神様は皮肉なお願いしか叶えてはくれない
これは短編「私と兄と乙女ゲーの世界」の兄視点です。
色々と意味不明の部分もあるかも知れません。
ちなみに乙女ゲーと言いつつ、内容はさっぱり出てきません。
色々と暗いです。
そういうの苦手って方はご注意下さい。
僕には可愛い妹と弟がいるけど。
正直言うと、他に可愛いと思う相手もいなくて。
何となく、自分は世界を馬鹿にして生きてるなって自覚はあった。
だって、無条件に慕ってくれる相手なんて他にいないじゃないか。
血の繋がりがあるってだけで、よちよち後をついてきて。
兄貴面して可愛がりながらも、本当は僕の方が面倒を見られてた。
それを解っていたけど、兄の矜持で知らない振りして。
我ながら、自分はどうしようもない兄貴だったと思う。
過去形だよ?
だって、これからはそうじゃあるまいと、自分で決めたんだから。
僕には妹がいた。弟がいた。
だけど、今はいない。
僕は一度、死んでしまったから。
僕の我が儘のせいだって、解ってる。
本当はあの子は…妹は、あのゲームにあまり興味を持ってなかった。
でも、優しい子だったから。
僕が頼んだことに、妹はいつも「しょうがないな」って、折れてくれる。
それを解ってるから、僕も滅多に頼ろうとはしなかった。
それをあんな、あんな事で頼んじゃって。
自分で自分に呆れて、どうしようもないと嫌になった。
それで妹を巻き込んで死んじゃったんだから、救いようがない。
僕は、新しく生まれると同時に自己嫌悪で死にたくなった。
だってそうだろう。
妹は、僕のせいで死んじゃったんだから。
弟は、僕のせいで取り残されちゃったんだから。
一人で遺されるのは、誰だって嫌なのにね。
妹はこんなどうしようもない僕を馬鹿だって笑いながらも、慕ってくれて。
弟はこんな僕達を馬鹿にしながらも、一人にされるのが何より嫌いで。
特に寂しがり屋の弟は、口では皮肉を言いながら、僕や妹についてくる。
愛されてるなって、自覚はあった。
それでも砂みたいに、日常の中で乾いていく心。
つまらない生活。下らない人間関係。
どうでも良い社会の中で、愛想笑いに減らず口。
社交辞令で覆われて、本音の見えない薄ら笑いが嫌いだった。
そして、それに参加している自分も、
本音でつきあえる相手なんて、所詮は家族だけ。
本当の自分を見せても、嫌わないでくれるのは家族だけ。
周り全部、自分の家以外滅べばいいのに。
子供の頃、そう思っている自分に気付いてゾッとした。
僕、何処かおかしいのかも知れない。
自分でそうと気づいたのは、確か小学生の時。
でも、自分で解っても、何処をどう直せばいいのか解らなくて。
直しようもなく、放置された欠陥。
いつしか気付いた時には、本音を隠して嗤う自分。
自分以外の人間を、嘲笑って見限る自分が居た。
上手に要領よく、人々の中に溶け込みながら。
破綻を招いて、こっそりと綻びをつついて。
壊れかけた人間関係を、更に壊していく。
そうやって、自分がそうしているとは気付かれない様に、上手く立ち回って。
自分の行いで崩壊していく友情や愛情を見て、面白がる自分に反吐が出る。
ああ、僕はなんて醜いんだろうね?
本当は僕が一番、駄目な奴だってのに。
自分で自分の壊し方も直し方も解らないから、代わりに周りの人間達が築いた健全な関係を壊したり、修復したり。自分に対してやるべき事を、周囲に肩代わりさせて。
僕って、最低。
それを知ってて、見透かしてて。
なのに、知っている筈の弟妹は、僕を普通の兄貴として扱ってくれる。
ううん。こんな僕なのに、無条件に愛してくれる。
そんな可愛くて天使みたいな奴、他にいないでしょ。
だから僕は、口ではからかいながら、弟妹が可愛くて仕方がなかった。
他に、自分を真っ当な奴だって、知ってて言ってくれる奴はいなかったから。
他に、僕の歪みも全部知っていて、受け入れてくれる奴なんていなかったから。
だからこそ、そんな可愛い弟妹を、自分の手で不幸にしたのが許せない。
切欠は、ほんの下らないこと。
それがゲームだって、ちゃんとしっかり知ってたさ。
だけどどうしようもなく、惹かれちゃったから。
現実に、そんな事なんて一度もなかった。
妹が許してくれたから、更に調子に乗った。
弟が見限らなかったから、そんな自分を許した。
それが結局、死の要因。
人生はままならないって言うけど、それが僕一人なら良かったのに。
待ちに待ったゲームの発売日。
僕は妹と一緒に、半額出したゲームを引き取りに行った。
ジャンル:乙女ゲーム
そんなモノにはまっちゃった自分を、笑うしかないと思った。
自分にピュアな部分なんて欠片もないと思ってたのに。
非現実の天使に心を奪われる様な、そんな素直な部分がどこかにあったみたいだ。
それを初めて発見した時。
妹の目が正直に「気持ち悪い」と言っていた。
自分でも、そんな自分を気持ち悪いと思った。
勿論、気付かないふりをしたけれど。
正直な心の声を黙殺して、自分を騙して、そうしてようやっと素直になれる。
そんな僕を見て、弟妹も微妙な顔をしながら良かったねって言ってくれる。
だからじゃないけど。
今までの人生でなかったことだから。
正直に言おう。
用心を怠った。
人は用心していても、どうにもならないこともあるっていうけどさ。
それでも用心していれば、何割かの危険は回避できると思うんだ。
そうだよ。自分で車を出せば良かったんだ。
駐車場を探すの面倒とか、思わないでさ。
バスで行き帰りした方が樂とか、思わないでさ。
僕も妹も、定期を持ってた。
だからバスでいっか、なんて思った。
…あんなバス、乗るんじゃなかった。
僕と妹を乗せたバスは崖の下に転落し、僕と妹の人生を終わらせた。
できれば妹だけは助かってくれと、信じていなかった神にも祈った。
あ、落ちる。
そう思ってからの短い時間で、僕は咄嗟に妹を抱き込んだ。
小柄な妹で良かった。
僕の身体が、大きくて良かった。
体格差にちょっとホッとしたけど、でも気付く。
僕の身体をクッションにしたくらいじゃ、助からなさそうだなって。
気付かなければ、最期に自分を誤魔化すこともできたのに。
気付いちゃったから、心の中を絶望感が吹き荒れる。
ぎゅっと伸ばされた妹の手。
何を思ったのか、僕の頭を庇おうとする。
いや、庇ったくらいじゃ無駄だって。
自分だってそう思うのに、妹の手を掴んで、腕の中に仕舞い込もうと必死になった。
僕は良いから、君は助かってよ。
死に物狂いで、妹の助かる確率を上げようとした。
ああ、でも。
ふざけんなよ。
奈落の入り口は、僕の最期で人生一番の努力を無駄にする。
無駄にして、その口に僕と妹を吸い込もうとする。
闇の中に堕ちるんだろうか。
光の中には、行けないんだろうか。
僕自身が死ぬのは、仕方ないよ?
自分でも、そう、諦められる。
でもさ、妹まで連れて行くことはないと思うんだ。
それに遺される弟だって、可哀想じゃないか。
だからさ、神様。
僕の一生一度の、なけなしのお願い。
妹だけは、助けてよ。
僕の身体、ずたずたのぼろぼろにして、良いからさ。
この身体も魂ってやつもあげるから、妹を助けてよ。
僕が地獄に行くのは仕方ないさ。
でも、妹は救ってあげてよ。
ね、神様。お願い。
一所懸命、お願いしたのにさ。
信じたんだから、救ってくれても良いのに。
気付いたら、僕は生まれ変わっていた。
最初にアレって、思ったのは、自分の名前。
どっかで聞いたな。気のせいかなって。
…フルネームを知った時は、乾いた笑いが出てきそうになった。
次に景色。
目に映る景色や、建物。室内の光景。
どこかで見たと思ったんだ。
どこで見たんだっけ?
現実で見た気はしない。
目の前で現実としてみると、質感が違う気がする。
写真? テレビ?
あー………テレビだ。
うん。テレビ。
…正確に言うのなら、ゲーム画面で。
ねえ、なに、この皮肉。
誰がこんなお願い叶えてって言ったの。
僕は、妹を助けてって、言ったんだよ?
誰も、僕が生前はまった乙女ゲーの世界に転生させてなんて、願って・な・い・よ!!
…いや、その、ちらっとだけ。
ほんのちょっとだけ、思った様な、思わなかった様な………
………うん。思った、けどさ。
僕の心の潤い、あのヒロインを実際に見てみたいなー…なんて。
でも、本当にちょっとだけだよ。
そもそも、思ったのもあのバス事故に遭う前だし。
ねえ、時効だよ! 時効でしょ!? 時効にしてよ!!
そんな願いよりも、妹の命を助けて欲しかったんだよ、僕は!!
ああ、もう。無駄に記憶力の良い自分が嫌になる。
何、この鮮明な最期の記憶!
…前世の記憶って、記憶力の問題かはさておき。
きっちり残ってるんだよ………妹の、死に顔ってヤツが。
本当に、酷いよ。神様って残酷だよ。
僕の本当の願いは叶えてくれなくて、どうでも良い様なちっさな願いを叶えるんだ。
妹は、どんなに痛かったろう。
弟は、どんなに悲しんだだろう。
どっちも一人にされるのが嫌な子達だから、僕のことを恨んでいるかも知れない。
ううん。恨んでても良いよ。
恨んでいて、良いから……本当に、生きていて、欲しかったんだよ。
僕は妹のことを思っては泣き、弟のことを考えては泣き。
父さんと母さんを思い出しては、申し訳なさに身悶えた。
いつまで経っても情緒不安定で、毎日の様に泣き暮らす。
そんな幼子を、改めて生まれ直したこの世界で、大人に不気味がられて。
自分の不甲斐なさ、愚かさ、間抜けさ。
自分が嫌いで嫌いで、嫌いで。
でも、そんな自分になって、何故かようやっとまともな人間になった様な気もして。
それに気付いて、更に自己嫌悪で死にたくなって。
でも、死ねなくて。
人生良いこと無いな。何か、良いこと無いかな。
そう思いながら、毎日泣いていた。
あまりにも毎日泣くものだから、医者にも診せられた。
ごめん、今生の父さん、母さん。
僕、まとも。もしくは正気。
いや、本当は狂ってるのかな?
前世の記憶って言う、厄介だけど手放せない重荷。
それを喜んで背負ってるんだから、僕って被虐趣味かもしれない。
そう思いながら、惰性で日々を生きていた。
そんな時だった。
僕に、妹が生まれたのは。
ううん。『妹』が、妹として生まれてきてくれたのは。
え、何この奇跡。誰の悪戯?
生まれたばかりのあの子を、初めて目にした時。
初の顔合わせで、僕は無意識に息を止めていた。
有り得ないはずの奇跡を、そこに見つけちゃったから。
だって、これ、あの子だよ?
見ただけで、解った。
本当は、違うのかな?
ううん。この子は、『妹』だ。
あまりに毎日泣きすぎて、頭がいよいよ本当におかしくなったのかとも思ったけど。
でも、これは間違いないなって、見る度に確信する。
この子は、僕が『僕の最期』に、その命を願ったあの子だって。
いや、確かに生きてほしいと願ったけど。
こんな変則的な叶え方って、アリなんですか? ねえ、神様?
次に死んだ時は、釘バットで天国に殴り込もう。
できるかどうかも解らない未来を誓いながら、僕は妹を腕に抱く。
毎日毎日、枯れることなく流れ続けた涙は自然と止まっていて。
不安定だった心も、満たされたみたいに安定して。
妹が可愛くて、可愛くて。
生まれ変わる前よりもずっと、あんな終わり方をした分、本当に可愛くて。
今生での両親も、普通の子供らしく振る舞う様になった僕に安心していて。
今度は、絶対に妹が幸せを掴むまで生きようと思った。
今度は、絶対に妹を自分より可愛がろうと思った。
これはきっと、僕のせいだから。
生まれてきた『妹』を可愛がることで償いにしようと思う気持ちもあって。
罪悪感があるのは事実だから、せめて妹にだけでも償いたい。
そんな気持ちで向き合われても、妹にしてみたら迷惑なだけなのにね。
自分でも妹に甘い馬鹿兄だって自覚してるよ。
それが、この世界の登場人物として生まれた僕の…その、役割に反することも。
僕の記憶の限りじゃ、ゲームの中の『僕』と『妹』は仲が激悪だった。
だけど気にするもんか。
だって目の前に、妹がいる。
この子に今更意地悪したり、冷たく振る舞うなんて、絶対に無理。
一度失った生命だから、大事にしたくて堪らない。可愛がりたくて仕方ない。
だからまあ、目に入れても痛くないってヤツ。
僕は前世に輪を掛けて、どうしようもない兄貴になっていた。
妹は記憶があるのかどうか解らない。
だから棒は、慎重に振る舞っていた。
そんな僕に、五歳の誕生日を迎えた妹が言ったんだ。
「おにいさま。おにいさまは、あの『馬鹿兄貴』ですわよね?」
いや、そんな台詞を可愛らしく首傾げなんてしながら言わないで?
何を言われたのか、直ぐに解った。
でも何を言うのかとも思った。
本当に、解って言っているのかなって。
確かめる意味で視線を合わせ、妹の顔を覗き込む。
………五歳児の顔じゃ、無かった。
あ、うん。
そうですね。はい。
こうして妹と二人、記憶の有無を確かめあって。
更に妹が、僕のことを恨んでないって。
仕方のない兄貴は、いつだって、いつまでだって自分の兄貴だって。
直ぐに生まれてこなくてごめんって、そう、僕に言うから。
僕の妹馬鹿は、更に加速した。
うん。当然だと思う。
その後、更に弟として『弟』が転生して来るに至り。
僕はもう、完全に開き直った。
何この人生。面白すぎる。
遺してきた両親には申し訳ないけれど、逆に言えば二人にしか申し訳なさを感じない。
その時点で、僕の希薄にして軽い人間関係が知れるというモノ。
父さんと母さん以外の前世の全てがどうでもいいなんてさ。
僕、最低すぎでしょ。
こんなに薄情だったら、遺してきたイロイロが浮かばれない気がする。
でも妹も弟も、そんな僕を仕方がないって、受け入れてくれる。
今度はそうならなきゃ良いって、助けてくれるって、言ってくれる。
それでいっかなって思える時点で、僕には反省が足りない。
だけどまあ、反省はこれからでもできるから。
反省点を踏まえて、今度こそ人間性がそこまで悪くならない様に。
今度こそ、問題の無い人生を………ってのは無理だから、できればせめて、無難に。
どうせなら人並みの人生ってヤツを送ってみたいし。
弟妹がいるだけで満足していたら駄目だって、当の弟妹に叱られちゃったしね。
だから僕は、再び新たに生き直そうと思う。
前世みたいな、馬鹿みたいで最悪な人間にはならない様に。
幸い、僕は未だ子供で、やり直しは利くだろうし。
やり直し方も、色々検討しなきゃだけど。
それでもやっぱり、弟妹の存在に満足を覚えるから。
満たされた人生を更に満たす為に。
この世界で与えられた『役割』ってヤツにも興味はあるし。
よく考えてみれば、前世ではまったヒロインにも、現実に会えるって保証があるし。
うん。人生、良いことが結構ありそうかも。
…問題があるとすれば、僕が攻略キャラって事かな。
既にヒロインのこと、娘か孫って感じに認識しちゃてんだけど……
どうにかなる…かな。どうにもならない……かな?
まあ、どうにかするとして。
結構良いことありそうな、新しい人生。
仕切り直しも完了したし。
妹と弟は絶対的な味方だって解ってるから心強いし。
満足のいく最期を今度こそ迎える為に、僕は今度こそ足掻いてみようと思う。
でもね。
何よりも最優先の目標は、弟妹の幸せなんだよね。
兄貴としては、それでも問題ないでしょ。
だからさ、弟妹の二人に言うけど。
今度こそ、幸せになってよ。