九日目(3)
「何食べたい?」
「じぇんぶー」
「いやいや、それは無理でしょ」
僕たちは海老名SAの中を見て回った。
そこでスイーツを選ぶ。
当初は一人一つのつもりだった。
でも、結局、キヨが「あえー」と言って指差すのを買い回り、大量の荷物を持って外に出た。
運よくテーブルが一つ空いていたので、僕たちはそこに陣取る。
「さて、何から食べる?」
「うんとねー」
キヨは商品名を憶えていないので、食べたい物を指差した。
どうやらキヨとネネは良いコンビらしい。
ネネは姿を消しているが、ときどき思わぬところからネネの手が伸びる。
すると、キヨはその手に食べ物を渡す。
でも、キヨの口に食べ物を入れるのは僕の役目だ。
僕はキヨの世話を焼きながら、ときどき自衛隊車両の方をちらちらと見ていた。
関わらないと決めたが、気になるものはしょうがない。
あれからあそこには誰も近づいていない。
完全な放置状態だ。
――嫌な予感。
ここは三十六計。
「残りは持って帰って家で食べようか」
「ん」
僕は食べ残しを袋に入れ、リュックにしまった。
「よし、いくぞー」
「おー」
僕はキヨを肩車して車に戻った。
SAを出るとき、バックミラーに護送車から何かが出て来るのが映った。
どうやら食べる者が解放されたらしい。
事故なのか、故意なのか、僕は知らない。
いずれにしても、法具を持っていない僕では役に立たない。
僕にできることは、自分の娘を安全なところに避難させることだけ――
「あっ」
気づくと、僕はテーブルでキヨの口に食べ物を運んでいた。
――巻戻った?
逃げさせてはくれないらしい。
でも、僕にどうしろと言うのだろう。
徒手空拳で戦えと言うのか。
「キヨ、どうすれば良いと思う?」
僕はキヨに聞いてみた。
「ん」
キヨの指さす方を見ると、テーブルに白木の棒が立てかけてあった。
焼き印がいくつも押してあるから、富士登山の金剛杖だろうか。
「わかった。じゃ、食べ物はかたづけよう」
キヨはにこりと笑顔を見せた。
僕はキヨを肩車して、自衛隊車両の方に向かう。
あと数十メートルというところで護送車の扉が開き、人の姿をした食べる者たちが流れ出て来た。
「なんだぁ、このやろう」
食べる者たちの一体が、近にいた男に襲いかかる。
だが、男は喧嘩に自信があるらしく、食べる者に反撃した。
男は食べる者を殴り、蹴る。
しかし、反撃はそこまで。
食べる者から出た空間の揺らぎが男に達した。
そして、その男も食べる者になった。
――まずい。敵が増える。
僕は前に出て、金剛杖で食べる者の一体を叩いた。
すると、その人物の身体から瞬時に黒いものが抜け、崩れ落ちるように倒れた。
――一撃で済むんだ。
それなら簡単。
僕はゲーム感覚で、人の形をした食べる者と新たに食べる者になった犠牲者を叩いて回った。
ぱっと踏み込んでさっと戻る。
なんだかバドミントンでもしているような感覚だ。
だんだん慣れてくると作業感覚になった。
そうなると考える余裕も出てくる。
――僕に叩かれた後、食べる者はどこに行くのだろう。
そんな疑念がわいた。
もしも食べる者が人から離れてどこかに潜んでいるのなら、僕には認識できない。
――弱気はだめだ。それが現実になる。
空間に揺らぎが見えないから、たぶん、それほど心配する必要はない。
本来いるべきところに戻ったのだろう。
僕はそう思い込もうとした。
食べる者が逃げ水のように見えるのは、脳が自動補正しているから。
人の目の機能には『盲点』があり、それを脳が自動補正する。
それと同じメカニズムが働いている。
視覚データの欠損を脳が周囲のデータを複製して置き換えている。
だから逃げ水のように見えるだけで、本当は、そこに名状しがたきものが存在している。
僕の頭にそんな情報が流れ込んで来る。
何かがこの状況に介入しているようだ。
バドミントンみたいな作業は終わった。
残されたのは空っぽの護送車。
――中には何がある?
食べる者たちが出てきた後部ドアは開けっ放し。
そういう状態なら、中を確認してみたくなるというもの。
それで護送車の中に入ろうとしたら――
気づくと、僕は車を運転していた。
SAを出るところだ。
僕は脇に車を止め、後ろを振り返った。
自衛隊車両が置いてあった所には、軽自動車やSUVが置かれている。
現世が改変され、さきほどの戦いはなかったことにされたのだ。
しかし、後部座席には金剛杖が置かれている。
いまの戦いはチュートリアルで、これで戦えということか。
そんな気がする。
僕が戦う?
それはだめ。
キヨを一人にはできない。
子連れで戦う?
それは馬鹿げている。
百歩譲って、今回のように、叩くだけの簡単な仕事なら対応できるかもしれない。
でも、そんな甘い話じゃないだろう。現実は。
仮に、キヨがクダの姿になって戦えるようになったとしても、僕はそれを許容できない。
僕はキヨを自分の娘として認識してしまったのだから、少しのリスクだって許せない。
それに、これからはネネも幼児になるかもしれない。
二人を抱えて戦うなんてできるはずがない。
僕にとって重要なのは自分の家族のことだけ。
戦いなんて知らない。
それが僕の本心だ。




