第1話『五連星の勇者』
初っ端から投稿遅れを起こしてるぅ!!
カクヨムにも上げてるから、そっちと投稿時間ズラそうかな?
のどかな村に迫る足音。それは人ならざるものの唸り声と共にやってきた。
人間に近い姿でありながら青苔のような肌。濁った目に大きなかぎ鼻、尖った耳まで裂けた口にはノコギリのような歯が見える。
醜悪な顔つきをした魔物、ゴブリンの群れである。
その手には金属製の棍棒を握り、村に入るとそれを家屋や衛兵の頭へと、明確な殺意の元に振り下ろす。
村人達が悲鳴を上げる。たちまち村は地獄と化した。
逃げ惑う村人達を嘲笑いながら、ゴブリン達は進軍する。民家が次々と倒壊し、あちこちから煙が上がり、衛兵達が数の暴力で蹂躙されていく。先程まで平穏だった村は、あっという間に踏み荒らされていた。
人々は我先にと村の裏門を目指す。それが有事の際に定められたこの村の避難経路だった。
その裏門から続く道の先、森の方へと走る2つの人影。フードを目深にかぶり、前方を走る足音に金属音が混ざる。
腰の剣に手をかけたまま走るのは体格のいい男。手を引かれているもう一人は少女のようだ。
「リア様、お急ぎを」
「分かってる! でも村が……」
「リア様のお気持ちは理解します。ですが貴女が捕らわれてしまえば全てが終わりです」
「くっ……!」
男からの忠言に、少女は悔いるように歯を食いしばる。立ち止まるのを堪え走り続ける。
やがて2人は森へと入った。少女は村人から貰ったと思しき手書きの地図を手に、男に進路を伝える。
「この先よ!」
踏み均された小道を進み続け、やがて開けた場所に辿り着いた。森の奥、切り立った岩山の麓にぽっかりと開いた洞窟。そこが目的地だったらしく、2人の歩幅が緩やかになる。
「見つけた! あの洞窟に勇者の祠が……」
「姫様、お下がりください!」
「ブルーノ……?」
男が足を踏み出そうとした少女を制する。その鋭い視線は、岩陰に向けられていた。
「クソッ、先回りされていたか……」
ブルーノが忌々しげに呟く。それに応じるように岩陰から、更に周囲の木陰から、ゴブリンがゾロゾロと現れた。
「グギャギャ……」
「ゴブリン!? どうしてここに……」
少女らを嘲笑うゴブリン達。棍棒を地面に叩き付け、牙を剥き出しにしながら包囲網を狭めてくる。数は優に40を超えており、来た道も既に塞がれていた。
「グッハハハハ! お前らの行先は丸見えだったぜぇ」
ゴブリン達の後方から響くガラガラ声。ゴブリンの隊列が左右に割れ、その奥から声の主が姿を現す。
他のゴブリンを遥かに凌ぐ、2m超はあるであろう巨体。鉄の胸当てに毛皮のマントを羽織り、巨大な戦斧を肩に担いだ個体が王女と騎士を見下ろした。
「キングゴブリン……!」
「ゴブリン風情が随分な見てくれだな」
ブルーノが抜刀し、声の主へと切っ先を向ける。キングゴブリンはニヤリと口角を上げながら口を開いた。
「オデは魔王軍行動隊長、血斧のゴーキン様よぉ」
背負った戦斧を握り、刃を地面に叩きつける。大将の登場に他のゴブリン達が歓声を上げた。
「貴様の名などどうでもいい。だが、鎧を着たゴブリンなんて聞いたこともない。そいつをどうやって手に入れた?」
「こいつは魔将軍ゼクス様から貰ったもんよぉ。星3級装備だったかぁ? 村一つ簡単に滅ぼせるんだとよ。中々着心地がいいぜぇ」
「ハッ!さぞ自慢の戦利品かと思えば。なんだ、玩具を貰って喜ぶガキ大将か。ケンタウルスにも衣装だな」
嘲るような物言いに、ゴーキンの濁った瞳が細まる。
「騎士風情が舐めてくれんなぁ。テメェこそ、たった一匹でそこの王女サマ守りきれると思ってんのか?」
「所詮貴様らは星1の雑魚と、ヒール履かせてもらった星2級の格下。俺は星3級だぞ。たった一匹で十分だ」
ブルーノの言葉を聞き、ゴーキンが喉の奥で笑う。ゴブリン達が低く唸り、棍棒を構え鉈を抜いた。
「グフッ……笑わせてくれるなぁ。何処にでも居るんだよなぁ、そうやって威勢良く犬死する英雄気取りの馬鹿がよぉ」
「黙れ下郎。雑魚共と一緒にその首を刎ねてやる」
「グハハ! 望むところだぁ!」
ゴーキンが戦斧を振り上げる。それを合図にゴブリン達は包囲をさらに狭めた。
「ブルーノ……」
「リア様、洞窟まで全力で走ってください。いいですね?」
ブルーノは剣を構え、ゴブリン達を見据えながら呟く。
リア王女は彼の言葉に、小さく頷いた。
「野郎共、かかれぇ!!」
「魔剣術・暴風刃!!」
ブルーノの剣に風が集う。振り下ろすとゴウッと耳朶を打つ弟と共に一陣の暴風が吹き荒れ、ゴブリン達を吹き飛ばした。
「「「グガアアアアアアアッ!?」」」
「こいつ、魔法剣術の使い手かぁ!」
暴風に呑まれたゴブリンは全身を切り刻まれ、直撃を免れた者たちも木の葉のように宙を舞いながら飛んでいく。
たった一撃で方位に穴が空き、洞窟への道が拓かれた。
「リア様、今です!!」
「ええ!!」
「行かせるかよぉ!!」
「こちらのセリフだ!!」
拓かれた道を、リアは全力で駆け抜ける。
風刃を戦斧を盾に防いだゴーキンが道を妨げようと動くも、ブルーノが凄まじい踏み込みで接近。両者の得物が火花を散らし、衝撃波が周囲の木々を揺らした。
リアはひたすら走り続ける。脇目も振らず、振り返らず。左右からゴブリン達の呻き声が聞こえるが、ブルーノの一撃でろくに動けない状態だ。
洞窟は目の前。入口には王家の人間しか通さない結界が張られている。
あと少しだ。結界の先に進めば、あとは勇者の武具が手に入る。それをブルーノに渡せば……王女は息を切らせながらも足を踏み出す。
──だが、そこで彼女の足が止まった。
「なっ……!?」
体が前につんのめる。そのまま転倒し、顔から地面に叩き付けられた。
その拍子に彼女の顔を隠していたフードが外れる。銀髪のロングヘアが広がり、陽光を反射してきらめいた。
頬を土で汚しながら、リアは自分の足を見る。
そこには紫色に輝くタイル1枚分ほどの魔法陣と、足首に巻き付く茨が蠢いていた。
「なに、これ……」
「グハハハハ! テメェらがその祠にある“勇者の武具”を狙ってるのは知ってたからよぉ、罠を仕掛けさせてもらったぜぇ」
「そんな!? うっ……!」
茨は足首から膝、腰へと這い上がり、リアの全身を拘束していく。
体を締め上げられ、リアは苦しげに呻いた。
「リア様!!」
「よそ見してんじゃねぇ!!」
「ぐはっ!?」
「ブルーノ……っ!!」
戦斧を横薙ぎに叩き付けられ、今度はブルーノが宙を舞う。握っていた剣が地面を滑っていき、何度も跳ねながらブルーノは大地を転がった。
「ぐぅ……ッ! 貴様ァ……!!」
鎧が砕け、罅割れる。その隙間から溢れた鮮血は《《ゴーキンの戦斧へと吸い寄せられていった》》。
「星3級装備吸血戦斧、そして吸血魔鎧。なんでも、血を啜って力を増すんだとよぉ!」
血を吸収して脈打つ斧を自慢げに掲げ、ゴーキンは口角をつり上げる。
「血には魔力がよぉく溶け込んでるからなぁ。こいつを受けて血を流せば、動きも鈍るし魔力も減る。テメェみてぇな魔法剣士とは相性最悪だよなぁ?」
「下劣な武器を……!」
ブルーノは歯を食いしばり、立ち上がろうとする。
しかし、その視線の先に更なる脅威が迫っていた。
「ケヒャヒャヒャ!!」
「クソッ!!」
ゴブリン達が歓声を上げ、棍棒を振り回しながらブルーノに殺到していたのだ。
周囲を見回す。落とした剣は遥か先、手の届かない場所に転がっていた。
走るために体を起こそうとする。しかし膝に力が入らず、立ち上がることすらできない。
「動け……動け、動け……!!」
「ブルーノ!! このっ……くっ、離れなさいよッ!!」
「グギャハハ! 多少驚きはしたが、口ほどにもなかったなぁ雑魚騎士サマよぉ!!」
ゴーキンが斧を担ぎ直し、悠然とブルーノの方へと向かっていく。残るゴブリンの数は30余り。ブルーノは袋叩きにされるだろう。
「ぐっ……はぁ、はぁ……リア様は、俺が……!」
ブルーノは地面を這いながら剣に手を伸ばし続ける。だが、その手は1匹のゴブリンによって無慈悲に踏みつけられる。
「ぐあああぁぁぁぁッ!」
「ケヒャヒャヒャ……!」
「王女サマの身柄はゼクス様がご所望だぁ。無傷で連れて来いって言われてるからよぉ、安心して死んでくれていいぜぇ!!」
僅かな希望さえ踏み躙るように、ゴブリンの嘲笑がこだまする。
ゴーキンの背中が遠くなっていく。ブルーノをゴブリン達が取り囲み、彼の姿が見えなくなっていく。
絶望がリアの中に広がろうとしていた。
「誰か……誰か助けて……」
絞り出すような声。しかし助けを求めるその声は誰にも届くことはなく……。
──否。その声は確かに届いた。
「待てぇぇぇぇぇい!!」
それは洞窟の奥から響く絶叫だった。誰もが手を止め、洞窟を振り返る。
「なんだぁ、テメェは!」
足を止めたゴーキンが、洞窟の奥の暗闇を睨む。やがて足音が聞こえてきた。
「悪党ども、これ以上お前たちの好きにはさせない!!」
声の主は洞窟の暗がりから駆け足で姿を現す。結界を抜け、陽光の下へと晒されたその姿は《《この世界に似つかわしくない格好》》の青年だった。
Tシャツにジーンズ、履き潰したスニーカー。短く刈り上げられた赤髪。明らかに違う文化圏の服装でありながら、その左腕には黄金の腕輪が輝く。
「あの腕輪……まさか!?」
「ここからは俺が相手だ!!」
青年は左腕を天高く掲げると、胸の前で両腕を交差させて叫ぶ。
「テン・セイ・チェィィィンジ!!」
瞬間、青年の体が光に包まれる。
あまりの眩さに、その場の全員が目を覆った。
「ぐっ……!? なんだこの光はよぉ!?」
やがて光が弾ける。先程まで青年が立っていた場所には、鎧の戦士が佇んでいた。
「おお……本当に装着されてる! くぅ~、本物だぁ……!」
「勇者の鎧!? まさか、あなたが……?」
全身を覆う真っ赤な鎧。頭部や四肢には黄金の装飾が施され、背中には同じく赤いマントがはためく。
左腰には鞘に納められた片手剣が。右腰には棒状の武器らしきものを収めたホルダーを提げており、バックルには五つの星が描かれている。
その姿はまさに「勇者」そのものだった。
「勇者だとぉ!? 蘇ったってのか!?」
ゴーキンの声に動揺が混じる。ゴブリンたちもざわめき、棍棒を握る手が震え始めていた。
両手を確認し、顔や肩をペタペタと触っていた青年だっが、その言葉に一瞬で姿勢を正す。
「聞け!俺の名は――」
青年はゴーキンを真っ直ぐ指さし、そして……。
「……ちょっとタンマ、今名乗り考えるから」
「はぁ?」
あまりにも間の抜けた言葉に、その場の全員がずっこけた。リアも呆れた表情を向ける。
5秒ほどの沈黙の後、青年はマントを翻した。
「よし……聞け! 俺は伝説を受け継ぐ者! この世界で初の、そして唯一の“戦隊レッド”!」
燃える太陽を兜に受け、青年は……勇者はゴーキンを真っ直ぐに見据え堂々と名乗りを上げた。
「俺の名は……テンセイレッド!! 天の声に導かれし者、テンセイレッドだ!!」
「ふざけやがってぇ!! 野郎共、やっちまえ!!」
「「「グギャ!!」」」
ゴーキンの号令を受け、ブルーノを取り囲んでいたゴブリン達が一斉に振り返り、今度はテンセイレッドの方へと向かっていく。
「ちょっと失礼」
「え、ええ……」
レッドは鞘から剣を抜くと、魔法陣に突き刺す。すると魔法陣が砕け、リアを拘束していた茨が一瞬で塵になった。
「下がってて。彼も助ける」
「……お願い」
レッドはリアを立ち上がらせると、ゴブリン達を見回しながらホルダーから棒状の武器を引き抜く。リアはその背中を見つめながら、洞窟の方へと下がっていった。
「セイジャースティック! 座標指定、転移魔法!」
棒状武器をブルーノの方へ向けながら唱える。
次の瞬間、レッドの頭上から魔法陣が降下し一瞬にして姿が消える。
「あいつ、どこいった!?」
「ゴッ!? ゴブッ!!」
ゴーキンやゴブリン達が驚く中、1匹のゴブリンがある一点を指さす。
振り向くとそこには、いつの間にかブルーノの傍に立つレッドの姿があった。
「転移魔法……!? そんな高位の魔法まで使えるのか!?」
「バトンタッチだ。ここからは俺に任せとけ!」
そう言ってブルーノに杖を向け、再び転移魔法を発動する。ブルーノは一瞬でリアのいる洞窟の手前まで転送された。リアはブルーノに駆け寄ると、傷口に手をかざす。
「ブルーノ! 待ってて、すぐ治すから!」
「リア様……申し訳ありません、力及ばず……」
「あなたが気にすることじゃないわ。それより……」
2人の視線は、先程現れた人物へと向けられる。
「今度は逃がすなァ!! 囲んで潰せぇ!!」
「そんなんじゃ俺は倒せないぜ?まとめてかかってきな!!」
ゴーキンの命令を受け、ゴブリン達はレッドを取り囲むと一斉に棍棒や鉈を振り回して迫る。
ゴブリン達が1歩、また1歩と近づいてくるのを見ながら、レッドはすぅと一息吸い込み、跳躍した。
「トォッ!!」
「飛んだ!?」
「一体何を……」
重厚な鎧を纏っているとは思えないほどの跳躍力。リアとブルーノは空を仰ぐ。
「そんじゃ試しに──レッドファイヤー・フェニックス!!」
次の瞬間、勢いよく跳躍したレッドの全身が炎に包まれ、火の鳥の姿を形作る。そのままゴブリン達のど真ん中に突撃すると、ゴブリン達は火の海に飲み込まれ、レッドの着地と共に爆発した。
「「「グギャアアアア!?」」」
「な、なんだぁ今のは!?」
対するゴブリン達はたった一撃で仲間の半数以上を消し飛ばした存在に、思わずよろめきながら後退った。
「すげぇ、イメージ通りだ! これが“勇者の鎧”の力か!」
「ビビってんじゃねぇ!! 大技の直後だ、囲んで潰せぇ!!」
号令一下。怯んだゴブリン達に檄が飛ぶ。
群れで行動する魔物である以上、上位種であるゴーキンには逆らえない。ゴブリン達は武器を構え直すと、雄叫びを上げながらレッドへと飛びかかる。
「次はこいつだ!」
レッドは握っていた剣を構え直すと、剣の鍔の部分を掌で撫でる。その動きに呼応するかのように、鍔から切先へと、炎が螺旋を描いて刀身を包んだ。
「真剣・火炎の舞!!」
頭上から飛びかかってきたゴブリンを一閃。ゴブリンの胴体が棍棒ごと真っ二つに切り裂かれた。
続けて左右から鉈を振り回しながら迫る2匹。その攻撃を連続で躱すと、2匹の背に素早い一斬。瞬く間に倒してしまう。
「バカな!? 短時間での魔法の連続発動だとぉ!?」
その後も流れるような動きで舞うように、炎剣の勇者はゴブリンを斬り伏せていく。その戦いぶりをリアは固唾を飲んで見守っていた。
「間違いない、あれは勇者の鎧。でも祠の結界は解除されてないはず……。どういうことなの……?」
一方、ブルーノはリアに治癒魔法を施されながら、地に伏したまま勇者の姿を見つめていた。
傷口を押さえながらゆっくりと上体を起こす。先程まで自分を囲んでいたゴブリンの軍勢は、あっという間に全滅していた。
(芝居がかった物言いで注目を集め、ギリギリまで敵を引き付ける。集まった連中を広範囲の爆裂魔法で一気に殲滅し、倒し損ねた残りは魔剣術で各個撃破……。あの男、強い……)
勇者の戦術を瞬時に分析し、思わず感心する。
同時に、その胸中に押し寄せる感情があった。
(今の戦術を俺は実行できるか? ……いや、圧倒的に魔力が足りない。あれほどの威力の爆裂魔法を使ってなお、あの男は疲労の様子すら見せずに剣を振るっている。これが“勇者”の力……!)
そしてゴーキン。引き連れていた子分をあっという間に残らず倒された大将は瞠目し……そして口角をつり上げ凶悪な笑みを浮かべた。
「やるじゃねぇかぁ……。ならこのオデ自らの手でぶった斬ってやるぜぇ!!」
言い終わるが早いか、ゴーキンが図体に反した素早さで戦斧を振り下ろす。
「死ねぇぇぇ!!」
「フンッ!」
「なにぃ!?」
振り下ろしたはずの戦斧がレッドの寸前で止まる。
いや、止まったのではない。レッドが片手で斧を受け止めていたのだ。
「この鎧すげぇな! 全身に力が漲ってくるぜ!」
「こいつ……! は、離せぇ!」
ゴーキンは全力で斧を引き戻そうとするが、レッドの手は岩のようにビクともしない。
そのままレッドは斧を掴む手に力を込める。ピシリ、と嫌な音が響いた瞬間、ゴーキンの頬を冷や汗がつたった。
「くっ、こうなりゃここで使うぜぇ!! 武装解放ォォォ!!」
「おっ?」
裂帛の気合いに応じるように、ゴーキンの戦斧と鎧が形を変える。斧刃や鎧の各部赤黒い模様が浮かび上がり、形状が更に大型化していく。
レッドが戦斧から手を離しバックステップで距離を取る。より厚く、より重さを増した斧刃が大地を割り、ゴーキンは柄を握る力を強めた。
「吸血戦斧の真の力を見ろォォォォォ!!」
ゴーキンが斧を地面に突き立てた瞬間、周囲に転がるゴブリンの屍がざわめいた。
まるで生きているかのように、死体から血が這い出し、赤黒い川となって戦斧へと吸い込まれていく。死体はあっという間に干からび、変色し、戦場に漂う血の臭いが一気に濃くなった。
「グオオオオオオオッ!!」
戦斧の刃がさらに大型化し、鎧に浮かんだ赤い模様が激しく脈打つ。屍の血を啜り尽くした2つの武具は、まるで生き物のようだった。
「あいつ、仲間を丸ごと……」
「なんてやつだ……」
「死んだ50の下っ端連中、少ねぇがさっきのザコ騎士の分、そこにこのオデの魔力も足した圧倒的な魔力量!! 勇者だろうがなんだろうが、人間1匹でコイツを受け止めきれる筈がねぇ!!」
ゴーキンは鋭い目で勇者を睨みつける。赤く染まった戦斧は不気味に蠢くと、ゴーキンの腕に融合。両腕から刃を生やしたゴーキンの筋肉は隆起し、体格が更に一回り大きくなった。
「そうか……それがお前の全力か」
一方レッドもまた、ゴーキンを真っ直ぐ見据える。
刹那、地面を抉る程の踏み込みと共にゴーキンが動いた。
「くらいやがれ! 血斧滅殺!!」
戦斧と一体になった両腕をを振るうこと三度。重く素早く、大地を割りながら、半月を形作る赤血の斬撃が飛ぶ。重なる三つの斬撃は、まさに必殺。受ければ五体は泣き別れるだろう。
「まずい、このままでは……!」
ブルーノは血の気が引くのを感じていた。レッドが立っているのはこの洞窟の正面。もしもレッドが斬撃を避ければ、斬撃は洞窟を破壊するだろう。そうなれば入口が塞がり、自分達は生き埋めになってしまう。
逆に防いだとしても、大地を削りながら向かってくる斬撃が生んだ衝撃波までは消しきれない。それではやはり洞窟の崩壊に繋がるだろう。
リアもそれに気づいているのか、思わずレッドの背から目を逸らそうとして……。
「大丈夫だ!!」
レッドの力強く、自信に満ちた声。
思わず2人の視線がレッドに注がれる。
「俺は負けない! 必ず勝つ! 何故なら俺は……」
対するレッドは泰然と立ち、輝く刀身で円を描く。
刹那、斬撃がレッドの目前に達した。
「俺は戦隊レッドだからな!!」
その場の誰もが目を見開いた。
レッドを切断すると思われていた多重斬撃は、空の彼方へと進路を逸らす。
「………は?」
ゴーキンの口から漏れ出る驚愕。
対するレッドの周囲には、天に昇る朝日が如き真円を描く軌跡が浮かび上がっていた。
「ば、バカな!? テメェ、何をしやがった!?」
「後の先を取る。先に大技使った方が負けるのは、戦隊モノのお約束だ!!」
背中のマントをはためかせ、レッドが剣を振り下ろす。
魔力を帯びて青白く輝く刀身から、必殺の斬撃が放たれた。
「太陽秘剣・飛羽返し!!」
「グギャアァァァァァッ!!」
縦、斜め、そして横一閃。流れるような動きでの斬り返し。ゴーキンの巨躯は身を包む鎧ごと寸断され……そして一拍の後に爆散。
残心するレッド。太陽に照らされた鎧が神々しく輝いた。
「……終わったの?」
静寂を最初に破ったのはリアだった。
「どうやら……そのようで……」
「ッ! ブルーノ!!」
「ふぅ……。2人とも無事か……っておいおいウソだろ!?」
リアの腕の中、ブルーノが意識を失い倒れる。
振り返ったレッドは慌てて2人の元へと駆け寄った。
「息は……してるわね。気を失っただけみたい」
「よかった……。間に合わなかったかと」
「こほん、ブルーノが助かったのは貴方のおかげです。彼に代わり貴方に感謝を。ありがとうございます、勇者様」
「テンセイレッド、赤城龍也だ。よろしく」
そう言ってレッドは兜を脱ぎ、素顔を見せる。
「アカギ……タツヤ?」
リアがその名を反芻した瞬間──。
「──っ!!」
龍也の左手首の腕輪が、まるで警告するかのように点滅した。
「な、なに? なんなの!?」
驚くリアに、龍也は眉を寄せながら周囲を見回す。
「この反応はさっきと同じ……まだ魔物が残ってるのか!?」
その言葉にリアの表情が強張る。
「まさか……村……?」
「村?」
「私たちを匿ってくれていた村よ! さっきのゴブリン達は、私達を狙って村に火を……」
リアの声は震え、瞳が揺れていた。ブルーノを治療し続けながら、それでも彼女の表情は恐怖と焦りで覆われている。
その顔を見た龍也は、唇を一文字に結ぶと兜を被り直す。
「分かった。俺が行く」
「え……?」
「話は後で聞くから、君はそこの彼を」
そう言って龍也はマントを翻す。
次の瞬間、轟ッ!と凄まじい音と共に、赤き勇者は疾風となって空へと飛び上がった。
村の方へと消えていく赤い軌跡を目で追いながら、リアは逡巡する。
胸の奥がざわめく。恐怖でも、絶望でもない。温かい、何かが芽生えるような感覚。
「勇者……テンセイレッド……貴方はいったい……」
静寂を取り戻した戦場跡。リアは空を見つめ続ける。
そして……岩陰を転がるひび割れた水晶玉が、リアの姿を映しながらピシリと砕けた。
感想を頂ければ幸いです。




