第12話 ダンジョンキーパーと粉塵爆発・後
『粉塵爆発』
個人的に創作物で取り扱われる事の多い爆発だと思っている。
条件が整えば火薬が無くても起こせるため、多くの創作物の登場人物達を救ってきた由緒正しい爆発だ。
初めて粉塵爆発玉(仮称)が使われた日の業務終了後、控え室で粉塵爆発についての説明をすると、ゴブ朗さんは早速報告書を上げたらしい。
「後は上が判断するだろうが、暫くは様子見だろう。今日みたいなペースで使われる様なら俺達以外にも粉塵爆発を見る奴が出るだろうし、上が対策に動くのはそいつらからの報告が集まってからだろうな」
との事で、次の日以降も俺達はいつも通り業務に励む。
確かに、粉塵爆発玉(仮称)が登場して1日だ、道具1つで中ボス用クレイゴーレムを一撃で倒す威力とコストパフォーマンスは確実に対策が必要になるだろうが、日が浅いうちは様子を見ざるをえないだろう。
「ダンジョンの改変期でもないのに即対応していたら、冒険者の創意工夫の芽を潰しちゃうからねぇ」
とのミノ吉さんの言葉に尤もだと頷く。
確かに、ダンジョン攻略に有利な道具を作っても、使った傍から無効化されていってしまえば攻略も進まないし、新しい工夫をしようとする気力も失せてしまうだろう。
それは最終的にダンジョンに潜ろうというやる気を無くし、誰も冒険者の訪れないダンジョンとなってしまうので、この手の対応は慎重にならざるを得ないのだ。
まぁ、こちらも早々簡単に攻略されてしまう訳にはいかないので、あまりに被害が大きい場合は年に一度の迷宮改変期を待たずに、対策のための構造変更をするらしい。
何せ攻略させられてしまった場合はこちらは職を失うのだ。
折角工夫をした冒険者の人達には悪いがこちらも生活が掛かっているのである。
この辺りの対策して対策されの繰り返しは、どこの迷宮でも日常茶飯事らしい。
そんな事を班の先輩方から聞きながら俺は今日も業務に精を出すのだった。
◆◇◆◇
『冒険者の創意工夫の芽を潰したくない』
そう思っていた時期が俺にもありました……
ぶっちゃけ、冒険者なら体一つ、身につけたスキルと頼もしい仲間達との連携と絆でダンジョンを攻略するべきだと思う。
ダンジョン探索を楽にするための道具に頼るなど愚の骨頂、そんな軟弱者は冒険者を引退して田舎で畑でも耕していればいいのだ。
目の前では粉塵爆発が起こり、クレイゴーレムが破壊されていた。宝箱と経験値を簡単に手に入れて喜ぶ冒険者達が憎い。
粉塵爆発玉(仮称)が登場してから一週間、俺はすっかりやさぐれていた。
日を追うごとに粉塵爆発玉(仮称)使うPTが増えたせいで、遂に1班では中ボス部屋の掃除が追いつかなくなったのだ。
間を空けずに中ボス部屋にやってきては粉塵爆発でクレイゴーレムを数分と掛からずに倒されてしまい休む時間がとれなくなった為、今では中ボス部屋の担当を4班に増やし、2班ごとに交代で清掃を担当する事でようやく一息つけるような状況だ。
どうやら簡単に中ボスを倒せる様になったためか、宝箱目当てで駆け出し冒険者が殺到している様で、入口前では冒険者が長蛇の列を作っている。
「全く、粉塵爆発粉塵爆発と馬鹿の一つ覚えか!」
恨み節と共にクレイゴーレムの残骸を魔法リアカーに放り投げる様に乗せる。
下級強化魔法を使ってるせいで筋肉痛は取れないし、仕事は忙しいし、休む暇もないしで正直最悪だ。
「トン兵衛さん、入口前の冒険者列に最下層の魔物をけし掛けたらスッキリしますかね」
「あぁ、駆け出しばかりだからきっとスッキリするだろうなぁ、物理的に」
などと普段は出ない黒い冗談を言いながら黙々と作業を続ける。天井付近に着いた汚れがまた面倒臭い。
しかも問題は1階層全体に広がりつつあった。冒険者達は中ボス部屋だけでなく、通常の部屋での戦闘でも粉塵爆発玉(仮称)を使い始めたのだ。
流石に1、2匹くらいでは使わないが、入った部屋が魔物が固まっている部屋と解るとすぐさま粉塵爆発玉(仮称)を使って通路を後退。
爆発の影響外まで後退すると、火魔法や火矢を使って粉塵爆発を起こすのだ。
後退距離が足らずに爆風に晒される事もある様だが、そこは駆け出しといっても冒険者、地味にしぶとい。
通路に伏せて盾を構えてしまえば多少巻き込まれても耐えられるあたり、なかなかの生命力である。
まぁ、たまに使い方をよく理解していないのか、自爆する奴も居るがそこは自業自得である。
中には魔物に囲まれ仲間を逃がして1人残り、道連れに自爆するような猛者も居るようだが、個人的に良い話とは思っても、そんな美談はダンジョンキーパーにとっては関係ない。
幸い、中ボス部屋以外での使用はそこまで多くないのが救いだ。何せ大きな爆発音は魔物をおびき寄せるし、ダンジョン内は自分達以外のPTも居る。
下手に巻き込んでしまっては問題となるため、ここぞという時以外は使っていない様だ。
また、6階以降でも今の所使用が確認されていない。あくまで駆け出し向けという感じなんだろうか?まぁ、下層に行くほど粉塵爆発程度じゃ倒せない魔物も多くなってくるし、冒険者の使う魔法もそれどころじゃない威力になるから必要性が高くないんだろう。
……その代わり、1階層の中ボス部屋では何の遠慮もなく使ってくるのだけど。
今では、中ボスに通常戦闘を仕掛けるPTの方が稀な状況になっている。
しかし、中ボス部屋以外での使用はあまり多くないとはいえ、ここ1階層は神殿内部の様な精緻な石造りになっている。そのため汚れが目立つため清掃はしっかりしないといけないのだが、粉塵爆発はとにかく部屋を汚す。
床から天井まで血糊や埃にまみれるせいで、巡回業務も手間が増えてしまっているのだ。
かといって、手を抜いた掃除をする訳にもいかず、人員数は今までと変わらないのに、手間だけは増えてしまっている。
通常部屋での使用例が少ないから今は何とか巡回業務も対応できているが、使用例が増えてくるととても対応できなくなるだろう。
そうなったら人員を増やすか粉塵爆発玉(仮称)を規制して貰わないと、流石に掃除が追いつかなくなる。
たった1つの新しい道具の登場で、1階層上層担当のダンジョンキーパー達は振り回されていた。
◆◇◆◇
「はー……やっと腰を降ろせた」
清掃を終えた昼休憩、控え室に戻ると俺は畳の上にへたり込む。あーホント、上級魔法覚えよう……筋肉痛で死ねる。
ちなみに畳は古くなった物を安く手に入れて持ち込んだもので、控え室の隅に敷き詰めている。
皆にも好評で、テーブルも調達して控え室でくつろぐ時は畳スペースに集まる様になっていた。
「こりゃ、本当に対策取ってもらわないとキツイっすね。ゴブ朗さん、何か通達とか来てませんか?」
俺より遥かに体力を持っているトン兵衛さんも、最近疲れ気味の様子だ。時折、腰を辛そうにしている。
「いや、特に通達は来ていないな。ダンジョン改変は魔法炉の魔力を多く使うから慎重になっているんだろう」
あー、魔力が高く付くとなるとなかなか難しいんだろうなぁ。今頃、稟議書が色々な所をたらい回しにされているのかもしれない。
「でもまぁ、この調子だとダンジョン改変はされると思うけどねぇ」
「そうなんですかっ!?」
くてーっとうつ伏せになっていたコボ美ちゃんがぴょんと飛び起きてミノ吉さんに問いかける。
「うん、クレイゴーレムは5階から6階への門番にしているだけあって、通常のクレイゴーレムより強化しているからねぇ。それをこんなペースで倒されてしまっては補充するにしても魔力も材料も掛かりすぎてしまっているだろうから、どうにか対策を打つんじゃないかなぁ」
「あー、なるほど。予定より消費が激しすぎるんですか」
年間魔力見積もりよりも多く倒されまくったらそりゃ対策打つだろうなぁ。
冒険者の中には中ボスマラソンをしている奴らも居るので中ボスに挑む列が途切れる事が無い。今までなら、ちょっと良い宝箱が出るとはいえ1階層の中ボスに何度も倒す様な旨みはないが、道具一つで簡単に倒せるとなればちょっとした資金稼ぎに周回しようとする奴が多くなっても仕方ないだろう。
「確かに、宝箱の中身もちょっといいものを使ってますしその補充も馬鹿になりませんよね」
最低ランクの魔法の武具でもそこそこの売値はするし、駆け出し冒険者にとってはいい資金稼ぎになる筈だ。
自分で使って良し、売っても良しで損が無い。
「それもあるが、6階に降りた冒険者の死亡率も高くなっているらしい。改変されるとすればそれも含めた理由だろうな」
「死亡率が高くなっているんですかっ!?」
「ああ、どうも緊急時は粉塵爆発に頼りきりだったせいか、窮地の切り抜け方の地力が粉塵爆発玉が出る以前より低くなっているらしい」
渋い顔をしながらゴブ朗さんが語る理由を聞いて成る程と納得する。
魔物が多くても粉塵爆発で蹴散らしてきたPTなんかはそういったものを切り抜ける経験が足りず、生存力が違うのだろう。
「確かに、6階から10階は粉塵爆発が使い辛い地形ですから、粉塵爆発頼りに進んできたPTは地力的に辛いかもしれませんね」
「冒険者組合でも粉塵爆発に頼りすぎない様にと注意を促しているみたいだぜ?あまり効果は上がってない様だしなぁ」
トン兵衛さんが手作り弁当の美味そうなトンカツを頬張りながら言った事に、はてと首を傾げる。
「冒険者組合って駅前の街にはありませんでしたよね?何で知ってるんですか?」
「あぁ、ティリエから聞いた。あいつは冒険者登録もしてて、人族の街にも行くからな」
「ティリエさんみたいに、人族の街に行っても違和感の無い種族の人は、たまに人族の街に行って色々と情報を集めて貰っているんだよねぇ」
何でもダンジョンの評判を集めて改善点なんかを探すらしい。確かに、お客様の評判は大事だよね。
良い所は伸ばして、悪い所は直す、基本を大事にする会社なんだなぁと改めて思いつつ、昼休憩後の業務について思うとついため息が漏れるのであった。
---Adventurers Eyes---
「作戦はいつも通りだ、準備はいいな?」
「勿論、こんな簡単な作業ミスる訳ないだろ?」
気楽な様子で答えてくる仲間に俺は確かにと笑って返す。
目の前にある中ボス部屋への入口は現在不透明な壁となっており、今は中に入る事ができないが、それももう暫くすれば入れるだろう。
仲間と道具や作戦を再確認していると目の前の不透明な壁が消え中に入れる様になった。
入口からでもここの中ボスであるクレイゴーレムが見える。
「さぁ、いくぞっ」
『おうっ!』
入口に後衛の2人を残し、俺と前衛を勤める他2人が一斉に駆け出す。
クレイゴーレムは侵入者である俺達を認識すると、迎撃の構えを見せるが、俺達は道具袋から掌大の玉を取り出すと一斉にそれを投げつけた。
破裂音と共に一瞬で部屋に細かい粉が舞い上がり、視界を真っ白に埋める。
「後退!後退!」
大声で合図を出すと踵を返して入口へと駆け出す。真っ直ぐ走ってきたので視界が無くても問題は無い。
そのまま、入口で待機していた後衛組と合流して通路を駆ける。
中ボス部屋から少し走ると、通路は曲がり角になっておりそこまで全力で駆けた。
通路の角では次の順番を待つ冒険者が待っており、そこが安全地帯なのだ。
「サティっ、頼んだ!」
「まっかせて!『火矢』!」
サティが放った火矢は俺達が駆け戻った通路を真っ直ぐ飛び、中ボス部屋へと飛び込む。
次の瞬間、大爆発が起きて部屋の中にいるクレイゴーレムを粉々に砕く……筈だった。
「あれ?」
「おい、何も起きないぞ?どうなってるんだ?」
サティが首を傾げ、他の仲間も疑問の声を挙げる。
「おかしいな……いつもなら爆発が起こる筈なんだが」
実際、昨日挑戦した時は問題なく爆発が起こり、クレイゴーレムもばらばらになっていた。
倒した瞬間に部屋の中に居なかったため、経験値は入らなかったものの、出現した大型宝箱から魔法の掛かった剣を手に入れる事ができたのだ。
俺達のPTは駆け出しで魔法の武器が買えるほどの資金は無かったので、ランクは低くても初めて手に入れた魔法武器の喜びは大きく、順番待ちの時間は掛かっても爆発玉と火魔法で簡単に倒せるクレイゴーレムを狩って装備を整えようと計画していたのだが……
「不良品を掴まされたんじゃねぇだろうな!?」
「いや、ちゃんと冒険者組合で購入したものだ、それは無い」
気の荒いライディが声を荒げるが、俺はそれを即座に否定する。
道具の効果が知れ渡った途端、たった1週間で売れに売れた爆発玉だが、自作して露天に並べられたものならまだしも、組合直営店で購入した品物が粗悪品な訳が無い。
「じゃあ何だっていうんだよ!?現に爆発も何も起きてないんだぜ!?」
ライディの声に、曲がり角から並んでいた他の冒険者達もざわめき始める。
「何か他の原因があったのかもしれない、爆発玉はまだあるんだからもう一度試して確かめればいいだろう?」
俺は次に並んでいるPTのリーダーと話して、このまま再挑戦させてもらえる様交渉する。
失敗した場合は最後尾に回されてしまうのが暗黙の了解だったが、他のPTも失敗の原因を知りたい様で再挑戦が許された。
「よし、気を取り直していくぞっ!」
そして俺達は再度中ボス部屋へと駆ける。
しかし……いくつ爆発玉を使っても、それから1度も中ボスで爆発玉の効果が発揮される事は無かった。
◆◇◆◇
「上手くいったみたいですね」
「ああ、上手く無効化できたみたいだ」
職員用通路から中ボス部屋と通路の角の様子を観察すると、粉塵爆発玉が使えずに右往左往する冒険者の姿が良く見える。
必死になって何度も粉塵爆発玉を投げては部屋からダッシュして出て火魔法、火矢等を打ち込む姿を見ていると胸がすく思いだ。
ここ暫くの激務を思うと正直してやったりという感じだ。
「それにしても、魔石の効果凄いですね!」
「そうだねぇ、あれ1つで中ボス部屋全体に霧と幻影の効果を生み出してるんだからなぁ」
今回の粉塵爆発への対策は魔石の設置をする事で行われた。
水魔法『霧』と、水魔法『幻影』の効果を同時発生させる仕組みの魔石を天井に設置したのである。
粉塵爆発は可燃性の塵が一定濃度以上なければ起こらないため、粉塵爆発玉が使われた事を魔石が感知すると、霧を発生させて可燃性の塵を濡らして爆発を防止するのと同時に、部屋の外に出た冒険者の目をかく乱するために幻影で霧が発生していない様に見せかけ、行動を誘う。
これが今回粉の塵爆発の対応に用意されたものであった。
「そういえば、あの魔石に魔法を込めたのは水鬼様って本当ですか?」
「あぁ、水鬼様が魔法を込めると変換効率が良くてな。魔石が長持ちするんだ」
ちなみに、魔石の設置はウチの班が指名された。
何でも第1発見者であり、魔導技師の資格を持つミノ吉さんが居り、浮遊の魔法が使えて高所作業の出来る俺が居るから丁度良かったらしい。
「あのサイズの魔石で魔法2個を同時発動させているのに消費が驚く程少ないんだよねぇ。魔法を込める際に魔法回路を弄っているんじゃないかなぁ……」
「へぇ……水鬼様って凄いんですね」
などと話している間にも冒険者の挑戦は続く。
大体の冒険者は挑戦を諦めるか、部屋に充満した粉が落ち着くのを待って直接戦闘に走る者も居た。
そんな冒険者を横目に俺達はのんびりと……できなかった。
粉塵爆発を起こすのは細かい粉で、それを霧で抑えると今度は溶けた塵が部屋に溜まるのである。
幸い、粉塵爆発玉が使えない事による動揺とクレイゴーレムに集中している為、冒険者達は気付いていない様だが、これに気付かれると今回の対策のカラクリに気付く奴が出てくるかもしれない。
中ボス部屋以外では魔石による対策はしていないので今まで通り粉塵爆発が通じるから、何か中ボス部屋に対策されたとは思うだろうが、まぁ、カラクリに気付かれた所で対策はし辛い筈だろうし、そこまでする旨みは無いだろう。
それよりも大変なのは目の前の状況だ。
溶けた塵が部屋に溜まって見るからに掃除が大変そうな予感がひしひしと伝わってくる。
部屋の隅まで綺麗にモップ掛けをしないといけないとか、中ボス部屋広いんですけど!
「……ゴブ朗さん、他の対策案はなかったんですかね」
「魔力の都合でこれが一番効率がいいんだと」
「それ、俺達に掛かる労力を軽視してませんかね……」
「上の判断だ。落ち着けばここで粉塵爆発を使う奴もいなくなるさ」
そういって、戦闘後の清掃準備に入るゴブ朗さん。
中ボス部屋では粉塵爆発を諦めた冒険者がクレイゴーレムを相手に戦っており、そろそろ決着が付きそうだ。
「おのれ粉塵爆発!最後まで面倒かけやがって!」
「平汰さーん、明後日の方向に叫んでないで清掃いきますよー!」
魔法モップを握り締めて叫んだ所でコボ美ちゃんに呼ばれて慌てて後を追う。
その後も確認のためか、粉塵爆発玉を使うPTは無くならず、完全に中ボス部屋が粉塵爆発を無効化する対策が取られたという認識が広まるまで、忙しい日々が続いたのだった。