第10話 ダンジョンキーパーとユニークモンスター・後
ダンジョンの通路に張り詰めた空気が訪れる。
発生源は、睨み合うゴブ朗さんとゴブ三郎さんだ。ゴブ朗さんは真面目な顔、ゴブ三郎さんはどこか得意気というかどこか勝ち誇った顔。睨み合う、というのはちょっと違うかもしれないが、
張り詰めた空気は対峙している2人の間から発生していた。
「トン兵衛さん、養殖モノの魔物って記憶持ってたり喋れるんですか?」
「いいや、あのゴブ三郎って奴は天然モノだな」
「天然モノ?」
「俺達と同じだって事だよ。但し、仕事は血生臭いものだけどな」
てことは、あのゴブ三郎という魔物は俺達と同じく正社員って事か。でも、格好は俺達と違って武装しており、彼の周囲に居る養殖モノの魔物と見分けが付かない。
俺が頭の中で疑問符を浮かべている間にも、ゴブ朗さんとの会話が進んでいた。
「久しぶりだなぁ、ゴブ朗……ミズガルデが攻略された時以来か?」
「あぁ……そうだな。何時からここに?」
「つい最近だ、色々なダンジョンを回っていたんでな」
無遠慮な視線をゴブ朗さんと俺達に向けるゴブ三郎さん。その視線にムッと来る。何だか失礼な奴だ。
「そうだったのか……攻略されて以来連絡が付かなくて心配してたんだぞ?」
「ハッ、余計なお世話だよ。お前に心配される程俺は落ちぶれちゃいねぇ。むしろ俺の方が心配してたんだぜ?」
「そうか……見ての通りこうやって無事に過ごしているよ」
「そうみたいだな……お前はすっかり腑抜けてここに馴染んでいるみたいだ」
そういうと、あからさまに見下した視線をこちらにゴブ朗さんに向けるゴブ三郎。
腑抜けてとか本当に失礼な奴だ、なんだってこいつはゴブ朗さんにこんなに当たるんだ?
ゴブ三郎があんまり失礼な態度なので、心の中でさん付けをやめた。
「ああ、いい仲間にも恵まれて仕事も充実してるよ」
ゴブ朗さんがそう言うと、ゴブ三郎は大きな笑い声を上げる。
「クッ……ハハハハッ!冗談言うなよ『纖滅賢帝』!床磨きが充実している!?情け容赦なく冒険者共を殺しまくってたアンタが!?」
暫くの間、ダンジョンにゴブ三郎の笑い声が響き渡る。
「このっ……」
あんまりな言いぐさに一言言ってやろうとしたら、ミノ吉さんに肩を掴まれて止められた。
「平汰君、気持ちは嬉しいけど我慢してもらえないかな……?」
「ミノ吉さん……」
厳しい顔のミノ吉さんに見つめられ、俺は口を噤む。その間にゴブ三郎の笑い声は収まっていた。
「すっかり丸くなったもんだなぁゴブ朗」
「このダンジョンに仕える上で最善の選択をしただけだ」
「それが床磨きだってのか?それを丸くなったって言うんだよ。いや……落ちぶれたといってもいい。『纖滅賢帝』の名が泣くぞ?いや、そもそもマグレで取った称号だから惜しくないのか?」
ゴブ朗さんが反論しないのを良い事に言いたい放題のゴブ三郎、でも、肩を掴むミノ吉さんの手が動く事を許してくれない。
「俺の事はいい、その格好……ゴブ三郎お前まさか襲撃者としてここに入ったのか?」
「それ以外何に見えるってんだい?この格好を見て床磨きに見えるってのか?」
ここで初めてゴブ朗さんの語気が強くなる。
「お前……ここの様な不意打ちをしにくいダンジョンの襲撃者は危険だって教えただろう!」
「ハン、危険なんてねぇよ。アンタみたいに不意打ちなんて姑息な手を使わなくても俺には冒険者どもを正面から殺せる力があるんだからな」
そう言うと、手に持ったショートソードを見せびらかすゴブ三郎。
あれは……魔法武器か?刀身から浮かぶ魔力を感じてそう判断する。
「……武器が良くても死ぬときは死ぬんだぞ?」
「死なねぇよ。色々なダンジョンを回って襲撃者として力をつけたんだ。更に魔法剣を手に入れてからは負けなしだ。俺以上に強いゴブリンなんて居やしねぇ」
ギラギラとした瞳で言い切るゴブ三郎。
「そう、俺はアンタよりも強くなったんだ、ゴブ朗」
「ゴブ三郎……」
「俺はあの事を忘れねぇ……。今度は俺が先に存在上昇してお前をこき使ってやるよ。じゃあな」
言いたいことだけ言って、ゴブ三郎は踵を返して去っていった。
ゴブ朗さんは暫くゴブ三郎が去った方向を見つめ、こちらに向き直る。
「すまなかったな、嫌な所を見せた」
と、頭を下げるゴブ朗さん。
詳しい話を聞こうかどうか迷っていると、それを察したのかミノ吉さんが口を開いた。
「まぁ、平汰君達も聞きたい事があるだろうけど、話は後にしよう。まだ勤務時間だしね」
「そうだな、巡回の途中であまり長く油を売る訳にはいかんな」
「はぁ……解りました」
「よし、残りの時間もしっかり仕事をするとしよう。出発」
ゴブ朗さんの言葉に俺達は巡回業務に戻る。昔の話だからあまり詮索しない方がいいかなと思いながらも、目の前であんなやり取りをされてしまっては気になって仕方が無い。
それからの時間、俺達は無言で仕事を続けた。ゴブ朗さんはどこか心あらずと言った様子だし、ミノ吉さんはそんなゴブ朗さんの様子にため息をついている。
トン兵衛さんもどうしたらいいか迷っている様だ。
「平汰さん……こういう雰囲気私苦手なんですよぉ……」
きゅーんと縮こまるコボ美ちゃんの頭を撫でて元気付けつつ、結局重苦しい雰囲気のままその日の仕事を終えるのだった。
◆◇◆◇
「ゴブ三郎は俺がミズガルデに居た時の部下だったんだ」
仕事が終わり、ゴブ三郎の件について聞きたければ付いてきてくれ。とゴブ朗さんに言われた俺達は、全員揃って『木彫りの木馬亭』にやってきていた。
先日の歓迎会の時の様に個室を取り、注文したものが運ばれると、「今日は嫌な気分にさせて悪かった」とゴブ朗さんが口を開いてゴブ三郎との関係を語り始めた。
ゴブ朗さんはミズガルデに襲撃者として入社してからあっという間に成り上がったらしい。
ミズガルデの森林迷宮はその名の通り、森が迷宮化したいわゆるフィールド型と呼ばれる迷宮だったそうだ。
視界の効き辛い森の中、奇襲や罠を巧妙に使い、どんどん功績を上げ、ゴブ朗さんは存在上昇していく。
同時期に入社したゴブ三郎はそんなゴブ朗さんをライバル視していた様だ。
ゴブ三郎もゴブ朗さん程でないにしても、通常より早いペースで功績を上げていたらしい。
しかし、ゴブ朗さんの出世スピードには追いつく事ができず、迷宮内ではライバル同士と言われていても実際はゴブ朗さんが上。
元々プライドが高かったのか、その事に耐えられなかったらしい。
フロアマスターになったゴブ朗さんの部下にさせられる頃にはすっかり先程の様な反抗心見え見えの態度になっていたそうだ。
ゴブ朗さんも何とかしようと色々努力したようだけど、結局関係が改善されないまま、ミズガルデの森林迷宮は攻略されてしまったらしい。
「後はまぁ、流れてベルリックに辿り着いて今に至るという訳だ」
話を終えたゴブ朗さんが、葡萄酒のグラスをぐっと飲み干して息をつく。
「はぁ……なるほど……。何というか、逆恨みというか、一方的に睨まれるってのも大変ですね……」
優秀すぎて睨まれるとか、俺だったら胃に穴が空きそうだ。
「あいつの言う通り、奇襲メインに生き残るのを優先して戦い続けた結果なだけなんだけどな……」
葡萄酒の入ったカップを手の中で弄びながら遠い視線をするゴブ朗さん。
「結局、最後までゴブ朗の方針に従わなかったよねぇ、彼」
「ああ、襲撃者は只でさえ危険な役割だからな。生存率を上げるための手段は選ぶなと言っているのに、最後まで冒険者を真っ正面から襲うのを止めなかった」
「ゴブ朗の方針に従わずに、最後まで自分のやり方を貫き通したんだよねぇ。あれで今まで色々なダンジョンで生き残ってきたのは凄いと思うけど」
「えーと、それって良かったんですか?上司の言う事を聞かない部下とか……」
俺の言葉にゴブ朗さんは骨付き肉をがぶりと咀嚼して、にやりと告げる。
「あぁ、襲撃者なんて結局侵入してくる冒険者を殺せばそれで良いからな。安全に殺そうが、リスク無視で殺そうが同じ事だから、手柄を立てたもの勝ちな風潮があったんだ」
「それに、ダンジョン内を巡回する時は養殖モノを引き連れて回るから、別行動だしね」
ミノ吉さんの言葉に、ゴブ朗さんは葡萄酒をまた一口飲む。
「まぁ、フロアマスターと言っても結局大した事なんてないのさ。部下の反抗も収める事ができやしないんだから」
葡萄酒を飲みながらそう言うゴブ朗さんはいつもより元気が無い様に見えたのだった。
---Monster Eyes---
俺は養殖モノを引き連れてダンジョンを巡回する。
いつも通りダンジョンを巡り、出会った冒険者を殺し続ける。
その際、養殖モノにも犠牲が出るがいつもの事なので気にしない。何せ俺達魔物の魔力を素に魔法炉で造られているからいくらでも造る事ができる。
まぁ、管理部から魔法炉の魔力節約のため率いている養殖モノの損害はなるべく出さないように言われているが、正直守るつもりなんてない。
冒険者との戦闘は駆け出しの多いこの階層とはいえど油断すれば即、死に直結するからだ。
だから養殖モノを囮や盾にする事だって躊躇わない。養殖モノと違って俺は死んだらそこでお仕舞いだからだ。
ダンジョンには俺の様に床磨き等の仕事に就かず、冒険者と命のやり取りをする襲撃者を選ぶ者も少なくない。
危険な仕事だが、その分報酬は良く床磨き等と比べても存在上昇の速度が早い。
そんな危険な任務に就く俺達は使う装備も良い物を使うようにしているし、養殖モノを統率して生存率を上げている。また、魔物の本能のまま暴れるだけの養殖モノと違って俺達は意思があり、知恵を働かせる事が出来、肉体も養殖モノと違って劣化しない上に階位も高い。
養殖モノとは一味違った強さを持つ俺達を、冒険者は名有りや特異と呼ぶらしい。
冒険者側にも恐れられる魔物。まさに魔物冥利に尽きるというものだ。
そう、かつてのゴブ朗もそうだった。『殲滅賢帝』などと呼ばれ、冒険者に恐れられる魔物。
同時期に森林迷宮に入った俺を差し置いて、あっという間に階位を上げてハイオーガにまでなったゴブ朗には結局追いつけなかった。
だが、今の奴はすっかり腑抜けて床磨きなんてものに甘んじている。
正直床磨きをしている奴を見て失望したが、これはチャンスだ。森林迷宮での奴を上回る早さで存在上昇してハイオーガ以上の存在になってやる。
魔物は力が全てだ。頭を使う事を否定はしないがそれは敵を倒すためのものであり、決して床の汚れを効率的に落とすために使うものじゃない。
そんな事は存在上昇できないような弱者にやらせておけばいい。
そんな弱者に成り下がったゴブ朗なぞ最早眼中にないが、以前奴に負けていたのは事実。
この迷宮で俺の方が奴より上である事を証明してやる。
「ギギッ!」
引き連れていたゴブリンの1人から警戒の声が上がり、物思いに耽っていた思考を戦闘時のものに切り替える。耳を澄ませるとこちらに向かう足音が聞こえた。
「獲物か」
俺は手に持った魔法剣を握り直しにやりと笑う。現在位置部屋の中。獲物は通路から真っ直ぐこちらに向かってきている。
俺は引き連れていたコボルトを獲物がやってくる入り口の陰に潜ませ奇襲するように命じると、ゴブリンとオークを率いて部屋の中央に陣取る。
暫く待つと獲物の姿が見えてきた。5人PTで装備も悪くない。駆け出し卒業かどうかといった感じかとアタリを付ける。
そいつらを観察して思ったのはそのくらいで、他は特に気になる点もない。PTメンバーの中にこの辺りでは珍しい黒髪黒目の若い男が居るくらいだ。
俺は魔法剣と小盾を構え戦闘態勢を取り、ゴブリンとオークにも構えさせる。
向かう先に俺達が居る事に気付いたのか、獲物達も武器を構えてこちらへ向かってきた。
「ギギィッ!」
大声を上げて獲物を挑発、向かってくる速度が上がった。
(いいぞ、そのまま掛かってこい)
部屋の真ん中で構える俺達に気を取られるほど、入り口の陰に潜ませたコボルトの奇襲効果があがる。
獲物は金属鎧を着た奴を先頭にしてこちらに向かっているが、先日4人PTを壊滅させた時の様に前後で挟み撃ちにしてやるつもりだ。
あの時は魔法使いを逃がしてしまったが、今度は全滅させてやる。
先頭の金属鎧の奴も問題ない。先日の4人PTも最後尾に金属鎧を着た男が居たが、俺の魔法剣は金属鎧をものともせずにダメージを与えて殺す事ができた。
先頭の金属鎧が部屋に入ってきた、それを確認すると俺は真っ先に襲いかかった。
(さぁ、お前達も俺の功績にしてやるっ!)
俺は思いきり雄叫びを上げる。獲物の悲鳴と血しぶきを期待しながら、功績を積んで存在上昇する自分を想像しながら。
戦闘後の後片づけのために俺達が部屋に入ると、目の前にはゴブリン、コボルト、オークの死体が転がっていた。
「また結構な数がやられましたねぇ」
死体を魔法リアカーに積んでいく。
死体を積みながら、この養殖モノ達は誰の魔力を元に造られたものなのかな、と思っているとゴブ朗さんが声を上げた。
「ゴブ三郎っ!?」
ゴブ朗さんの前に1人のゴブリンが死体となって転がっている。その死体は肩口から袈裟掛けにばっさりと斬られていた。
よく見ると、手に持っていた魔法剣はどこにも見あたらない。おそらく冒険者に取られてしまったのだろう。
俺達ダンジョン側も死んだ冒険者の装備を奪って修理し、宝箱にするが、冒険者も魔物の装備を奪う。
特に、魔法効果のついた装備品は強力なため、狙われやすい。
ゴブ三郎も多数の冒険者に狙われ、逃げきれずにやられてしまったのだろうか。
先日会った時は嫌な奴だという印象しかなかったが、死体となってしまった彼を見ると何とも言えない気分になってしまった。
ゴブ朗さんは無言でゴブ三郎の死体を魔法リアカーに乗せる。
そして黙祷するかの様に目を瞑る。
「さあ、巡回を続けるぞ」
暫くして目を開けると、先頭に立って歩き始める。俺達は無言で後を追った。
「……馬鹿野郎が、死んだら何もならないってのはお前が言ってた事だぞ」
そう、ゴブ朗さんのつぶやきが聞こえたが、俺は聞かないふりをして付いていくのだった。
冒険者だけでなくダンジョン側にも危険があるという事でした。
ユニークモンスターといえば名前が紫だったり金色だったり肉切り包丁持ってたりというイメージなのですが、他にはどんなイメージがあるかなぁ。