第7話「最後の言葉」
嵐のような一夜が明け、ヒートもなんとか落ち着きを見せた。
追加で服用した緊急用の強力な抑制剤のおかげだが、副作用で身体は鉛のように重い。
だが、休んでいる暇はない。今日は投票日前日。最後のテレビ討論会の日だ。
テレビ局の控室。
メイクを終えたコウガは、鏡の前で静かに集中していた。
昨夜の出来事については、お互いに一言も触れていない。だが、俺たちの間には、言葉にしなくても通じ合う、強固な信頼関係が生まれていた。
「顔色が悪いぞ、ミナト」
「あなたこそ、目の下に隈ができていますよ」
「誰かのせいで一睡もできなかったからな」
「……すみません」
軽口を叩き合いながら、俺は最終確認のメモを彼に渡した。
今回の討論会のテーマは「国の未来」。
相手はジェラルド幹事長。老獪な彼は、きっとコウガの未熟さや出自、そして過激な発言を突いてくるだろう。
「コウガ。今日、一番大事なことは何だか覚えていますか?」
「ああ。『相手を論破すること』ではなく、『視聴者に未来を見せること』だろ?」
「その通りです。あなたは破壊者ではなく、建設者であることを示してください」
スタッフが呼びに来た。
コウガは立ち上がり、ジャケットを翻す。
その背中は、以前よりも一回り大きく見えた。
スタジオに入ると、強烈な照明が焚かれていた。
司会者の進行で討論が始まる。
ジェラルドは序盤から攻勢に出た。
「コウガ党首、あなたの言う改革はあまりに急進的だ。伝統ある我が国の秩序を乱し、混乱を招くだけではないかね? 出自がどうあれ、政治には品格というものが必要だよ」
遠回しに、彼の母親のことや育ちを揶揄する発言。
以前のコウガなら、ここで激昂していただろう。
だが、今日の彼は違った。
彼は静かに微笑み、カメラを、その向こうにいる国民を真っすぐに見つめた。
「品格とは、着ている服や血筋で決まるものではありません。弱きを助け、不正を許さず、己の信じる正義を貫く姿勢こそが、真の品格だと私は信じます」
会場の空気が変わった。
コウガはジェラルドの方を向き、穏やかに続けた。
「ジェラルド幹事長。あなたが守ろうとしている『伝統』の中に、今日食べるものにも困っている子供たちや、生まれ持った性のせいで夢を諦めざるを得ない若者たちは含まれていますか? もし含まれていないのなら、そんな伝統は私が壊す。そして、誰もが笑って暮らせる新しい伝統を、この手で作ります」
完璧だった。
俺が書いた原稿以上の、彼自身の言葉。
魂の叫びが、電波に乗って国中に広がっていく。
モニター越しに見ている俺の目から、自然と涙がこぼれ落ちた。
討論会の終了後、コウガはスタジオから出てくるなり、俺の元へ駆け寄ってきた。
「やったぞ、ミナト!」
「ええ……最高でした。本当に、最高でした」
俺たちは人目も憚らず抱き合った。
明日、この国の歴史が変わる。
そして、俺たちの関係も、新しい一歩を踏み出すことになるだろう。
まだ誰も知らない、革命の前夜だった。




