「変態老人の生贄になれ」と実家に捨てられた醜いアヒルの子、嫁ぎ先の公爵様が超絶イケメンのチェスバカだったので、盤上でハメ倒して永住権(溺愛)を勝ち取ります
「いいこと、ローラ。あんたが嫁ぐアルベルト公爵はね、身分こそ高いけれど、醜くてロリコンのど変態、おまけに屋敷から一歩も出ない不気味な老人よ」
年の離れた意地悪な姉が、私の痩せ細った肩を掴んで嘲笑う。
「お父様とお母様もせいせいしているわ。我が家の邪魔者だった醜いあんたが、高位貴族とのコネになってくれるんだもの。精々、おじいさんに可愛がってもらいなさい」
我が公爵家の末子である私は、生まれつき見た目がパッとせず、家族から虐待に近い扱いを受けていた。
満足な食事も与えられず、いつもボロ布のような服を着せられていた私。
そんな私が十歳になった途端、実家は私を「生贄」として、噂の変態貴族へ差し出すことを決めたのだ。
嫁ぐ日の前日、私は自室でボロボロと涙を流した。
(このまま死んでしまおうか……)
そう思ったけれど、十歳の私には自殺する勇気すら出なかった。
無情にも朝はやってくる。
私はただ、恐怖に震えながら、迎えの馬車へと押し込まれたのだった。
馬車に揺られること数時間。
たどり着いたアルベルト公爵家の屋敷は、驚くほど静かだった。
冷や汗で濡れた手を握り締め、生きた心地もしないまま客間で待っていると――ガチャリ、と扉が開いた。
(……あ、悪魔が来る……!)
私はぎゅっと目を瞑った。
しかし、聞こえてきたのは、老人特有のしわがれた声ではなく、低く心地よい青年の声だった。
「……チッ、ひどいことをしやがる」
「ひゃうっ……!」
恐る恐る目を開けると、そこに立っていたのは、十代後半に見える信じられないほどの美青年だった。
白磁のような肌に、鋭くも美しい切れ長の瞳。
その青年が、私を睨みつけながら忌々しそうに舌打ちをしたのだ。
(やっぱり、私は嫌われて、これからひどい目に遭うんだ……!)
恐怖のあまりガタガタと震える私を見て、青年はハッと目を見開くと、慌てて頭をかきむしった。
「あ、すまない! 君を睨んだわけじゃないんだ。怯えさせて悪かった」
青年は私の前に膝をつき、目線を合わせる。優しい、大人の男の香りがした。
「僕はアルベルト・フォン・公爵。君の婚約者だ。さっきの舌打ちは君にじゃなく……十歳の幼い子供を、道具のように生贄として差し出してきた君の両親に対してだよ」
「え……?」
私は呆然とした。
目の前にいるのは、醜い老人でもなければ、ロリコンの変態でもない。
あまりにもまともで、優しい、超絶イケメンの若き公爵だった。
×
あまりのギャップに、私の小さな頭には疑問が浮かぶ。
「あの……アルベルト様。なぜ、街にはあんなに恐ろしい噂が流れているのですか……?」
私の問いに、アルベルト様はバツが悪そうに視線を逸らした。
「……結婚が、したくなかったんだ。家庭なんて煩わしいだけだし、『結婚生活は人生の墓場だ』とおじい様がよく言っていたからね。だから、女が寄り付かないように、わざと自分で最悪な噂を流したのさ」
「そう、だったのですか……」
「まあ、引きこもりという噂だけは本当だけどね」
アルベルト様は苦笑しながら、部屋の隅にある立派な机を指差した。そこには、精巧に作られた白と黒の駒が並んでいた。
「僕はチェスが大好きでね。日夜、この部屋にこもってチェスの研究をしているんだ。身分を隠して庶民の大会に出て優勝したこともある。貴族からは『貧乏くさい庶民の遊戯に耽る変人』と言われているよ」
「チェス……」
私はその盤面を見つめた。
そして、一番大切なことを尋ねる。
「あの……私は、これからどうなるのでしょうか。やっぱり、お役に立てないから追い出されてしまいますか?」
アルベルト様は、とても痛ましそうな、優しい目で私を見つめた。
「まさか。こんなに痩せ細るまで虐げられてきた君を、今すぐ放り出すわけないだろう。しばらくこの屋敷で、美味しいものをたくさん食べて暮らしなさい。数年経ったら、適当な理由をでっち上げて綺麗に離縁してやる。君の将来のために、十分な慰謝料と新しい身分も用意するし、ちゃんと実家に戻れるように手配してやるから安心するといい」
アルベルト様は、私のことを心から思いやってそう言ってくれた。
けれど――。
(あんな地獄のような家には、死んでも帰りたくない……!)
私は決意した。
私の見た目は美しくないかもしれない。けれど、私には誰にも負けない『たぐいまれなる頭脳』があるのだ。
私の精密な頭脳に、ひとつの完璧な計画が浮かぶ。
(アルベルト様はこの世の何よりもチェスが好き。なら……チェスでこの人を完全に叩きのめし、『私を手放したくない』と言わせて、この天国のような屋敷に永住してやるわ!)
その日から、私の生存戦略が始まった。
私はアルベルト様にお願いして、チェスのルールを教えてもらった。初めて触る遊戯だったけれど、私の頭脳なら、一度ルールを聞けばすべての定跡が頭に吸い込まれていく。
数日後。
「アルベルト様、一局、お相手をお願いできますか?」
「いいよ。ローラ、子供相手だからって手加減はしないからね?」
アルベルト様は余裕の笑みで駒を動かした。
しかし、十手、二十手と進むうちに、彼の顔から余裕が消え失せていく。
「……え? あ、あれ……? なんだこの手は……?」
アルベルト様の額から、だらだらと冷や汗が流れ落ちる。
私の打つ一手一手は、彼の予測を遥かに超え、盤面を完璧に支配していった。
「チェックメイトです、アルベルト様」
「な……馬鹿なっ!? 嘘だろ、僕が負けた……!? 十歳の子どもに……!?」
アルベルト様はガタガタと椅子を鳴らして立ち上がり、驚愕の表情で私を見た。
この領地には、天才である彼とまともに戦える相手など一人もいなかったのだ。そんな彼の前に現れた、自分を凌駕する超天才の少女。
アルベルト様の目が、歓喜と興奮でギラリと輝いた。
「ロ、ローラ……! 頼む、もう一局! もう一局だけ打ってくれ!!」
「ふふ、よろしいですよ」
計画通り。私は心の中で、小さくガッツポーズをした。
×
それから、八年が経過した。
十八歳になった私は、アルベルト様の屋敷の鏡を見て、自分でも驚いていた。
実家にいた頃の泥のような肌は、公爵家の美味しい食事と規則正しい生活、そして高級な化粧水のおかげで、雪のように白く透き通っていた。
ボサボサだった髪は、艶やかな極上のシルクのように輝いている。
今や私は、道を歩けば誰もが振り返るような、社交界でも噂の美女へと成長していた。
まさに『醜いアヒルの子』の変貌である。
もちろん、離縁の話なんて、とっくの昔にどこかへ消え去っていた。
「ローラ、お願いだ、今夜も僕の部屋で朝までチェスをしてくれ……! あと、これは君に似合うと思って買ってきた新しいドレスと、エメラルドの髪飾りなんだが、受け取ってくれないだろうか……!?」
部屋に入ってきたアルベルト様は、八年前のクールな美青年の面影はどこへやら、私をこれでもかと甘やかす重度の溺愛旦那様と化していた。
「まぁ、ありがとうございます。でもアルベルト様、今夜は手加減しませんわよ?」
「望むところだ! 君にボコボコにされるのが、今の僕の最高の快感なんだ……!」
すっかり私の頭脳の虜(盤上の意味でも、女性としても)になったアルベルト様に、私はクスリと微笑む。
「結婚は人生の墓場」と言っていた人はどこへ行ったのだろうか。今や彼は、私と一刻も早く本当の結婚式を挙げたくて仕方がないらしい。
そんなある日、実家である公爵家が『国家反逆罪および不正蓄財』の罪で、王室に一斉検挙されたという報せが届いた。
どうやら、私をアルベルト様に売ったことで「我が家は安泰だ」と完全に調子に乗り、裏で大規模な密輸を行っていたらしい。
それを、王室のチェス仲間(※国王様)から事前に情報を得ていたアルベルト様が、私の頭脳が弾き出した「実家の資金流出ルート」のデータを元に、徹底的に証拠を炙り出して、公爵家を跡形もなく叩き潰したのだ。
「ローラを虐げた奴らを、僕が許すはずないだろう」
そう言って微笑むアルベルト様の背後は、少しだけ黒いオーラが見えたけれど、私のために怒ってくれたのだと思うと嬉しかった。
ちなみに、私を嘲笑っていた意地悪な姉は、爵位を剥奪され、今では平民として泥にまみれて働いているらしい。自業自得ね。
「ローラ。実家も片付いたことだし……そろそろ、僕の本当の奥さんになってくれるかい? もう君なしの人生なんて、僕には考えられないんだ」
アルベルト様が私の前に跪き、そっと指輪を差し出してくる。
世界一の美青年に、こんなにも深く愛されるなんて、八年前の私には想像もできなかった。
「ええ、喜んで。……でもその前に、アルベルト様」
私はパチンと扇子を閉じ、チェス盤を指差した。
「私に勝てたら、式の日取りを決めてあげますわ」
「くっ……! 受けて立つよ、僕の可愛いお妃様!」
こうして、生贄だったはずの私は、最高の旦那様を盤上でもベッドの上でも完璧に転がす、世界一幸せな王妃……ではなく、公爵妃になったのだった。
(おわり)




