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混沌の十二日  作者: 藤原時照


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三日目(1)

 翌朝、目が覚めると、キヨの気配がなくなっていた。どこかに出かけたのか。あるいは、僕がキヨを感じられなくなってしまったのか。いずれにしても、キヨがいないのは寂しく感じた。まだ出会ってそんなに経っていないのだけれど。

――昨日、ちゃんとかまってやるべきだった。

 もしも、キヨを感じられないだけで、キヨがまだ傍にいるとしたら?

 それなら、僕はすぐに幽世へ行くべきだろう。

 あちらに行けば、キヨを見ることができるのだから。

 思い立ったらすぐ行動。

 朝食後、僕はリュックにカメラとレンズを詰めた。

 今度は望遠も持って行く。

 40‐150mm F4・0‐6・3。

 フルサイズ換算で80-300mmだ。

 このレンズ、初心者向けのカメラとセットで売られていたから、キットレンズと馬鹿にする人もいる。だけど、その写りは確かだ。高額なレンズで撮った画と比較して、見分けがつかなかったというレビューもある。もっとも、僕はそういう情報を知って購入したわけではない。

 僕はもっと長い望遠も持っている。でも、あのレンズは暗い。だから、使える条件が限られる。その上、あいつはデカい。ほかのメーカーのレンズに比べれば小さいけれど、やっぱりデカい。ちょっとしたお出かけの時に持って行くにはかさばりすぎる。それでコンパクトな望遠が欲しくなった。

 当初は補欠のつもりだったから、このレンズはコストパフォーマンスを重視して選んだ。特に期待もしていなかった。それに、このレンズはマウントがプラスチックだから、自分でも安物だと侮っていた。実際に使ってみるまでは。

 このレンズ、新品同様の中古で、値段は五千円だった。ちょっと考えられないお手頃価格。だから、僕は、あまり考えることなく買うことを選んだ。

 でも、試し撮りをして、僕は自分が間違っていたことを知った。あのデカブツよりも圧倒的に画質が良かったから。値段は七分の一なのに。

 それ以来、僕は、このレンズを持って歩くことが多くなった。持って歩くだけで出番は少ないけれど、それでもこれは僕のお気に入りレンズの一つ。

 そのレンズをセットして、先日と同じ順で道祖神をまわる。

 望遠だから、前回よりも距離をとって。

 そして、世界が変わった。

 でも――

 今回は空が違う。

 そこに空はない。

 あるのはグレイのドーム型天井。

 たぶん、金属でできている。

 前回のような薄紫色の空が投影されているわけではない。

 周囲を見渡すと、街並みは見たことのないものだった。

――まずい。

 そう、まずい。

 ここは知らない街。

 ひょっとしたら、キヨと出会った場所とは異なる世界かもしれない。

 それに、間違いなく、ここに僕の家はない。

 つまり、帰る方法がない。

 

 もしも違う世界なら、ここにキヨはいない。

 キヨに会うのが目的だったのに。

 一旦現世に戻るべきかもしれない。

 そう考え、この場所を探検しながら戻る方法を探すことにした。

 とりあえず、僕はポケットに入っていた部屋の鍵で地面を引っ掻いて印をつけた。

 最初に立っていた場所に、何か意味があるかもしれないから。

 その地面はアスファルトではなくコンクリートだった。

 周囲を見渡しても、すべて地面はコンクリート。

 現世の価値観で考えると、コンクリートはアスファルトより施工費用がかかる。

 ここは定期的な補修は考えていないのか。

 大勢が生活することを考えていないのか。

 僕はいろいろなことを考えた。

 ここは現世ではないのだから、自分の理屈が通用するはずもないのに。

 思い浮かぶのは関係のなさそうなことばかり。

 そして思考はどんどん脇道にそれて――

 ここから見える建物はすべて白いビル。

 高さがちがうだけで、デザインは似通っている。

 ひょっとしたら、街すべてがコンクリート製なのだろうか。

――まるで街の模型だ。

 この場所を見て、僕は現実世界がシミュレーションであるという仮説を思い出した。ここは確かに現実世界の外側で、この街並みは作り物。その仮説がぴったりの場所。まるでここは現実世界を設計するための試作品のようだ。

 結局、僕は考えることを放棄して、リュックから19mmを取り出した。

 街並みを撮るには、望遠よりもこっちの方がいい。

 僕は歩き始めた。

――そういえば、この作り物の街は見たことがあるような……。

 この場所ははじめてだと思っていたけれど、どうやらちがうらしい。

 あれは、かなり滅入っているときの夢だったんじゃないかな。

 あの夢では、身体が機械でできた大猿がここで暴れていた……。

 ビルよりも背が高い大猿が。

 僕は慌てて般若心経を唱えた。

 ここでは望むもの、あるいは恐れるものが具現化する。

 大猿が顕れて暴れ出すかもしれない。

――切り替えないと。切り替えないと。

 しばらく歩いていると、立ち眩みのような感覚に襲われ、僕は違う場所にいた。


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