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混沌の十二日  作者: 藤原時照


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二日目(2)

 ファイルの転送が終わると、僕は現像ソフトを立ち上げた。これはRAWファイルを現像するカメラメーカーの純正ソフトウェア。貧乏性の僕は、有償の画像編集ソフトなど買おうとも思わない。そもそも僕がやりたい作業ぐらいならコイツで事足りるわけだし。

 フォルダを指定すると、ソフトウェアの下の方に撮った写真のサムネイルが表示される。

――そうか。写真の順番から道祖神を回った順序がわかるんだ。

 僕は再び幽世に行ける可能性に気づいた。

 道祖神を順に回ってみよう。

 たぶん、それで行けるはずだ。

 帰って来るのも、幽世の自宅で眠るだけで良さそうだ。

 それで幽世が探検できるなら、行かないなんて考えられない。

 それに、向こうに行けば、キヨは実体化するはず。

 また会うことができる。

 昨日会ったばかりだけど、お婆さんから情報とともにキヨの思いも流れ込んで来たから、いまの僕にはキヨが家族のように思えていた。

 僕はこの近所の地図をプリントアウトし、そこに道祖神の場所を書き入れた。

 いろいろな角度からその地図を眺めて見たけれど、魔法陣のような図形を描いているわけでもなく、配置には規則性があるようには思えない。歩いた経路に線を引いてみたけれど、やっぱり意味があるようには思えない。

 ひょっとしたら、一か所に入口があるだけで、ほかは関係ないのかもしれない。でも、いまは何もわかっていない以上、前回通りの順番で行けるかどうか試すしかない。

 道祖神の次は古本屋が写っていた。

 引き戸を通して中を撮ったものだ。

 その画は、ガラスから差し込む光と影になった部分のコントラストがはっきりした、味のあるものだった。僕は自画自賛を止められない。頬が緩む。そして、レンズ沼に嵌った者の宿命であるが、フォーカス具合、ボケ具合、影の部分がつぶれていないかなど、拡大して細部を確認し始めた。その結果、僕は見るべきではないものを見つけてしまった。

 奥のレジカウンターに人影が写っている。

 見てしまったものはしかたがない。

 僕は、露出補正で明るくし、その部分を拡大しようとした。

 しかし――

 右側の編集メニューでタブを選択して視点を画に戻すと、そこにあった人影はなくなっていた。

 僕は別の画を確認しようと考えた。

 僕の愛機は最高連写速度が15枚/秒。

 それはあまりにも早すぎるので、遅いモードにしている。

 それでも10枚/秒だ。

 一枚だけ撮るつもりでも二~三枚は撮ってしまう。

 だから、この画も二枚ある。

 連写されたもう一枚の画には、確かに影が写っていた。

 しかし、拡大しようとした途端、影は消えてしまった。

「わかりました。僕は何も見ませんでしたよ」

 僕は、監視者がいる前提で、声に出してそう言った。

 あの影は、きっと僕が見るべきでないもの。

 見た途端に消える。

 それは、僕の「見る」という行為を誰かが確認していることを意味する。

 でも、考えてみれば、影があるのはおかしい。

 幽世では自分自身の影もなくなっていた。

 影があったのはあの店の中だけ。

 あの場所には影を生じさせる、光源となる何かがあったのだろうか。

――わからん。

 僕は気を取り直して作業を続けた。

 適当に撮ったスナップ写真の現像を終えると、つぎは夜空を撮ったものだ。

 ここに来て僕は少しだけうんざりした。

 夜空の写真は300枚近くある。

 連写でだいたい二~三枚ずつあるから、そのうちの一枚だけ現像するにしても、百数十枚を現像しなければならない。

 いつものことではあるが、興奮が醒めると後が面倒になる。

 こんな風に、いつも現像作業はうんざりしながら始まる。

 しかし、しばらくすると撮影時の興奮が蘇って来て、だんだんテンポが上がっていく。

 今回も同じだ。

 夜空。

 天の川。

 星雲。

 星はみんなただの点。

 遠近感……なし。

 よく見ると、空はただのドームで、拡大したら継ぎ目が見えた。

 作り物の空。

――そういえば、あれは僕が想像した姿のような……。

 あの空は、僕が望んだからできたのか、という疑問が湧いた。

 幽世では、人の望むもの、あるいは恐れるものが具現化する。

 だから、僕の想像が反映したのかもしれない。

 監視されていると思っていたのも、ただの妄想である可能性もある。

 では、あのお婆さんはどうなのだろう。

 僕は混乱して来た。

 混乱してはいたが、その一方で、僕は機械的に現像作業を進めていた。

 それはやり馴れたルーティーンワーク。

 現像作業を終えると、僕は燃え尽きていた。

 オフィスチェアーの上でのけ反り、身体を伸ばすと、頭の上にいたキヨが顔の上に移動した。

 そして、顔をぺしぺしと叩く感触。

 僕の頭から落ちそうになって抗議しているのだろうか。

 疲れた僕は、気分転換のために、ベランダに出て町を見渡した。そして気づいた。あのお婆さんの家が見える。

 僕はリュックから、入れっぱなしになっている単眼鏡を取り出した。

 単眼鏡はカメラと違って視野が広い。野鳥撮影時には、カメラのファインダーで見るよりもこれで探した方が効率的。だから、僕はこれをいつもリュックに入れている。

 僕はカーテンの影に入って単眼鏡を使った。近所の人に見つからないように。覗きと間違われたくないから。いや、覗きは覗きなんどけど……。

 お婆さんの家は、人気がないように思えた。僕は窓の一つ一つに人影がないか確認した。そうしている内に、家から子どもが走り出て来た。そして、それを追うようにお婆さんが。怒っているような雰囲気で、子どもに何か叫んでいる。

 お婆さんは走る子どもに追いついた。

――速い!

 そして、首もとを掴んで引きずり、家に戻った。

 お婆さんは元気そうに見えた。

 いや、元気を通り越して、ものすごく強そうに見える。

 僕は安心して窓を閉めた。


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