第4話 ダンジョンキーパーのお仕事:トラップ編
トラップ。それはダンジョンに欠かせないものである。
魔物もダンジョンに欠かせないが、トラップも魔物と同様に欠かせないものである。
一歩間違えれば死んでしまうというのに、『適度な難易度のトラップは冒険者を夢中にさせる』という格言があるあたり、もしかしたら冒険者というのはとんでもなくマゾなのかもしれない。
中小企業の中にはコストが掛かるからとトラップを配置しない事もあるらしいが、ウチは冒険者に『楽死んで貰える』様に多種多様なトラップを配置している。集客努力を怠らないのが大企業なのだ。
とはいえ俺が担当する1~5Fのトラップに難易度の高いものはない。落とし穴と落とし穴(剣山付き)の2種類だ。どちらも踏まなければ掛かる事が無いので実に初心者向きといえよう。
有名な「いしのなかにいる!」トラップなど、難易度の高いものは下層へ進むに連れてじわじわ増やしていくのが集客のポイントなのだとか。
そんな訳でダンジョン巡回では清掃をしつつ、トラップの整備不良チェックを同時に行っていく。清掃とトラップ整備は同じくらい重要な仕事なのだった。
◆◇◆◇
俺は今、手に10フィート棒を持っている。脳内地図はAR表示に切り替えており、床のトラップ部分だけ色分け表示されていた。
色分け表示された床を10フィート棒で叩くと『ガコンッ』と床が左右に割れて落とし穴が出現した。このフロアのトラップは問題なく動く様だ。
10フィート棒を分解して魔法バックに仕舞うと、自動で元に戻った床を点検。うん、歪みは無いし分割部分の合わせ目もぴったりだ。傍目からは何の変哲も無い石床にしか見えない。
トラップ近くの制御パネルを外し、トラップの動力源である魔法電池(単三)を新しいものに交換する。魔法電池(単三)は1度トラップを発動させると残量がゼロになり、トラップを発動させられなくなるからだ。
回収した魔法電池(単三)は充電式なので、後で纏めて魔法炉に持って行く事になっている。魔法エネループはマジ経済的。
俺がトラップの確認をしている間に他の人達も部屋の清掃を終えたようだ。俺達は次の部屋へと巡回を再開する。
「ミノ吉さん!時々トラップ床に図形してありますけど、あれって何でしょうか!?清掃の見落としですか!?」
次の部屋に入ると、コボ美ちゃんが設置されていたトラップ床に描かれている図形を指差し、元気良く班で1番こういう技術系の事に詳しいミノ吉さんに尋ねた。
「あれは冒険者が付けた不発トラップ・解除済みトラップの目印だねぇ」
「え、そうなんですか?てことはあの図形がある所は要メンテ先?」
1度解除もしくは発動したトラップは魔法電池が切れるため、メンテをしないと再稼動しない。時々あるトラップの不発の原因はこれである。
しかし、トラップは脳内地図に表示されるので場所は解るのだが、場所しか表示されないため稼動しているものとしていないものを区別するのが難しい。
まぁ、目に付いたトラップは全部確認していけば済む話なのだが、俺とコボ美ちゃんが10フィート棒でいちいち床を叩いて稼動しているか確認してからメンテするのに対し、ゴブ朗さん達先輩方は稼動してないものは即座に魔法電池を入れ替え、稼動しているものはきちんと動くか10フィート棒で確認していた。
その判断の早さは図形あるなしで判断していたらしい。経験の差かと思っていたら、そんな事情があったのか。
「ほれ、この通り」
トン兵衛さんが図形の付いたトラップに乗るが落とし穴は開かない。おお、と何だか驚いているとゴブ朗さんから図形について解説が入る。
「あの図形はスカウト系の共通した符丁で、後から来る冒険者にここは安全だと伝えるものらしい」
「はー、冒険者も色々考えるんですねぇ」
ゴブ朗さんの解説に感心しているとトン兵衛さんから声を掛けられる。
「そこにも図形入りのトラップがあるから平汰も試しに立ってみるか?」
「そうですねぇ」
何故かダンジョン証を首に掛けているか確認されてから、指差された図形入りトラップに近づく。こんな簡単な事で判別できるなんてなぁ……今後は作業効率が上がりそうだ。
そんな事を考えながらトラップ上に立つ。
「あ、本当にトラップが働かな……あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「只野さぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!?」
足元の床が左右に割れ一瞬の浮遊感の後、俺は落とし穴の中へ落ちた。
「い゛だだだだだっ!針がっ!ア゛ーッ!?」
「クククッ、おーい、平汰。そこに死体が刺さってないかついでに確認しといてくれー」
笑いをかみ殺しながらトン兵衛さんが軽く声を掛けてくる。コボ美ちゃんは涙目だ。
「何言ってるんですかトン兵衛さん!俺今死ぬところなんですよ!?」
「何言ってるんだ平汰。ダンジョン証があるだろう?」
トン兵衛さんに言われて針が全く刺さっていない事にはたと気付く。
「あれ?」
「ダンジョン証持ってればトラップは無効化されるんだよ」
「俺今思いっきり引っかかりましたよ!?」
「何言ってるんだ。引っかからないと中身の確認も出来ないだろう?」
「ダンジョン証はトラップダメージ無効なんだよねぇ」
そういや、そんな説明もあったようななかったような……トラップダメージ無効なのはいいけど、チクチクするするような刺さってる錯覚するんだよな……
俺は剣山に死体が刺さっていないか確認すると、『浮遊』の魔法で脱出する。
「もー、酷いっすよトン兵衛さん」
「わはははっ、新入りの通過儀礼って奴だよ!」
背中をばしばし叩いてくるトン兵衛さん。全く酷い話である。俺が不貞腐れているとトン兵衛さんは一転して真面目な顔になり俺に話しかけてくる。
「ダンジョン証のありがたみが身に染みて解っただろ?年に何回かダンジョン証を忘れて運悪くトラップに引っかかって死ぬ事故があるからな?」
「……マジですか」
「剣山に刺さってる魔物の骸骨。あれはそういう不運な事故の犠牲者だぜ?」
その言葉にゾッとする。意外と危険なダンジョンキーパーの仕事に青くなっていると、ゴブ朗さんも声を掛けてきた。
「まぁ、緊張感を持って仕事をしろという事だ。トイレに置き忘れたとかうっかりじゃ済まないからな?」
道理で就業開始時に全員で身だしなみのチェックを厳しくする訳だ。コボ美ちゃんと2人してコクコク頷いているとミノ吉さんが近づいてきた。
「ゴブ朗、図形済みのトラップもメンテして稼動するようにしておいたよ」
その言葉に俺とコボ美ちゃんは首を傾げる。
「あれ?あれって解除済みトラップじゃないんですか?再稼動しちゃってもいいんですか?」
「何言ってるんだ。あれは冒険者が勝手に付けた落書きだ。俺達には関係ないぜ」
言われてみれば最もとだ。
「まぁ、冒険者も安全だと解っていても、心理的にトラップ床を踏む様な事はそうそうしないだろうしねぇ」
「それもそうですねぇ」
トン兵衛さんに言われて無防備にトラップに近づいた自分自身については棚上げしておく。
「でも、間抜けな冒険者はどこにだって居るからな。これは3種類目のトラップって事だ」
ゴブ朗さんの言葉にほーっと感嘆しながら俺達はダンジョン巡回に戻るのであった。
---Adventurers Eyes---
「待て、あそこ……怪しい」
俺は背嚢から分解した11フィート棒を取り出して組み立てると怪しいと目星をつけた箇所を突いた。
するとガコンッ!と床が抜け落とし穴が出現する。
「流石キース。トラップを見分ける勘の鋭さは一流冒険者並みだな」
「一流冒険者は流石に言いすぎだ。まだ低階層だしこんなのゴブリンでも見分けるだろうよ」
PTリーダーのクルスが感心した声を掛けて来る。俺は内心鼻を高くしながらも謙遜しておく。暫くすると床が元に戻るので魔法チョークで符丁を描き込む。これで別のPTも安全だ。
「ねぇねぇ、その図形ってトラップ起動済みとか解除済みって合図なんでしょ?でも、図形があるのに起動するトラップってあるんじゃない?」
魔法使いのコニーが尋ねてくるが、俺はそれはありえないと答える。発動前のトラップにこの図形を書き込むのはタブーとされているし、何よりメリットが無い。万一別のPTに見られでもしたら冒険者を追放されてしまうし、そもそも発動前のトラップに図形を書こうとしても先にトラップが発動してしまうのだ。
まぁ、一流スカウトなら起動前のトラップに図形を付ける位できるだろうが……やはりメリットが無い。あえてメリットを上げるとすれば、別のPTを陥れるくらいだろうが……あまり想像したくないな。
「コニーの言うとおり図形があっても起動するトラップもあるかもしれんが、少なくとも俺は図形が描かれていてもトラップ床に立ちたくはないな」
最後尾を歩く戦士のウルガスがコニーをフォローする。コニーもウルガスに言われてそれもそうね!とあっさり疑問を手放した。
「それにしても、流石に大迷宮と言われるだけはあるな。地図に載ってないトラップがまだあるとは」
「まぁ、稼ぎが増えたから良いじゃないか」
ダンジョン内の情報は冒険者ギルドに売ることができる。マップやトラップの位置、出現する魔物等の情報は集積されてギルド公認地図としてギルドストアで売り出されている。
それも1年に1度のダンジョンリセットで使い物にならなくなるのだが、情報自体はそこそこの値段で情報を買い取って貰えるため、リセットされると真っ先に潜って地図を作る事を生業としている専業マッパーが居るくらいだ。
また、1年しか使えないとはいえ、初心者は地図を読む事でダンジョン探索の事前知識を得る事が出来、熟練者は最短で下層まで降りるルートを探す手間を省く事ができる。まぁ、熟練者はあっという間にお手製マップを作ってしまうそうだが。
クルスの言葉に相槌をつきながら暫く進むと広めの部屋に出た。部屋の反対側に通路が見える。
「魔物だっ!」
部屋に入った所で後方警戒を行っていたウルガスから声が上がる。振り向くと後方からゴブリンとコボルトがそれぞれ数体襲い掛かってきていた。
「前からも来ているぞっ!」
部屋の先の通路からはオークが数体向って来ている。挟み撃ちとはついていない!
「前は俺が抑える!ウルガスは後ろを頼むっ!コニーは援護!キース!このフロアを見てくれ!」
各々了解の声を上げると魔物との戦闘に入っていく。そんな中俺は戦闘に参加せずフロアを鋭く見渡す。トラップを探すためだ。戦闘する地形にトラップがあるかないかは死活問題だ。たった1つトラップのあるなしで戦闘に使えるスペースは限られてしまうし、また追い込まれない様に気をつけないといけないため目の前の魔物との戦闘に集中し辛くなる。
「皆!クルスから左後ろ2メートル!ウルガスから右後ろ3メートル辺りにトラップが1つある!けど図形付きだから気にせず戦ってくれ!」
このフロアのトラップを見抜くと大声で皆に知らせ、クルスの援護に向う。ウルガスは先日金属鎧に更新したばかりだ、防御主体に立ち回れば囲まれてもゴブリンとコボルトの攻撃なら問題ないだろう。
短剣を構え、クリスを攻撃するオークのうち1体に斬り付けこちらに注意を引き付ける。
『火矢!』
コニーが放った火属性魔法が、俺が対峙するオークに突き刺さる。火矢に焼かれオークは苦悶の声を上げ体を捩るが、怒りの形相で突撃してきた。
俺は突撃してくるオークを大きく左後ろにバックステップして躱す。躱した所で止めを刺してやると思った時には足元の床が抜けていた。
あっと声を上げる間も無く落下していく。不思議と落下するスピードが遅く感じながら、不意にコニーが言っていた、図形がついたままのトラップの話をスカウト仲間からも聞いた事を思い出した。
図形を利用する事で冒険者を油断させてトラップに引っ掛ける罠。何故今まで忘れていたのか間抜けな自分を恨む。『ダンジョンのトラップに絶対は無い』とスカウト技術を教えてくれた老スカウトの言葉を思い出した瞬間、目の前が真っ暗になり俺という意識は途切れた。
◆◇◆◇
魔法無線の指示を受けて戦闘が起きた部屋に辿り着くと、そこには魔物と冒険者の死体が転がっていた。
一見冒険者らしくない線の細い優男と金属鎧を着た男の戦士の死体の周りにゴブリン・コボルト・オークの死体が転がっている。
「冒険者2人に魔物が挟み撃ちって所でしょうか。魔物の死体の数を見ると結構善戦した方ですかね」
「いや、4人だな」
「えっ」
ゴブ朗さんの指摘に声を上げる。その声に答える様にゴブ朗さんが焦げたオークの死体を指差した。
「なるほど、魔法使いは生き残った様ですね。となるとあと1人は?」
「こっちだよ」
トン兵衛さんの声に振り向くとそこには穴が開いていた。
「ほらな、間抜けな冒険者はどこにだって居るって言っただろ?」
穴を覗き込むと服装でスカウトと解る男が穴の底の針山に全身串刺しになって事切れていた。
「戦闘中に足元がお留守になったのかねぇ」
ミノ吉さんがのんびりと言いながらロープを俺に手渡してくる。うん、こういう仕事は新入りの役目ですよね……
「いたたっ!刺さる!刺さっちゃう!!」
「だからダンジョン証を付けてれば刺さんないっての。平汰は大げさだなぁ」
「見てるだけで痛いんですよ!」
空いた穴から降りてスカウトの男にロープを巻きつけると、ミノ吉さんが怪力を生かして引っ張り上げていく。
俺は水球を唱えてざっと血を洗い流して熱風で針山を乾かす。針が折れたり曲がったりしてないか、錆びていないか、排水溝から血水が全て流れたかを確認して大丈夫だと判断すると浮遊で穴から脱出する。うう、まだ足裏がチクチクしてる気がする……
「あれ?今回全部回収っすか?」
穴から脱出すると、ミノ吉さんとトン兵衛さんが魔物と冒険者の死体を魔法リアカーに乗せていた。
「あぁ、魔物は全部養殖モノだから魔法炉に持っていかなきゃならん。冒険者もついでに魔法炉に放り込もう」
「アンデットにはしないんですか!?」
「アンデットにするにはちと能力が足りないだろう。それなら魔法炉の燃料にした方が良い。こっちの男の金属鎧は剥いでおくけどな」
コボ美ちゃんの元気の良い声にゴブ朗さんが答える。1~5階をメインにしている冒険者はレベルが低いのでアンデット化の魔力には耐えられない事が多い。
血溜りの清掃も済ませると俺達は死体を乗せた魔法リアカーを曳いてその場を後にする。
暫く歩きながら俺はふと気になっていた事をゴブ朗さんに聞くことにした。
「そういえばゴブ朗さん、気になってた事があるんですけど」
「何だ?」
「10フィート棒って何で10フィート棒なんでしょうね?フィートって俺の世界の単位っすよ」
そう、10フィート棒だけ魔法リンの様に、頭に魔法って付かないし不思議だったのだ。
「あぁ……ずっと昔からの伝統らしいぞ。赤箱っていうのが起源らしい」
「そうっすか……」
どうやらD○Dの影響は世界線すら越えるらしい。
それにしてもゴブ朗さんは博識だ。流石は班の主任だと思いながら、今日もダンジョン巡回は続くのであった。