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混沌の十二日  作者: 藤原時照


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十一日目(1)

 一者と言葉を交わしたことなど一度もない。

 一者の前にいるときは、その威に押しつぶされそうになるのをただ耐えるだけ。

 ただ耐えるだけの時間は無限に続くように感じられる。

 だが、その時間は突然終わり、僕は自分の身体へと戻る。

 そこは布団の中。

 隣ではキヨが寝ている。

 僕の腕の中に潜り込み、腕を枕にして。

 ネネはいない。

 僕はそのまま天井を見ていた。

――食べる者は一者の中から生まれたのか。あるいは外から侵食しているのか。

 眠りから覚めたばかりのとき、僕のすべてが現世に戻っているわけではない。

 だから、プロテクトが緩い。

 それが寝惚けるという状態。

 僕はその状態を維持しながら考えていた。

 僕は一者のゲームアバターの一つ、というような立場だ。たぶん。

 僕はただ生きれば良い。

 楽しめば良い。

 それで大きな問題はないはず。

 一者が食べる者を創ったのならば、人口を一定に保つためとか、敵を作ることで何らかの指向性を持たせるとか、何か意味があるのだろう。

 そういうことに僕は干渉すべきではない。

 しかし、食べる者がゲーム外――一者の夢の外から来たものであったら?

 あの破魔矢や金剛杖が僕に助けを求めるサインであったら?

 僕は一者の前ではただ耐えるだけ。

 ただ耐える時間が終わるのを待っているだけ。

 そんな僕だけど、あのサインに答えたら何かが変わる。

 一者から流れ込んだ何かによって。

 いま考えていることは、たぶん、一者から流れ込んで来た思考なんだ。

――食べる者との戦いを拒んではいけないのか?

 答えはわからない。

 でも、少なくとも、もう少し待ってほしいと思う。

 僕はキヨの父親であろうと決めたから。

 それに、これからはネネのことも考えなければならない。

 すくなくとも、彼女たちが自立するまでは待ってほしい。

 できることなら。

――僕は父親になると決めたんだ。

 傍らにはキヨの寝顔がある。

 時折、口がもぐもぐと動く。

 寝返りを打って、いまは僕の脇の下の臭いを嗅ぐような体勢になっている。

 これが僕の娘。

 僕は日本神話を思い出す。

 もちろん古事記についてだ。

 日本書紀には当時朝廷にいた朝鮮半島や中国から来た者たちが自分たちの伝承を紛れ込ませている。だから、日本書紀に書かれていることは、必ずしも日本の神話/歴史ではない。日本書紀にしか記述されていない日本の伝承はあるが、それ以外は古事記の記述が正しいと僕は考える。

 古事記では天之御中主神が最初の神。

 日本書紀では違うけれど。

 古事記に基づいて考えるなら、天之御中主神が最初の神だ。

 天と地がわかれるのは、天之御中主神が現れるのよりもずっとあと。

 天と地がわかれるまで、世界は混沌であった。

 天之御中主神は、いまも天地の外側から世界を見ている。

 一者が天之御中主神だとすれば、一者はいまだ混沌の内にある。

 しかし、混沌は混沌。

 その中では、前も後もない。

 内も外もない。

 因果もない。

 あらゆるものが正解であり、あらゆるものが不正解でもある。

 それが混沌。

 その考えで行けば、食べる者は天之御中主神から生まれたと言っても良いし、外から来たと言っても良い。

 その考え方は現世に生きる者には理解できない。

 考えるだけ無駄なのだ。

 考えるのは無駄。

 それこそが心理。

 自分の道を信じて進むしかないのだ。

 食べる者については流れに身を任せる。

 それが僕のたどり着いた結論。

 

――ネネはいつ迎えに行けば良いのだろう。

 人の身体を形作るのに、どれだけ時間がかかるのだろう。

 一日くらいかかるだろうか。

 とりあえず、今夜あたり行ってみて、会えなければ明日。

 問題があれば、状況が勝手に改変される気もする。

 でも、それより遅くなるのはダメだ。

 仕事がはじまってしまう。

――火曜日から二児を連れて電車通勤?

 改変の結果、会社の託児所を利用することになっている。

 ということは、朝、一緒に通勤することになる。

――通勤ラッシュでキヨとネネが潰れる。

 僕は不安に駆られた。

 ふと気づくと、キヨが目を開けて、僕を見ていた。

 目が合うと、キヨは僕の腹の上に跨った。

「しっこ」


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