十一日目(5)
カレーを煮込んでいる間に撮った写真の現像をしよう。
僕はそう考え、デスクトップの電源を入れた。
カメラをUSBで繋ぎ、ファイルをPCに転送する。
キヨは僕が何をしようとしているのか気づいたようで、DVDを見るのをやめ、僕の膝をよじ登って来た。
いつものように現像ソフトを起動し、フォルダを指定すると、今日撮ったファイルが表示される。
最初はもちろんキヨがポーズをとっている画。
「あちしきれい。にゅふふふふ」
「かわいい、かわいい」
僕はそう言って、キヨの頭を撫でる。
少し気になり、1:1表示にしてみると、キヨの顔がアップになった。
「みゆにゃー」
キヨは鼻の穴を見られていると思ったのか、ディスプレイを手で覆った。
確かに、写真のキヨは興奮して鼻の穴をおっぴろげていた。
でも、僕は鼻の穴が見たかったわけではない。
解像度を確認したかったのだ。
45mmF1・8は良い仕事をしている。
ユーザーのレビューでは、開放状態でのボケばかりが話題になるけれど、少し絞った今回の写真はシャキっとして解像度も文句なしだった。
「あー、じゃあつぎ行くよ」
そう言って、キヨをディスプレイから引きはがした。
その後、飲み食いしているシーンが続く。
「こえ、しゅき」
ドリンクを持っている画にキヨが反応した。
「また飲みに行くか」
「おー」
順番で行くと、つぎはキヨが走り出すところ。
動画だ。
僕がそれを再生すると、キヨは興奮しだした。
「おー、あちしすご」
動画には、僕をあっという間に引き離すキヨの姿が写っていた。
35‐100mmは良い仕事をしている。
走り去るキヨにきちんとフォーカスが合っている。
解像度も良い。
僕は良い買い物をしたと思った。
「ここはときどき行くことにするか」
その言葉で、キヨの興奮度はもう一段上がってしまった。
そう言えば――
まだ幽世でネネと別れたところを見ていなかった。
そのファイルをクリックした瞬間、景色が揺らいだ気がした。
僕は慌ててポーズボタンを押し、キッチンへ火を止めに行った。
キヨが膝の上に乗っていたので、抱きかかえたまま。
「うひょひょー」
なぜかキヨは喜んでいる。
僕は、膝の上にキヨを置いて作業に戻る。
そして、ポーズを解除する。
すると、予想通り、世界が変わった。
そこは海辺の神社に近い広場だった。
幽世に移って最初に思ったことは……。
――カメラ忘れた。
知らないうちに靴は履いているけど、リュックは背負っていない。
今日は完全に手ぶらだ。
ちなみに、いまの状態は、なぜかキヨの脇に手を入れて持ち上げ、ぶらんぶらんしていた。
「おいゆ」
キヨも靴を履いている。
問題ない。
僕はキヨを降ろした。
キヨは、地面に下りるとすぐに走り出した。
広場を一人で走り回っているが、問題なさそうなので、僕はただ見守っていた。
――そういえば、ここでバイクに乗っている夢を見たな。
以前、僕はこの広場でカワ〇キのZ900△Sに乗っていた。
それは高くて買えないと諦めたバイク。
ほしいという思いが見せた夢だ。
あの夢ではバイクに重さがなく、エンジン音さえ聞こえなかった。
乗ったことがなかったから、細部まで創れなかったのだろう。
僕はZ900△Sを想像した。
その想像の結果、僕はZ900△Sに跨っていた。
重さを感じないZ900△Sに。
エンジンをかけようと思った。
だけど、キーはない。
鍵穴さえない。
とりあえず、セルスイッチを押してみたけど、エンジンのかかる音は聞こえない。
振動もない。
手ごたえのないクラッチレバーをゆっくりと開放し、スロットルを捻ってみたらバイクはゆっくりと動き出した。
そのスピードは子どもが乗るパンダの乗り物と変わらない。
スロットルを全開にしても、せいぜい早歩きぐらいにしかならない。
――これじゃ自転車の方が良い。
僕がそう考えると、Z900△Sはクロスバイクになった。
キヨが乗る座席のついた、僕のクロスバイクに。
これで海岸沿いを回ってみるか。
海岸の方を眺めてそんな風に考えていたら、足元にキヨがいて、両手をこちらに伸ばしていた。
僕はキヨを指定席に乗せ、自転車を漕ぎ出した。
「ネネはここにいると思う?」
「にゃー」
その「にゃー」はイエスなのかノーなのか、僕にはわからない。




