第7話 ダンジョンキーパーのアフター5
「そういや、平汰と飲むのって初めてだよな。酒強い方?」
その日の業務が終了し、待機部屋で作業着から着替えているとトン兵衛さんからそんな質問が飛んでくる。
「どうなんでしょうねぇ……、前の前の前の会社の先輩に全然顔色変わらないねって言われた事ありますけど。あと、前の前の前の前の会社の時は接待が終わった後に『久々に飲んだなぁ』って言ったら、同僚の女の子に笑われましたよ。『素面と変わらない状態でそんな台詞はおかしい』って笑われちゃいました」
「てことは強いって事じゃねぇの?」
「そうなんでしょうかねぇ……飲むペース速くすると途端に酔って気持ち悪くなるので自分じゃ強い方と思ってないんですが」
「いや、飲むペース速くしたら酔うのは誰でも同じだろ……」
そうだろうか?前の前の前の前の前の会社の忘年会で、紹興酒を立て続けに飲まされてトイレで吐いた事があるので、そんなに酒に強いと思えないんだよなぁ……
まぁこれのおかげで、酔いの峠を一気飲みで通り過ぎると気持ち悪い酔いになって、ゆっくりペースで飲んで通り過ぎれば気持ち悪くない酔いというのを理解できたんだけど。
そんな風に話している間に帰宅する準備が整った。ゴブ朗さんが待機部屋の戸締まりをして、皆で出る。
ここまではいつも通りで、後は各々帰宅するのだが今日は全員揃って駅前商店街行きの馬車に乗る。
今日は景品補充業務の打ち上げを兼ねた、俺とコボ美ちゃんの歓迎会が開かれるためだ。
(そういや、異世界の酒ってどんなのだろうなぁ)
馬車に揺られながらふと考える。駅前商店街で昼飯用の弁当や社員食堂で食べた定食なんかを見る限り、素材は異世界由来のものだけど料理自体は地元とそんなに違和感無いものが多い。
(食べ物に違和感が無くて良いのは助かったなぁ)
折角異世界に通勤しているのだから、朝に駅前コンビニで弁当買って行くような事態にならなくて良かった。何というか無粋な気がするし。
そんな風に取り留めなく思いながら、トン兵衛さんやコボ美ちゃんと雑談しているうちに馬車は時間通りに駅前商店街にたどり着くのだった。
◆◇◆◇
駅前商店街には食事処もあるが、飲み屋も多く店を構えている。それらの飲み屋が固まった一角があり、そこが飲み屋街となっている。
仕事帰りに1杯やるというのは、異世界でも同じらしい。飲み屋街に足を踏み入れると、そこは既に多くの人で賑わっていた。時間は6時半をちょっと過ぎたくらいだが、すっかり出来上がっている人も居た。
「はー……、凄い賑わいですねぇ」
珍しくコボ美ちゃんが語尾に「!」を付けずに驚いている。
「この辺りは年中こんなもんだよ。1日中賑わってるぜ」
「そうなんですか?でも、閉まってる店もあるみたいですけど」
「ありゃ、夜勤明けの奴ら向けの店だ」
「成る程」
昼間と夜開く店がそれぞれあるらしい。住み分けができてるなぁ。
道行く人達は赤ら顔で楽しそうに笑っている。街灯や店の灯りによって全体的に明るく、陽気な雰囲気の飲み屋街は好きになれそうだった。
◆◇◆◇
「着いたぞ」
飲み屋街を暫く歩き、着いたのは2階建ての酒場だった。造りは石造りで看板には『木彫りの木馬亭』とある。いかにもファンタジー物でありそうな典型的な酒場!といった風情である。
「何というか……雰囲気のある店ですねぇ」
「平汰君は別世界から通勤してるって事だから、こういう店はかえって新鮮じゃないかってトン兵衛君が提案してくれたんだよねぇ」
「こっちに来てもああいう店じゃ味気ないだろ?」
と、トン兵衛さんが指刺す先の店は、造りこそ木と石造りだが、地元にある大衆居酒屋そっくりだった。というか、白○屋まんまである。
「あぁ……確かにあれは……。トン兵衛さんありがとうございます」
「いいって事よ。ここの店は俺も気になってた所でな。一度来てみたかったんだ」
お礼を言いながら頭を下げると、トン兵衛さんはそう返してきた。ちゃっかりしている先輩だ。
「わ、私も!こういうお店来るの初めてだから楽しみでした!」
尻尾をぱたぱたさせてお店を指指すコボ美ちゃん。今のコボ美ちゃんは大きなリボンを首に捲いて花結びにして花の部分が後ろ首に来るようにしている。
初めて入る酒場に興奮を隠しきれない様だ。尻尾どころか耳もせわしなく動いている。
俺も、内心わくわくしながら酒場の扉をくぐるのだった。
◆◇◆◇
店の内装も期待を裏切らない造りだった。
1階は丸いテーブル席が沢山置いてあり、2階が個室になっている様だ。1階のテーブル席はほぼ埋まっており、様々な人達が楽しそうに酒を飲んでいる。
俺達は2階の個室に案内される。
「あれ?個室は座敷になっているんですね」
個室の中は靴を脱いで上がる座敷になっていた。畳じゃなくて板貼りで絨毯が敷いてある。
「うん、ここは座敷とテーブルと両方個室が備えられていてねぇ、僕が座敷の方が楽だから、皆で飲む時はなるべく座敷のある店にしてもらってるんだよねぇ」
そういや、待機部屋でもミノ吉さんは身体が大きいから椅子も自前の大きなものを使っていた。
身体が大きいというのもそれはそれで大変なんだなぁ。
個室に入ると、車座に各々座る。すぐに飲み物と食事が運ばれてきた。テーブルは無いので料理は絨毯の上に直置きだ。これって、絨毯汚れるんじゃないかなぁ……結構いい絨毯みたいだけど大丈夫なんだろうか?
などと、絨毯の汚れを心配しているとゴブ朗さんが立ち上がる。
「皆、飲み物は行き渡ったか?」
皆、頷いて杯を挙げ、ゴブ朗さんは頷いた。
「さて、先日の景品補充の業務お疲れ様だった。新人2人が居るのにも関わらず3位が取れた事は十分な結果だと思う」
ゴブ朗さんの言葉にミノ吉さんとトン兵衛さんが頷いた。
「という訳で、今日は新人2人の歓迎会を設けさせてもらった訳だが、これを機に平汰とコボ美がもっと班として馴染んで貰えればと思う。乾杯!」
「乾杯!」
ゴブ朗さんの音頭に合わせて杯が打ち合わされ、歓迎会は始まったのだった。
◆◇◆◇
「へぇ、ゴブ朗さんとミノ吉さんも中途入社だったんですか」
「うん、僕とゴブ朗は以前ミズガルデの森林迷宮って所に居てね、その頃からの付き合いなんだよねぇ」
宴会が始まり、俺達は料理に舌鼓を打ちながら色々な話をした。車座に座って飲むのは皆との距離間が近くて話しやすかった。
話の流れで俺の転職履歴を話していると、ゴブ朗さんとミノ吉さんも転職組という事を知ることができた。
成る程、景品補充の時にも思ったけど、ゴブ朗さんとミノ吉さんの2人は付き合いが長い様だ。道理で息がぴったりな筈だ。
「森林迷宮……本当に色々な会社がこっちにはあるんですねぇ。お2人はどうしてベルリックに?」
「何、平汰と同じだ。よくある話だよ」
俺がそう尋ねると、ゴブ朗さんは麦酒をぐっと飲み干し、今度は果実酒を追加注文しながら、何でもない様に答える。
「え、という事は倒産したって事ですか……?会社って潰れるもんなんでしょうか……」
「その辺は研修で教わらなかったのか?まぁ、ダンジョンの構造としては、ダンジョンの諸々を維持するための魔法炉とそれを制御し得るダンジョンマスターが必須となるんだが、これはどちらも滅ぼす事が可能だからさ」
ゴブ朗さんの言葉に俺は暫しフリーズする。
「えーと、魔法炉とダンジョンマスターは滅ぼせるって……何でまた。会社は確かに死亡のある所ですけど、見返りがあるんですから潰すよりは残しておいた方がいいと思うんですが」
そう、会社には宝箱に貴重なアイテムや武具があるし、それは冒険者が来る限り、先日の景品補充の様に俺達ダンジョンキーパーが補充し続けるので無くならないのだ。
会社はそんな復活する鉱山だ。会社が潰れたら冒険者だって稼ぎがなくなるんじゃないだろうか。
俺がそんな風に言うと、ゴブ朗さんは届いた果実酒の入った杯を傾けつつ答える。
「理由は色々あるらしいが、ダンジョンマスターが魔王と呼ばれるのが大きな要因らしいぞ」
「魔王がですか?」
「ああ、冒険者にとっては魔王を倒す事以上の名誉は無いようだからな。ミズガルデを潰した冒険者は勇者認定されたらしいぞ」
「はぁ……名誉ですか。確かに良く解らないですねぇ」
冒険者も出世を狙っているんだろうか。出世なんかしなくても、こうして安定して生活できる方がいいと思うけどなぁ……確かに、冒険者稼業は危険だけど、無理をせずに慎重に行動すれば安定した稼ぎができる難易度の筈なんだけど。
「でもまぁ、ミズガルデに居た頃のゴブ朗は凄かったよねぇ」
俺とゴブ朗さんの会話が重い雰囲気を醸し出したのを感じたのか、ミノ吉さんが明るい声で話題を変える。
それにトン兵衛さんが麦酒の入った杯を片手に会話に加わってきた。
「そういや、ゴブ朗さん以前のダンジョンじゃ凄かったって聞きましたよ、どんなんだったんスか?」
「ゴブ朗はあっという間に存在上昇していってハイオーガにまでなったんだよ。ね、『纖滅賢帝』?」
「ふん、昔の話だ。『灼熱戦斧』」
ハイオーガといったら部長クラスじゃないか!
部長クラスだったという事は、博識なのにも納得だ。只、力が強いだけじゃその階を統率する部長は務まらない。
というか、『纖滅賢帝』や『灼熱戦斧』ってのは2つ名か。くそう、格好良いなぁ。
「てことは、ゴブ朗さんは今の1階の部長なんですか?」
「いや、1階どころかベルリック地下大迷宮1階層の1~5階の各階にフロアマスターは居ない。1階層の全体的な管理は2階層を統括する瑞鬼様が兼任されているが」
瑞鬼様。確か面接の時に居た四天王の和服美人だったっけ。
「そんなんで大丈夫なんでしょうか?」
「まぁ、1階層は駆け出し冒険者が多い初心者エリアだ。フロアマスターを置かないといけない程の問題は起こらないから必要ないという事じゃないかな。瑞鬼様も優秀で1階層の管理も完璧にこなしているしな」
「ゴブ朗が入った時に、フロアマスターの話もあったんだけどねぇ」
「今の俺は只のゴブリンだよ。それに、攻略されてしまったダンジョンのフロアマスターを再度フロアマスターにしても仕方ないだろう?」
「でも、あれはゴブ朗の責任じゃないだろ?」
「……まぁ、どの道良い機会だったんだよ。今の仕事の方が家族の時間が取れるしな」
「ゴブ朗さんって結婚してたんですか?」
「そうだぞ?俺とミノ吉は既婚者って言ってなかったか?」
ゴブ朗さんの言葉に俺は首を振る。
そういえば昼食の時、ゴブ朗さんとミノ吉さんはいつも手作り弁当を持ってきていたっけ。
「ゴブ江さんは元気?ゴブ花ちゃんはもういくつになったっけ?」
「元気にしてるぞ。ゴブ花の成長が気になるならミノ吉もたまには遊びに来れば良い。2人とも会いたがってたぞ」
「そうだねぇ。今度皆で集まってみるのもいいかもねぇ」
フロアマスター云々の話は2人の間で結論が出ているのか、ミノ吉さんは特に追及せずにゴブ朗さんの家族の話に乗っていた。
俺はそれを横で聞きながら、手をつけていない料理に手を伸ばす。
うん、コカトリスの唐揚げウマー。
他にも、子バジリスクの串焼きや家畜豚の肉団子等、色々な料理に舌鼓を打っていると、赤ら顔のトン兵衛さんが膝を寄せてきた。
ちなみに、コボ美ちゃんは「私だってもうお酒が飲める年齢なんです!」と初めて飲んだ酒にあっさり酔い潰れて、俺の膝を枕にしてうつ伏せに寝ている。
宝箱補充業務もケロっと耐えていたコボ美ちゃんだが、酒には弱かったらしい。コボルトであるコボ美ちゃんが俺の膝を枕に寝そべると、座敷犬が甘えてきている様な感じがする。
頭を撫でると尻尾をぱたりぱたりとゆっくり動かすので、益々座敷犬っぽい。
「なぁ、平汰って独身だったっけ?彼女は?」
「そうっスよ。彼女は今の所居ないですねぇ」
トン兵衛さんの杯に果実酒を注ぎながら答える。一瞬、コボ美ちゃんの耳がピクッと震え、頭を撫でている手をくすぐった。
くすぐったいなぁと思っていると、トン兵衛さんは何故か嬉しそうに俺の杯に果実酒を注ぎ返してくる。
「そうかそうか、まぁ平汰も飲め」
「はぁ……頂きます」
何だか嬉しそうだ。俺が独身なら何かよい事でもあるのだろうか?俺は首を傾げつつ、注がれた果実酒を飲み、料理を食べるのだった。
◆◇◆◇
「う~……トイレトイレ」
酒を飲むのも久しぶりだったせいか、つい飲みすぎてしまったらしい。というか、この店のお酒が美味しいというのもある。地元で飲む果実酒とは何か違うのか、飲みやすくて美味しい。
まぁ、元々そんなに飲まないので酒比べが出来るほど舌が肥えてないんだけどね。
それにしても、トイレも地元と代わらない作りなのに驚いた。ちゃんと水洗だし大小どちらも洋式だし。
(会社も洋式だったしなぁ。まー、異世界通勤できてしまうんだから、似ててもおかしくないのかな。まぁ、便利だからいいかー)
そんな事をつらつらと考えながら用を足していると、トン兵衛さんがトイレに入ってきて、隣で用を足し始めた。
「平汰、ちょっと大事な事を聞きたい」
「どうしたんスか、こんな所で」
何故かトン兵衛さん真面目な声で尋ねてくる。
「今晩この後暇か?」
「え」
思わず強制的に用を終えてしまう。
それと同時に、さっき俺に彼女が居ないって知ったトン兵衛さんが嬉しそうにしていた場面が瞬間的に脳裏に浮かぶ。
そこから連鎖的に酒で浮かれた頭はトン兵衛さんがアッチの気のある人じゃないだろうなという結論に達した。
(あれ……やばくね?)
そう思うと、お尻がキュッとなってしまう。何故だ。何故こんな展開に!?
トン兵衛さんが何か言っているが、脳に入ってこない。
いや待て、まずは相手の出方を見るんだ。まだ慌てる様な時間帯じゃない。
「平汰、聞いてるのか?」
「え、あ。はい。すいません、ちょっと酔ってぼーっとしてたみたいです……。ええと、何でしたっけ?」
俺がそう答えると、トン兵衛さんはニヤリと笑い。
「今晩時間があるなら、この後綺麗なお姉ちゃんの居る飲み屋に行かないか?」
「行きます」
俺は脳に言葉が届く前に即答していた。
今回ちょっと下品だったかなぁ……
ちなみに、コボ美ちゃんはケモ度10です。イメージ的にはR○のコボルト。




