第14話 ダンジョンキーパーと粉塵爆発その2・後
「やったよ平汰君!」
そんな話をした次の日、いつも通り出勤して控え室に入ると、そんな台詞と共に満面の笑みを浮かべたミノ吉さんが居た。
「おはようございます、ミノ吉さん。稟議書が通ったんですか?」
「そうなんだよ!いやぁ、これであのゴーレムを大っぴらに弄れるというものだよ!」
……稟議書通らなかったら、こっそり弄るつもりだったんだろうか。
そんな風に内心突っ込みを入れていると、ゴブ朗さんがぱんぱんと手を叩く。
それは朝礼の合図だ。俺達はゴブ朗さんの前に横一列に並ぶ。
「と、いう訳で昨日ミノ吉が話していたゴーレムの現地改修案が通った。条件は、魔力を掛けずに現状の強さのまま、粉塵爆発に耐えられる様にゴーレムを改修する事だ」
ゴブ朗さんが書類を片手にそう告げる。
「魔力を掛けずに改修って事は、あんまり魔力の余裕がないって事なんでしょうか?」
片手を挙げてそう質問すると、ゴブ朗さんは肩を竦めて答えてくれた。
「さぁな。でもまぁ、前回の粉塵爆発騒ぎで破壊されたゴーレムの数も持って行かれた宝箱の数も結構な数だったからな、これ以上余計な出費をしたくないのは確かだろう」
まぁ、年間予算決まってても、いくらかは予備の予算を確保してあるものだろうけど、なるべくなら予備の予算は使わずに済ませたい所だろう。
繰越金って大切だよね、そういや、前の前の前の前の前の会社は予備の予算なんて無くて、絶対に予算オーバーを許さない所だったなぁ……。
ちまちました小物類や足らない部分は何度自腹を切った事か……
そんな風に昔の事を思い出して遠い目をしていたら、横からトン兵衛さんに脇を突つかれた。
「こら平汰、戻ってこい」
「あ、すみません……」
「いや、あんまり昔の事を気に病むんじゃないぞ……」
ゴブ朗さんにボーっとしていた事を怒られると思ったら、何故か優しい言葉を掛けられてしまった。
(うう……何て恵まれた職場なんだ……)
と、目から溢れた汗を拭きつつ内心感激していると改めてゴブ朗さんが通達してくれる。
「と、いう訳で。魔導技師2級以上の資格を持つ班員の居る班はゴーレム改修業務に就く事になった」
「そう!念願のゴーレム弄りが出来るんだよ!」
今にも小躍りしそうなハイテンションでミノ吉さんが告げる。
どうやらミノ吉さんは魔導技師2級以上の資格を持っているらしい。
「但し、これはあくまで上の対処方針が決まるまでの暫定処置だ。ゴーレムを改修して粉塵爆発による被害を抑えつつ、上が対処を決定するまでの時間を稼ぐ。まぁ現地改修が優秀だった場合、そのままそのゴーレムを正式配備する可能性はあるけどな」
「でもまぁ、ゴーレムの強さは現状のまま粉塵爆発に耐える様に改修するなど難しいでしょうね」
「まぁ、それはそうでしょうねぇ」
トン兵衛さんの言葉に俺は頷く。
基本的にゴーレムの強さは魔核の含有魔力量と材料で決まる。
現状の強さのままという事は、ゴーレムの魔核と材料を変えられないという事だ。
中ボスであるクレイゴーレムの材料は土というか泥。それを魔核の魔力で硬く固めているのだが、現状の強度以上にしないのは粉塵爆発を抜きにした戦闘になった場合、改修前と難易度を変えない様にする為だろう。
強さを変えない様にするのは、配置される魔物の難易度が階層ごと厳密に決められているためだ。
「まぁ、対応を決めかねている上の方は、試しにやらせて見て効果が出ればラッキーくらいにしか思ってないんじゃないかなぁ」
「なるほど!ミノ吉さんがごり押ししたからじゃないんですね!」
「コボ美ちゃん……」
時々無自覚に毒を吐くコボ美ちゃんの言葉に、浮かれていたミノ吉さんのテンションが少し下がる。
「でも、魔導技師2級以上の班は改修業務に就くと言っても、俺は魔導技術の知識なんて無いですよ?」
「それは大丈夫だよ。ゴーレムの改修となると色々力仕事も必要になるからねぇ。そういったサポートをお願いしたいんだよ」
成程。とりあえずミノ吉さんの指示に従って作業をすればいいって事だな。
「ちなみに期限は今日1日のみだ。明日、開発試験場で各班が改修したゴーレムの比較評価が行われ、採用となったものが実際に中ボス部屋に配置される事になる」
「1日って、ゴーレムの改修ってそんなに早くできるんですか!?」
尻尾を膨らませてぴーんと立てたコボ美ちゃんが驚いた声を出す。その気持ちは俺も同感である。
「改修っていっても、現地改修なんだからそんなに本格的な事はしないからな。むしろ、1日でできる簡単な改修でないと魔力が掛かりすぎるんだ」
と、トン兵衛さんがさらりと言う。
「成程、開発期間イコール魔力の増加という事ですか。それにしたって今日通知があって今日中に改修を完了させろなんて無茶じゃないですか?」
「それは大丈夫だよ、平汰君。こんな事もあろうかと既に準備は万端さ!」
ミノ吉さんが得意気に胸を張る。他の魔導技師はわからないが、少なくともミノ吉さんは問題なさそうだ。
「という訳で、今日はゴーレム改修だ。格納庫で作業となるから皆安全には気をつける様に」
「わかりました!」
中ボス部屋清掃から離れられるのが嬉しいのだろうか、元気よく手を挙げて答えるコボ美ちゃん。
まぁ、確かに気分転換になりそうだ。
「という事でミノ吉とトン兵衛は先に行って準備をしてくれ。平汰とコボ美は格納庫に行くのは初めてだから、ちょっと注意点を説明しておく」
「解ったよ、ゴブ朗」
「早く来てくださいね」
ミノ吉さんとトン兵衛さんが控え室を出ていくと、ゴブ朗さんは「さて」と前置きして話し始めた。
「さっきの説明で上の対応が決まるまでの暫定処置と言ったが、あれは嘘だ」
「え?」
ゴブ朗さんの言葉に俺とコボ美ちゃんの頭にハテナマークが浮かぶ。
「実は、上の対応はもう決定しているんだ。通知もゴーレム改修の件と一緒に届いている」
「それなら何でゴーレムの改修をするんですか?」
俺の質問にゴブ朗さんはうむ、と頷いて口を開く。
「今回のゴーレム改修はいわばガス抜きだ」
「ガス抜き?」
「平汰、ミノ吉のゴーレム語りの勢い、凄かっただろう?」
「え、あぁ。はい。なんだか別人みたいでした」
両肩をばしばし叩かれながら鼻息を吹きかけられた事はなかなか忘れられない体験だった。
「うん、普段は魔導技術関連の解説をしてもあそこまで興奮しないんだよ。今までだってそうだったろう?」
「え、え?」
そういえば、今までの業務を一緒にやってきた中で、魔道具等の魔導技術関連の話題が出た事はあったけどあんなに興奮した様子で語る事は無かった。
「実は、前回の騒ぎの時も開発部を筆頭に魔導技術者達からゴーレムを改修すべきという意見が出ていたんだ。その時はあまりに魔力が掛かりすぎるという事で却下されているんだよ」
「はぁ……」
「解決した後もゴーレムの改修意見は出続けていてな、許可も取らずにこっそり改修を試みた者も居たらしい」
それって、ミノ吉さんじゃないよね……。
内心冷や汗を掻きつつ、俺はゴブ朗さんに疑問をぶつけた。
「でも、何でそんなにゴーレムの改修をしたがるんでしょう?粉塵爆発は対応して無効化できたんですから、改修する必要は無くなった筈ですよね?」
「うむ、何でも爆発一つで次々破壊されていくゴーレムの様子に自分達の技術力を馬鹿にされていると感じたらしい」
「何故にそんな事……」
ゴブ朗さんはため息をひとつ付くと、同感だとこぼした。
「平汰とコボ美はあのゴーレムの設計に開発部だけじゃなくて、各班の魔導技術者全員が関わっている事を知っているか?」
ゴブ朗さんの言葉に俺とコボ美ちゃんは首を横に振る。
「まぁ、以前迷宮に配備するゴーレムを更新する事になってな。その時は魔導技師2級以上の魔導技術者は全員その設計開発に関わったんだ」
「そうだったんですか……それで技術力を馬鹿にされていると?」
「まぁ、そういう訳だ。前回の騒ぎも収まってゴーレムを改修する理由がないと却下していたらしいんだが、そこで今回の騒ぎだ。今度こそ改修させろと凄かったらしくてな、形だけでも改修をさせてガス抜きさせる事にしたんだと」
「はー……」
何というか、俺とコボ美ちゃんは気の抜けた返事をするしか出来なかった。
「でも魔力の掛からない、優秀な改修を行ったゴーレムは正式採用されるんですよね?それなら、上が決めた対策が無駄になる事になるんじゃ?」
「あぁ、それなら大丈夫だ。おそらく採用されるゴーレムは無いだろう」
「ゴブ朗さん!それって、最初から採用する気がないって事なんですか!?」
コボ美ちゃんがちょっとお怒り気味でゴブ朗さんに尋ねると、ゴブ朗さんは苦笑した。
「なに、平汰もコボ美もすぐに解るさ。ミノ吉のやる気を見ただろう?やる気のありすぎる魔導技術者が魔力の事なんて考える訳がないって事だ」
というゴブ朗さんの表情は、子供のヤンチャを見て仕方ないなぁと苦笑する親のものと似ている気がした。
「……もしかして、こういう事が以前もあったんですか?」
「まぁ、な。さ、そろそろ行くぞ。格納庫に行く際の注意点だが頭上注意、足下注意、それと安全具は格納庫に備え付けのものがあるから忘れずに着用する事。以上だ」
◆◇◆◇
「うわぁ……」
「すごいですねぇ……」
ゴブ朗さんに連れられてやってきた格納庫に入った途端、俺とコボ美ちゃんは思わず感嘆の声を上げてしまった。
1層中ボス用のクレイゴーレムは約5メートルの大きさを持つため、それを格納するゴーレム用の格納庫もそれに応じて大きくて広く、壁際に沿って並んだハンガーにゴーレムが一体一体直立して係留されている光景は圧巻だった。
まるでロボットアニメの様な光景に、俺は口を開けたままぽかんとしてしまう。
「待ちくたびれたよゴブ朗」
「そんなに時間掛かってないだろう?」
格納庫の光景に圧倒されている所に、眼鏡を常時光らせたまま、何故か白衣を羽織ったミノ吉さんがやってくる。
「そうかなぁ?僕にとってはもう1時間以上過ぎた気がするよ」
「いくらゴーレムを弄れるのが楽しみだったからって大げさすぎだ。全く、遠足にはしゃぐ子供じゃあるまいし」
ゴブ朗さんの言葉に、ミノ吉さんは「うーん、そういうものかねぇ」と呟くと俺達に目を向ける。
「うん、安全具はちゃんと装着しているねぇ。それじゃあいこうか。僕たちの担当するゴーレムはあっちだよ」
と言うと、白衣を翻して歩き出す。
こちらを見る事無くずんずんと歩いていくミノ吉さんを俺達は慌てて追い駆けるのだった。
◆◇◆◇
「……」
「うわぁ……」
ミノ吉さんを追い駆けてゴーレムのハンガーに辿り着いた俺とコボ美ちゃんは声を無くしてしまっていた。
「どうだい!僕の改造したこのゴーレムは!」
ゴーレムの足下で白衣を翻し、ミノ吉さんが胸を張って声を張り上げる。
「……なんでもう改造が終わってるんですか?」
その、ミノ吉さんの感想を言って欲しそうな様子に、俺はそう尋ね返さずにはいられなかった。
そう、俺達の班が担当する筈のゴーレムはもう改造が終わっているのだった。
通常のクレイゴーレムは人型をしているものの、造形を全く施されていない。
頭部はのっぺらぼうの様に何もないし、胴体両手足もつるりとしたままなのである。
しかし、目の前にある俺達の班が担当するゴーレムは西洋甲冑の様なデザインに変わっていた。
兜を被りマスクの隙間からはツインアイが覗き、兜の額の部分には飾りだろうか、V字の角が付いている。
胴体部もカクカクとしているが、胸や腰と一目で解るよう整えられ、肩には真四角のアーマー、足は人間の足を模した造形が施されている。
西洋甲冑と言うより、アニメに出てくるロボットの様なデザインのゴーレムだ。
「ふっふっふ、準備万端だと言っただろう!?こんな事もあろうかと既に改造を施していたんだよ!」
「こんな事もあろうかとって……」
「だったら何でさっきゴーレムを弄れるのが楽しみだなんて言ったんですか!?」
「何、皆をびっくりさせたくてね!知らんぷりしたのさ!」
ミノ吉さんの答えに、げんなりと肩を落とす俺とコボ美ちゃん。すると、腰の辺りをポンと軽く叩かれる。
視線を落とすと、ゴブ朗さんだった。
「改造が終わっているのはまぁ良いとして、只形を変えただけか?それだけで粉塵爆発を防げるのか?」
「良くぞ聞いてくれたゴブ朗!見てくれよこの勇姿!」
と、ミノ吉さんが右腕を高々と挙げて指を『パチンッ』と鳴らした途端、ゴーレムに変化が起こる。
改造ゴーレムは通常のクレイゴーレムと同じ土色をしていたのだが、ミノ吉さんが指を鳴らすと同時にその色に変化が起きたのだ。
「色が……変わった!?」
そう、白を基調とした赤・青・黄色のトリコロールカラーに変化したのである。ゴーレムの造形と併せて益々アニメロボットっぽくなる。
「それで?」
「格好良いだろうっ!?」
ギャギィッ!!と効果音が付きそうなポーズでゴブ朗さんの突っ込みに答えるミノ吉さん。
ちょっと、いや、大分テンションが上がりすぎている。
「それで?色が変わったからどうなんだと聞いているんだが?」
ゴブ朗さんが両手で何かを掴んで捻る動作をすると、ミノ吉さんも少し冷静になれたのか、機能を解説し始めた。
「い、色が変わるのは対粉塵爆発用の機能が発動したと一目で解るようにしているからなんだ」
「ふむ、という事は今の状態だと粉塵爆発は効かないと?」
「ああ、僕が改造したこのゴーレムは魔核の魔力を使って、装甲を物理防御機能に優れたものに変化させる事ができるんだよ!名付けて魔法相転移装甲!」
そして早口で始まるミノ吉さんの魔法相転移装甲の解説。
基礎理論から始まりノリノリで語るその姿はまさにミノ吉さんオンステージ。
観客である俺達はげんなりしながらそれを聞いていたのだが、それは10分と続かなかった。
「ふぁーっはっはっはっ!相変わらずだなミノ吉!」
何故ならそんな台詞と共に乱入者が現れたからだ。
「なっ……お、お前達はっ!」
「久しぶりだなミノ吉っ!」
ミノ吉さんの驚きの声と共に、何故か逆光を背負って5人の白衣を着た人物が現れた。
「オガあき!トロあき!グレあき!リザあき!サハあき!」
逆光を背負って現れたのは白衣を着たオーガ、トロール、グレムリン、リザードマン、サハギンだった。
「どうしてここに?」
「どうしても何も、今回のコンペで開発部所属の俺達が関わってない訳がないだろう!?」
オガあきと呼ばれたオーガがそう答えると、ミノ吉さんは笑顔を見せた。
「そうれもそうだねぇ、こうして顔を合わせるのは久しぶりだねぇ。皆も相変わらずみたいで何よりだねぇ」
そして、近寄ってきた5人とミノ吉さんが親しげに会話を始める。
「ゴブ朗さん、あの5人はミノ吉さんの知り合いですか?開発部って言ってましたけど」
「ああ、開発部は排水口の金具からゴーレムの製造までダンジョン内の備品関係の設計製造に関わる物造り集団だ」
「へぇ……ミノ吉さんと知り合いなのは魔導技師の資格を持ってる関係でしょうか」
「そうだな。元々ミノ吉はここに来る際、開発部に配属される筈だったんだが、本人の希望でダンジョンキーパーをやってるんだ」
「そうだったんですか……ミノ吉さんのあの様子を見ると開発部の方が天職な気がしますけど……なんでダンジョンキーパーを希望したんですかね?」
楽しそうに話をしているミノ吉さんから、隣に立つゴブ朗さんに視線を移して尋ねるが、ゴブ朗さんは「さあな」と一言言うだけだった。
◆◇◆◇
「さぁ見てくれ!俺達が開発したゴーレムの勇姿をっ!」
そして気が付けば俺達は開発部の5人が造ったというゴーレムの前に来ていた。
ミノ吉さん達が意気投合して語り合ううちに「俺達のゴーレムも是非見ていってくれ」という事になったからだ。
「……」
「うわぁ……」
そして、それを見た俺とコボ美ちゃんは声を無くしてしまっていた。
「ぎょっぎょっぎょっ、あまりの凄さに声も出ないと見える。さもありなん」
俺とコボ美ちゃんの様子に、5人のうち1人、サハギンのサハあきさんが満足気な様子で頷く。
いや、凄くて驚いているんじゃなくて半分呆れたというかそういう感じなんだけど。
「……何で下半身がタンクなんですか?」
とりあえず、開発部が造ったゴーレムについてまず思った事を尋ねてみる。
「格好良いだろうっ!?」
ギャギィッ!!と効果音が付きそうなポーズを、何故かミノ吉さんも開発部の5人に加わり、6人揃ってポーズを取りつつ声を揃えて俺の問いに答えてくれた。
そう、開発部の開発したというゴーレムは上半身は通常のクレイゴーレムと変わらないものだが、下半身がキャタピラが付いた車両になっていたのだ。
どう見ても、戦車の上に人型の上半身をくっつけた様にしか見えない。
「そういや、開発部ってゴーレム造らせると何故か下半身をあの形にするらしいって噂を聞いた事があるけど本当だったんだな」
隣に立つトン兵衛さんがそんな事を言う。
何故下半身が戦車なんだろう……てか、タンクって単語で通じるって事はこっちの世界にも戦車があるんだろうか……いや、ファンタジー世界の筈なのに戦車が存在する筈は……
と、目の前に現れた非ファンタジーっぷりに軽く現実逃避している間に、気が付けば周りにどんどん魔物が集まってきた。
「そんな事より見てくれよ俺の造ったゴーレムのベストショット!」
「いやいや、俺の最強ゴーレムの方が見ごたえがある!」
集まってきた魔物達は全員白衣を着ており、誰もが自分の造ったゴーレムが一番だと主張している。
「これはいったい……」
「あ、戻ってきたんですね平汰さん!」
意識が現実に戻ってくると、コボ美ちゃんが尻尾をぱたぱたさせて俺を見上げていた。
「コボ美ちゃん、この人だかりどうしたの?」
「ええと、ミノ吉さんと開発部の人達が造ったゴーレムを自慢しあっていたらいつの間にか集まってきました!」
成程、全員白衣を着ている所を見ると、魔導技師資格を持った魔物達なんだろう。
早口で語り続けている様子等共通点がある。
言っている事はちんぷんかんぷんだが、語り合っている姿は皆楽しそうだ。
「……何というか、楽しそうですねぇ」
「あそこまで熱くなって語れるくらい好きなものがあるっていいですね!」
コボ美ちゃんの言葉に俺は確かになぁと頷く。
確かに、白衣集団に混ざって語り合っているミノ吉さんはとても楽しそうだった。
その様子がとても羨ましい。
「私も、何か資格とったらあんな風に楽しく語り合えるんでしょうか……」
珍しく語尾に「!」を付けずに呟くコボ美ちゃんに、同じ事を考えていた俺はそうだねとしか答える事ができなかった。
◆◇◆◇
そしてその翌日開かれたコンペはものの見事に全部不採用だった。
理由は単純明快。どのゴーレムも素材に高価で稀少なものを使っていたためである。
ミノ吉さんのゴーレムを例に挙げれば、使用している魔核が通常のクレイゴーレムで使われているものでなく等級の高い、それこそ最下層に出現するゴーレムに使われている高価な物が使われていた。
何でも、通常のクレイゴーレムと同型の魔核を使うと、魔法相転移装甲を発動して粉塵爆発を防いだ途端、魔核に内蔵する魔力を使い果たしてゴーレムが崩壊してしまうらしい。
それでは粉塵爆発で破壊されるのと変わらない。そのため、ミノ吉さんは魔核を高価な物に変更したらしい。(ちなみに調達ルートは教えてくれなかった)
他にも、ゴーレム本体の材質にミスリルやアダマンタイト等を使ったものもあった様で、誰も彼も本部の指示にあった条件である魔力を掛けずに現状の強さのまま、粉塵爆発に耐えられる様にゴーレムを改修する事を守っていなかった。
「な、言った通りだろう?」
「そうですね……」
コンペが終わり、控え室に戻ってお茶をぐんにょり飲んでいる俺の肩を叩いてゴブ朗さんはそう言った。
「なんというか……本当に自腹で材料調達したり、どこからか入手してきたりするんですね……」
「一番びっくりしたのは廃棄場から稀少な素材を再生してきた人達でしたね!」
あぁ、あれは驚いた。廃棄された素材から稀少素材のみを抽出して再生させるとは驚いた。
まぁ、凄い事は凄かったけど、抽出して再生させる為の費用が普通に調達するのと変わらなかったものだから失格になってたけど。
「それにしてもミノ吉さん機嫌がいいですねぇ……」
「ああ、コンペ落とされたのに全く気にしてないみたいだ」
サラダ煎餅をぱりっと齧りながら、ちゃぶ台の向こうに座るミノ吉さんを見ると、上機嫌でわさび煎餅を食べている。
俺とトン兵衛さんの呟きが聞こえたのか、お茶を一啜りしてミノ吉さんは口を開く。
「いやなに、コンペに落ちたのは確かに残念だったけど久々に好きなようにゴーレムを弄れたからねぇ。それに、他のものが採用された訳じゃないしねぇ」
「もし、他の魔物が造ったのが採用されてたら?」
俺がそう質問するとミノ吉さんはぴたり、と動きを止め負のオーラを放ち始める。
「そりゃあ……悔しくて悔しくて……煎餅も喉を通らなくなるだろうねぇ」
と、言うミノ吉さんの様子は只事でなかった。
「そ、そうですか……。それにしても、ミノ吉さんは本当にゴーレム弄りが好きなんですね」
「あぁ、うん。魔導技術の中では一番楽しくて、好きなんだよねぇ」
そう言ったミノ吉さんは本当に楽しそうに笑うのだった。
◆◇◆◇
「で、結局魔石を埋め込む事になったのはいいですけど、今度はどんな魔法が込められているんですか?」
コンペが終わった翌日、俺は浮遊の魔法を使い、天井に魔石を埋め込む作業をしていた。
魔石を天井に埋め込むのは、前回もやっているので手慣れたものだ。手順通り手際よく作業を続けながら、下で作業を監督するゴブ朗さんに尋ねる。
「今回の魔石には『換気』の魔法が込められているみたいだな」
「『換気』って風属性魔法ですよね、水鬼様は風属性も扱えるのですか、凄いなぁ」
四天王のうち水を司る水鬼様は、その名の通り水属性特化と思いきや違ったらしい。
「いや、違うぞ。その魔石の制作者はエイヴ様だ」
「エイヴ様?それって確か、風属性の……」
「ああ、四天王の一人、『風』のエイヴ様だ」
俺は面接の時に同席していた四天王の姿を思い出す。
そういえば、緑色の超能力を使いそうな髪型をした悪魔の男が居た。そうか、あの方が風のエイヴ様か。
「てことは、これって水鬼様が作ったんじゃないんですね」
「ああ、水鬼様がエイヴ様に依頼をしたそうだ」
「へぇ……こんな風に協力し合うってここじゃよくある事なんですか?」
四天王はそれぞれベルリックの中で管轄する階層がある。
日本でいう、会社の中にそれぞれ部署があるようなものだ。
そして、部署ごとに協力し合うというのは簡単な様でそうではない。
まぁ、いくつもある会社の中には部署同士協力して業績を挙げるような所もあるんだろうけど、少なくとも、俺が勤めてきた会社は部署同士で協力体制を取るという所は無かった。
横取りや足の引っ張りあいが常に行われ、自分の部署が数字を挙げる事のみが全て。
そんな所ばかりを転職してきたものだから、部署同士協力し合うというのは新鮮だ。
「いや、そうでもない。水鬼様とエイヴ様はあまり仲が良くないという噂を聞く」
「あれ?そうなんですか?」
と、思ったら違ったらしい。
「ああ、噂じゃ水鬼様はあまりエイヴ様と関わり合いになりたくないらしい。四天王同士の会合でもよくやりあっているという話も聞くし、あのお二方の仲が良くないというのはここじゃ有名な話さ」
「はー、派閥争いとかそういうのなんでしょうかねぇ……」
「さぁ……四天王は魔王様からその階層を任された事を名誉な事だと思っているからな。自分の能力で対処できなければ魔王様からの評価も下がると思っているのかもしれないな」
成程、プライド故に手を借りないという事もあるのか。
うーん……異世界の迷宮も日本とあんまり変わらないんだねぇ……
異世界でも変わらない企業体質というものに世知辛い物を感じてため息がでる。
「ま、こうやって『換気』の魔石を依頼するくらいだ、水鬼様は矜持を曲げて今回の粉塵爆発騒ぎを確実に収める事を優先したんだろう」
「それもそうですね。なかなかできる事じゃないですよね」
自分のプライドを曲げてライバルに頭を下げるなんてなかなかできる事じゃない。
四天王を任されるだけあって、水鬼様はやはりご立派な方なんだろう。
「あー、でも、俺は全く別の噂を聞いた事がありますよ」
と、自分が所属する階層の長の凄さを改めて実感していると、クレイゴーレムに宝箱を飲み込ませる作業を終えたたトン兵衛さんがやってきて声をあげた。
「全く別の噂ってどんなのですかトン兵衛さん!?」
「ああ、といってもティリエに聞いた話だけど」
「どんな噂なんですか!?」
床の掃除を終わらせたコボ美ちゃんもやってきて、自然と二人はゴブ朗さんの周りに集まる事になった。
「それはだな……」
そして、トン兵衛さんは勿体ぶる様に一呼吸置く。仕事を終わらせているからか、ゴブ朗さんはトン兵衛さんの噂話を止めようとしない。
コボ美ちゃんはどんな噂だろうと楽しみな様子でトン兵衛さんを見上げている。
俺は魔石を埋め込む作業を続けながら、耳だけトン兵衛さんへ向けた。
「何でも、水鬼様とエイヴ様の仲が悪いのはエイヴ様のリア獣っぷりに嫉妬しているからって噂らしいぜ?」
そしてトン兵衛さんの語ったその噂話を聞いて、コボ美ちゃんは大笑いするのだった。
「あはははっ!と、トン兵衛さん!いくらなんでもそんな作り話だと丸解りな話、信じる魔物なんて居ませんよ!」
ツボに入ったのか、お腹を抱えて笑うコボ美ちゃん。ゴブ朗さんからも苦笑する気配が伝わってくる。
「そうは言うけどな?女でここで長く働く奴は皆知ってる噂話らしいぜ?酷く酔っぱらって『リア獣爆発しろ!』なんて叫んでいる所を見たことがある奴だっているらしいし」
「そんなのありえませんよ。私、ここに配属になる前に一度だけ水鬼様を見かけた事がありますけど凄い美人でしたし、その上仕事も出来る方なんでしょう?そんな美人で仕事が出来る魔物がリア獣じゃないなんてありえませんよ!」
大分主観の入った意見で、コボ美ちゃんは笑いながらトン兵衛さんの話を否定する。
コボ美ちゃんの言葉に、俺は面接の際に見た水鬼様の姿を思い出してみた。
(……あの時は面接を乗り越える事だけ考えてたから気づかなかったけど、改めて思い出してみると確かに美人だったなぁ)
艶のある長い髪、整った顔立ちに着物の上からでも解るスタイルの良さ、その上四天王に就いているという事は仕事もできる。
キャリアウーマンという言葉がこれほど似合う魔物も居ないんじゃないだろうか。
「まぁ、確かに。美人で仕事も出来てとなれば、私生活も充実してそうですよね」
「平汰さんもそう思いますよね!」
私もあんな風になりたいなぁと尻尾をぱたぱたさせて目を輝かせるコボ美ちゃん。
そんな無邪気な姿にほっこりしながらも、トン兵衛さんは「目撃証言も多いし、本当だと思うんだけどなぁ」と呟いていたが、トン兵衛さん自身もあまり信じてないのか、コボ美ちゃんの意見を否定する気はない様だ。
そんな話をしている間も手を動かし続け、魔石の設置を完了する。
「……よし、ゴブ朗さん魔石の埋め込み完了しました」
「ご苦労様。それじゃあテストをするぞ。皆、一旦壁際へ移動してくれ」
ゴブ朗さんの指示に従って俺達は壁際まで移動すると、ゴブ朗さんは粉塵爆発玉、トン兵衛さんは『気流操作』の魔法が込められた魔石をそれぞれ魔法バックからを取り出して、同時にクレイゴーレムへと投擲する。
ぱんっ!という音と共にクレイゴーレムの周りで風が渦巻き粉塵が舞う。
しかし、それも天井に埋め込んだ魔石から発動した『換気』の魔法が、粉塵混じりの風を絡め取りいずこかへと消える。
「成功だな」
「ええ、問題ないみたいですね」
「これでようやく激務から解放されるんですね!」
「ああ……しかも今回は『換気』で粉も一緒に処分してくれるのがありがたいな。今までは霧で溶けた粉が床にへばりついたもんなぁ」
魔石の効果に各々感想を漏らす。
それはようやくこの激務から抜ける事の出来る嬉しさがこもっていた。
「まぁ、前回と同じく暫くはやってくる冒険者達の数も多いだろうが、それもすぐにおちつくだろう。それまでは気を抜かずに仕事に掛かるぞ」
ゴブ朗さんの言葉に、俺達は元気良く返事をして待機部屋へと入る。
待機部屋のいつも休憩しているスペースに座り込むと、俺は魔法バックから煎餅缶を取り出して配りながら、ゴブ朗さんに問いかける。
「そういや、今日はミノ吉さん居ませんけどどうしたんですか?」
「ミノ吉というか、昨日のコンペに参加した魔導技術者全員は別作業に掛かってる」
「別作業ってなんですか!?」
右手を挙げるコボ美ちゃん。尻尾も一緒に立っている。
「なに、昨日のコンペで不合格になったゴーレムを解体して不要な物を取り除いて通常のクレイゴーレムに戻すだけの作業さ」
昨日のコンペに出されたゴーレム達はどれもこれも通常のクレイゴーレムから外れたものばかり。
使われた素材の中にはどんなトリックを使ったのか、最下層用ゴーレムに使われている素材が横流しされたものもあったらしい。
「改めて考えると何というか無茶苦茶ですね……」
「全くだ。高性能ゴーレムを作りたい意気込みは解るが、指示には従わないと駄目だろう……」
トン兵衛さんと同時に溜息を漏らす。
「でも……昨日一昨日のミノ吉さんの様子を見ると、喜んで作業してそうですね!」
「あぁ、そうだろうなぁ。魔導技師は誰も彼も魔導技術関連を弄る事が好きな奴らばかりだからな」
コボ美ちゃんの言葉に、珍しく海苔煎餅を齧りながらゴブ朗さんが答える。
「しかし、良くそれくらいの罰則で済みましたね。横流しとか厳罰ものじゃないんですか?」
「なに、魔導技師が暴走するのはいつもの事だからな。よくある事でいちいち罰していたら技師がいなくなってしまう」
……何というか、変な所で寛容なんだよなぁ、うちの迷宮。
宝箱の補充をレースにしてあまつさえ賞金まで出したりとかしてるし。
「まぁ、平汰の気持ちも解るが、これは魔王様の決定だからな。今回の件は『強力な魔物を生み出すきっかけになるならば良い』と不問にしたんだそうだ」
……そういや、ウチの迷宮って魔王様の超ワンマン経営だった。
普段現場からの稟議を上げてもちゃんと図ってくれるから勘違いしがちだったけど、魔王様の鶴の一声で決まっちゃう事があるんだよなぁ……
「今回のゴーレムは手段はともかく、技術的には色々と見所があったらしくてな、そこを評価されての事だそうだ」
「へぇ……」
まぁ確かに、ミノ吉さんの魔法相転移装甲も良く考えてみれば凄い技術だ。
魔核の魔力を余計に使うとはいえ、物理攻撃に強くなるという事は魔法しか効かないゴーレムを作る事のできる可能性があるという事だし。
再生技術だって、コストダウンできれば迷宮の魔力削減にも繋がるだろうし。
「まぁ、暴走しがちな連中だが実績もしっかり残しているからな。案外今回の件はガス抜きじゃなくて新技術を生み出す事を目的にしてたのかもしれないな」
そう言って、わさび煎餅を齧るゴブ朗さん。
何でも、魔導技師達が暴走すると、たまに新技術を生み出す事があるらしい。これまで、その新技術をきっかけに迷宮内の施設で画期的なものがいくつも開発されたんだそうだ。
そういった高い技術力は、ベルリック地下大迷宮が南コシマ地方で最大の迷宮である理由の一つなのだそうだ。
「なるほど……しかしまぁ何というかテンション高い人達ばかりでしたね……」
「そうでしたねぇ……」
コボ美ちゃんと揃ってサラダ煎餅を齧りながら肩を落とす。凄い人達なのは解るんだけど、何というかあのテンションの高さは正直ついていくのが大変だった。
昨日のコンペもゴーレムの性能を比べるだけなのに、勝手にゴーレム同士を戦い合わせて一番強いゴーレムを決めようとしたりして、審査係りの魔物達大変そうだったな……
改修に関わる実作業は何もしてないけど、テンションの高さに充てられて気疲れした感じ。
「まぁまぁ、魔石も埋め込んだから今回の騒ぎもじき落ち着くだろうし、あんまり気にするなよ平汰」
「そうだぞ、魔導技師のノリに無理についていこうとしても疲れるだけだ。魔導技師になりたいならあのノリに慣れないといけないだろうけどな」
トン兵衛さんとゴブ朗さんの言葉に魔導技師になった自分を想像してみる……が、うまく浮かばなかった。
(魔導技術自体は面白そうなんだけどねぇ……まぁ、今は目の前の仕事をしっかりやる事だよね)
聞けば色々な資格があるらしいが、とりあえず目の前の仕事をしっかりコツコツと。入ったばかりだし、資格取得はおいおい考えて行こうと思っていると、中ボス部屋に冒険者が侵入してきた。
「お、きましたね」
「粉塵爆発がまた使えなくなったと知ったら、今度はどんな顔しますかね!」
「まぁ、今回は『換気』のおかげでモップ掛けの手間が無くて楽そうだな」
「予期せぬ不具合が出る可能性が無い訳じゃないからな、いつも通りしっかり仕事をするとしよう」
ゴブ朗さんの言葉に俺達は返事を返し、業務に向かうのだった。
◆◇◆◇
帰りの電車に揺られながらぼんやりと窓の外を見つめる。
冒険者の数は多かったが、魔石の効果により粉塵爆発は再度無効化されたので、ゴブ朗さんの言う通り中ボス部屋にやってくる数は減っていくだろう。
「はー、ようやく今回の騒ぎも一段落かぁ」
一人で座っているボックス席で俺は軽く伸びをする。激務から解放されたと思うと、なんだかお酒が飲みたくなってきた。
「帰りにコンビニ寄って少し買っていくかな……」
明日も仕事なので、沢山買うつもりはない。自宅で独りで飲むのだから軽く2、3缶くらいだ。
「そういえば……」
何を飲もうかと自宅近所のコンビニのラインナップを思い出していると、ふとトン兵衛さんの言葉を思い出す。
(確か水鬼様が、『酷く酔っぱらって『リア獣爆発しろ!』なんて叫んでいる所を見たことがある奴が居る』だっけ)
続けて思い出すのは、歓迎会の後トン兵衛さんと行った『新緑の憩い亭』からの帰り道。
駅前でティリエさんと仲睦まじく帰っていくトン兵衛さんと別れた直後、『リア獣爆発しろ!』と叫んでたOLっぽい水色の髪の女性が居た。
「……まさかねぇ」
そんな俺の呟きを乗せて、電車は日本へと向かっていくのだった。
換気の魔法の読みは全然浮かばなかったので適当な造語です。