第5話 ダンジョンキーパーのお仕事:宝箱編・前
冒険者がダンジョンにもぐる理由は様々だが、宝箱目当てにダンジョンにもぐる冒険者が多くを占めるのではないだろうか。
勿論、宝箱以外の別の理由、自己鍛錬だったり名誉だったり様々な理由で潜る冒険者も居るだろうが、ダンジョンでしか手に入れられない貴重なアイテムや強力な武器防具。それらに魅せられてダンジョンに潜る冒険者は多い。
ダンジョン側としても、冒険者の数(客足)に直結するため、宝箱の充実には力を入れている。
とはいえ、経費が掛かるのは事実なので、節約できる所は節約しないといけない訳だけど。特に低階層は冒険者の数も多いだけあって、単価の低いアイテムを宝箱に入れるとはいえ見つけられる回数も多い。
そのため、宝箱の補充も頻繁になりその分経費が掛かる訳だ。これが深階層となると冒険者の数が少なくなるので、宝箱を見つけられる頻度は低くなるが、逆に単価の高い良いアイテムを入れているため、これはこれで経費が掛かる。
低階層と深階層、どっちの宝箱の経費が掛かるかは結局どっこいどっこいらしい。
という訳で宝箱の経費削減もダンジョンキーパーの仕事の一つであり、経費削減対策の仕事がリサイクルである。ダンジョンで死んだ冒険者の装備で宝箱に使えそうなものを剥ぎ取り、使い回すのである。
詐欺と言うなかれ、ちゃんと新品同様に手入れするし、そもそも使えなさそうな装備は死体と一緒に魔法炉の燃料行きなのだ。使えそうな装備をきちんと手入れして宝箱として冒険者に還元する、キャッチ&リリース……とは違うかもしれないが、ちゃんと冒険者の利益にもなっているし、経営側も経費を抑えることができて一石二鳥なのだから文句を言われる筋合いは無いと思う。エコ精神は異世界でも根付いている訳だ。
◆◇◆◇
「明日は宝箱の補充だから皆そのつもりでいてくれ」
「おっ、もう順番が回ってきたんですか!?」
朝、いつも通り出勤した後の業務前ミーティングはゴブ朗さんのそんな一言から始まった。
ダンジョンキーパーは班ごとに1部屋ずつ待機部屋を充てがわれている。備え付けの備品は人数分のロッカーと予定を書き込む魔法ホワイトボード、テーブルとパイプイスくらいだが、着替えや休憩等、待機部屋は班の憩いの場でありコミュニケーションの場でもある。
ある程度は持ち込みも許可されているので、待機部屋で快適に過ごせるように色々持ち込む班も多い。
俺達の班の待機部屋はそんなに物が無いので、俺もそのうち畳とコタツテーブルを持ち込もうと計画してたりする。
朝の業務前ミーティングといっても、待機部屋で各々くつろぎながら聞いている。この辺あまりうるさく言わないゴブ朗さんは出来た上司でありがたい。
「ノリ気ですねトン兵衛さん……宝箱の補充ってきついんじゃないですか?」
テーブルから身を乗り出したトン兵衛さんの様子を見て俺が質問する。
「そりゃきついさ。1フロア分全部の宝箱を補充と配置し直すんだぜ?開けられた宝箱の回収もしないといけないし、いつも通り冒険者に見つかってもいけねぇ」
「……それは、ハードそうですね」
掃除や罠のメンテ等を行う巡回はその日の担当範囲が決まっているので、1班で1フロア分丸々巡回する訳ではないが、宝箱補充は1フロア分廻らないといけないと聞いている。
ベルリック地下大迷宮は地下1階から広い。冒険者が沢山入ってきても大丈夫な様にしてある訳だが、冒険者が1日で廻れる広さでは無い。
まぁ、冒険者は無理だがダンジョンキーパーは1日で廻れてしまう。しまうのだ。
その辺は罠も魔物も現在位置も気にしないで良いダンジョンキーパーならではだろう。でなければ仕事にならないしね。
それでも1フロア分全部廻って宝箱の補充と配置換えはきつそうだが、ゴブ朗さん達3人は何とも思っていないらしい。むしろ「楽しみだ」とか「今度こそあいつを抜いてやる」とかやる気に溢れた事を言っている。
流石、慣れている人達は違うなぁ……と感心してしまった。
「という訳で、今日は午後から明日の宝箱補充の準備だ。俺とミノ吉は管理部で今回の宝箱配置図を貰ってくる。トン兵衛は平汰とコボ美を連れて備品部でアイテムの受け取り手続きを頼む。2人に備品部の手続きを教えてやってくれ」
「了解っす」
「今回はどんな配置なんだろうねぇ」
「さて……今回も管理部入魂の配置なのは確かだな」
「宝箱配置に入魂も何もあったもんじゃないと思うんすけどねぇ……適当に並べてるんじゃないんですか?」
「過去の配置パターンの統計から出してるらしいよ。前に管理のミノ秋から聞いたんだけど、魔法演算機様々って言ってたねぇ」
「あぁ、管理部の魔法演算機って性能いいらしいっすね」
などとゴブ朗さん達は3人で色々と話し込んでいる。俺とコボ美ちゃんはそれを興味深く聞いていると、脳内でチャイムが鳴る。それに合わせてゴブ朗さんがパンパン、と手を叩いて立ち上がる。
「さて、午前はいつも通り巡回だ。ダンジョン証を忘れるなよ」
俺達は各々返事をすると、午前の業務に取りかかるのだった。
◆◇◆◇
昼休み後、俺とコボ美ちゃんはトン兵衛さんに連れられて、備品部を訪れていた。
備品部は迷宮の心臓部である魔法炉の近くにあるため、魔法昇降機を使って下へ降りる。
深層部に来るのは面接の時以来、2度目だ。とはいえ、あの時は女悪魔に連れられていたせいか、どういう風に深層階まで辿り着いたかよく覚えていない。
備品部辿り着くと、トン兵衛さんは慣れた様子で受付でダンジョン証を示し、出された用紙を確認してサインする。
俺達はそれを横で見ているだけだったが、手続き自体はとても簡単そうだった。まぁ、管理部から連絡行ってるだろうし、俺達は備品部からアイテム受け取って配達するだけだから、複雑な事は何もなかった。
でも、初めて行く部署に1人で行かされるのは地味に緊張するんだよね……その辺慣れさせる意味でトン兵衛さんを引率にしたんだろう。でも、部下へのこういう地味な気遣いが本当にありがたいんだよなぁ……
トン兵衛さんに備品部の受付さんに紹介されてコボ美ちゃんと一緒に挨拶すると、備品部を出た。
アイテムは明日までに魔法リアカーに積み込んで準備しておいてくれるそうだ。待機部屋に戻りながらコボ美ちゃんがトン兵衛さんに話しかけている。
「トン兵衛さん!備品の手続き簡単に終わっちゃいましたけど、今日はこれからどうするんですか!?」
備品部での手続きには1時間も掛かっていない。午後の時間はまだまだ残っているので俺もそこは気になっていた。半ドンだとありがたいんだけどなぁ……
「ああ、戻る頃にはゴブ朗さん達も戻ってきているだろうから、残りの業務時間はみっちりミーティングだな」
「ミーティングっすか?宝箱補充って午後丸々使ったミーティングが必要な程きついんスか?」
「そりゃそうさ、宝箱の配置を最短距離で回れるルート選定、当然当日は冒険者に見つかってもいけないから様々なルートを想定しなきゃいけねえ。平汰達は初めてだから荷物の上げ下ろしの練習もしておきたい所だ。あぁ、魔法リアカーのタイヤ交換の練習もしておきたいな。まぁタイヤ交換はゴブ朗さんが得意だから平汰達の出番は無いだろうけど念のために覚えておいた方がいいだろう」
なんだろう、宝箱補充って魔法リアカー曳いて宝箱補充と配置換えするだけって聞いていたのに、トン兵衛さんの話を聞いていると別な要素もあるような気がする。
確かに、1フロア分を1日で廻らないといけないので、ダンジョンキーパーといえど急いで廻らないといけないだろうし、宝箱は未開封の物は配置転換させるので上げ下ろしもするし、魔法リアカーのパンクだって起きるかもしれない。言っている事は至極当然の事を言っている筈なのに、トン兵衛さんのテンションとニュアンスは俺の思い浮かべている宝箱補充の想像を裏切っている気がする。
そんな俺の雰囲気を感じたのかトン兵衛さんはにやりと笑って「まぁ、詳しい事は待機部屋でな」と言って魔法昇降機に乗る。俺とコボ美ちゃんは顔を見合わせてトン兵衛さんの後を追うのだった。
◆◇◆◇
待機部屋に戻るとそこには魔法プロジェクターが用意され、テーブルには人数分の配置図が用意されている。魔法プロジェクターを使うからか、部屋の照明が薄暗い。何だかミーティングというよりは作戦会議といった感じで、俺とコボ美ちゃんは再度顔を見合わせるのだった。
「ゴブ朗さん、戻りました」
「ああ、丁度作戦会議の準備が整った所だ。皆座ってくれ」
頭の中にハテナマークを飛び交わせたまま椅子に座る。
「さて、今朝も言った通り明日の業務は宝箱補充だ。新人2人が居るから宝箱補充について軽く説明し直しておこう」
と言って、ゴブ朗さんは宝箱補充について要点をついた説明をしてくれた。
宝箱補充。それは基本的に冒険者が空けた宝箱の中身の補充と再配置、開けられていない宝箱の配置換えである。
空けた宝箱を回収し中身を補充して配置図の指定の場所に配置する。また、開けられていない宝箱も回収し指定の場所へ配置し直す。こうやって宝箱の配置を定期的に変更するのは、固定にするとそれを狙った冒険者が現れるからである。景品を手に入れるチャンスは平等にしないといけないのだ。
ゴブ朗さんの説明にうんうんと頷く俺とコボ美ちゃん。俺が聞いている宝箱補充の通りだった。しかし、その続きは全くの初耳だった。
「と、まぁここまでが表向き。ここからはダンジョンキーパー向けの宝箱補充の説明だ」
え、今までのって表向きなんですか。ダンジョンキーパー向けって今の説明で十分な気がするんですけど。
「明日の宝箱補充ははっきり言ってしまえばレースだ。明日の宝箱補充は1~5階の低階層で行われるが、それぞれのフロアでの宝箱補充担当はそれぞれ1班ずつ。5班で宝箱補充完了までのタイムが競われる」
え、レースってマジですか。
大真面目な顔で説明をするゴブ朗さんに、俺は内心動揺しっ放しである。
「各階ごとの宝箱配置数は同数だ。未開封宝箱の数の違いはあるが、運ばないといけない数は変わらないので問題ない。また、1~5階で競うのはウチのダンジョンが5階ごとにフロア特性が変化するからだ」
「むしろ、冒険者の入場者数とか他の同僚の動きなんかの運の要素が大分絡むね。何せ宝箱配達中も見つかったら駄目だし、同僚の邪魔にならないようにしなきゃいけないからな」
「でも、それを機転でカバーするのがまた燃えるんだよねぇ」
ゴブ朗さんの説明にトン兵衛さんとミノ吉さんの台詞が続く。3人とも楽しそうに説明してくる。明日の宝箱補充が本当に楽しみなんだろう。
俺とコボ美ちゃんは頭の中が混乱して停止してしまっているけど。
「あと、レースのタイムは記録されて順位付けがされる。各階のタイムで1~5位の順位が付けられ、これは階層順位となり、同時に班のタイムとして記録され、各階を担当する班の中で順位付けされる。これはフロアタイムとか班タイムとか言われているな」
「僕達は1階担当の班だから、1階担当の他の班のタイムと比べられて順位付けされる訳だねぇ」
「えーと……マジですか?」
「おお、マジだぞ」
思わぬ展開についていけずに思わず呟く俺に大真面目な顔でトン兵衛さんが答える。
「えーと……巡回中に物凄い勢いで魔法リアカー曳いて走っていっている班をたまに見かけましたけど、あれって何でそんなに急いでいるんだろうなーと思ってたんですが……」
「ああ、この前はコボ次郎の班が担当だったな」
「急いでいた理由ってレースだったからなんですか……」
「ああ、たまに魔法リアカーと接触事故が起きたりするから気をつけてな」
「ええと、レースとかで競争するんじゃなくて、普通に配送するんじゃ駄目なんですか?」
俺がそう言うと、トン兵衛さんが椅子から立ち上がり、俺の両肩に手を置いて真面目な顔で見つめてくる。
「平汰……確かに班ごとや階層ごとで競争するなんて不謹慎かもしれない……。でもな、これは大事な事なんだ」
「そっ……そうなんですか?」
真面目な様子のトン兵衛さんの雰囲気に思わず息をのむ。何かこのレースに別の意図があるのだろうか?緊張感を持って仕事をするとか、班の連携を深めるために1つの事に共同で取りかからせるとか。
「そんなに……大事な理由が?」
「ああ……それはな……」
ごくりと喉を鳴らして唾を飲み込む。
「階層の順位ごとで手当が出るんだよ」
「……は?」
大事な理由かと思ったら思い切り俗っぽい理由だった。
「金額は大した事ないけどな。1位でも5,000ゴールド、2位で3,000、3位で1,000。それ以下は出ない。しかし、たかが手当、されど手当だ。平汰、お前達の歓迎会まだだろう?」
「え、ええ……」
「歓迎会に使う店のランクが今回の手当の金額で変わると思え」
「え、マジですか!?」
「大マジだ。例え小額でも自由に使える資金があるかどうかは大事な事なんだよ!」
あんまり真剣なトン兵衛さんの様子に俺は頷く事しかできない。
「トン兵衛、新人なんだからあんまりプレッシャーを与えてやるな」
「そうだよ。元々レース形式になったのは班の団結力を上げるためと、宝箱補充の能率を上げるためだからねぇ」
あ、想像した通りちゃんとした理由があるんだ。よかった……仕事中にレースに興じるダンジョンキーパーなんて居なかったんや……
「ま、それも建前で大元はダンジョンキーパー同士のちょっとしたお遊びだったみたいだけどな。いつの間にか各部所巻き込んで予算まで組まれる事になった様だ」
「さいですか……」
そんな……エイプリルフール予算組む企業みたいな理由……
まぁ、経費削減と言いながらこんな事する予算を組めるあたりが大企業らしいっちゃらしいけどね。
「と、まぁ宝箱補充の説明は以上だ。次に、明日のレースについての打ち合わせを始める」
もう説明だけで結構疲れた気がするが、これからが本番らしい。
ゴブ朗さんの言葉と共に、魔法プロジェクターの電源が入り、壁面に貼られた投影布に1階の全体地図が表示される。
地図には白点と赤点が印されており、白点が現在の宝箱の位置。赤点が配置換え後の位置だ。
出発地点は資材搬入用の大型昇降機。画面が変化し、昇降機から各宝箱を巡る進路が示された。
当日の冒険者の動きによって進路を変えるため、進路は何パターンも表示され、それぞれゴブ朗さんが進路上の注意点を交えて説明していく。
進路ルートも管理部が作ったのかと思ったらゴブ朗さんとミノ吉さんで作ったらしい。
一体いつの間に……。
2人の能力の高さに改めて驚きながら、説明が終わる。
正直、「魔の3連S字カーブ!」だとか「極限!180度カーブ」とか、巡回中は何でこんなにS字通路が3連続してるんだとか随分曲がる距離が長い通路だなと思ってた所が、レース用の難所になっていたとか予想外にも程がある。
作戦会議後は、トン兵衛さんが言っていた通り、魔法リアカーに宝箱を上げ下ろしする練習と、タイヤ交換の練習をさせられ、定時よりちょっと遅めに解散となった。
◆◇◆◇
「……明日、一体どうなるんだろうなぁ……」
帰りの電車に揺られ、地元に近づくにつれて窓の景色が変化していく様を見ながらため息混じりに呟く。
正直不安だし、仕事中にレースとか不謹慎だという気持ちもある。
でも、結構楽しみにしている自分が居るのにも驚いている。
それはやっぱり、ゴブ朗さん達が楽しそうに準備している様子を見たからだろう。
とりあえず、レースといってもこれもちゃんとした業務だ。明日は足を引っ張らない様に頑張るとしよう。
そんな俺の決心を乗せながら、電車は自宅近くの駅に到着するのだった。