第1話 募集職種:ダンジョンキーパー
『ダンジョンを快適に保つ簡単なお仕事です。日ごろダンジョンを使ってくれる冒険者達が快適に過ごすためのお手伝いを貴方もやってみませんか?資格経験不問、初心者歓迎!仕事は職場の先輩達が懇切丁寧に教えてくれるので、貴方もすぐに立派なダンジョンキーパーになれます!』
今日も今日とてハロワに求人を探しに来た俺はこんな求人を見つけた。ダンジョンだの冒険者だの怪しさ満点すぎてよくこんな求人がハロワに載ったもんだと逆に感心してしまう。
多分職員の悪戯なんだろうがこんな求人でっち上げてクビにならないだろうか?逆にハロワ職員の心配をしてしまいながら、どうせ悪戯だろと求職票を印刷して受付に提出するとあっさり面接が決まった。
「え、マジで?」
思わず受付の職員に素で答えてしまったくらい驚いた。
そんな俺を無視して受付の職員は淡々と連絡事項を告げていく。面接は明日午前10時から、会場は社屋であるベルリック地下大迷宮にて。交通費は会社(会社名もベルリック地下大迷宮だった)持ちという事で最寄のJRの切符を渡された。渡される時に朝の電車は決まった時間にしか出ないので気をつける様にと言われた。切符を見てみると午前6時66分発とあった。66分?
当日の服装はスーツでなく動きやすい服装である事、作業着ならば尚良しと俺に告げると職員は次の受付け待ちの人を呼んでしまった。
慌てて受付カウンターから出るとすぐに順番待ちをしていた人が入れ替わりで入ってくる。狐に摘まれたような気分のまま俺はハロワから出るのだった。
◆◇◆◇
翌朝、俺は最寄のJRに来ていた。一晩経っても騙されているとしか思えなかったが、ハロワ職員まで巻き込んだ悪戯ならどこまで凝っているのか知りたくなったからだ。
切符も6時66分というありえない時間だし改札で止められて終わりだろう。後はまぁ酒の席での笑い話にするかと思って切符を改札に通すとあっさりと通る事が出来た。
「え、マジで?」
思わず素で呟いて立ち止まってしまうが、改札の流れを止めてしまう事を思い出し構内に入る。
不思議と足が自然と動き、いつの間にか俺は13番ホームに立っていた。ちなみにこの駅は10番ホームまでしかない。
携帯の時計を見ると6時50分だった。66分って何だろうと思って携帯の時計をじっと見ていると時計が6時59分から6時60分に進んだ。目が点になり固まってしまう。
固まっているうちにも時計は進み、6時66分になった時には既に目の前で電車の扉が開いていた。思考が停止したまま乗り込むと電車内は結構人が居た。
ゴブリンにコボルドにオークにオーガ。うっすら透けているのはゴーストだろうか。満員電車のラッシュという程乗ってはいないのは幸いと思いながら空いている長椅子に座る。
電車はすぐに動き出し暫くぼんやりと外を眺めると、いつの間にか知らない風景が広がっていた。
「え、マジで?」
電車が停まり、ゴブリン達に続いてホームに降り立ち、周りの風景を見て思わず素で呟いてしまう。
携帯の時計を見ると7時36分となっていた。家を出たのが6時40分だったから家から駅までと電車の移動時間合わせて1時間くらいだろうか。そんな事を考えながら人の流れに身を任せて駅を出ると、朝から活気のある商店街が駅前に広がっている。
開いているのは弁当や朝食等食べ物を売っているお店がほとんどだ。食べ物以外で開いているのは雑貨屋くらいだろうか。
ふらりと食べ物屋界隈を覗くと、シ○バニアファミリーの様な兎族がサンドイッチを売っていたり、いかついワーボアのおっさんが焼き猪肉弁当を売っている。
他にもミノタウロスの牛丼屋は早い!美味い!安い!のノボリが立てられ行列が出来ており、その向い側でオークの豚丼屋が同じく早い!美味い!安い!のノボリを立てて行列が出来ている。
ふと、朝食を抜いてきたのを思い出し、兎族のサンドイッチ屋に並ぶ。ほどなく順番が回ってきたので店員さんお勧めを聞くと意外にも野菜サンドイッチでなく照り焼き兎肉サンドイッチだった。まぁ、一番人気の商品だし他の客も買っているので、照り焼き兎肉サンドを買おうと千円札を出したら拒否された。
「両替を忘れるなんてそそっかしい人族だねぇ」
と、口調からしてどうやらおばちゃんっぽい兎族からケットシーが営む両替所を教えてもらい、とりあえず2千円ほど両替した。どうやら通貨基準は日本円と同じらしく2千円が2千ゴールドになった。
使いやすい様に100ゴールド硬貨にしてもらって20枚受け取ると、兎族のサンドイッチ屋にとって返す。
念願の照り焼き兎肉サンドイッチ(1パック3個入り330ゴールド)を購入すると、ベルリック地下大迷宮に行くにはどうすれば良いか尋ねる。
「ベルリック地下大迷宮なら駅前ロータリーから出る馬車でいけるよ。ここからだと片道45分くらいだね。朝は8時までは10分置きに馬車が出るよ。8時を過ぎたら30分置きだね」
「なるほど……ありがとうございます」
「それにしても人族がこの街に来るとは珍しいね。冒険者じゃないのかい?」
「いえ、今日はベルリック地下大迷宮に面接を受けに来たんですよ」
「あらまぁ!あそこの面接を受けられるなんて凄いじゃないかい!」
「そうなんですか?地元のハロワで紹介されただけなんですけど……」
兎族のおばちゃんが言うにはベルリック地下大迷宮はここら辺で一番大きなダンジョンらしい。地下高層50階建てのダンジョンは南コシマ地方で唯一ここだけだとか。
この駅前商店街もベルリック地下大迷宮に通勤する人達を相手にしており、そのおかげでこの街の経済が回っているのでこの街の住人はベルリック地下大迷宮に足を向けて眠れないらしい。
「あんな大ダンジョンに勤める事ができるなんてアンタもラッキーだねぇ!」
「いえ……まだ面接が受かるとは限りませんし」
「何言ってるんだい!気合入れて絶対受かるんだよ!」
と、兎手でぽふぽふ背中を叩かれ合格祝いに食べなさいともう1パック照り焼き兎肉サンドイッチを持たされる頃には8時15分を回っていた。おばちゃんと結構話し込んでいたらしい。その間もおばちゃんは次々に並んでくる客を捌いているあたりは流石である。
次の馬車は8時30分、片道45分らしいからちょっと早いが良い時間だろう。俺はおばちゃんに改めて礼を言うと駅前ロータリーに向うのだった。