後に、愛雛が大好きな事を書き綴り、名前を書いた。
「おやすみ」
部屋を出る時に、寝ている愛雛に言った。勿論、返答は無かった。
※※※※※
「やぁ」
朝と違い、月が水面に写っている。幻想的な世界とも言えるだろう。もう、蝉の声も止み、波が押したり引いたりを繰り返す音と、俺と、死神の少女しかいなかった。
『逃げ出さずに良く来たな』
前からずっと変わらない服装。しかし、表情が違った。無表情が壊れかけている。
「あぁ。当然だとも」
笑って答えた。
『そうか』
そう言うと、死神は砂場に体育座りで座る。
『冥土の土産に聞いていけ』
そう言うので、少女に習い、砂場に座り込む。向こうから手招きしてきたので、隣に座る。
『てっきり。今までと同じ結末だと思ってた』
目を細めてそんな事を言う。
『自暴自棄って言葉が良く似合う人間だったな』
それは、俺の夏祭りのアレを言っているんだろうか。
『参考までに是非教えてくれ。お前はなぜ、この結末を迎えることが出来たのだ』
少女の言葉の意味が分からない。が、俺の病院の朝、考えた結論を言っているのだろうか。
「俺はさ。人生なんて、適当で良いと思ってたんだよ。適当に生きて、適当に暮らして、適当に死んで。そんな詰まらない日常が繰り返されるのは嫌だったとも思ってた」
水面に映る月を見ていた視線を、少女に向ける。少女もコチラを見つめ返してきた。
「君に出会った。そして、死を宣告されて、俺は明日がこない事を嘆くようになった。おかげで愛雛を沢山傷つけた」
『そうだな。いつもそうだった』
黒い瞳は、俺の心を覗いているかのようだった。
「だけど、俺は愚かだったよ。明日がこない事を嘆くより、この今日を精一杯生きようと思えば良かったんだ」
『成る程な』
気付けば、少女は涙を流していた。
『これで、やっと。やっと終わる。この狂った世界から』
嬉しそうで、悲しそうな、そんな表情で涙をこぼしながらそんな事を言う。
「この夏休みは繰り返されていたのか?」
『あぁ。百回はゆうに越えた。もう数えてはいない』
「その原因が俺な訳だ。だから殺す…と?」
『ん。少し違うな』
初めて、人間らしい言葉を発す。
『私は貴様を救いに来たんだよ。この狂った世界から』
カチャリ、と音がする。胸に銃口が向けられていた。
「そうか」
時間か。そう思った。
ゆっくり目をつむる。右手に不自然な程暖かい温もりがあった。
思い返せば、何でもないただの日常だった。
愛雛と一緒に買い物をする。夏休みが終われば学校も再開される。そんななんでもない日々だろう。
しかし、今は違う。あれ程詰まらないと感じていた日々が愛おしい。
いや、違う。日常が愛おしいのではない。愛雛との日常が愛おしいんだ。あの子のおかげで毎日が楽しくなった。
……愛雛。やっぱり約束は守れなかった。ごめん。
パカンッ、と。銃声が鳴る。
胸に激痛が走る。目を開けると、少女は涙を流しながら笑っていた。
笑顔の意味を俺は知らない。
※※※※※
目が覚めた時、誰かの声が聞こえた。それが何を言っているのかは分からないが、何せ歓声に聞こえた。
「………!!」
今度は体が揺らされた。だが、視界がぼやけて見えない。
「……!!」
ドキンッ、と胸が高鳴る。聞こえなくても分かる。この声は……、
「あい…す…?」
視界が徐々に回復する。視界に写ったのは、涙を流す愛雛だった。
「泣い…てるの…か…?」
右手を上げようとするが、上がらない。見ると、愛雛に強く握られていた。
「良かった。戻って来てくれて……」
※※※※※
。聞いた話によれば、俺は2年前の夏休み。愛雛と道を歩いていて、暴走車にひかれたらしい。頭を強く打ち、昏睡状態に陥っていた。
「2年か」
隣でリンゴの皮を剥く愛雛を見ながら呟く。
「そうだよ。2年ってでっかいだからね。私なんて……」
と自分の話をする癖はまだ直ってないようだ。
ふと、夢を思い出す。
あの夢は全て幻想なんだ。全て俺が見た絵空事。俺が愛雛にひどいことしたことも、その後に付き合った事も。良いことも、悪いことも皆消えて、ただ2年の月日だけ経った。
きっとあの死神は、俺をこちらへ連れ戻す役割を担っていたのかもしれない。
夢は見るものだ。
「なぁ、愛雛」
「……でね。あ、え?」
だが、
「俺は……」
同時に掴み取るものでもある
「愛雛の事が好きだ」
「は、え?」
キョトンとした顔をした後、直ぐに顔を真っ赤にしながら、
「遅い」
と言った。
「遅すぎる」
「ごめん」
「私、ずっと待ってたんだからね?」
そんなことを言う愛雛は、とても嬉しそうに笑った。
あぁ、やっと笑ってくれた。きっとこの2年間、ずっと俺の心配をしてくれたに違いない。
ホッと安堵。そして、今度、一緒に海へでも行こうかと思った。
いかがでしたか?
個人的には感動作を目指したつもりだったのですが、心配です。
三日間かけて、練り直しを何度か繰り返しました。
一番時間をかけた作品かもしれません。
『ああ、世界はなんて詰まらない』
『それでも私達は今を生きている』
『ならば、今を楽しもう』
『最高に退屈な、最高に充実した、最高に楽しい、この日々を』