やらかしたビッチ姫は、政略結婚という名の厄介払いをされたけど、なんか思ってたのと違う
燕国の末姫・燕璃花。
家族いわく「見た目だけは天下一品、中身は世紀の問題児」。
確かに恋の花は咲かせた分だけ摘まれるもの、とは思っている。13歳で乙女の殻を破ってから今日までの5年間、恋に花を咲かせてきた。それで起こした問題は数知れず。つい先日、訪問してきた他国の王子とやらかしたのは、流石に大問題だったようだ。
でも――
「……まさか政略の道具にされるとは思ってなかったわ!!」
行列の馬車の中、璃花は扇で机を叩いた。いや、自業自得なのだが。
侍女が青ざめながら口を挟む。
「お、お静かに姫様。これよりお輿入れ先は大国・蒼ですぞ。
陛下の妃としてお迎えいただくのですから……」
「わかってるわよ。でも聞いた? “蒼の皇帝は絶世の美丈夫”なんですって!
あぁ……これで私も歴史に名を残す恋多き妃に!」
「……(姫様、ただの恋愛脳では……)」
璃花の頭の中には、美貌の皇帝と危険な恋を繰り広げる自分の姿しかなかった。
後宮には200人からの妃がいて、璃花が正妃になれる訳でもないのに。むしろ皇帝とはほとんど会う機会もなく、後宮に閉じ込められて、他の妃とバチバチやり合うだけで終わる可能性の方が高かった。
だと言うのに、何故か自信満々の璃花は、祖国が大国に取り込まれようとしている現実も、
「せっかく見た目だけはパーフェクトで男好きなんだから、その才能で誑かして味方に付ける」という裏の命も、全部「うまくやるわ♡」で済ませていた。
が。
婚礼の為に国境を超え首都入りした頃、蒼国からの伝令が駆け込んだ。
「蒼の皇帝、崩御――!!」
璃花、絶句。
侍女、気絶。
馬、草を食べ続ける。
⸻
そんなわけで。
ようやく蒼の皇城にたどり着いた璃花を迎えたのは、宦官の長老と、あどけない少年だった。
「そなたが燕国の姫か?」
玉座にちょこんと座るその子は、まだ歯も生え変わりきっていない。
「……あなたが、新しい皇帝陛下?」
「うむ。我こそは蒼の第十三代皇帝、蒼煕である!」
堂々と名乗るが、足がぶらぶらしている。
背丈、璃花の腰くらい。聞くところによると8歳。
……無理である。どう考えても恋愛対象外である。
(流石の私でも、こんな子どもを誑かす趣味は無いんですけど!?)
皇帝が崩御した為、元々あった後宮は既に解体。
では璃花はというと。
皇帝の妃となる予定で移動中、皇帝が崩御した為、新たに皇帝となったこのお子ちゃま。もう首都入りしているのに送り返せとも言いにくい。
10歳も歳が離れているし、大国の皇帝と小国のビッチ姫では、側妃であっても皇帝の初婚の妃にするにはいささか……と、璃花の立場は宙ぶらりんだった。予定外にも程がある。先帝の後宮の末席の方がまだ安定していたかも。
しかし、次の瞬間。
「姫、こっちこい!」
「は、はい?」
「我、母上も父上もおらぬゆえ……そなた、我の“妃母”になるのじゃ!」
「ちょっ……!? “妃”って言葉の使い方、間違ってる!!」
どうやら新たな皇帝は、寂しんぼうのようである。
正式な妃ではないが、小国とはいえ姫なので無下にもできず。
皇帝の継母のような乳母のような妻のような姉のような保育士のような。形容しがたいそんな立場である、妃母と言う地位に収まることとなった。
⸻
以来、璃花の一日は激動だった。最初は武官や文官にでも粉をかけて、つまみ食いしちゃおっかなー等と考えたが、そんな余裕は微塵もなかった。
蒼熙はワガママで気難しく生意気なクソガキだった。それでも蒼熙は璃花を気に入ったようだった。理由を尋ねたら、顔が綺麗で胸が大きいのも好みだそうだ。マセガキである。
そんなマセガキ皇帝は、璃花の傍から離れようとしないので、璃花がワンナイトラブを楽しむ暇もないのだ。
「陛下、野菜をお残しになっては……」
「いやじゃ! 青いやつ苦いのじゃ!」
「お行儀!」
「うぅ〜……璃花ぁ〜(涙)」
(な、泣かれた!? 帝が泣いた!?)
いつしか、璃花は幼帝の食事係・遊び相手・夜泣き対応係になっていた。
宦官たちも、当然のように言う。
「さすがは保育妃様でございますな」
「誰が保育妃よ!! 私、誑かしに来たんですけど!?
何で保育係してるのよーー!!」
とはいえ、璃花の存在で宮中の空気は和らいでいった。宮廷は突然親を亡くした、拗らせ生意気幼帝に手をこまねいていたようだ。そこに現れたビッチ姫璃花に、思いがけず幼帝が懐いたし、意外にもビッチ姫は子どもに優しかったので、一同は胸を撫で下ろすのであった。
幼帝は璃花の袖を握りながら政務を学び、
璃花は璃花で、ちゃっかり国の財政や貿易事情を勉強し始める。
(……まあ、この子がまともに育てば、祖国にも悪くはないわね)
そんな現実的な考えも芽生えた頃――
「璃花、そなたが笑うと、胸があたたかくなるのじゃ」
「……あら、可愛いこと言うわね」
「うむ。妃母は我の一番じゃ」
……なんか、別の意味で誑かしてしまった気がする。
「璃花、ほかの男と話すな」
「えっ、いや仕事でね?」
「ダメじゃ。璃花は我のものじゃ!」
「ちょっと! それは外交官! 刺すな!! 刀しまいなさい!!」
当初の予定とはだいぶ違うけど、誑かしてるのは間違いない。
でもやっぱりなんか違う。
でも、まぁ今は置いといて。
そりゃあ大人の皇帝を操るよりも、幼帝を手懐ける方が楽だし、璃花は暗躍できる。操作するのが得意な人間というのは、それなりにいるものだ。
そして同じことを考える貴族もいるだろうと、璃花は考える。
まぁ理解はするが、璃花は迎合する気は無い。璃花は基本ワガママビッチ姫なのだ。やりたいようにしかやりたくない。
このクソ生意気なマセガキ。自分にベッタリなくっそ可愛いこの皇帝を、私以外に誑かされるなんて、有り得ない。許せない。
守らなきゃ、私がこの子を守らなきゃ。どんな手を使っても。
璃花は初めて、責任というものを学んだ。
「璃花ぁぁぁぁああ!!!」
朝から宮中に響き渡る悲鳴。
璃花が寝間着姿で飛び出すと、廊下を全速力で走る幼帝・蒼煕陛下。
その後ろを、宦官たちが半泣きで追いかけている。
「ど、どうなさいました陛下!」
「璃花がぁぁぁ! 他の男と笑っておったのじゃーーー!!」
「……いやそれ、ただの使節団の挨拶ですけど」
昨日、隣国から来た若い王子が、璃花に「美しい」と言ったのだ。
たったそれだけでこの騒ぎである。ある意味誑かすのには成功しているが。
(思ってたのとだいぶ違う!)
「璃花は我の“妃母”なのじゃ! 他の男の言葉など聞く必要ないのじゃ!」
「いや、外交的に聞かなきゃダメでしょ!」
「ぬぬぬぬぬぬぬ……」
璃花は扇で幼帝の額を軽くトン。
「ほら、そんな顔してたら立派な皇帝が泣き虫坊やに戻っちゃうわよ?」
「な、泣いておらぬ!」
「ふふ、そう? じゃあ笑って。ほら、口角、上げて」
璃花がそっと頬に指を当てると、幼帝は耳まで真っ赤になる。
「な、なんじゃ璃花、それは……!」
「笑顔の訓練よ?」
「心臓が……変な音がするのじゃ……」
宦官A:「陛下、それが“恋”です」
宦官B:「まだ早いです」
その日の政務。
隣国の王子が再び謁見に現れた。
礼儀正しく頭を下げ――
「璃花殿、あなたのように聡明で美しい方が陛下を支えておられるとは、国の誉れです」
幼帝、バンッと玉座の肘掛けを叩く。
「こやつ、処す!」
宦官たち:「※外交中です!!!」
璃花:「やめなさい陛下ぁぁぁ!!!」
結果、幼帝は三日間のお菓子禁止令をくらった。
⸻
三日後・スネ帝、再び暴走
「璃花、わし、もう大人になったらそなたを正式に妃にする!」
「へぇ〜……じゃあ大人になるまでは勉強と政治の練習ね?」
「うぐっ……」
「陛下、まずは文字を間違えずに書けるようにしましょうか?」
「うぐぐぐぐぐぐぐ……」
書物と格闘する幼帝を見て、璃花は微笑む。
まさか政略で嫁がされた自分が、子どもの成長を心から応援する日が来るなんて――。
「(……自分でも意外だけど、誑かすより、育てるほうが性に合ってるのかもね)」
璃花のぼんやりした呟きに、
近くの宦官たちがこっそりメモを取った。
「“誑かし姫”改め、“教育妃母”と呼ばれそうですな」
「もはや宮中で一番頼られておる」
「陛下にとって、璃花様は光のようなお方じゃ……」
「ちょっと! 何コソコソ言ってるのよ!」
……そんな日常が、今日も平和に過ぎていく。
「よし……できたのじゃ!」
幼帝・蒼煕は夜更けの机で、筆を握りしめていた。
紙の上には、必死に書かれた文字列。
『璃花、我は、そなたがすきじゃ。やさいものこさずたべます。勉強もがんばる。だからけっこんしてくれ。だいすきな璃花へ。蒼煕』
……うん、健気。
そして封筒の中に干し肉をそっと入れる。
「好きなものを贈るのが礼儀」と宦官が言っていたのを、文字通りに受け取ったのだ。
翌朝。
璃花が机の上の封筒を見つける。
「なにこれ……『極秘・陛下から』? ……干し肉?」
侍女たちがきゃーきゃー騒ぐ。
「これは恋文では!?」
「陛下おませぇぇぇ!」
「ちょ、やめて!! 私これ、どう返せばいいの!? “干し肉ありがとう”でいい!?」
結局、璃花は返事にこう書いた。
『干し肉は美味しくいただきました。
陛下、今日もお勉強を頑張りましょうね。璃花』
――結果、幼帝ふてくされ三日間無言。
宮中史上初の「恋煩いで政務停止」事件として記録される。




