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第3話 ダンジョンキーパーのお仕事:清掃編

 ダンジョンキーパーの仕事は基本的に5人1組のパーティで行われる。

 この5人組のパーティでダンジョンを巡回し、日々ダンジョンを快適な空間に保つのだ。

 ベルリック地下大迷宮ほどの大ダンジョンともなると、ダンジョンキーパーの数も物凄い数となっている。

 そんなダンジョンキーパーの一員として働くようになった俺も、とあるパーティに配属された。主に地下1~5Fの低階層を担当するパーティだ。


 朝は6時66分の電車しかなく通勤時間が2時間弱掛かるのは地味に辛いが、それも含めてダンジョンキーパーの仕事も大分慣れてきたと思う。

 そんな訳で俺は今日も業務に精を出すのだった。


◆◇◆◇


 「おーい、平汰。こっち水頼むわ」


 定期巡回中、乾いた血溜りを見つけたパーティの先輩の1人、オークのトン兵衛さんが俺に声を掛けてくる。

 

 「うぃーっす。『水球ウォーターボール』」


 俺は即座に呪文を唱えて拳大の水球を生成すると、血溜りに向けてそれを放つ。ぱしゃっと軽い音を立てて水が弾け血溜りを水浸しにする。

 俺とトン兵衛さんは魔法マジックバックから魔法マジックデッキブラシを取り出してガシャガシャと乾いた血をダンジョンの床からこそぎ落とす。

 粗方こそぎ落とした所でトテトテとやってきたパーティの紅一点、ふさふさの毛並みにピンクのリボンが良く似合うコボルトのコボ美ちゃんと、パーティ1番の巨漢ミノタウロスのミノ吉さんが魔法マジックモップを持って床を拭き取る。モップは真っ赤だ。

 拭き終えた床をパーティ主任リーダーゴブリンのゴブ朗さんがチェック。問題ないようだったので、俺は火属性と風属性の混合魔法『熱風ヒートウィンド』を唱えて床を乾かし、魔法マジック消臭剤を振り掛けて血の匂いを消す。

 流れるような一連の作業に仕事に慣れてきた実感を感じているとトン兵衛さんが明るい声を出す。


 「いやぁ、平汰が魔法を覚えてくれてから楽でいいわ」


 トン兵衛さんは明るく社交的な性格をしており、男の後輩ができた事が嬉しいのか初対面から親しげに俺に話し掛けて来てくれている。


 「そうですね、いちいち魔法マジック水タンクを出さなくて済むのは便利ですよね!」


 元気良く続けるのはコボ美ちゃんだ。新卒で入ってきた新人らしくとても元気がよろしい。


 「確か入ってきたばかりの頃は使えなかったよねぇ。いつの間に覚えたんだい?」


 フチなしの丸眼鏡をちょこんと掛けているミノ吉さんがのんびりした声で尋ねて来る。


 「えーと、初日の勤務帰りに駅前の本屋で『萌えて解る!魔法の使い方!』ってのを買ってみたんですよ。それで使えるようになりましたよ」

 「マジかよ、俺も買ってみようかな」

 「トン兵衛先輩は全然本読まないじゃないですか!」

 「そもそも僕たちみたいな種族は魔法適性無い事が多いからねぇ」


 そんな風に話をしていると、耳に付けている魔法マジック無線を聴いていたゴブ朗さんから声が掛かる。


 「ほらほら、そろそろ次の現場に行くぞ。D5あたりで戦闘があった様だ。ウチのパーティが一番現場に近い。片付けに行くぞ」


 清掃が必要そうな場所があらかじめ解る場合は魔法マジック無線で連絡が来る。そこに一番近いパーティに連絡が来て向かうというのが基本的な流れだ。

 連絡が無い間は、先程の様な残った血溜り等清掃の見落としや設備の不備が無いか定期巡回を続けてチェックする様になっている。

 ゴブ朗さんの言葉に俺たちはそれぞれ返事をすると現場に向かうのだった。


◆◇◆◇


 指定されたフロアの片付けを済ませた所でゴブ朗さんから指示が出る。


 「冒険者おきゃくさまがこちらに向かっている様だ。一時退避」


 脳内地図を見てみると確かに光点が1つこのフロアに向かってきている。清掃中でなくて良かったと思いながら、首に掛けたダンジョン証を近くの関係者用出入口にかざして壁の中に退避する。

 壁の中は魔王様しゃちょうとダンジョンの魔法炉の魔力で作られた亜空間となっており、冒険者とはち合わせする事が無いように配慮されている。目の前で死体や血溜りの清掃作業を見せられては冒険者も興ざめだろうしな。

 ダンジョンキーパーは冒険者の目に触れてはならない、それはダンジョンキーパーの基本にして極意なのであった。具体的に言うとボーナス査定に引っかかるくらいに。


 俺達は壁の中に退避するとそのまま亜空間内の関係者用通路を進む。といってもこちらからダンジョン内の様子は丸見えなので冒険者との接触を回避したあと再度別の出入口を使ってダンジョン内に戻るのだ。やはり通路を歩かないと見えない汚れや見落としがあるからな。

 そんな訳で壁一枚隔てて冒険者とすれ違う。若く少年といっていいような年齢の男の子だ。特に特筆するような装備でも無いので、低階層によくいる駆け出し冒険者だろう。只、真っ赤なスカーフが左腕に巻かれているのだけが不思議と印象に残った。



---Adventurers Eyes---


 コツ、コツとダンジョン内を歩く音が響く。俺は緊張しながらも慎重にダンジョン内を進んでいた。

 ここ、ベルリック地下大迷宮は地下50階の大ダンジョン。とはいえ地下1~5階の低階層の魔物モンスターは雑魚しか居ない。

 スライムやゴブリンくらいの雑魚魔物は俺の敵じゃない。なんたって俺は村一番の剣の使い手だからな。俺みたいな天性の才能が無い奴らはパーティなんて弱者の集まりを作るらしいが俺は違う。俺は1人でも大丈夫な選ばれた人間だ。難攻不落と言われているこのダンジョンだって1人で攻略してみせる。

 不意に壁から視線を感じた様な気がして立ち止まり辺りを見回すが勿論誰も居ない。

 

 「……クソッ、俺は何をキョロキョロして臆病になってるんだ。これじゃ村の凡人みたいじゃないか」


 思わずぶるっと震えてしまい、悪態をつきながら無意識に左腕に巻いたスカーフに触れてしまう。

 すると、これをくれた幼馴染の顔が思い浮かんだ。俺が冒険者になろうと村をこっそり抜け出そうとした時、たった1人俺の行動を見抜いて待ち伏せして村を出ることを止めようとしたアイツ。

 泣いて縋り付きながら俺を止めようとしてきたが、俺の意思が固いと解るといつもつけている赤いスカーフをお守りだと言って俺の左腕に巻いてくれた。

 泣き顔のまま見送ってくれた幼馴染の事を思い出すと、チクリと胸が痛んだ。

 胸の痛みに気を取られたその時、ぞくり……と背筋が震える。気が付くと目の前にスライムが居た。何時の間に湧き出しやがったんだこいつと思いながら剣を抜く。

 剣を構えてスライムと対峙するが、何故か息が荒く乱れ、剣がカタカタと音を立てている。震えている?村一番の剣の使い手である俺が?ありえない、こんな雑魚を恐れるなんてありえない。

 それに、どんな一流冒険者だって最初の相手はスライムだ。だから一流冒険者になる俺はスライムなんて怖くない、怖くないんだ。


 「っ……でやぁぁぁぁぁっ!」


 剣を大上段に構え、気合の声を上げて震える足を強引に動かしスライムに突っ込んでいき、思い切り剣を振り下ろす。手ごたえを感じて瞑っていた目を開けると、魔核コアを砕かれたスライムが床に水溜りを作っていた。

 それを見て俺はホッと息をつく。なんだ、やれるじゃないか。初めて遭った魔物を一撃で倒すなんてやっぱり俺は才能があるんだ、これならすぐに一流の冒険者になれるだろう。

 そうだ、アイツもこっちに呼ぼう。アイツだって時が止まったような村の生活は嫌に決まっている。俺は一流冒険者になるんだからアイツ1人くらい養うのだって簡単だ。

 そう思うとチクリとする胸の痛みが止まる。俺はこの先の明るい人生を思いながら意気揚々とダンジョンの奥へと進んでいくのだった。




◆◇◆◇


 さて、俺が担当するベルリック地下大迷宮の地下1~5階は神殿内部の様な精緻な石造りになっている。これは初心者から熟練者まで楽しめるダンジョンである事の条件の一つだ。

 歩きやすく面倒くさいトラップも初歩のものしかない1~5階は初心者の冒険者に大人気だ。そして、それに慣れて更なる刺激を求めて熟練者は大迷宮を下へ下へと降りていく。

 常に初心者に受け入れられやすい体制を作ることで新たな顧客を獲得し続けるのである。

 そんな初心者に配慮した石造りの階層は、ダンジョンキーパーにとっては少々苦労させられるものだったりする。

 石造りなだけに汚れが目立つので清掃も気合を入れて行わなければならないのだ。俺としてもやはり清掃の行き届いた快適なダンジョンを冒険者おきゃくさまに冒険して貰いたい。

 そんなダンジョン汚れの中でやっかいなものがある。それはスライム黄ばみだ。死んだスライム溜りが放置されると黄ばみとなって残るのである。これは傍から見てもかなり目立つものなので見つけたら即清掃なのだ。


 「流石はダンジョン魔法マジックリン。しつこいスライム黄ばみも綺麗に落ちますね」


 そんな汚れを清掃道具でガシガシとやっつけていきながらダンジョン巡回を続けていく。そろそろ今日の就業時間が終わりに近づいた頃、俺はソレに気付いた。


 「トン兵衛さん、あそこに居るのってさっきすれ違った冒険者じゃないですかね?」

 「ん?おお、本当だ」


 真っ赤なスカーフを左腕に巻いているので間違いない。

 先程すれ違った彼は今、スライムの群れに消化たべられている真っ最中だった。天井に向けて伸ばされた左手が徐々にスライムに飲み込まれていく。


 「良くいるんだよな、村1番だったからとか俺は大丈夫だとか思い込んで単独ソロで潜りに来る初心者」

 「あー、多いんでしょうねぇそういう若者」

 「それで、数回初心者用の魔物ザコに勝った程度で変に自信持って奥に進んで、魔物に囲まれても逃げ時が解らずに戦ってああなる訳だ」

 

 こんな光景は見慣れているのか、トン兵衛さんが溜息混じりに呟く。


 「どんな一流冒険者も最初の相手はスライムって言いますけど、慢心はいけませんよね。臆病なくらいで丁度良いのに」


 世界を救った勇者の仲間の武器商人も1人でダンジョンに入ったらあっさりスライムにやられてしまうご時世だからなぁ……

 左手が徐々に食べられて行く様を見ながらトン兵衛さんと揃って溜息を付く。真っ赤なスカーフはトン兵衛さんと喋る間にスライムに分解され無くなっていた。

 

 「あの様子なら食べ残しは無いだろうが……スライム溜りが残っていないか確認して次に行こう」

 「ういっス」


 ゴブ朗さんの指示に返事を返す。その時丁度脳内に終業のチャイムが鳴り響いた。定時の鐘だ。トン兵衛さんと一緒に恐る恐るゴブ朗さんに視線を向けると


 「これまでやって上がるぞ」


 と有難い言葉を頂いた。

 

 「ういっス……」


 まぁ、残業も仕事のうちである。今までの就労経験から慣れてはいるけど、返事のテンションがちょっと下がってしまったのは仕方ないだろう。

 ちょっとだけ若い冒険者を恨みながら、スライム溜りの掃除を終えてから俺達は仕事を上がるのだった。

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