第13話 ダンジョンキーパーと粉塵爆発その2・前
お久しぶりです。
1層上層部の従業員を、超過労働地獄に陥れた粉塵爆発事件から暫く経った。
粉塵爆発の対策のために5階にある中ボス部屋は迷宮構造変更が行われ、それによって中ボス部屋では粉塵爆発が封じられる事になった。
中ボス部屋以外の所では対策を取っていないので、今まで通り粉塵爆発が使えるが、上層部もそこは問題ないと判断したのだろう。
実際、中ボス部屋以外のダンジョン内で粉塵爆発を使われる頻度は低いし、中ボスであるクレイゴーレムを乱獲される事に比べれば、その必要性は低いためだろう。
中ボス部屋の構造変更は、天井に水魔法『霧』と『幻影』を同時発生させる魔石を埋め込む事で行われた。
通常、迷宮の構造変更は年一回行われるものであり、その時以外の構造変更は魔力の兼ね合いもあってなかなか行われないものである。
そのため、魔石を埋め込むというのは必要最低限の魔力で粉塵爆発対策を行うためのものであった。
天井に魔石を埋め込むだけなので、規模からすれば構造変更というよりは日曜大工といった感じだが、魔力対効果は雲泥の差である。
魔石が設置され、粉塵爆発が無効化された後も暫くは粉塵爆発を試そうという冒険者が多く、霧で溶けた塵の清掃に忙しかったがそれも次第に落ち着いていき、俺達ダンジョンキーパーも4班編成となっていた中ボス部屋清掃が通常の1班編成に戻され、すっかり事件前と同じ平常業務に戻っていた。
◆◇◆◇
中ボスの待機部屋で、俺は持参した水筒からお茶を注いで一息つく。緑茶の類は駅前商店街で扱ってなかった為、中身のお茶は出勤前に自宅で煎れてきたものだ。
「は~……今日は暇ですねぇ……」
「あぁ、そうだなぁ」
俺の隣に座るトン兵衛さんものんびりお茶を啜っている。
平常業務に戻った中ボス部屋清掃は、挑戦者が居なければ待機するだけの楽な仕事なのである。
「今日は全然冒険者が来ませんね」
「ああ。まぁたまにはこんな日もあるからな」
「ですよねぇ。それにしても、この前までの忙しさが嘘のようですねぇ」
お茶を一啜り。安物の茶葉で煎れたお茶だけど美味いなぁ。
嵐の様な忙しさだった事件当時を思い出すと、尚更しみじみと思ってしまう。
「あ、トン兵衛さん。今日は煎餅持ってきましたよ。食べます?」
俺は魔法バックから煎餅の詰め合わせが入った缶を取り出した。
日本で買ってきた、煎餅専門店のものである。
「お、サンキュー」
缶の中から海苔煎餅を手に取るトン兵衛さん。
それを見ていたコボ美ちゃんも近くに寄ってくる。
「平汰さん!私はサラダで!」
「了解」
サラダ煎餅を取り出してコボ美ちゃんに手渡すと、彼女は喜々としてサラダ煎餅に齧り付く。
「ゴブ朗さん、ミノ吉さんもどうですか?」
「ああ、頂こう」
「平汰君、ありがとう」
二人とも好みが同じなのかわさび味を手に取った。
ちなみに俺はコボ美ちゃんと同じサラダ味。このシンプルな塩味がジャスティスだと思う。
最近、ウチの班で和菓子ブームが来ている。きっかけは『深緑の憩い亭』のチェリルさんとメイリィさんとの会話だった。
和菓子の食い付きが良かったので、休憩時間のお茶受けとして試しに買ってきてみたら班の皆にも受けたのだ。
それからは、皆でお金を出し合って俺が日本で買って持ってくる事が多くなり、たまに個人的に買ってきて欲しいと頼まれる事もあった。
そんな訳で絶賛和菓子ブーム到来中の我が班は、こうやって煎餅や団子を食べるのが当たり前の光景となっていた。
(は~……こんなのんびりした勤務ができる中ボス部屋清掃って最高……)
サラダ煎餅を齧りお茶を啜る。
『それ』が起きたのは、そんな風に俺が平穏な通常業務の幸せを噛み締めている時だった。
◆◇◆◇
「お、本日2組目の冒険者だな」
トン兵衛さんがそう言って、半分になった海苔煎餅を一息に口の中に放り込み、新しい海苔煎餅を缶から取り出した。
「どれどれ、今度は倒せそうですかねぇ」
俺も缶の中から海苔煎餅を取り出す。基本的にサラダがジャスティスだと思うが、海苔も大好物なのだ。
煎餅を齧りお茶を飲む。皆すっかりくつろいで観戦モードである。
そんな風に壁の向こうで俺達がのんびり観戦しているとは露とも思っていない冒険者達は、何やら入口付近で固まって相談している様だ。
「おや、撤退の相談ですかね?」
「そうかもしれませんね!」
「見たところ駆け出しとは言わないが、装備もそんなに揃ってないみたいだからなぁ」
海苔・サラダ・海苔煎餅をそれぞれ齧りながら冒険者達の様子を見る俺達。
そんな中で冒険者達のうち1人が何やら玉を取り出した。
「あっ、あれは粉塵爆発玉!」
コボ美ちゃんが驚きの声を上げる。冒険者の1人が取り出したのは、対策以降中ボス部屋ですっかり見なくなった粉塵爆発玉だ。
「対策された事を知らなかったのかねぇ?」
「うーむ、この前人族の街に情報収集に行った者達の報告書の回覧が回ってきたが、それにはすっかり周知されているとあったが……」
と、相変わらずわさび味の煎餅を食べ続けるゴブ朗さんとミノ吉さん。
「はぁ……清掃が面倒臭くなるなぁ……」
と、俺が溜息をついた所で冒険者達が動き出した。
スカウト風の男が粉塵爆発玉を持っている様だ。他のメンバーから先行して中ボスであるクレイゴーレムへと突進している。
そしてクレイゴーレムの攻撃範囲に入る前に、手に持った粉塵爆発玉を投げた。
パッと煙が広がり部屋を粉塵で満たしていく。それに反応して天井に設置された魔石から水魔法『霧』と『幻影(ミラージュ』が発動する。
魔石から同時に発生した2つの魔法、霧は部屋に広まる粉塵を濡らして可燃性を下げ、幻影は霧が発生している事を冒険者達から隠す役割を持つ。
これが対魔力効果抜群な粉塵爆発の対策なのだが、欠点が一つあった。
それは戦闘後、霧で濡れて溶けた塵が泥のように床にこびり付くのだ。
そしてそれを掃除するのは俺達ダンジョンキーパーなのである。
「あーあ……中ボス部屋結構広いからモップ掛け地味に大変なんだけどなぁ……」
対策直後は確認のためか、粉塵爆発玉を使う冒険者が多く掃除も大変だった。
落ち着くまではモップ掛けが大変だった事を思いながら、海苔煎餅を齧る。
『パリっ』
煎餅が割れる心地よい音が鳴った瞬間、ソレは起きた。
霧と幻影が発生する瞬間、部屋に広がろうとする粉塵がクレイゴーレムに纏わり付く様に渦を巻いたのだ。
なんだ?と疑問に思う間も無く轟音と爆発が起こる。
「なっ!?」
「きゃうんっ!?」
思わず呆けて海苔煎餅を落としてしまう。
信じられない様な思いで部屋を見ていると、爆発の余波が晴れた中で冒険者達がクレイゴーレムの残した宝箱を喜びの声を上げながら開けていた。
周りを見るとコボ美ちゃんはサラダ煎餅を持ったまま尻尾を丸めて耳を伏せ、体も丸くして震えている。
ゴブ朗さんとミノ吉さんは俺と違ってわさび煎餅を落としてないものの、驚きの表情のまま固まっている。
そして、俺の隣に居たトン兵衛さんは俺と同じ様に海苔煎餅を取り落としていた。
「対策が……破られた?」
トン兵衛さんが低い声で呟く。
その声は、再び俺達を超過労働地獄へと誘う予感に震えていた。
◆◇◆◇
「粉が舞った直後にゴーレムの周囲で渦が巻いているように見えたけど、あれはなんだったんだろう?」
「さぁ……何らかの魔道具……ですかね?」
冒険者が去った後、俺達はばらばらになったゴーレムの後片づけに追われていた。
ゴーレムの破片は部屋中に飛び散り、部屋の中も全体的に煤や細かい塵や粉が積もって汚れてしまっており、事件当時とまるっきり同じ状況である。
「こう、見た感じ粉塵をゴーレムの周りに集める様に渦巻いてましたから、風属性の効果を持った魔道具なのでしょうか?」
「そうだなぁ……ミノ吉さんは何か気づきませんでした?」
ミノ吉さんの知性がキラリと光る眼鏡は『解析』の魔法の掛かった魔道具なのだ。
しかし、その魔法効果は常時発動しているタイプでなく、必要な時に起動させるタイプなのでトン兵衛さんの問いかけにミノ吉さんは申し訳なさそうに答える。
「いやぁ……こんな事が起きるなんて思ってなかったから、さっきは眼鏡の効果を切ったままだったんだよね」
「そうですか……」
まぁ、こんなに早く対策取られるとか普通思わないもんね。
「恐らく、こちらの対策を破ったのは多分渦を巻く効果を持つ魔道具なのでしょうけど……」
「そうだねぇ、次からは最初から眼鏡を起動させておくとするよ。そうすれば詳しい事が解ると思うよ」
「まぁ、広がろうとする粉塵をゴーレムの周囲に留める様に見えたから、平汰の予想通り風系の魔法効果を持つ魔道具なのは間違いないと思うが……」
そんな風に目の前で起きたことをあーだこーだと話し合いながらも、俺達はてきぱきと飛び散ったゴーレムの破片を回収して魔法リアカーに乗せていく。
その作業速度の早さは粉塵爆発事件で鍛えられたものだから皮肉な事である。
「しかし、今回は対策を破られるのがえらく早かったな」
「そうなんですか!?」
大きな破片を担いで運んでいると、同じく大きな破片を運ぶトン兵衛さんが呟く。
その呟きを聞いて、魔法箒で飛び散った粉を掃いていたコボ美ちゃんが声を上げた。
「あぁ、大抵冒険者の行動に対してこちらが対策した場合、冒険者側が更にこちらの対策を破る事は少ないんだ」
「特に今回みたいに、特定の魔物や罠に特化した道具や魔法なんかを対策した場合、冒険者側がそれを破る事はほぼ無いねぇ」
「そうなんですか!じゃあ、今回は凄く珍しい事なんですね!」
お互いに対策して対策されるのはいつもの事なのだろうが、それなりに期間が空いているらしい。
まぁ、道具の開発とかそう簡単にできるものじゃないよね。
「あぁ、今回は魔力をあまり使わない小規模な対策だったとはいえ、『霧』も『幻影』も冒険者に気付かれないように水鬼様が術式も改良したものだったからな、まさかこんなに早く仕組みに気付かれるとは思わなかった」
「この眼鏡で解析してみないとはっきり言えないけど、まず間違いなくこの部屋の仕組みに気付いて対抗した道具だと思うねぇ」
ゴブ朗さんとミノ吉さんの予測に、トン兵衛さんがそういえば、と声を上げた。
「最近、人族の街で便利そうな道具が色々出回っているってティリエが言っていたな」
「へぇ、腕のいい錬金術師でも移住してきたんですかねぇ?」
「さぁ……どうだろうな。とりあえず、今はあの新しい魔道具の観察と上への報告だ。前回と同じならこれから冒険者達がどんどん使ってくるだろうからまずは現場で集められる情報を集めよう」
「了解です。とりあえずは、目の前の片づけをさっさと終わらせますか」
「そうですね!」
コボ美ちゃんの元気の良い声を合図に、俺達は作業ペースを上げるのだった。
◆◇◆◇
次の冒険者がやってきたのは約1時間後だった。
やはり、こちらの対策を破る道具を持っていたらしく、ゴーレムの周囲で渦が巻いたと思った途端、爆発が起こり、煙が晴れた後はクレイゴーレムがばらばらになって倒されていた。
その様子を確認した後、俺達は急いで中ボス部屋の清掃を完了させると、待機部屋で意見を交わしあっていた。
「あれは確かに風属性の魔道具だねぇ」
「やはりそうか。他に何か解ったか?」
ミノ吉さんが眼鏡をキラリと光らせて、一連の爆発を解析した結果を話す。
「そうだね、この眼鏡で解析した私見になるけど、そんなに強い魔法じゃないかな?多分、魔術系下位の気流操作の魔法だと思うけどちょっと術式を弄ってあるね。普通の気流操作は一定範囲内に気流を起こすだけど、今回のものは一定範囲内に気流を循環させて気流内のものを拘束する様になってるね。拘束といってもクレイゴーレムを拘束するほどの力はないけど、粉塵爆発を起こす粉を留めるには十分だ。そして、同時に霧が気流内に入ってこない様に弾く様にもなっている。粉塵爆発玉が使われて、霧の魔法が発動するのは少し間があるから、粉塵爆発玉とほぼ同時に魔石を投げれば霧で粉が濡れないから、後は火種を投げ込めばいい。後は…………」
いつもちょっと間延びしたミノ吉さんの話し方が無くなり、妙に早口で解析結果を語り続ける。
鼻先に載った眼鏡は光ったままで何故かミノ吉さんの目が見えない。
漫画とかだったら『キラーン』とか効果音が付きそうだ。
うん、何というかあれだ。ミノ吉さんは自分の好きな事になると饒舌になるタイプらしい。
なんというか、漫画とかで「あいつ、○○の話になると早口になるの気持ち悪いよな……」「よしなよ」とか言われそうな勢いだ。
しかしミノ吉さんの語りが長い。段々と何を言っているのか解らなくなってきた。
俺がそんな風に思ったのを察したのか、ゴブ朗さんがミノ吉さんの背後に回り、背中から登り始め、肩車の様に跨ると、ミノ吉さんの頭の両角を掴んで思い切り引っ張った。
『ゴキッ!!』
「長い」
「ブモッ!?」
……今、ゴキってイイ音がして変な角度でミノ吉さんの首が曲がった気がするんだけど大丈夫なのだろうか。
冷や汗を掻く俺とは対照的に二人は何でもない事のように会話を再開する。
「全く、魔道具に関して素人の平汰やコボ美が居るんだからもうちょっと解りやすく説明してくれ」
「あぁ……ごめんね、平汰君、コボ美ちゃん。僕ってどうもこの手の説明をするとついつい熱くなっちゃうみたいでねぇ……」
結構危ない角度に首が曲がっている様な気がするのだけど、ミノ吉さんは首が曲がったままな事を全く気にしていない様子で、俺とコボ美ちゃんに謝ってきた。喋りも間延びした喋りに戻っている。
「いえ!ミノ吉さんって凄い物知りなんだってびっくりしてましたので!」
「まぁ、何となく言いたい事は伝わりましたので大丈夫ですよ」
「そっかぁ、よかったぁ……」
ほっと胸をなで下ろすミノ吉さんに、俺は気になった事を尋ねてみた。
「ミノ吉さん、今回は魔道具なんですよね?」
「ん?あぁ、そうだね。気流操作の魔法を封じた魔石を使っているみたいだねぇ」
「平汰、魔道具かどうかがどうしたんだ?」
「いえ、前回は魔道具でもない普通の道具で粉塵爆発を引き起こせるという事が、あんなに沢山の冒険者が押し寄せる原因になったのかなぁって」
「んん?普通の道具だと何で沢山来る事になるんですか!?」
俺の言葉にコボ美ちゃんが首を傾げる。
が、ミノ吉さんは俺の言いたい事に気付いてくれた様だ。
「成程、道具の値段かぁ」
「あ!なるほど!」
コボ美ちゃんが尻尾をぴーんと立てて、両手を打ち鳴らす。
「ええ、今回はこちらの対策を破る為に魔道具を使っています。魔石を使った魔道具なら、普通の道具よりも値段が高い筈です。粉塵爆発玉は魔道具よりも圧倒的に値段の安い……それこそ駆け出しでも買えるような値段の道具だったからあんなに冒険者が押し寄せてきたんだと思います」
「てことは、今回は前みたいに忙しくならなくて済みそうなんですね!」
俺の予想に、コボ美ちゃんが嬉しそうに尻尾を振った。
が、俺はその希望をばっさりと打ち砕く。
「いや……、多分忙しくなると思う」
「ええっ!?」
途端に尻尾を垂らしてしょんぼりするコボ美ちゃん。ごめんね、期待を持たせる事言っちゃって。
俺の言葉に、ミノ吉さんも成程と頷く。
「平汰君の言う通り……今回の魔道具、結構値段が掛からないかもしれないから、入手自体は簡単かもしれないねぇ」
「え」
ミノ吉さんの追撃でコボ美ちゃんは完全に動きを止めた。
「そうなのか?ミノ吉」
「うん、等級の低い魔石を使っているみたいだからねぇ、込めている魔法も術式を弄っているとはいえ魔術系下位のものだし、そこまでコストは掛かってないかもしれないよ。少なくとも、前回の荒稼ぎで稼いだ冒険者なら余裕で買える値段だろうなぁ」
キラリと眼鏡を光らせて予測を立てるミノ吉さんに、俺の脳裏に前回の超過労働が浮かんだ。
「まぁ、どのくらいの値段かは今の時点では解らないから、前回と違う結果になるかもしれないが、同じようになる可能性もある。とりあえず、緊急の報告を上げておいて手に負えなさそうなら応援を頼もう」
ゴブ朗さんはそう言うと、魔法無線機を使い、口頭で報告し始めた。
俺は中ボス部屋の出入り口に視線をやって、押し寄せてくるなよ~と念を飛ばす。
「平汰、お前の予想だとどうなると思う?」
「そうですねぇ、魔石に魔法を封入するとなるとそれなりに機材も要るでしょうし……駆け出しがほいほい買えるものでなければいいんでしょうけど……無理でしょうねぇ」
「平汰君はあの魔石が安値で売られていると思っているんだねぇ」
「ええ、まぁ」
「そういや、あの魔道具の値段が安いと解ってた様な感じだったな。平汰も『解析』が使えるのか?」
トン兵衛さんの言葉に俺は首を横に振った。。
「いえ、まだ『解析』が使えるレベルにはなってませんけど、前回の粉塵爆発玉って駆け出しを援助する目的で開発されたんじゃないかなって思うんですよ。ゴーレムを倒せればそれなりに良いアイテムを入手できて装備も整えられますから。そうなれば、駆け出しの戦力化が進んでウチの攻略速度も上がるんじゃないかなって」
「でも、それだと冒険者の経験値が足りなくて死亡率も上がってしまうから、結局攻略速度なんて上がらないんじゃないかって前回上層部が判断したんだろう?対策したのも死亡率上がり過ぎて潜りに来る冒険者が減るんじゃないかって事で」
トン兵衛さん言う事も尤もだ。俺は煎餅の入った缶を開いて海苔煎餅をトン兵衛さんに渡しながら答える。
「それでも生き残る冒険者は生き残りますよ。死亡率が上がったとしても100%じゃありませんから、送り込む数が多くなればなるほど結果的に生き残る力を持った冒険者は増えます。だから俺は今回の魔道具も冒険者に広く広まると思います」
「それじゃあ……またこの前みたいに忙しくなるんですねぇ……」
尻尾を垂らしてしょんぼりするコボ美ちゃんにサラダ煎餅を渡してあげる。
「あとはまぁ、多分これが一番の理由だと思うんですけど……」
俺の言葉に、皆の視線が集中する。報告が終わったのかゴブ朗さんも俺を見ていた。
「人間は1回楽を覚えたらなかなかそれ以前には戻れないものなんですよ」
俺はそう言うと、煎餅缶からサラダ煎餅を取り出して齧る。
同時に、中ボス部屋に粉塵爆発玉と気流操作の魔石を持った冒険者達が入ってきた。
俺は爆発が起こらないうちに大急ぎでサラダ煎餅を食べるのだった。
◆◇◆◇
結局、粉塵爆発玉と魔石を持った冒険者は日に日に増え、一週間経つ頃には前回と同じく4班体制で中ボス部屋の清掃に対応しなければならなくなった。
「全く、ほいほい気軽に使ってくれちゃってさ!」
ていっと気合いを入れて大きめの残骸を魔法リアカーに乗せる。
従業員内でのんびり勤務できる事で当番が回ってくるのが待ち遠しいと評判だった中ボス部屋清掃は、今やすっかり待ち遠しくない業務ナンバー1になってしまっていた。
作業の手際はどんどん良くなっているので、作業時間自体はそんなに時間がかからないが、4班編成にしても回ってくる順番が早いため、実際の休憩時間は短かったりする。
残骸を乗せた魔法リアカーを片付け、ゴーレムに宝箱を飲み込ませるとさっさと待機部屋へ戻る。
俺達の班の休憩スペースで座り込むと、俺は冷えたお茶を飲み干した。
ゴブ朗さん達もめいめい座って休んでいる。
「はぁ……束の間の休憩時間に食べるサラダ煎餅が唯一の癒しです……」
尻尾をしょんぼり垂らしたコボ美ちゃんがぱり……とサラダ煎餅を齧る。
いつも語尾に『!』を付けて元気良く喋るコボ美ちゃんの元気もすっかり品切れの様だった。
「ゴブ朗さん、上の方からは何か指示とか来てないんですか?」
「まだ何も言ってきてないな、短期間に対策が破られた事なんてなかったから、どう対応するのか慎重になっているのかもしれない」
「対策した途端、またすぐに破られてしまったらまた魔力がかかるからねぇ。また魔力をかけずに小規模の対策を取るか、魔力を掛けて大規模な対策を取るのか悩みどころなんじゃないかなぁ」
確かに経営者として魔力が掛かるかどうかは重要だと思うけど、判断も早くして欲しいものである。
判断を保留して悩んでいる間にも、中ボスはどんどん爆破され、宝箱から景品が冒険者に流れ続けているのだ。
「俺としては魔力を掛けて根本的な対策を取る気がするなぁ。だから時間が掛かっているのかもしれない」
と、珍しくサラダ煎餅を食べているトン兵衛が呟いた。
「トン兵衛さん!それってティリエさん情報ですか!?」
「いいや、只の勘」
「そうですか……でも、時間が掛かっているならそうかもしれませんね……」
一瞬復活したコボ美ちゃんがトン兵衛さんの返答に再びしょぼんとなる。
俺はコボ美ちゃんの頭を撫でつつサラダ煎餅を手渡した。コボ美ちゃんはしょぼんとしながらもぱりぱりとサラダ煎餅を齧る。その様子はちょっとだけ幸せそうだ。
俺は中ボス部屋へ視線を移し、他の班が飛び散ったゴーレムの残骸を片付けている様子をぼんやりと眺めた。
片付けの様子を見ていると、ふと頭に思い浮かんだ事が口から零れた。
「うーん、現場で対応するのって駄目なんですかねぇ……例えば、ゴーレムを改造するとか」
「え?」
「え、いえ。何となくそう思っただけですよ?上からの許可もなしに勝手に現場が対応しちゃ駄目な事だって事は解ってますし……」
意外と鋭いミノ吉さんの声に思わず言い訳をしてしまう。
しかし、俺の言い訳も虚しくミノ吉さんに詰め寄られると両肩を掴まれてしまった。
鼻息も荒く、俺の顔面に生暖かい息が吹き付けられる。
「平汰君……」
「ひっ、ご、ごめんなさいっ」
鼻先に掛かっている眼鏡が光り、肩を握られている手にも力が篭もるのが解った。
勝手な事を言った後輩を叱るのは先輩の役目である。ミノ吉さんの凄みのある雰囲気に、俺は先程の発言が軽率なものであった事を悟り言った事を後悔した。
そして、普段穏和なミノ吉さんの凄みのある雰囲気に俺はどんな叱責を受けるのだろう?と、想像した所で両肩を掴むミノ吉さんの手が離れて振り上げられた。
(まさかの体罰っ!?)
そこまでの事を言ってしまったのだと改めて後悔する。
きっと、ウチの迷宮は魔王や四天王の決定が最優先で、現場の判断は二の次なんだろう。
俺は思わず目を瞑り、来るべき衝撃と痛みに備えた……が、やって来たのは両肩を叩かれる衝撃だった。
衝撃といっても、体罰のために殴るという事ではなく掌で叩く様な……そう、同意を得たときに喜びと共に相手の肩を叩く様な、そんな叩き方だった。
「そうだよね?平汰君もやっぱりそう思うよね!?」
「え?」
「やっぱり、こう現場の負担が著しい場合、現場の判断で対応できる所は現場で対応してもいいと思うんだよ!」
「あの、ミノ吉さん……?」
「そりゃまあ、水鬼様の様に魔力を最低限に抑えた的確な対応とまではいかなくても、対応が決まるまでの一時凌ぎくらいは僕でも出来ると思うんだよね!」
いつもの間延びした話し方が消え、早口で自分の語りたい事を語り続けるミノ吉さん。
それは先日、魔道具について解説している時と全く同じ状態だった。
「僕はほら、魔導技師の資格を持っているから、現場での対応といってもかなり本格的な事ができると思うんだ」
「ええと、その……」
「いや、だからといって根本的な解決なんてできるとは思ってないけどさ、今のダンジョンキーパー達の負担を減らす事くらいは出来ると思うんだよね!」
「…………」
「うん、そうとなればやっぱりゴーレム本体を弄った方がいいと思うんだよ。平汰君もそう思う?うん、やっぱりそう思うよね?どんな術式が組まれているのかなぁ……ゴーレム本体の術式を弄れるなんて楽しみ……いやいや、やりがいのありそうな仕事だなぁ」
マシンガンのごとく、ミノ吉さんの口上は続く。
俺の目の前で喋っているのに俺のことを全く気にしていない様だ。それと、ばしばしと叩かれ続けている両肩がそろそろ痛い。
そして喋るうちに更に興奮してきたのかミノ吉さんの鼻息も荒さを増して、俺の前髪が逆立つくらいの勢いで鼻息を吹き付けられている。
お酒が入った時も落ち着いた様子だったミノ吉さんが、こんなに興奮している姿を見るのは初めてで、面食らった俺は只鼻息と両肩の痛みとマシンガントークに耐えるしかなかった。
(いつになったら落ち着くんだろうなー……)
と、そろそろ肩の痛みがやばくなってきた気がしてきた頃、ミノ吉さんの両肩から足が生えた。
「え?」
誰の足だろう?と思った瞬間にーー
「落ち着け」
というゴブ朗さんの声と同時にーー
『ゴキャッ!』
と、嫌な音がミノ吉さんの首から鳴りーー
「ブモッ!?」
というミノ吉さんの短い悲鳴が上がって静寂が訪れた。
「……」
突然、目の前で起きた惨劇に頭がついていかず、俺は何もいえずに硬直してしまう。
「全く、魔導技術関連の説明になると本当に我を忘れてしまう奴だな。まぁ……何も考えてなかった昔よりは良い事だが」
硬直から我に返ると、いつの間にかミノ吉さんの肩から降りていたゴブ朗さんが目の前に立っていた。
「平汰、肩は平気か?」
「あ、はい。本気で叩かれてた訳じゃないので……」
「そうか、人族の体は脆いものだが平汰は頑丈なんだな」
硬直している間に、ミノ吉さんに叩かれた肩の痛みは無くなっていた。
硬直していた時間は短かかった筈だが、どうやらダンジョンキーパーの多岐に渡る業務をしているうちに、いつの間にか体が鍛えられていたようだ。
「あたた、ゴブ朗は相変わらず容赦がないなぁ」
「ミノ吉こそ、自分の力の強さを忘れて我を忘れるなと言ってるだろう?」
「いやぁ……、あのゴーレムを弄れるかと思うとついね……」
「弄れると決まった訳じゃないだろう?勝手に弄っていい物でもない」
俺が硬直している間にミノ吉さんも復活した様だ。
確かにゴブ朗さんの言う通り、中ボスであるゴーレム自体を改造するとなるとどうしたって上の許可が必要になるだろう。
少なくとも、現場作業員であるダンジョンキーパーの権限で勝手に弄って良いものではない筈だ。
筈なのだが……俺はそれよりもミノ吉さんの首の方が気になって仕方がない。
首があらぬ方向に曲がったまま、ゴブ朗さんと会話するミノ吉さんはちょっとしたホラーである。
(……あらぬ方向に首を曲げたままなんだけど、ミノ吉さんの首は大丈夫なんだろうか)
内心冷や汗を掻きながらミノ吉さんの様子を見るが、首が曲がっている事など大した事でない様子を見るに、本当に大した事ないのだろう。
(筋骨隆々で逞しいミノタウロス族の首は太くて丈夫そうだもんなぁ……)
首が曲がったままな件についてはそう自己解決した事にすると、不思議なものでミノ吉さんの首の曲がり具合については気にならなくなった。
そんな俺の内心をよそに二人の会話は続く。
「ふっふっふ、大丈夫だよゴブ朗。こんな事もあろうかと稟議書は作って提出済みなんだよねぇ」
「……まぁ、無許可でやろうとしないだけ良い事ではあるが……何時の間にそんな事をしていたんだ……」
珍しくゴブ朗さんが困った顔をしながら腕を組む。
「なぁに、ゴブ朗が気づかない間さ」
「ちなみに、俺が気づかない間に提出したという事は、班長である俺の決裁印は?」
「……」
(首が曲がったままなので物理的に)明後日の方向を見て目を泳がせるミノ吉さん。
そんなミノ吉さんを見てゴブ朗さんはため息をついた。
「はぁ、全く……」
「大丈夫だよ、ゴブ朗。今回は魔導技師としての意見書を直接開発部に持っていったんだ。現場で働く技師の意見という事でね。後は開発部が僕の意見を元に稟議書を作って上げている筈だからゴブ朗の決裁印が無くても問題ないんだよね!」
ため息をつくゴブ朗さんにサムズアップして答えるミノ吉さん。
その様子は、普段のミノ吉さんとあんまりにかけ離れていて、そのギャップに俺は困惑するしかなかった。
少し離れた所でトン兵衛さんと一緒に居るコボ美ちゃんも目を白黒させて狼狽えている。
そういえば、と会話に入って来ないトン兵衛さんを見ると、トン兵衛さんはミノ吉さんの変わり様に慣れているのか座って海苔煎餅を食べながら、俺達のやり取りを見ていた。
「トン兵衛さん……ミノ吉さんってあんな風になるくらい魔導技術関連の事になると熱くなっちゃうんですか?」
ゴブ朗さんとミノ吉さんのやりとりから抜けだし、トン兵衛さんに尋ねる。
「ん?あぁ、まぁあんな感じだな」
「それにしては、先日の粉塵爆発騒ぎの時のミノ吉さんは普段通りだった気が……」
俺がそう言うと、トン兵衛さんはお茶を啜る。
「そりゃ、前回のは結局魔導技術の関係無い只の道具だったからな。粉塵爆発玉って言っても単に細かい塵を詰めた煙玉って事だろ?」
「そういえば、そうですね!」
困惑から復帰したのか、サラダ煎餅を手に持ったコボ美ちゃんも会話に入ってきた。
「でも、水鬼様の用意した魔石の設置の時もいつもと変わりなかったですよ?」
「そりゃ、あの時は平汰もコボ美も魔石の事を聞かなかったからな」
「え、それだけの事で?」
「人から尋ねられた時以外は魔導技術関連の解説をするな、ってゴブ朗にキツく言われているからねぇ」
「そうなんですか!?」
ゴブ朗さんとミノ吉さんの話し合いは終わったのか、いつの間にか二人ともこちらにやってきて会話に混ざり、ミノ吉さんがコボ美ちゃんの疑問に答える。
自然と全員で煎餅缶を囲んで座る形になり、おのおの好みの煎餅を取って齧り始めた。
「うん、僕自身も魔導技術関連の解説をすると、ついつい熱くなっちゃう自覚はあるからねぇ。ゴブ朗曰く、語り癖が悪いみたいでねぇ……」
首を曲げたまま器用に煎餅を齧りながらミノ吉さんが言う。
「相手の都合も考えず、早口で自分が興味ある事のみまくし立て続けるのはどう見ても悪癖だろう」
と、ゴブ朗さんが言うとミノ吉さんは苦笑しながら頬を掻いた。
「まぁ、という訳でなるべく自制するようにしているという事なんだよねぇ」
「それにしては、さっきは物凄い勢いでしたけど……」
俺がそう言うと、ミノ吉さんは申し訳なさそうな顔をしながら新しい煎餅を取り出した。
「前回は、魔石の仕様もゴブ朗が説明してくれたからねぇ。その後は、指定された箇所に設置するだけだったから、皆特に仕組みとか聞いてもらえなかったからねぇ……」
「はぁ……そういえばそうでしたね」
前回魔石を設置したのは浮遊を使える俺だったが、魔石の説明をゴブ朗さんから聞いても「そういうもの」で流して、設置もミノ吉さんの指示通りにするだけだった。
何せ、心の中は「これでハードワークから解放される!」って事でいっぱいで、仕組みとか魔石の術式とかに興味が向かなかったのだ。
「今回も冒険者の使う魔石の解析と解説くらいまでは自重が出来てたんだけど……平汰君が僕が思っていた事を尋ねてくれたから物凄く嬉しかったんだよ」
「はぁ…………現場でゴーレムの改造の事ですか」
俺がそう答えるとミノ吉さんは再び眼鏡をキラリ、と光らせる。
「そう!まさにそれ!」
「ミノ吉」
再び早口で語り始めようとするミノ吉さんは、ゴブ朗さんの一言で眼鏡の光も消え、はっと我に返った。
……ゴブ朗さんの両手で何かを掴んで捻る動作が怖い。
「……前々からあのゴーレムは弄ってみたいと思っていてね、平汰君も同じ気持ちだったんだと思うと、色々吹き飛んじゃってねぇ……ごめんね、平汰君。肩も痛かったでしょ?」
「いやまぁ、特に何とも無いので大丈夫ですよ」
「そうなのかい?平汰君は体が丈夫なんだねぇ……」
「普通、人族がミノタウロス族に叩かれると只では済まないもんだけどなぁ……」
ミノ吉さんが感心した声を出すと、トン兵衛さんが不吉な事を呟く。
……うん、多岐に渡る業務で鍛えられてて良かった良かった。もしかしたら、ダンジョン証のおかげかもしれない。罠のダメージも無効化してくれるし、同士撃ち防止機能とかそんなので。
「まぁ、ミノ吉の悪癖については魔導技術関連の話題でなければ出ないので安心してくれ。魔導技術関連の話題でも興奮しなければ解説に熱も入らないし、あんまり酷い時は俺がキツく言って止めるから」
そう言って、両手で何かを掴んで捻る動作をするゴブ朗さん。
……あぁ、キツく言うってそういう……。
「とりあえず上からの決定はまだ出てないし、その場凌ぎという事でミノ吉の意見が採用されるかもしれないが、今の所は目の前の業務をこなすしかない。しんどいと思うが、もう暫く頑張ってくれ」
ゴブ朗さんの言葉に俺達はそれぞれ頷く。忙しい業務といえばそうだが、今回も前回も4班編成で交代しながらなら対応できているのだ。
休憩無しに作業が続く訳じゃなく、こうして座って煎餅を食べて話をするくらいの休憩は取れるのだ。
ご飯を食べる間も無く、延々と立ち仕事が続く仕事に比べれば楽なものである。
「そうですね!サラダ煎餅食べて頑張ります!」
「いやいや、海苔だろ海苔」
「わさびの辛さはやみつきになるんだけどねぇ」
と、各々お気に入り煎餅を掲げてゴブ朗さんの言葉に応えると、ゴブ朗さんは満足そうに頷いた。
そんな風に俺たちが煎餅について熱く語っていると、いつの間にかローテーションが回ってきた様だ。
俺達は立ち上がると今日何度目かの中ボス部屋清掃に取り掛かる。
……ちなみに、その日一日ミノ吉さんの首は曲がったままだった。
久々すぎて文章の加減ができずに長くなってしまいました。
後編は明日の夜投稿します。