第2話 面接官は魔王さま
ゴトゴトと馬車に揺られながら、買ったサンドイッチを食べる。兎肉は柔らかく、照り焼きのタレがまた絶品だった。こんな美味い照り焼きサンドイッチを食べたのは初めてだ。
あっという間にサンドイッチを平らげると一緒に購入していたお茶を飲む。うん、お茶も美味い。
駅前から45分はスレイプニルが馬車を曳いているとはいえ結構遠い。受かったとしたら電車に揺られる時間も考えて今後は文庫本とか時間つぶしを持ってくる様にした方がいいかなぁ。
凄まじい早さで流れていく景色をぼんやり眺めながら、馬車は時間通りベルリック地下大迷宮に辿り着くのだった。
◆◇◆◇
「暫くここでお待ち下さい」
馬車を降りてからは一緒に降りた魔物の流れに乗ってダンジョン裏手の社員用通用口から中に入り、受付で面接で来たと告げると事務員のブラウニーに待合室に案内された。
待合室には誰も居ない。どうやら今日面接を受けるのは俺1人の様だ。
椅子に座って大人しく待つ。ここで携帯を弄るような真似はしない。どこで上位魔物が見ているか解らないからな。
しかし、面接を待つしかない時間の緊張感は何度受けても慣れないなぁ。
暫く待っていると時間になったのだろう、扉が開いて物凄い美人が入ってきた。
ボン・キュッ・ボンのすごいグラマーな体、ウェーブのかかった金色の髪と羊の様な巻いた角、背中から生えるコウモリの翼が特徴的な女性だ。最早服と言えるか解らない体の線がモロに出る露出の多い服を着ている。むぅ、これが女悪魔という奴か。なんて恐ろしい。
「本日はベルリック地下大迷宮の偉大なる主、魔王ベルリック様が直々に面接を行います。決して粗相の無い様に」
女悪魔さんは怜悧な瞳で俺を値踏みしながら淡々と言葉を紡ぐ。
「え、魔王って……ここの代表という事でしょうか?」
「魔王ベルリック様です。魔王などと失礼な呼び方をしない様に。魔王ベルリック様、もしくは偉大なる我が主ベルリック様、またはベルリック様と呼びなさい。二度目はありませんよ?」
驚いて呟いた言葉をぴしゃりと窘められてしまう。
え、でも主って事は魔王って事でしょう?こんなでかいダンジョンなのに、俺みたいな失業したフリーターの面接を魔王自らするの!?
やべぇ、よもや魔王自ら面接するとは思わなかった。
動揺する俺の様子を満足そうに女悪魔は頷くと、時間なのでついてきなさいと待合室を出て行く。俺は動揺したまま慌ててその後を追うのだった。
◆◇◆◇
目の前にそびえるのは3メートルはあろう巨大な扉。それも精緻な彫刻を施された禍々しくそして荘厳な扉だ。見ているだけで悪魔に魂を吸い取られそうな扉を女悪魔はノックすると自動で扉が開かれていく。
女悪魔に続いて扉を通ろうとすると、途端に寒気に襲われる。面接に慣れていない人間なら本能的な恐怖に心の臓まで凍ってしまいそうな圧倒的な寒気。そんな寒気を(冷房効かせすぎなんじゃないか?この面接部屋)と思いながら扉を通り面接部屋に入る。
中は左右に柱が続いていた。足首まで沈む真っ赤な絨毯の敷かれた柱の間を女悪魔の後に続いて歩いていくと、やがて絨毯の終点が見えてくる。
終点前にはパイプ椅子が置かれており、その先の絨毯の終点には階段があり左右に2人ずつ並んで俺を眺めている。巨大な炎が鎧を纏った人型、超能力を使いそうな緑色の髪形をした悪魔、床まで届く水色の長髪の和服美人、巨大な斧を背負った人型のカブトムシっぽい昆虫人。恐らくは四天王だ。魔王どころか四天王まで居るとか聞いて無いぞ女悪魔め。
そして視線を少し上げた階段の上、そこには玉座が据え置かれ巨大な魔人が鎮座していた。
こめかみから2本の長い捻れた角が伸び、男性の人型の顔に似た顔は紋様が刻まれ、巨大な体躯は漆黒のローブに包まれている。玉座に右肘をついて頬杖をしながら真っ赤な瞳で俺を眺めている。
魔王ベルリック。ベルリック地下大迷宮の主。なるほど、この冷たくも禍々しい重圧は魔王に相応しい。
俺は黙ってパイプ椅子の左に直立する。女悪魔は階段を上り魔王の隣に立つと、俺が持参した履歴書を魔王に渡して何事か耳打ちした。社長秘書だったのかあの女悪魔。その割には四天王が参加する事を伝え忘れているぞこの悪魔め。
魔王は渡された履歴書を暫し眺めると口を開く。
「座れ」
それは低く有無を言わせぬものだった。面接に慣れていない並みの人間なら跪いていただろう。しかし俺とて伊達や酔狂で長く失業者をやっていた訳では無いのだ。受けた面接の数ならそうそう負けはしない。
「失礼します」
俺は用意されたパイプ椅子に浅く背筋を伸ばして座る。何故か四天王からホウ……と感嘆の声が漏れた。まさか俺の座る姿勢の良さに感心したのではあるまいが、印象が良いなら何でもいい。
魔王の声が続く。
「只野平汰、26歳。職歴は……転々としているな。どれも倒産による失業の様だが……本当かね?」
「はい、本当です」
「ふむ……エレンシア?」
「はろわなる場所に問い合わせをしましたが事実です」
魔王が女悪魔に尋ねる。まぁ、就職した所がどれも倒産してれば疑いもする。これも全て不景気のせいだ。
魔王は女悪魔の回答を聞くと暫く無言になりじっとこちらを見つめてくる。階段に立つ四天王も同様だ。
むむ……何という物凄い重圧感。圧迫面接か?何度か体験した事があるが、重圧感が物理的な力を持って襲い掛かってくるような錯覚を起こすレベルの圧迫面接は初めてだ。
しかし圧迫面接程度で挫ける様な俺では無い。最初は悪戯の確認で来たつもりでも、本当に雇って貰える様なら話は別だ。それも大企業と呼ばれる所となれば雇用機会を逃すわけにはいかない。
圧迫面接の重圧に暫くの間、顔色も変えずに耐えていると再び魔王が口を開いた。
「1つ尋ねるが……世界移動が可能な程の魂を持っているのに我が地下大迷宮で働きたいという理由は何故かね?これだけの魂があるならば転移特典を持って勇者となる事もできよう」
むむ、志望理由欄は『御社の経営方針に~』とか割りと当たり障りのない事を書いて埋めたからな。そこを改めて突いて来るとは流石魔王。伊達に大企業の魔王はやってないな。
「様々な職種の経験がダンジョンキーパーの役に立つと思ったからです。それに、勇者よりダンジョンキーパーとなって地に足が着いた生活を送る事が私の望みにも合致したためです」
勇者なんて鉄砲玉な職業は真っ平御免だという思いを込め、圧迫面接の重圧にも負けずにきっぱりと返答すると途端に魔王が大笑いを始めた。やべぇ、返答ミスったか?
「フワッハッハッハッハ!勇者よりダンジョンキーパーが良いと申すか!」
暫く魔王の笑い声が面接会場に響き渡る。俺はやっちまったー!と内心冷や汗だらだらである。そして不意にぴたり、と魔王の笑い声が止まる。
「よろしい。貴様を我が地下大迷宮のダンジョンキーパーとして雇おう」
一瞬耳を疑った。思わず「え、マジですか?」と素になって聞きそうになるのをギリギリで堪え、俺はありがとうございます!と今日一番良い声で返事をするのだった。
◆◇◆◇
「おや、今朝の」
「こんばんは、おばちゃん」
夕方、就業に関わる各種手続きを済ませた帰りに、俺は今朝色々とお世話になった兎族のサンドイッチ屋に寄った。
「面接はどうだったんだい?」
「うん、おかげでおばちゃんのサンドイッチを合格祝いに食べられたよ」
「そりゃよかった!おめでとう!」
ぽふぽふと兎手で背中を叩かれておばちゃんに祝福される。俺の就職を我が事の様に喜んでくれるおばちゃんは良い人だ。商店街の皆もきっと良い人達ばかりだろう。
こうして俺、只野平汰はベルリック地下大迷宮のダンジョンキーパーとして働く事となったのだった。