十一日目(3)
「ちょっとそこに立って」
僕はキヨを降ろしてカメラを取り出した。
「はい、ポーズ」
いま付いている45mmはF1・8。
被写界深度をかなり浅くでき、背景をぼかしやすい。
実際に、このレンズのユーザーレビューを見ると、絞り解放で撮った場合のボケの評価ばかりが目に付く。
でも、僕は絞り解放に拘るつもりはない。
ボケ量はシーンに合わせて調整するものだ。
ここには折角きれいに整えられた背景があるのだから、大きくぼかすのはもったいない。
だから、僕はF1・8ではなくF4・0からF5・6の間で使う。
キヨとの距離を調整し、きれいな背景をほんの少しだけぼかす。
「みしぇて」
撮ったあと、すぐにキヨが確認に来た。
「おー、あちしきえー」
キヨの機嫌は直ったようだ。
――まずは子ども用の遊び場からかな。
僕はそう思って、キッズなんちゃらというエリアにキヨを連れて行った。
でも、キヨは興味を示さなかった。
屋内にある遊具では刺激が少なすぎるのだろう。
キヨが興味を持ったのはスイーツだ。
今回、キヨは機嫌の悪い振りをする、というテクニックを覚えたようだ。
僕が乗り気でないと、頬を膨らませたり、口を尖らせたり、僕とつないだ手を振り回したり、不機嫌な振りをする。
僕は甘い父親なので、言うことを聞いてしまう。
僕はキヨに操られて、つぎつぎと店に入った。
ついでに、機嫌の悪い顔も撮る。
キヨはわざと表情を作っているように見える。
結局、三件ほど回って、勘弁してもらえた。
ここまでの段階で、すでにリュックにはお土産用のドーナッツが入っていたし、なんだかわからないドリンクを手に持っていた。
店内で座って食べたのは最初の店だけで、あとは全部テイクアウト。
キヨは人が大勢いる場所に入ると大人しくなる。
かなりの人見知りなのだ。
僕も人のことは言えないけれど。
そういうわけで、キヨに選ばせるとテイクアウトになる。
――結構食べたから、昼食は遅めにしよう。
そういえば、僕はパークがモールであった時代も、ここで何かを食べた記憶がない。
ここに来たときの食事は、いつも敷地の隣にある寿司屋にしていた。
寿司屋なのに『うなぎ』の幟が出ている、ランチタイムのセットメニューが評判の店。
でも、子連れで寿司屋は厳しいので、今日は行かない。
「お昼はドーナッツで良い?」
「あえはおもちゅかえいー」
「え、お持ち帰りなの?じゃあ、昼ご飯は何食べる?」
「んとね、あえー」
キヨが選んだのはたこ焼きだった。
――安上がりな子だ。
三十分後、僕はキヨがたこ焼きを頬張る姿を写真に残した。
その後、うろうろしていたら、ス〇ーピーが展示されているエリアに出た。
ここでス〇ーピーと並んで記念撮影。
もちろん、中に入ってお土産を買わされた。
つぎは公園に向かう。
運動できる場所だ。
この辺りで、僕はレンズを35‐100mmに交換した。
ファインダーを覗くと、『ズームリングを回し繰り出してください』と表示されている。
このレンズは使う前に儀式が必要なのだ。
僕は指示に従って、ズームリングを35に合わせた。
これでファインダーに画像が表示される。
キヨはすでに走り出しそうになっていた。
その視線の先には青い舗装のジョギングコースがある。
僕は録画ボタンを押した。
キヨは青い舗装の上に立つと、いきなり走り始めた。
「ひょー」
キヨは奇声をあげながら、走っていた数人を追い越した。
僕も走って後を追う。
――追いつけない……。
録画を解除して左手でカメラを持ち、僕も本気で走ることにした。
キヨは一周走り終えると、最初の位置で待っていてくれた。
――一周で済んで良かった……。
子どもが元気なのは当たり前だが、それでもキヨは別格だ。
二歳児の姿をしていても大人顔負け。
親の贔屓目じゃなくて。
その後、僕とキヨは遊具で遊んだ。
不思議なことに、キヨの意識が向くと、ちょうど良いタイミングで遊具が空く。
たぶん、これも現世の改変の一種なんじゃないかと思う。
キヨが嫌われているわけではないと思いたい。
――もしもこれが現世の改変なら……。
僕は自分がズルをしているようで、罪悪感を覚えた。
「おとしゃん、どーなちゅたべう」
キヨはさすがにお腹が空いたらしい。
「飲み物どうする?」
「うんとー、あえー」
キヨはパークの方を指差した。
「さっきと同じの?」
「んーん」
ちょっとした連想ゲームのあと、僕はキヨの言いたいことを理解した。
同じ店で違うのを試したいらしい。
そういえば、あのときは選ぶのにずいぶん時間がかかっていた。
心残りがあったのだろう、
僕たちはドリンクを買い、ベンチを探した。
やはり改変が行われているのか、すぐに空きを見つけることができた。
「ここ、気に入った?」
僕はドーナッツを食べながら聞いてみた。
「ん、しゅきー」
「そっか。じゃあ、また今度来よう」
「おー」
キヨはそう言って手をつきだし、その拍子にドーナッツを落とした。
僕は咄嗟に手で受け止め、キヨの口元にドーナッツを差し出した。
「ほれ」
「にゅふふふふふ」
キヨは笑いながらドーナツにかぶりついた。




