十一日目(4)
帰りの車の中、キヨは寝ている。
チャイルドシートに座ると、すぐに寝入ってしまった。
僕はその寝顔を見て安心した。
――ちゃんと父親できている、のかな。
父親になってまだ一週間。
僕は父親初心者。
でも、キヨはそんな僕に笑顔を見せてくれる。
辛い思いをさせたことはないはずだ。
まだ失敗はしていないと思う。
本当は、躾とかいろいろあるんだろうけど、それは追い追いで良い。
まだ二歳(仮)なんだから。
僕は、小さいうちから暴力で躾けられたから、両親を嫌ったまま大人になった。
人嫌いの気もある。
キヨにはそんな風に育ってほしくない。
躾については、腹を割って話し合えばキヨはわかってくれるんじゃないかな、と思う。
そもそも、そういった知識は一通りお婆さんから得ているはずだから、いまは子どもとして楽しみたいのだろう。
僕はそう思う。
忘れてしまいがちだが、キヨは見た目が子どもなだけで、中身は違うのだ。
お婆さんの幼少時からとり憑いていたのだから、本当は僕よりも年上。
だからもう少し自立を求めても良いような気もしなくはない。
食事くらいは自分で食べられるようにしてもらわないと。
飲み物は自分で飲めるし、ドーナッツは手に持って食べていたので、もう少し先に進めたい。
同じくらいの年齢の子どもたちに馬鹿にされないように。
いろいろと考えていたら、自宅に着いてしまった。
月極駐車場に車を駐め、エンジンを切る。
隣で寝ているキヨを見ると、眠ったまま口をむにゅむにゅと動かしていた。
夢の中で、おいしいものでも食べているのだろうか。
僕はキヨの頬をつついた。
キヨはうっすらと目を開ける。
「着いたよ」
僕はそう言って、キヨのシートベルトをはずした。
「ふにゃ」
僕は後部座席から布団を取り出す。
すると、キヨは嫌な顔をした。
でも、文句は言わない。
そして、僕の後ろまで走って来ると、ベルトを引っ張って、僕をしゃがませようとする。
僕がそれに応じてしゃがむと、キヨは背中をよじ登り始めた。
いつもの定位置――肩車だ。
こうして、僕たちは家に帰って来た。
和室に布団の包みを置き、梱包を解く。
ゴミをダイニングのゴミ箱に入れて戻って来ると、キヨは折りたたまれた布団にジャンピングニ―ドロップを食らわせていた。
――あー、絶対二歳児の運動能力じゃないわ。
キヨ用の布団カバーと枕カバーは洗濯乾燥機に入れる。
いま始めれば、三時間後には乾いているだろう。
和室に戻ると、キヨはジャンピングニ―ドロップをやめて、フライイングボディーアタックをしていた。
「下の部屋の人に迷惑だから、そろそろ終わりにしようか」
「ん」
キヨは素直に従った。
エルボーを一発かましてから。
――妹か弟がいれば、お姉さんなんだから、とか言って、おだてて矯正するのかな。
僕は自分が子どもに囲まれて生活している場面を想像した。
「晩御飯何か食べたいものある?」
「かえー」
「カレーか。辛いの大丈夫?」
「あまいにょー」
「はいはい甘口ね」
僕はキヨにカレーを作ってあげたことはない。
ということは、これもお婆さんの記憶。
お婆さんの好みなのかもしれない。
キヨの好みが他人から来ている。
そう考えると、ちょっと寂しい気がする。
――甘口か。
カレールーは買い置きがあるが、僕はいつも辛口しか買わない。
それも、辛さで定評のあるやつだけ。
――これも改変されていたりして。
そう思って買い置きを入れている棚の中を見ると、案の定、辛口のカレールーはなく、甘口が入っていた。
ここも改変されている。
――ああ、もう辛口は食えないのか……。
一旦はそう思ったが、お子様向けの甘口でないだけ良かったと思い直した。
――あとは中身……。
僕はいつも玉ねぎと肉だけでカレーを作る。
余計なものを入れると味がぼけるから、極力シンプルにする。
ジャガイモを入れると味がマイルドになる。
だからジャガイモなんかは絶対に入れない。
でも、今日は子ども向け。
人参くらいは入れるべきだ。
料理の間、キヨはDVDを見ているという。
今日はプロレスを見るそうだ。
さっき、布団相手に試した技の復習でもするのだろうか。
僕はDVDをセットして料理に戻る。
冷凍してあった牛肉の切り落としを耐熱ボウルに入れて解凍。
その後、調味料を混ぜた酒でひたひたにして放置。
その間に玉ねぎを炒める。
玉ねぎのつぎは放置してあった牛肉を炒める。
そして、炒めた材料を鍋に入れ、ローリエを入れて煮込む。
いつもならこのまま煮込むだけ。
でも、僕は人参を入れようとしていたことを思い出した。
冷凍庫から『洋風野菜』を取り出す。
それは人参、ブロッコリ、カリフラワーを冷凍した商品。
僕はそこから人参だけを取り出し、鍋に入れた。
しばらく灰汁をとりながら煮込み、その後、ルーを割り入れる。
あとは弱火で煮込むだけ。




