十二日目(1)
鏡の中に入り、僕は何かを見た。
でも、もう憶えていない。
僕は気が付いたら自分の家にいた。
もちろん、ネネとキヨも一緒だ。
――あれ?
ここは僕の部屋だ。
壁に掛けた画や家具の多くは、僕が選んだもので間違いない。
窓の外に見える景色も同じ。
でも、部屋の間取りが違う。
そして、家具の一部が違う。
まず、ダイニングが広い。
たぶん、二倍くらいになっている。
それに、こぢんまりとしたありきたりのキッチンが、アイランド式に変わっている。
冷蔵庫も大型のものになっている。
僕は周囲の変化に戸惑いながらも、これからのことを考えようとした。
でも、その前に――
身体がねちゃねちゃしている。
昨日は結構遊んだ。
海辺で。
でも、あれは現実の海ではない。
それなのになぜかねちゃねちゃ。
一刻も早く風呂に入りたい。
「風呂、風呂」
僕はそう言って、風呂場の方に行こうとした。
「もう、おとうさん、えっちなんだから」
ネネが僕に絡みだした。
――ネネってこういう性格だったのか。
風呂あがり、僕たちは家の中を探索し、その後、建物の外を見に行くことになった。
ちなみに、風呂で何があったかは語りたくない。
僕たちは外に出て、マンションがどうなっているのか確認した。
外見にあまり変わった所はなかったが、ドアの数だけは変わっていた。
ワンフロアに五部屋あったのが三部屋になっている。
改変によって、追い出された人はどうなったのだろう。
まさか存在を抹消されたわけではないと思うが……。
少し心配になった。
つぎに駐輪場を見に行く。
僕のクロスバイクから、キヨの指定席が外されていた。
代わりに、隣に置いてある電動アシスト式自転車に見覚えのあるチャイルドシートがつけてあった。
これがたぶん我が家の新車だ。
そして、向いの駐車場。
そこには見慣れたBDレ〇シィがあった。
もうちょっと良い車に変わっていないか、と期待したのが、それは期待しすぎのようだ。
考えてみれば、車が変わるのはまずい。
キヨが求める「きゅいん」が出来なくなる。
そう、買い替えは無理なのだ。
いまの時代、BDレ〇シィの代わりはない。
高出力のターボ車は少なくなったし、あったとしても、設計思想が時代に合わせて変わっているから加速感が違う。
それに、車を買い替えるにしても、僕の懐具合では、キヨのお眼鏡にかなうものは買えないと思う。
一般家庭では、男親の趣味は否定され、ファミリーカーを購入せざるを得ないらしい。
でも、うちは逆だ。
キヨのターボ好きが優先順位の最初にある。
これからネネが加わって、どう変化するのだろう。
良い方に向かうと良いんだが、と僕は願った。
「かえー」
キヨが朝食を催促する。
そう言えば、昨日、出かける前にカレーを作っていたんだった。
「朝からカレー?」
「ん」
「あたしも食べたいなー」
この辺りで、僕はようやく気が付いた。
昨日まで猫だった人に家事などできるわけもなく、掃除洗濯料理は僕、働きに出るのも僕。
全部僕がやるんだ。
僕はだんだん憂鬱になって来た。
「ほー、こういう味だったんだ」
ネネはカレーの味に感心している。
匂いは知っていたが、猫が食べるようなものではないので、味見もしたことがなかったそうだ。
「あー」
ネネと話していると、キヨが僕の腕をぽんぽんと叩き、早く食わせろと催促する。
「自分で食べた方が早くない?」
「やー」
「わー、キヨちゃん我儘なんだ。もうちょっとお父さんに楽させてあげようよ」
「むー」
「もうちょっと大きくなった方が良いんじゃない?小学生くらいとか」
「このくらいが良いの」
急にキヨがしっかりした口調になった。
これが地なのだろうか。
「地が出てるよ。ほら、お父さんびっくりしてる」
「ほわっ」
「キヨ、それが地なの?」
「ちがうのー」
「キヨちゃん、もう手遅れ」
「わーわー」
世界が揺らいだ。




