第12話「薬と指輪と誓いの言葉」
あの事件から一ヶ月。
コウガの「愛の宣言」は、国中に大論争を巻き起こした。
保守層からの反発は凄まじかったが、それ以上に若者や女性、そして隠れて生きていたオメガたちからの熱狂的な支持が集まった。
『愛に性別は関係ない』『能力主義の真の体現』。
時代は、音を立てて変わり始めていた。
そして今日。
国会議事堂の本会議場で、歴史的な法案が可決されようとしていた。
『オメガ福祉支援法』および『ヒート抑制剤無償化法案』。
議長が木槌を叩き、可決を宣言した瞬間、議場は拍手に包まれた。傍聴席で泣き崩れる人々の姿が見える。
俺は首相公邸の執務室で、テレビ中継を見ていた。
肩の荷が下りたような、深い安堵。
これで、もう誰も自分の性を呪って路地裏で震えることはなくなる。
俺の前世からの、そして今世での悲願が達成されたのだ。
「……終わった」
つぶやいた声は、少しだけ震えていた。
達成感と共に、胸に穴が開いたような寂しさが押し寄せる。
約束は果たされた。俺はもう、彼に必要な人間ではないのかもしれない。
スキャンダルの種になるだけの存在。
法案が通った今、俺は静かに退場すべき時が来たのではないか。
執務室の扉が開き、コウガが入ってきた。
彼は真っすぐに俺の元へ歩み寄ると、机の上に小さな箱を置いた。
ベルベットのケース。
「……これは?」
「法案可決の記念品だ。開けてみろ」
俺は恐る恐る箱を開けた。
中に入っていたのは、シンプルな、しかし重厚なプラチナの指輪だった。
内側には、俺とコウガのイニシャルが刻まれている。
「ミナト。俺はずっと待っていた。お前が自分自身を許し、俺の隣に立つ覚悟を決めるのを」
コウガは俺の手を取り、指輪を薬指にはめようとした。
俺は反射的に手を引っ込めようとした。
「だ、駄目です。俺なんかが……俺は、あなたの弱点になる」
「弱点? 逆だ。お前がいるから、俺は強くなれる。お前がいない世界なんて、俺にとっては色のない抜け殻と同じだ」
コウガは俺の手を強く握りしめ、逃がさなかった。
その瞳は真剣そのものだ。
「契約は終わりだ。これからは、対等なパートナーとして俺のそばにいてくれ。……結婚してくれ、ミナト」
プロポーズ。
前世でも今世でも、諦めていた幸せ。
俺は眼鏡を外し、溢れ出る涙を拭おうともせずに頷いた。
「……はい。俺でよければ……一生、あなたのそばにいます」
コウガは破顔し、俺を抱きしめた。
指輪が俺の指に収まる。
それは、どんな首輪よりも甘く、そして温かい、愛の証だった。




