第11話 ダンジョンキーパーと粉塵爆発・前
目の前では冒険者達が死闘を繰り広げている。
5人パーティの冒険者を迎え打つのは身長5メートル程のクレイゴーレムだ。
「今回の挑戦者はクリアしそうですね。なかなかバランスがいい」
「そうだな、前衛と後衛の連携もきちんとしてるし、前衛の武器もちゃんと鈍器を用意してゴーレム用に対策してきてるのもポイント高いな」
などとスポーツTV中継の実況と解説者みたいな事をトン兵衛さんと言いながら、俺は職員用通路の壁越しに冒険者達の戦いを観戦している。
今日の業務は巡回でなく、俺達が担当している地下1~5階の最奥、6階へと向かう階段の前の部屋の掃除である。
この部屋は強力な魔物が陣取っており、これを倒さないと6階へは進む事ができない。
所謂、中ボス部屋という奴で、1層10階構成となっているベルリック地下大迷宮は、5階に中ボス、10階に階層ボスが配置されている。
目の前で冒険者達と戦闘をしているクレイゴーレムは、1層の中ボスという訳だ。
まぁ、中ボスといっても初心者向けである1~5階の低階層中ボスなので、攻撃力・防御力は低階層の魔物とは比べものにならない程高いものの、特殊能力も無く、動きも早くない。
また、攻撃力・防御力が高いと言っても1~5階でしっかり実力を付けた冒険者ならちゃんと対処できるレベルだ。
つまり、6階以降を戦い抜ける実力があるかを試すのが中ボスの役割なのである。
などと物思いに耽っている間に戦闘もそろそろクライマックスの様だ。
防御役の前衛が大盾でクレイゴーレムの拳を受け切った隙に、近接アタッカーの前衛がメイスを振り被りクレイゴーレムの膝間接を強打する。
何度もメイスで攻撃されていた膝間接は遂に耐えきれず砕けてしまい、クレイゴーレムは倒れてしまう。
そうなると後は冒険者達による袋叩きタイムだ。
後衛の魔法使いが攻撃魔法を放ち、スカウトも矢を放つ。倒れたクレイゴーレムは両腕を振り回すも盾役に防がれ、たまに被弾しても回復役から回復魔法が飛びすぐに癒されてしまう。
最後はアタッカーのメイスで脳天を砕かれ、クレイゴーレムは宝箱を残し、土くれに戻るのだった。
「今のパーティ、今後どのくらいまでいけますかねぇ」
「そうだなー。編成も前衛2後衛3で攻撃防御回復とバランス取れてるから結構良い所までいくんじゃないか?」
「そうですねぇ、連携も上手く取れていましたし今後が楽しみなパーティですね」
と、すっかり解説者モードをしている間に宝箱の中身を回収した冒険者達は6階への階段に続く奥に進んで行った。
「さて、仕事開始だ」
ゴブ朗さんの掛け声と同時に俺達は関係者用出入り口から中ボス部屋へと入り作業を開始する。
戦闘後、中ボス部屋は一定時間誰も入れない様に入り口に不透明の結界が張られて封鎖される。その間に俺達ダンジョンキーパーが部屋の中を片付けて、新しい中ボスを配置できるように準備するのだ。
誰も入れない様になるといっても、一定時間とある通り、制限時間があるので準備に取れる時間は長くない。俺達は大急ぎでクレイゴーレムの残骸を魔法リアカーに回収し、血糊や攻撃魔法によって壁や床についた煤等の汚れを掃除する。
そうこうしている間にクレイゴーレムの搬入用に大きく作られた関係者用出入り口から、新たなクレイゴーレムが入ってきた。
新たなクレイゴーレムは部屋の中心部に辿り着くと片膝を付いて停止する。
その目の前に俺とトン兵衛さんはダンジョン内に配置されているものより大きい宝箱を2人掛りで運んで置いた。
これは中ボスを撃破した報酬専用の宝箱だ。中身は魔法の武具等ダンジョン内用の宝箱よりもちょっとランクの高い物がランダムで入っている。
クレイゴーレムは目の前に置かれた大きな宝箱を確認すると、ゆっくり両手を伸ばして宝箱を掴み胴体に近づける。すると、胴体がどろりと溶けてその中に宝箱が埋め込まれていく。
何度見ても宝箱が埋め込まれていく様は見ていてなかなか面白い。部屋の清掃が終わり、クレイゴーレムが宝箱を呑み込めば作業は完了だ。
ゴーレム技術も勉強すると面白いかもなぁと思いながら清掃道具を片付けて関係者用出入り口から待機部屋に入る。
「封鎖解除するよ」
今回は手早く清掃が終わったので、余裕を持って待機部屋に備え付けられている操作盤で部屋の封鎖を解除できた。
入口の結界が消えて新たな挑戦者を迎え入れる準備が整った部屋の中央で、クレイゴーレムは片膝を付いて微動だにしない。
動き出すのは挑戦者がやってきた時だ。
今日は何組の挑戦者がやってくるのだろうと持参した水筒からお茶を注いで一息つきながら思う。
挑戦者がやってくる間隔が長いほど待機部屋に居るだけで済むので、ここの清掃は楽なのだ。
(まぁ、挑戦者が多い日は忙しいけど……仕事が楽なのに越したことはないからねぇ……)
そんな事を心の中で呟きながらお茶を啜る。しかし、そんな俺のささやかな祈りも虚しく消える出来事がこの日、起こったのだった。
◆◇◆◇
「ありゃあ、無理っぽいな」
「確かに。というか、良くここまで来れましたね」
それから何組かのPTがクレイゴーレムに挑んできた。俺達はその勝敗を見届け、中ボス部屋の清掃業務を続ける。挑戦者は多すぎず少なすぎず、割とのんびり業務を続けていると、そのPTは現れた。
入ってきたPTは一目で駆け出しと解る装備を身につけており、緊張した様子で中ボス部屋に入ってくる。
PT構成は前衛3、後衛2で役割もバランスが取れているものの、クレイゴーレムに挑むには明らかに力量が足りていない。
実際、クレイゴーレムを見た瞬間、彼らは身を竦ませると寄せ合って何やら相談を始めた。
彼らの居る入り口付近はクレイゴーレムの探知外となっている。進むにしろ退くにしろ最後の相談が出来るようになっている為だ。
「撤退の相談ですかね」
「そうだな、あの装備と力量でクレイゴーレムに挑んだら全滅だろうし」
「まぁ……後先考えずに突っ込む場合もありえますけど、そういう感じには見えませんもんね」
クレイゴーレムを見た時の反応を考えれば突っ込む事はありえなさそうだ。
多分、たまたま上手く探索が進んでここまで来てしまって、中ボスの姿だけ確認しようって感じじゃないだろうか。
偵察目的ならもう十分果たしただろうし、彼らもすぐに退くだろうと思った瞬間、彼らが動き始めた。
しかしそれは、予想通り部屋の外へでは無く、部屋の中、クレイゴーレムへ向けて突っ込んだのだ。
「突っ込んだ!?」
「正気か!?全滅するぞっ!?」
俺とトン兵衛さんが驚きの声を上げる間にも、駆け出しPTは真っ直ぐクレイゴーレムへ向かっている。
(こりゃあ、死体掃除が大変そうだ……)
と、俺が内心ため息を付く間に、彼らはクレイゴーレムとの距離を縮め、待ち受けるクレイゴーレムの攻撃範囲に入った。
そのまま戦闘に入るかと思った瞬間、前衛役の3人がクレイゴーレムに向けて何か玉の様な物を投げつけた。
その玉がクレイゴーレムに当たった途端、瞬時に部屋の中が真っ白な煙で満たされていく。
「煙幕?」
突っ込んだは良いが、矢張り敵わないと判断して撤退したのだろうか?
比較的煙の薄い入り口付近を見ると、PT全員が走って部屋を出ていくのが辛うじて見えた。
「全く、逃げるなら最初から逃げればよかったのに……」
と、俺が呟いた瞬間、「ソレ」は起きた。
轟音と爆発。
「なっ!?」
「きゃうんっ!?」
完全に予想外の出来事で、思わずひっくりかえって尻餅を付いてしまう。
暫く呆けてしまったのだろう、気が付けば中ボス部屋の中で先ほどのPTが喜びの声を上げ、クレイゴーレムが残した宝箱を開けていた。
周りを見るとコボ美ちゃんは尻尾を丸めて耳を伏せ、体も丸くして震えている。
ゴブ朗さんとミノ吉さんは俺と違って尻餅をついていないものの、驚きの表情のまま固まっている。
そして、俺の隣に居たトン兵衛さんは俺と同じ様に尻餅を付いていた。
「なんだ……ありゃあ?」
と、トン兵衛さんが呟く。
それは、ここに居る全員の心境を表していた。
◆◇◆◇
「あれは、何かの魔道具だったのか?」
「さぁ……あんな魔道具は初めて見ましたけど……」
駆け出しPTが去った後、俺達は後片づけに追われていた。
何せ泥人形とはいえ、鉄とまではいかなくてもそれに近い硬度まで土魔法で強化した、中ボスにふさわしい特別仕様のゴーレムを一撃でばらばらにする威力の爆発である。
当然、ばらばらになったゴーレムの破片は部屋中に飛び散り、部屋の中も全体的に煤や細かい塵や粉が積もって汚れてしまっており、いつもより掃除の手間が掛かって仕方がない。
「確かにクレイゴーレムを一撃で破壊する魔道具は凄いですけど、片づける方の身にもなって使って欲しいですよね」
俺はため息を付きながら飛び散ったゴーレムの破片を回収して魔法リアカーに乗せていく。
結構大きな破片が部屋中に飛び散っており、運ぶのも一苦労だ。
いつもなら、破片は大体一塊になってるので積み込むのも楽なんだけどなぁ……
「ミノ吉さんはあの魔道具知ってますか?」
同じく大きな破片を運ぶミノ吉さんに聞いてみる。ゴブ朗さんとコボ美ちゃんは粉っぽくなった部屋を隅から魔法箒で掃いている。
「いや……あんな魔道具は見たことがないねぇ。第一、魔道具特有の魔力反応が一切無かったから、あの煙幕を出した後に爆発する道具は魔道具じゃないと思うなぁ」
「クレイゴーレムを一撃で破壊するような爆発を起こす道具が魔道具じゃないんですか!?」
ミノ吉さんのその言葉に尻尾をぴーんと伸ばしながらコボ美ちゃんが驚く。
一緒に箒で掃いていたゴブ朗さんも手が止まっており、顔には出さないものの驚いている様だ。
「魔道具でない、爆発を起こす道具か……錬金ギルド辺りが新開発した道具でしょうか?」
「さぁ……今の段階じゃ解らないな。何にせよ後で上に報告を上げないといけないから、清掃しながら気づいた事があれば何でもいいから言ってくれ」
ゴブ朗さんの言葉にそれぞれ了解の声を上げると、俺達は一時封鎖の時間いっぱいまで清掃に追われたのだった。
◆◇◆◇
部屋に真っ白な煙が満ちたかと思うと、轟音と共に爆発が起こる。
そして爆発が収まった後に残るのはクレイゴーレムの残骸と宝箱、そして宝箱を囲んで喜ぶ冒険者。
あれから、何組かに1組があの爆発する煙玉を使ってきた。その度に俺達は一時封鎖の時間いっぱい清掃に追われる事となっていた。
いつもなら戦闘時間の間は休めるのだが、この爆発する煙玉はクレイゴーレムを一撃で倒してしまう。
そのため、戦闘時間が数分もかからず終わってしまうので、連続で煙玉を使うPTが続くと休む暇も無く清掃に戻らなければならなかった。
(くそー、いつもののんびりした業務とは雲泥の差だな……)
俺は内心ぼやきながら業務を続ける。こんなに忙しいならいつも通りの巡回業務の方がマシだ。
「それにしても何なんでしょうね、あの煙玉。いくらなんでも駆け出し冒険者が一撃で倒せる道具とかちょっと卑怯ですよ」
愚痴混じりにクレイゴーレムの腕部と思われる残骸を魔法リアカーに積み込む。大きな土の塊だが筋力増加を掛ければ1人でも持てない重さではない。魔術系は反動があるからあまり使いたくないんだけど、こうでもしないと残骸が時間内に片付かない。
神聖系か上級魔術系の強化魔法なら反動も無いので、今度頑張って覚えようと心に誓う。正直、反動による明日の筋肉痛が怖い。
「全くだねぇ、魔力も帯びていない何の変哲も無い粉をばら撒くだけで何であんな爆発が起こるのやら……」
「粉?煙じゃないんですか?」
「いや、あれは粉だねぇ。部屋に残った塵がクレイゴーレムが砕けたにしては細かいし量も多いし。不思議に思って使う所を眼鏡を使ってよく見てみたらとても小さい粉だったねぇ」
俺と同じく残骸を積み込んでいたミノ吉さんが眼鏡を光らせて言う。ミノ吉さんの眼鏡は解析の魔法が付加された魔道具で、様々な分析をその場で行えるのだ。
箒を片手にミノ吉さんの言葉を聞いた途端、俺の頭の中で言葉が連想ゲームの様に連鎖する。
(密室……粉……充満……爆発……)
「ミノ吉さん」
「何だい?」
「爆発する前に、火の魔法とか感知できました?」
「うん……?そうだなぁ……そう言われてみれば冒険者が入口から逃げて行った後、火の魔法が打ち込まれていた様だねぇ。後は松明が投げ込まれた時もあったねぇ。火の魔法ならともかく松明にまで反応する粉なんて何だろうねぇ?」
ミノ吉さんの言葉に俺は確信する。
「ゴブ朗さん」
「何だ?平汰。そろそろ封鎖時間が終わるから通路に戻ってからでもいいか?」
「あっ、はい!」
どうやら連想ゲームが始まった時から手を止めていたらしい。俺は慌ててトン兵衛さんを手伝って大型宝箱を運ぶ。
また封鎖時間ぎりぎりになりながら清掃を終えた俺達は慌てて職員用通路に撤収した。
「平汰、それで何か気付いたのか?」
「ええ、あの煙玉もとい粉玉が何故爆発するのか解りました」
「本当ですか平汰さんっ!」
コボ美ちゃんの驚きの声に頷くと、トン兵衛さんも身を乗り出して聞いてきた。
「あれは一体何なんだ?平汰?」
「あの爆発は……『粉塵爆発』です」
『粉塵爆発?』
皆が目を丸くする。
俺は大きく頷くと、粉塵爆発について俺が知っている事を話したのだった。
ルビ減量中
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