第6話 ダンジョンキーパーのお仕事:宝箱編・後
翌日、いつも通り出勤し、いつも通り仕事の準備をした俺は、資材搬入用の大型昇降機に居た。
今はゴブ朗さん達と宝箱補充のための最終チェックをしながらスタートの合図を待っている状況だ。
レース用の魔法リアカーのチェックはゴブ朗さんがしている。魔法リアカー自体は通常使っているものと同じもので、2~5階の班が使っているのも同じ物だ。
使う機体の改造は認められていない。これはあくまで班員の団結力や機転等、いわゆる社員の能力で勝負するためだからだ。
レースのルールは魔法リアカーでフロアを廻り、宝箱の回収と再配置。
空き箱には新しい景品を補充して新しい配置場所へ置く。どの景品が入った宝箱をどこに配置するかは決まっているため、中身を間違えずに宝箱を配置できたのかと全ての宝箱を配置し終わるまでのタイムが評価対象となる。
補充用の景品は専用の大型魔法バックに入れられており、空き箱にはこれから取り出して補充する。
リアカーの曳き手と荷台要員の配置の仕方は自由。5人全員でリアカーを曳いてもいいし、逆に独りに任せるのも良い。この辺は班ごとの構成メンバーによる。
ウチの班の配置は基本ミノ吉さんが曳き手で、トン兵衛さんが交代する事もある。ミノ吉さんはインテリ系なのに体力がもの凄くあるのであまり交代する様な事は無いらしいけど。流石はミノタウロス。
指揮官は勿論ゴブ朗さん。俺とコボ美ちゃんは初参加というのもあるが、宝箱の上げ下ろしと景品補充。トン兵衛さんもこれに加わる。
始業時間が迫ってきた。俺は荷台に座り、落ちないように荷台に備え付けられた取っ手を握った。
コボ美ちゃんは補充用の景品が詰まった大型の魔法バッグを抱えつつ、トン兵衛さんも同じように取っ手を握っている。
ゴブ朗さんはミノ吉さんに肩車され、牛角を握っている。荷台から指示を出すよりこちらの方がやり易いからだそうだ。
ミノタウロスは自身の牛角を親しい間柄でないと触れさせない。そういえば、仕事中もあの2人はやけに息が合っている様に見えた。長年一緒に仕事しているのだろうか?
「始業チャイムがスタートの合図だ。皆、準備はいいか?」
ゴブ朗さんの声に、俺達はめいめい応答の声を上げる。緊張からか取っ手を握る手が汗ばむ。
(これは通常業務通常業務……)
思わず自分自身に言い聞かせる。そう、いつも通りの仕事だ。只ちょっとレース仕様なだけで巡回の掃除と罠整備と変わりはしない。
自分に言い聞かせているうちに始業チャイムが鳴る。遂にスタートだ。
「よぉし、いくぞっ!ミノ吉!」
「ブモォォォォォォォォォォォォォッ!!」
吼哮。ミノ吉さんの普段の穏やかな声からは想像もつかない荒々しい獣の声。これは、魔物の声だ。
それと同時に凄まじい速度で魔法リアカーが走り始める。
遂に宝箱補充の業務が始まった。
◆◇◆◇
ゴァッ!
凄まじい早さで景色が流れていく。ミノ吉さんは文字通りダンジョン内を爆走していた。
俺は只必死に取っ手を掴んで、流れていく景色に身を縮めるしかない。
というか怖いよ!リアカーに乗ってるだけだから風圧も凄いし投げ出されたらどうしようとか考えるだけで心臓を握られた様な感じがするよ!
原付でさえ30キロ以上出すと怖く感じる俺にとっては拷問な速度だよ!
「ミノ吉、次の角は右だ」
「ブモッ!」
ゴブ朗さんの指示にミノ吉さんが答え、角を曲がる。
ゴキャッ!!
ひぃぃぃぃっ!目の前を石壁の角が凄まじい早さで通り過ぎてっ!!
というか、見事なアウトインアウトですね!
ジェットコースターどころじゃないスリル満点の運転に俺は只青くなるしかない。
(は、早く宝箱の場所に辿り着いてくれぇぇぇぇっ)
冷や汗をかきながら俺はひたすら心の中で叫ぶのだった。
◆◇◆◇
ギャギィッ!
何だか美形な台詞と共に鳴りそうな効果音を響かせながらリアカーが止まる。
おお……やっと恐怖のスピード体験が終わった……一時的だけど。
「平汰!積み込むぞ!急げっ!」
「はっ、はいっ!」
ほっとしたのも束の間。俺は慌ててリアカーから飛び降りて宝箱に触れる。
『解放』
盗難防止の固定化魔法を解除し、宝箱を持ち上げる。宝箱は収納の魔法も掛かっているため、大きさはそれほど大きくない。
1メートル四方の大人が1人で抱えられる程度の大きさだ。
俺は抱えた宝箱を投げるような勢いでリアカー上のトン兵衛さんに渡すとそのままリアカーに飛び乗った。未開封の宝箱だったので補充は無しだ。
俺が飛び乗る間に、トン兵衛さんは受け取った宝箱をリアカー内に置いて再度取っ手を掴む。
トン兵衛さんが取っ手を掴んだのと、俺が飛び乗って取っ手を握ったのは同時だった。
俺とトン兵衛さんが同時に取っ手を握った瞬間、リアカーが再発進する。発進の合図を出すゴブ朗さんのタイミングの良さは流石だ。
(でも……またジェットコースターなのよねぇぇぇぇぇぇっ!)
俺の心の叫びを垂れ流しながら魔法リアカーはダンジョン内を爆走し続ける。
冒険者を避けるために急なルート変更、時には気付いていない冒険者の真後ろを一気に駆け抜けたり、事前に打ち合わせておいたルートを臨機応変に使い分けて突き進む。
俺は只必死に宝箱を積み卸し続けるのであった。
◆◇◆◇
景品補充業務といえど、1日中走り回る訳では無い。
歴とした業務なので、昼休みも勿論ある。昼休みを挟んで午後何時までに配り終えるかを競う事になる。
ちなみに、午前中に配り終えた班は今まで出たことがないらしい。
「あぁ~……揺れない地面って素敵」
関係者用通路には、一定間隔ごとに魔法リアカーが収納できる広さの場所がある。
すぐに通路に戻れるため、景品補充業務中の昼休みはここで取るのが決まりだ。
俺は魔法リアカーから降りるとそのまま大の字になって寝転がってしまう。取っ手を握り続けてたせいか腕がプルプルするし、踏ん張っていたため下半身の筋肉もこわばってる。
そんな情けない様子の俺を横目に、ゴブ朗さん達は元気なものである。1番働いている筈のミノ吉さんですらへたり込んだりせずに昼食を元気に食べている。ぱっと見た所疲れた様子が見えない。トン兵衛さんやコボ美ちゃんですら、あのスピードと揺れが何事も無かったかの様に昼食を食べていた。
「平汰さん!ご飯食べないんですか!?」
わふわふと昼食を食べつつ、コボ美ちゃんが声を掛けてくる。同じ新人同士、コボ美ちゃんもあのスピードと揺れにやられていると思いきや元気いっぱいだ。
この辺、魔物と人族という種族差なのかなぁ……
「あー……もうちょっと休んでから食べるよ」
「休むのもいいけど、ちゃんと昼飯食べないと午後が持たないぞ。午後は色々とスパート掛けるからな」
「……マジっすか」
「ああ、この調子なら結構いいタイムが出そうだ」
と、残りの宝箱の位置を再確認しながらゴブ朗さんが言う。
あれより更にスピード上げるんだろうか……思わずげんなりしながらも、俺はおばちゃんの店で買ってきておいた照り焼きサンドイッチを腹の中に納めるのだった。
◆◇◆◇
昼食を食べ終えた後は、残りの昼休みを使って魔法リアカーの点検を行う。
ゴブ朗さんとタイヤ交換を行い、荷台部分の強度を再確認する。
ミノ吉さんはゴブ朗さんの指示で横になって休憩中である。午後も1番頑張らないといけないしね。
「平汰。午後は強化系魔法の出番があるからな」
「え?まぁ、下級の魔術系のものなら使えるって作戦会議の時に言いましたけど、本気ですか?」
「ああ、いざという時は指示を出すから、ミノ吉に掛けてやってくれ」
「でも神聖系じゃなくて魔術系だから効果切れた時の反動が結構ありますよ。ミノ吉さん大丈夫かなぁ……」
「大丈夫だ。ミノ吉は魔術系効果の反動には慣れてるし、使うとしても配達完了間近の時に1度だけだよ」
「はぁ……解りました」
ゴブ朗さんにそう言われるが、強化なんて使ったらどんなスピードになるか、想像しただけで不安になる。
「あぁ、後。風圧がきついなら『空幕』を使ってみたらどうだ?平汰なら使えるんだろう?」
「あっ」
『空幕』を使って風圧を防げる事をすっかり忘れていた。午後は少なくとも強い風圧から来る恐怖感と戦わなくても良さそうだ。
◆◇◆◇
カァァァァァァァァァァッ!!
ミノ吉さんに曳かれ、午後も順調に魔法リアカーはダンジョン内を爆走する。
風圧がモロに体に当たらないというのは恐怖心を軽くさせる。バイクと車、両方同じ速度で走っていても、バイクの方が速く感じるのは風圧が直に当たるからで、『空幕』のおかげで風圧を気にしなくて良くなった俺は午前より落ち着いている事ができた。
(それにしても……何でリアカー曳いて走ってるのに、豆腐屋が峠の走り屋やってる漫画みたいな効果音が出てるんだよっ!)
などと内心突っ込みを入れるくらいには落ち着けている。午後も俺の役割は宝箱の上げ下ろしと補充だ。
未開封のものならそのままトン兵衛さんに投げ渡すように積み込み、開封済みなら積み込んだ後、コボ美ちゃんから景品を受け取って詰め込む。
コースは何度も変更を繰り返すせいで今どこに向かっているのかすら解らなくなってきた。
只、ゴブ朗さんの指示は淀み無く出ているため、順調なのは確かだろう。
急制動が掛かり魔法リアカーが止まる。俺は飛び降りて開封済みの宝箱を回収する。
急発進する魔法リアカーの振動を感じながら、この宝箱に補充する景品をコボ美ちゃんから受け取る。
リアカーを曳く今日のミノ吉さんは「ブモォッ」以外の言葉を喋っていない。まるで魔物が変わったかの様だ。車を運転すると性格が変わるタイプなんだろうか。
そんな事を思いながら、コボ美ちゃんが大型魔法バッグから取り出した景品に目を向けると、それは先日巡回の途中、魔法使い以外全滅した冒険者パーティの戦士が着ていた金属鎧だった。
血塗れであちこちヘコんでいた金属鎧は新品同様に綺麗に磨かれ、ヘコみも元に戻っている。これを中古だと見切れる奴はそうそう居ないだろう。
宝箱に金属鎧を収納すると、俺は次の配置場所に備えるのだった。
---Adventurers Eyes---
「ん?あそこの行き止まり、昨日は空の宝箱があったよな?」
先頭を進むジョニーが足を止めて確認してくる。
「ああ、確かそうだった筈だが」
地図を確認しながらブルックが答える。私はそれを聞いて声を上げた。
「ねぇ、それってもしかして……」
「あぁ、宝箱の再配置がされたのかもしれないな」
冷静な声でサイアンが判断を下す。それを聞いて私は居ても立ってもいられなくなり、大きな声を出して新しい仲間に声を掛けた。
「じゃあ!今なら未開封の宝箱が沢山あるって事よね!?下の階でのレベルアップなんて止めて今日は宝箱探索をメインにしましょうよ!」
「んー……しかし当初の予定を崩すのはなぁ……」
「いいや、未開封宝箱が多いのなら探すのもいいかもしれないぞ。珍しい物が入っているかもしれん」
「といっても1階じゃ大した物ないだろ?下行ってレベル上げした方がいいと思うがなぁ……」
「でも!1階でも良い武器防具が出たっていう話、聞くじゃない!」
暫く4人で話し合うが、結局私の主張が通り、1階の宝箱探索をする事になった。
新参者の私の意見が意外とあっさり通ったのは訳がある。
『パーティが全滅した後、最初の宝箱の再配置で死んだ冒険者の装備が見つかる事がある』
という冒険者の間でよく知られている噂のせいだ。ダンジョンで死んだ冒険者の死体は何故かすぐ消えてしまう。
宝箱は定期的に再配置されるが、再配置される間に死んだ冒険者の装備が見つかる事があるらしい。ダンジョンが死体を食べて、満腹になった食べ残しだと噂されているが、本当かどうかは定かじゃない。
そして、先日私が所属していたパーティは私以外全滅してしまっている。
『死んだパーティメンバーの遺品を探したい』
という私の事情を知っているから、彼らは私の意見を採り入れて宝箱探索に切り替えてくれたのだ。
渋った様子を見せたのはまぁ、冒険者同士のお約束みたいなものだ。
あの時、命からがら生き延びる事ができたのはウルガスのおかげだった。
魔物に前後挟み撃ちにされながらも、切り抜ける事はできる筈だった。スカウトのキースが安全だと判断した罠に引っかかり、飲み込まれなければ。
安全だと解っていた部屋で、罠の安全を判断した当人が罠で死んだ。その事に動揺して一時的にも隙が出来てしまい、多数の魔物に押し切られてしまったのだ。
いよいよ全滅かと諦めた時、ウルガスは最後の力を振り絞って血路を開いてくれた。その後はよく覚えていない。ウルガスの「お前だけでも逃げろ!」の声に従い夢中で走っていたら、今のパーティに救助されたのだ。
救助後、冒険者を廃業しようかとも思ったが、今のパーティに加えてもらい冒険者家業を続けている。
冒険者を続けている理由は、ウルガス達の遺品を見つけて弔いたいからだ。
特に……クリスやキースには内緒だったが、恋人だったウルガスの遺品だけでも見つけたい。
見つけられたら色々と気持ちの整理が付くと思う。でなければ私は遠からず魔物に殺され掛けた恐怖と恋人を置き去りにして逃げたという負い目に押しつぶされてしまうだろう。
私は遺品を手に入れる最初で最後のチャンスに掛けるべく、新しい仲間と共にダンジョン内を進むのだった。
◆◇◆◇
ギャギャギャギャギャッ!!
カーブを曲がると荷台が流れ、同時に景色も横に流れていく。
(リアカーでドリフトとか何!何なのっ!)
ありえない現象の連続にさっきから心の中で突っ込みしっ放しだ。
「よぉし!この180度カーブをいいタイムで抜けられたぞ!最後の宝箱はすぐだっ!」
「ブモッ!」
ゴブ朗さんとミノ吉さんは絶好調である。かくいう俺もハイになっているのかさっきから顔が笑いっ放しだ。
最後の宝箱にたどり着いて積み込むと、それを再配置するためにリアカーが走り出す。
「平汰っ!魔法だっ!」
「うぃっす!『筋力増加!』『脚力増加!』」
「オオオオオオオオオオオオオッ!」
俺が下級の身体強化魔法をミノ吉さんに掛けると、速度が更に増した。このまま一気に最後の配置地点まで突っ走る!
「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
ミノ吉さんに釣られて俺も叫び声を上げる。
ゴールまで後少し……それまで俺は叫び続けていたのだった。
◆◇◆◇
「3位か、惜しかったなぁ」
「そうだねぇ……でも、新人2人居て3位はいい順位だと思うよ。タイムも2位と僅差だったしねぇ」
「そうですよ、平汰もコボ美も新人と思えないくらいいい働きでしたよ。特に最後の平汰の叫び声、気合い入ってて良かったな」
「そうですね!あの吼え方格好よかったです!!」
叫び声については正直恥ずかしい。あんなに思い切り叫んだのは子供の頃以来じゃないだろうか。
結局、宝箱補充の業務は3位だった。
待機部屋に戻ってきてからは反省会という名のだべりが続く。3位とはいえ、早目に終わらせる事ができたので終業時間までの少しの間、俺達はのんびりしていた。
「宝箱補充、平汰はどうだった?」
「とにかく疲れました……」
俺は机にだらしなく突っ伏しながら、感想を聞いてくるトン兵衛さんに顔を向ける。
いや本当、疲れた……腕痛いし脚痛いし腰痛いし背中痛いし。思わず「子錦がっ子錦ぁぁぁぁぁっ!」と叫びたくなるレベル。
俺とは対照的に他の4人はケロっとしている。特に今日1番働いたミノ吉さんは、1日中リアカー曳いて走り回って、更には魔術系の強化魔法の反動もある筈なんだが平然とお茶を啜っている。
ううむ、やはり体の造りからして違うんだろうなぁ……俺ももうちょっと鍛えないといけないだろうか。
でもまぁ……普段の巡回業務より充実感はあった気がする。
何というか、皆と一緒に一つの目標に突き進むというか、一体感というか……
うん、普段の巡回業務もあれはあれで皆で協力して進める業務だけど、今日の宝箱補充はそれよりも濃密だった。
(何よりもまぁ……、皆の事をより身近に感じられる様になったかもしれないなぁ)
魔物だからという事じゃなくて、何となく感じていた遠慮みたいなのが無くなった気がする。
新しい会社に入るとその職場の空気に慣れるのに結構時間が掛かるけど、今日の業務で慣れるまでの時間をすっ飛ばした感がある。
宝箱補充が遠慮なんてする暇が無いくらい忙しい業務だったからだろうか。
「疲れましたけど……凄く楽しかったですよ」
なので、感想を尋ねられれば答えはこの1択だった。
俺の返答に皆良い笑顔を返してくれる。
(ああもういい職場だなぁ畜生)
と、内心思いながら、再度ぐったりと机に突っ伏すのだった。照れ隠しの為に。